〈南三舎通信No.2〉  七七年十一月二十四日

 先日、荒井政男さんから以下のような手紙が届きました。
「今日は、口の中に出来物が出来たので指で押しつぶしてみたら血が出て来たので、医
務に(診療日なので)行ったら“コウナイ炎”だと云われてBタミン剤の粉薬をやりま
すと云った。原因はわからないと云いました。医学会でも不明なのだそうです。ハハハ
……胃が悪くなる人はいつも“コウナイ炎”をやるぢやーと云ったが、いや原因は不明
なのだという。今夕からBタミン剤が来たよ。ヤブ医者ヤロー原因も分らないのにいい
かげんな薬を呉れて、治らなかったら別の薬を出すからと云うのです。つまり私の“コ
ウナイエン”治すのに薬のきき目を私の体でテストしているのです。……」
 私はこの手紙を受けとって、私がうけたデタラメ医療について思い出しました。それ
は“ロ角炎”についてのデタラメ医療で次のようなものです。
 今年の一月に私は口角炎(口のわきが切れて白くカサカサし、口をあけると痛い)に
なり、一週間以上も治らないので、診察を要求。そして「ビタミンB2等の不足のせいで
はないか。治療に際してとくに食物等で気をつけることはないのか」と質問したのです。

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すると、医者は「食事は関係ない。B2を飲んでもダメだ。よく効く薬をやるからそれを
つけなさい。前にもそれをぬってよくなった人がいるから」といってP10BZという紫色
のぬり薬を出したのです。それをつけると口のわきが紫になって石けんをつけて洗って
もとれないというものでした。いやなにおいがするし気持が悪いので、二〜三回使った
だけで返してしまい口角炎は、その後一〜ニ週間位したら治ってしまいました。その後
九月末になって再び口角炎になり、また一過間経過してから、診察を要求。そしてその
時は医者は来なくて、助手だけが来た(私の場合は南舎へのカクリ拘禁の効果を一層強
めるため、診察を要求すると絶対に=ハンスト破りの強制補給以外は=診察室に連れて
いかず、奴らの方が“往診”にくる)のですが、「以前と同じ紫の薬をやろうか」というの
で、私は「あれは気持が悪くて使いたくない。口角炎はビタミンの欠乏と関係があるの
だからビタミン剤を投与すべきではないのか」とカマかけたら、すぐにビタミン剤(�X、
B2=10mg、B6=20mg、C=100mg、の混合剤)を投与したのです。一月の時は「ビタミ
ンなど関係ない」といっておきながら、「患者」がビタミン剤を要求すれば「飲んでも
治らない」と称するビタミン剤を投与するとは、いったいどういうことなのでしよう。
私は、すっかりあきれかえったけれど、それを一応飲みました。すると四日後には口角
炎が治ってしまったのです。(その後、薬をやめたらまたすぐ再発してしまったが)

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 病気というものは、たったひとつの原因があって、原因→結果→治療という風に数学
的に割り出せるものではなくても、また、ビタミンについて医学的にすべてが明らかに
なっているわけではないにしても、ビタミンB2の欠乏が口角炎につながり、ビタミンB2
B6等の欠乏が口内炎につながるというのはほぼ医学的常識といっていいし、特に肝障害
その他の栄養代謝障害のない獄中者がこの東拘において口角炎、口内炎等になった場合、
まずビタミンの欠乏によるものと考えるのはもっとも適確な“診断”なはずです。東拘
食が炭水化物偏重でとくにビタミンB1、B2、ビタミンA、ビタミンC等がそれに比して
著しく少なく欠乏していることは、すでに毎日毎日の食事の中ではっきりしていること
なのですから。だからこそ、医官は、「ビタミン欠乏とは関係ない」「原因がわからな
い」といいつつビタミン剤を投与したのでしよう。奴らのいうとおりなら荒井政男さん
の場合は医官は「原因もわからないくせにあてずっぽうにデタラメな薬を投与」して、
荒井政男さんをモルモットにしていることになるし、私の場合などは、「ビタミンなど
関係なくB2を飲んでも効かない」といいつつ、ビタミン剤を投与したということになり、
いかにデタラメな医療が行なわれているかということがハッキリします。奴らはなぜは
つきりと「ビタミンの欠乏ということも考えられるから、(万一医学会でも不明だとい

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ってもいろいろの“説”はあるはず)ビタミン剤を投与する」と言えないのか。ここに
奴らの本質が現われているのだと思います。奴らは原因がわかっていてもそれが東拘の
劣悪な環境(衣・食・住・運動・入浴・etc)が生み出すものである湯合は決してそ
れが原因であるとは言わず、何かと獄中者個人の体質や不養生のせいにするわけです。
(目かくしフェンスが視力の悪化に関係しているという証拠はない。自殺房がゼンソク
の発作に関係しているという証拠はない。懲罰や保安房・自殺房などが拘禁性無月経と
関係しているという証拠はない。運動不足、栄養のアンバランスが、糖尿病の悪化、高
血圧の悪化等に関係しているという証拠はない……etc)
 単なる奴らの管理支配のために獄中者を扱っている。それがもっともはっきりするの
は精神安定剤、睡眠剤の乱用でしょう。大拘で看守の暴行とコントミンという薬物(=
毒物)によって、鈴木国男君が殺されたことをわれわれは決して忘れることができない
し、西独のシュタムハイム刑務所で虐殺されたウルリケマインホフ戦士が、虐殺される
前に大脳を破壊されそうになったことも忘れることはできません。
 世界中の植民地国においては、獄中人民が、日々獄死攻撃――直接的な拷問・リンチ
による虐殺、無医療状態による虐殺、栄養失調、飢えからくる虐殺――にさらされてい

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るということ、肉・魚などは絶対みたこともないというような状態で、想像を絶するよ
うな文字どおりの地獄的状祝の中で闘っていることを思うとき、帝国主義本国の獄中者
が「もっといいメシを食わせろ」と要求することは、とくに日帝が侵略していっている
植民地人民に対しては犯罪的であるのではないかとも考えます。たしかに、それは“食
事改善”を自己目的として叫ぶ場合は「植民地人民からの搾取・収奪のわけ前をもっと
オレ達にもよこせ」という、反革命的な要求となることかもしれないけれど、敵のデタ
ラメな医療、デタラメな食事をその本質をバクロしていくひとつの過程として、改善を
ではなくて敵の支配体制そのものの解体を目的にして闘う場合には、それは革命的な要
求となるのだと思います。西独帝国でUSA帝国で直接的に獄中戦士が虐殺され、US
A帝国では獄中者が人体実験のモルモットとして使われたということがバクロされてい
る中で、奴らのデタラメ医療を許さないための相互監視網を獄中・獄外に築いていきま
しよう。そして病気の原因をとり除く本当の医療を要求していきましよう。
 では、また。

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 〈南三舎通信No.5〉  七七年十二月二十二日

▼正座点検強要
 十二月二十日朝、点検にいつもの南舎の男看守と部長、女看守二名に加えて、女区長
主任がついてくる。「正座点検を撤廃せよ」「何のためにつったったおまえ達の前で、
ひざまづき、番号を唱えてみせなければならないのか」との私の要求・質問に対し、区
長、部長が「大きな声を出すな」「坐れ」「番号をいえ」と執ようにいってくる。「番
号は房の前にかかっている」という私に対して区長は「番号はな、おまえが自分の口で
言うところに意義があるのだ」とホザク。奴は「奴隷とは何だ。おまえは歴史を勉強し
て奴隷というものがどういうものかわかっとるハズじやろ。おまえは奴隷のつもりか。
誰が奴隷になれといったか」「バカ、全くおまえは頭が悪い」云々、さんざん挑発し、
「ケイコク」「ケイコク」とドーカツしては、点検が終了後も、房の前を長い間うろつき
まわっては挑発してくる。このような「点検」とやらが、十二月二十日以後毎朝夕行な
われている。奴らは「二千分の一のおまえに手をかけておられん」といいつつ、たった
二千分の一の獄中者が、奴らの前にひざまづいて番号を唱えないからといって、毎朝夕

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十五分位ずつ、区長、主任がおでましになって「正座」「番号」を強要するというわけ
である。
 十二月二十二日朝、区長は、今まで「説明の必要はない」とくり返していた正座点倹
の必要性について「ようし、言ってやろうか!」とふんぞりかえって、いわく。「点倹
とは、おまえたちの存在と健康状態を確認するために必要なのだ。あっちこっち動きま
わっていたのではそれができないから、みんな房の前に正座するようにきめたのだ」「
私がつったっていると、存在と健康状態が確認できないか。おまえらは、以前は扉もあ
けず、房内をのぞくこともせず“点検”をやっていたではないか。こんな狭い房内で、
私がどのような格好をしていようと健在を確認するのが目的ならば、かまわんではない
か」と言えば、「バカ。だからおまえは頭が悪いというのだ。おまえだけ例外をみとめ
るわけにはいかん」となおもしつこくしつこく、本当にしつこく、正座・番号を強要する。
 やっとドアを閉めたと思ったら、こんどは看守部長がノゾキ穴から直接のぞきこんで
きたので「男看守が直接のぞくとは何だ! おまえらは、女性獄中者の房内をのぞく時
は、まず女性看守にのぞかせて、男看守がのぞいてもいい状態かどうか確認してからに
すると約束していたではないか。自ら約束したことを守らずに、男看守が直接のぞくと

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はどういうことか!」と抗議する。区長が「バカ! 今もおまえに対する取締状態は継
続しておるのだ!」と自ら約束を破ったことに対しては、居直ってくる。私がのぞき穴
からのぞきつつ抗議をしていると、部長が「坐ってろ」「こんなところからのぞくな」
「用もないのにフラフラ歩くな」「在監者は、用もないのに動きまわってはいけないこ
とになっている」 うんぬんと、あきれたことを言ってくる。「私は人間だ! ダルマ
ではない! 人間をこんな狭いところにとじこめておいて、それだけでは足りずに、房
内で自由に動くことさえも禁止するとはどういうことだ! おまえたちは獄中者を何だ
と思っているのか!」と抗議する。そうこうしているうちに、どうしたわけか奴らが、
「そんなら、扉をあけておいてやるか」といって扉をまた開け放した。(のぞき穴から
のぞくことに抗議したためか?)「何のために開けたのか?」と聞くと「開けといてや
る!」と、開け放しにしているので、私は「用もないのにそうやって扉をあけておくの
か。それはいいことだから二十四時間そうして開けていろ」というと、今度はテメエら
のやっていることのあまりのデタラメさに気付いたのか「バカ、誰が二十四時間あけと
くといったか!」といって、扉をあわてて閉める。食事がとっくにきているのに、奴ら
はイヤガラセをやめようとしない。やっと食事を女看守が持ってきて配当をしたが、す

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でにさめてしまっている。私が、奴らのこのいぎたないイヤガラセになおも抗議してい
ると、こんどは区長が「じやあ、そこを開けといてやれ。少し頭を冷やした方がいいか
らな」といって食器口を開け放しにしておくことを命ずる。夏の間は、風通しを少しで
もよくするように開け放しておくことを要求したにもかかわらず、奴らは「ここは閉め
ることになっている」と称して、ムキになって閉めていた。 そして、私たちが実力で
閉めさせまいと食器口から手を出していると、手を痛めつけ、血を流させ、ケガをさせ
てまでもムリヤリ閉めていた食器口をである。
 つまり、食器口をあけておくことが、獄中者の生活にとって少しでもプラスの面をも
っている時は、何が何でも暴力を使っても(食器口から出している手を、けりつける、
ふみつける、食器口のフタで叩きしめつける、etc)閉めようとするが、食器口を開
けておくことが、獄中者にとつてマイナスになる時――冬、そこから冷たい風が吹きこ
み、寒さを一層ひどくする――には、必要がなくても、ただただコラシメのため、イヤ
ガラセのためにならば開けておくというのである。あまりにもミエミエの、あわれなイ
ヤガラセではないか。獄中者をいたぶり痛めつけ、こらしめることにのみ奴らはこうし
て喜びを見出しているのだ。奴らにはそれ以外にテメエらのサディスティックな支配者

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意識を満足することができないのだ。奴らの露骨なイヤガラセ、挑発が激しさを増すほ
どに、私の奴らへの増悪、怒りはつのるばかりである。奴らは毎日、正座点検の強要に
かこつけて「カクリするゾ」とドーカツし、私を保安房へぶちこもうとしている。すで
に南舎に完全隔離しているだけでは気がすまないのだ。今も、食器口は開け放し、房内
には窓のスキマ風に加えて、食器口からもろに冷たい風がふきこんできている。奴らの
挑発にはのらずに、私は怒りのマグマを煮えたぎらせている。
▼外国語の手紙発信妨害
 十二月二十一日、獄中者組合獄外事務局(救援センター気付)へ、英語の年賀ハガキ
を発信しようとしたら、書信係が「外国語使用願」を書けといってきた。私は“ガン箋”
を書いて許可になるのならと「外国語使用通告書」を書いて提出。そしてその時、以前
不許可として妨害された朝鮮語による年賀ハガキ三枚についても、同じように「通告書」
を書いた。そして、朝鮮語の場合は「ガン箋を書け」とは言って来ず、直ちに不許可と
したことに抗議した。この戦術は失敗だった。奴らは、英語のハガキは「ガン箋」をか
けば許可にするつもりだった(そうでなければ、ガン箋を書けとはいってこない)のに、
朝鮮語のも一諸に出してしまったため、英語だけ許可するわけにはいかなくなり、夕方

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になって、英語のも含めてすべて“不許可”として返してよこしたからである。そして、
たった数語のスローガンを書いただけの英語に「“ホンヤク料”を出せ」といってくる。
発信妨害を許さないゾ!

P112

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〈南三舎通信No.6〉  一九七八年二月
ニ・一六鈴木君虐殺糾断斗争報告
・二月に入ってから、鈴木君虐殺・監獄法改悪の内容に中心をすえて、いろいろ話をす
る。
 「組合」よりの差入箋、ビラ等のヌリッブシに抗議して教育課長へ面会要求書を提出
 するが、女区主任が代理回答と称して、「所内生活心得第二―一四―三―(3)(7)による
 ものである」※ と一言言っては逃げていく。
   ※第二の一四 読書と娯楽
    3.私本・新聞及びその他の文書図画は、その内容を審査し次の(一)〜(七)に該当す
    るときは、その一部を削又は閲読を不許可とすることがある。
    (3)所内の秩序びん乱をあおりそそのかすおそれのあるもの
    (7)その他施設の規律に違反し又は管理運営上支障のあるもの
・二月三日 トイレの上に立っていたら、S看守(♀)が「何をやっているか。ちやんと坐

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っていろ」とイヤガラセをするので衝突。「狭い房内に閉じこめているだけで、まだ足
りずに房内での行動に対してまでチョツカイ出すのはヤメロ! 我々は生きている人間
だ」というと逃げる。
・二月七日 前日獄中同志に朝鮮語を一部使用した手紙を出したら、女区長がやってき
て、「朝鮮語を使わねばならぬ必要性について疎明しろ」といってくる。前日出した手
紙の発信を遅らせたことについて抗議しつつ、「朝鮮語使用通告書」を諸箋に書いて出
す。昨年十二月には、同様の「通告書」をつけて出しても“不許可”とし、“翻訳料を
支払え”と強制して発信妨害していたものが、今度は妨害せず。まったく恣意的に許可、
不許可を判断している証拠である。何語を使用しようが、監獄当局にはそれを禁止する
権利はない。まして、朝鮮語については奴らの中に専門のスパイ係がいるのだ。違憲と
いうことで訴訟を起こそうとしていたので、「不利」と判断したのであろう。
 二月四日発の東拘内同志からの手紙が二月七日に届いた件につき(ふつうであれば、
二月六日には着いているハズ)遅らせた理由を説明せよと要求するが、S看守は「そん
なことは聞いてこない」という。「なぜ聞いてこないか。聞いてこない理由は何か」と
追及すると「理由などない」「聞かないものは聞かない」と居直ってくる。さんざん横

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柄な態度にて居直っていたが、三十分位の抗議の末、やっと「聞いてくる」という。そ
して翌日になって女区主任が、「必要な手続きをしたものであり遅らせたのではない」
なるヘボ回答をする。このS看守は常に横柄でイヤガラセばかりやる不良看守である。
いつも問題をおこすのはこの看守の日に決まっているかのようだ。
・外で使用していたノートが差入になった(八冊)が、それはトクベツ八冊を一冊とし
て認めて計算するというから、八冊をまとめて合冊にするよう要求を出す。(房内所持
ノート冊数制限は五冊以内ということになっている)すると、「今、ノートを房内に何
冊もっているか整理しろ。五冊以上もっていたら出せ」といってくるが拒否。ノートの
合冊は認めないといってくる。パンフ扱いもしないという。全く不当だ。
・二月九日 朝「点検」とやらにやってきた区長が、私の正座点検に対する抗議の声を
開き、「ヤクザみたいなコトバ使いをするな、オマエらのいう革命が泣くぞ! そんな
コトバ使いをしていると」などとホザク。「規則に従うのがいやならさっさと出ていけ」
とブタ看はそのたびにいう。「好きで入っているのではない。出ていくからさっさと出

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せ」というと、「自分の力で出るのじや!」(!?)「ホシャクで出るのだ。わしらは、オマ
エを好きで拘禁しているのではない。早くホシャクをかちとつて出ていけ」とホザク。
保釈申請書を拘のブタ看に書いてもらうとするか! 自分の力で出るよう研究するか。
・二月十一日 鈴木君虐殺・獄中者への暴行・監獄法改悪の本質・獄中者組合の闘うべ
き方向性についてとくに長くいろいろ話す。
・二月十四日 大拘所長あて、抗議糾断・ハンスト通告書を発信。東拘所長にも同様の
通告書を諸箋に書いて提出。
 メシを運んでくる看守に(ヌリッブシ)「大阪拘置所における鈴木君虐殺、すべての
獄中者への看守の暴力行為に抗議してハンストを行なう。大拘所長は鈴木君虐殺の責任
をとれ! 保安房、自殺房、戒具使用をテッパイせよ。東拘所長は獄中者へのあらゆる
暴行、戒具使用をやめさせよ、監獄法改悪の先どり執行をやめよ。南三舎へのカクリ分
断をやめよ」(以下ヌリツブシ) 奴らは「とっとくからね、後でほしいときはいつで
もいいなさいよ」といってメシをひっこめる。

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・二月十六日 朝から(起床前)外に緑服がウロチョロしている。点倹時、区長と南三
舎担当看守部長(いずれも男)の他にカメラをかついだ男性看守が一人よけいについて
くる。いつものように正座点検に抗議し、鈴木君虐殺に抗議。しばらく区長らはウロウ
ロしていたが、とくに私が大声を出さないと知っていなくなる。九時頃から人民放送が
よくきこえる。新しくはじめて会う仲間と面会、外の様子をしらされる。その後何度か
房内にて人民放送に呼応。区長が“保安房へのラチ”ドーカツにくるが、無視。わざわ
ざ奴らがかまえているときに声を出してやるのはやめて、一日中マイペースでやる。
・二月十七日 朝、復食開始。朝、「保安房にぶちこんだ仲間を直ちに出せ!」という
と「誰がぶちこまれとるのか、見たようなこというな」と区長。
・二月十人日 クラッカーの空箱に週刊誌のグラビアを貼りつけて手紙入れを作ったの
を点検にきた女区長がみつけて「誰にことわって箱をつくつたのか」と文句をつけてき
た。(房内には便箋の厚紙で同様にして作った箱がその他にもたくさんある。奴らは文
句をいいつつ黙認してきている)「何のために断わる必要があるか。イヤガラセはやめ

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ろ」というと「何でも好き勝手はやらせん」という。「そうやって獄中者の行動にひと
つひとつ干歩、介入して支配しようというのを、あわれな支配者意識というのだ」 区
「おまえらの言葉はカンネンのラレツでわからんな。ここにいる間は好き勝手はやらせ
んゾ」「おまえらにいちいち指図させられることは拒否する!」 区「よし! そんな
らひきあげるゾ! 勝手にものをつくることは禁止されているのだ」 「ひきあげる」
といった以上、暴力で奪っていくのかと思ったら、日和ってそのまま行ってしまう。
二月十六日の連呼はだいぶききめがあったらしい。(以前は房内にパンツのゴムひもの
古くなったのをはって洗たくひものかわりにしていたら、暴力で強奪していったのだが
……)と、まあゴタゴタ、グダグダやりながらも、毎日元気でいる。荒井政男さんの十
二日間にも及ぶハンスト斗争には、さらにさらに、政男さんの闘いに応えきる闘いをや
り抜くことを心に誓うのみで、言葉がない。
・二月十人日 二月三日付で提出した所長宛、抗議面接要求書の代理告知が主任よりあ
る。
 面接要求書:現在北舎の獄中者には坐り机を入れていないし、要求すれば坐り机が入

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       るということも知らせていないようであるが、これは全く不当である。
       寒い冬には、流し台を机がわりにすることなどできるはずもなく、北舎
       の獄中者は、自分の膝を机がわりにして不自然な姿勢で書き物等をして
       いる状態という。要求の有無にかかわらず、すべての獄中者に坐り机を
       入れるべきである。
 回   答:北舎独居房は、全て認書等ができる設備があるので、原則として小机は
       貸与しない。但し、作業上、健康上の理由等により座机が適当な場合は
       個別に検討し貸与している。従って本申立の内容は取扱の実状の不知に
       よるものと思料するので参考までに教示しておく。
「それならば、北舎の獄中者全員に必要があれば座机を貸すということを知らせるべき
である。そうではなくて、東拘当局は、北舎の仲間に『坐り机は貸さないことになって
いる』などとウソをついているではないか。実際にそのような例があるから言っている
のだ。認書等のできる設備などといってるが、それは流し台のフタとトイレのことでは
ないか。それならば、ここ南舎だって同じなのに南舎のわれわれには坐り机を入れてお

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いて、北舎の仲間には原則として貸与しないとはおかしい。不当な差別処遇だ。原則と
してすべての獄中者に坐り机を入れろ」というが、「入れない。必要があれば貸与して
いる。何もわからんで言うな」と言うなりバタンとドアをしめて行ってしまう。しかし、
実際奴らは入れていないのであって、北舎の高尾さん、秋山さんに聞いた限りでも入っ
ていなかったし、高尾さんの場合は「そんなものは入らないことになっている」とまで
言われているのである。私からの手紙で、坐り机が入ることを知り、要求したら入った
そうであるが、奴らは当然の権利すらも、断乎として要求しなければこうして奪ってい
るのです。北舎の仲間たち坐り机を断乎要求しましよう!

P120

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〈南三舎通信No.7〉   七八年三月二十二日

三月、看守との攻防報告。
▼三月一日 特発(定期発信以外の発信)を出したら、K看守が「定期発信を先に出し
 て、それでも足りない時に特発を出すのであって、定期をまだ出していないのに、特
 発を先に出すのはおかしい」と文句をつけてくる。「何を定期で出し何を特発で出す
 かはこっちの決めることだ。今までそんなことを言ったことないのに、何を今日にか
 ぎってねぼけたことをいってるのか」と抗議すると、K看守「そんなキタナイ言葉使い
 をしていると外に出ても直らなくなるゾ。きれいな言葉で話せ」とホザク。
▼三月二日 女区主任が房まできて「十二月一日〜二月二十八日までの点検妨害、指示
 違反で取調べに処することを告知する」と言ってくる。そして「この頃、朝晩にぎや
 かなそうだが、他の者のメイワクになるから静かにしろ」と捨てゼリフを吐いて行く。
▼三月六日 K看「フェンスをこわすな。もっと頑丈なのにしなきやダメか。これでこ

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 わしたのか」といって、房内にボンドでくつつけてある木製のタオルかけ(洗たくひ
 もを差別的に支給せず、すぐにとれるタオルかけを二つ壁にくつっけてる)がとれて
 ころがっているのを見て、かっぱらっていく。午後になって、女区長(♂)が、カメラを
 持った看(♂)をつれてきて「フェンスをこわしたな。なんでそのようなことをするんだ」
 とどなりこんでくる。私が「年がら年中この三畳間にも満たない狭いオリの中にとじ
 こめられていて、外を見ることまでも禁止するとはどういうことだ。この目かくしフ
 ェンスのために、たった二年間で1.0から0.4までも目を悪くさせられているんだ。自分
 の目を守るための正当防衛だ」というと「外を見るなとはいっていない。外は見える
 ではないか。空が見えるではないか」と、フェンスの上の方にチョツピリ見える空を
 房内にあがりこんできて見ながらいう。「自分で二十四時間外も見ることのできない
 房にとじこめられてみてから言え。外をみるなといっていないのならば、何のために
 外を見れないようにしているのだ」と聞くと「説明してもわからぬ奴には説明しない。
 大部分の者は納得している」という。誰が納得しているというのか。まったくふざけ
 た話である。納得していない証拠に、ふさがれてもふさがれてもフェンスは“こわれ
 る”ではないか。南三舎、南二舎だけ見ても、日かくしフェンスはあちこち大きな穴

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 だらけであり、それを更にふさいだフェンスでつぎはぎだらけである.女区長は「も
 し、またフェンスをこわすようなことがあったら、もとの房へ西側の暗い冷たい房)
 にもどさなければならんゾ!」とドーカツ。西側であろうがフェンスがあれば“こわ
 れる”のだし、現に何度も“こわれていた”。しかし西側にいた時は奴らは、フェン
 スをこわすようでは○○に移さにゃならん」とは言わなかった。これ以上悪いところ
 に移すこと(例えば自殺房)は墓穴堀り(自殺房が“自殺防止”の目的で使用されて
 いるという奴らの「論理」が、まっ赤なウソであることがバレる。)と気づいていた
 からだ。フェンスをこわされて因るならフェンスのない房へ移せばよいのだ。なのに
 奴は、少しましに窓ワクを改造し、少しは日光がフェンスのスキ間から入る東側房へ
 転房させたと思ったら、いつでも再び西側の暗い劣悪な雨もり房に戻すということを
 ドーカツの材料に使い始めたのだ。獄中者にとっては一条でも光が入るのと入らない
 のとでは、全然居住環境が違うこと、同じ南三舎でも西側の房は東側に比べて、ずっ
 とひどいことを知っているからである。このような奴らの一言一言の中に奴らの汚な
 い差別分断支配の本質がはっきりと現われているし、七六年夏南三舎東側の「改造」
 を行なって以降、せめて東側へ転房させるよう要求しつづけていたのに、それを一年

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 以上も無視し続け(私が南三舎の隔離について人権ヨーゴ委に申立をしたり、獄中獄
 外の仲間が、私への隔離分断に対する闘いを組綴したりしたら、初めてこれまた何の
 理由もなく、昨年の暮れにやっと東側へ転房させていたことが、いかに不当であった
 かを改めて思い知った。
  この日、獄外の友人(六才)へ便箋以外の白い紙に絵と手紙文を書いて発信しよう
 としたら、S看(♀)が「便箋に書かなければダメだ。便箋に書き直せ。書き直さないの
 なら、ガン箋にその旨願い出ろ」といってくる。「なぜ便箋に書かなければならない
 のか。便箋以外の紙に書いたからといって、発信させないという証拠を証明せよ」と
 追及すれば、「発信させないとは言っていない。発信させるからガン箋に書け。便箋
 に書くことになっている。収容者の心得に書いてある」をくり返すのみで何ひとつ説
 明できない。「便箋以外の紙に書いたからといって発信させないわけでないのなら、
 さっさと発信しろ。ガン箋など書く必要ない」とつっぱねていると、区長がやってき
 て「おまえらのやることは何でも極端なのだ。ガン箋を書け」といってくる。便箋で
 ない紙に手紙を書くことか何故“極端”なのか? ゴチャゴチャ抗議をしていると奴
 らもあきらめて手紙を発信した。

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▼三月九日 またしても朝の茶番劇の時間に区長が「フェンスをこわすな。外にむかっ
 て大声を出すな。そうでないといやでも隔離せにゃならんからな」と文句をつけてく
 る。抗議すると「何を言ってる。おまえはもともと目が悪いのじやないか。フェンス
 のせいにするな。自分で毎日どういう生活をしているのか考えてみろ。きちんと決め
 られた時間に寝て規則通りの生活をしていないからではないか」「おまえはナ、もと
 もと目も頭も悪いのだ。なんでも人のせいにするな」「他の者はみんな規則に従って
 健康な生活を送っている」等々、言いたいことをホザく。そして「なぜフェンスをは
 っているのか」との質問に「おまえのようなろくでもないのがいるからじゃ!」と答
 え(ほかの者はみんな納得しているといったのではなかったのか?)また「フェンス
 をこわすのなら、もとの向かい側の房へ移すぞ」とドーカツしていく。
  S看守(♀)が、「定期発信を先に出せ。特発を先に出すようならば、これからは(前
 の日に出さなかった)特発ガン箋はあずからないことにする」などとまたしてもイヤ
 ガラセをしてくる。くだらないことにインネンをつけてはイヤガラセするのを唯一の
 楽しみとしている看である。このS看はこのような素質を買われてか、一週間のうち
 四〜五日は南三舎担当である。南舎専門に派遣されているのであろう。あれやこれや

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 のイヤガラセで看と衝突していると主任が「器物損壊でタイホせにゃならんな」とわ
 ざわざイヤガラセをいいにやってくる。入れかわり立ちかわり、用もないのにやって
 くるので「何の用だ?」といえば主任は、「コノヤロー! やる気か?」。獄中者を
 何だと思ってるのか。全く暴力団と同じである。
▼三月八日 前日受けとった手紙にて、不当な懲罰の強制執行に対し実力で反撃した高
 尾猶行さんに対し、東拘の暴力看守どもは集団リンチを加え、保安房へぶちこんだと
 いうことを知る。(高尾さんは後頭部、背中、腰を強打し十日間以上も床を離れられ
 ないでいるということを後で知った。)奴らのサディスティックな暴力弾圧に対し、
 所長に抗議糾断文をつきつける。
▼三月十一日 趣味の悪いカレンダーの写真を切りとって、趣味の良い絵をかわりには
 りつけたら、主任が「勝手なことをするな。こんどからカレンダー入らなくなるぞ」
 と文句をつけていく。何でも上から押しつけることに「意義」があるというのだろう。

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▼三月十七日 南二舎のこわれたフェンスを、チョーエキの仲間を使ってふさぎ始める。
 目かくしフェンスの撤廃、奴隷労働の廃止、獄中者間の差別分断支配に抗議。
▼三月二十日 とうとう、私の房の前にあるフェンスをふさぎにやってくる。黄色いヘ
 ルメットのおじさんが、看を連れてやってきて、外からフェンスを見上げながら「ま
 りちやんのところだけだな」などといっている。私は「直さなくてもいいわよ」とく
 り返す。ブタ看1に黄ヘルのおじさん三人、20cm×10cm位穴があいたフェンスをとり
 かえるのにフェンス一枚2m×50cm位全部とりかえるので、古いフェンスをはずし新
 しいフェンスをつける間の数分間、外を思いきり見ることができ房内がうそのように
 明るくなる。目の前には、桜の木が数本あるが、フェンスがあるとその木の根元しか
 見えないのだ。「桜が見えなくなるなァ」と黄へルのおじさんがつぶやく。このつぶ
 やきの内にこめられている想いをしっかりと受けとめつつ、看に抗議。「おまえたち
 はそうやって獄中の仲間をただ働きさせて、獄中者の弾圧に手をかすようにしむけ、
 自分ではそうしてボケーッと獄中者のやっていることを見ているだけで、いつもえば
 りくさっているが、そうやって日向ぼっこしていていくらもらってんだ?」「多くの

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 仲間がこのフェンスのために目を悪くさせられているのだぞ。何のために目かくしす
 るのか。もう少したてば桜の花も咲くのに、わざわざ目の前に桜を植えて目かくしす
 るのでは、飢えた人間の目の前にボタもちをもってきて食わせないのと同じことで、
 残酷とは思わんのか」「ちょっと穴があいたからといって、すぐに目かくしを修理す
 る予算があるのなら、なぜ何年も前から要求しているサビだらけの水道管や、ガタガ
 タの窓ワクを修理しないのだ。おまえ達は獄中者をただ働きさせてまきあげた金で、
 獄中者の首をしめつけてばかりいるのではないか。保安房や自殺房をせっせと増設し
 たり、高圧電線をとりつけたり、目かくしフェンスをとりかえたりする予算はあって
 も、南舎・北舎の獄中者にサビだらけの水を飲ませないようにする予算はないという
 のか」等と私の方も工事の間中言いたいことを言う。弾圧工事が終った時、私が「桜
 が咲いたら、お花見をする権利はかちとる」と宣言すると、それまでニガ虫をかみつ
 ぶしたような顔をして弾圧工事を見ていたK看が「ごくろうさんぐらい言え。やっと
 直してもらったんだ」とホザく。奴は私が、フトン干しをしてくれる雑役の女性仲間
 に「ありがとう」とか言えば、「いちいち、お礼を言う必要ない」と言っていたのに、
 せっかく奪い返したほんの少し外を見る権利をまたしても奪い返されたことに対して

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 は「ごくろうさん」を言えというのだ。「ふさけるんじやないよ。何がごくろうさん
 だ。お前らが、このおじさんたちに強制してやらせているのではないか。日光と外を
 見る権利を奪われるのにごくろうさんなどといえるか。おじさんたちだって好きでや
 ってるんじやないのだ。こんな獄中者を苦しめる仕事を同じ獄中者が好きでやってる
 と思ってるのか。汚ないマネはやめろ!」と抗議。おじさん達は笑いながらも、黙々
 と弾圧工事をしていった。
▼三月二十一日 昨夜のニュースで日帝国家権力が東山君の虐殺犯人のスリカエを行な
 ったことを知り、抗議。奴らの「法」というものの本質が何であるのか、このような
 日帝国家権力の対応によってはっきりと表現されていること。無実の人民に対しては
 証拠をデッチ上げてでも、「犯人」に仕立てあげようとするくせに、“犯人”が身内
 の者であれば明確な証拠があっても犯人隠しを行なうのが日帝国家権力であること。
 このような権力の手先となって日々獄中者を弾圧し、暴行を加え、虐殺している看守
 どもに対して、奴隷のようにはいつくばることは間違っていること。看守どもは、い
 つも最後には獄中者に対して、「こんなところにくる奴はまともな奴じやない」とか

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 「オレのいうことを聞けないのなら、こんなところに入ってくるようなことをするな」
 とか言っているが、看守が日々行なっていることの犯罪性を考えれば、奴らにそのよ
 うなことをいう資格は一切ないこと、鈴木国男君を虐殺した奴ら(そして、その犯罪
 性をひたかくしにして逃げまわっている奴ら)に対しては、鈴木国男君の虐殺を許し
 てしまったのは我々獄中者なのだということをしっかりと自己批判して、一人の獄中
 者への弾圧も仲間全体で反撃していくよう、獄中者は団結して斗わなければならない
 ことなどを話す。看は本当のことをいわれたものだから、青くなって(?こちらから
 奴らの看はドアをあけないと見えないが……)十分間位も「ヤメロ、ヤメロ」とさわ
 ぎたてていた。この朝、サル芝居強要にやってきた女看、ドアをあけるなりものすご
 い大声でギャーギャーわめき「これでもか!」というような音をたててドアをしめる。
▼近頃、荒井政男さんからくる手紙の宛先の住所の一部がスミヌリになってくるという
 珍弾圧が続いている。宛先というのはもちろん私のことであるから、私の住所を私に
 知らせまいと東拘のブタ看は必死になっているのだ。住所がまちがっているわけでは
 ないのであるから、看は何も気をきかして一〜三五〜一の下の五文字をぬりつぶすこ

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とはないのだ。奴らは言ったではないか。「東拘の職員の住宅と混同しないように、
小菅一〜三五〜一の下にAをつけるようにした。」と。私がAをつけることを拒否し、
「郵便配達の人が混同して困るようなら、混同しないようにしてやればいいのだろう」
と詳しく住所を書いて提出したら、今度は、「それを消してAを書け」と強要したの
である。まったくおかしなことをするものだ。私が一笑にふして、きちんと住所を書
いたり、あるいは手抜きして一〜三五〜一どまりにしても、今まではそのまま間違い
なく配達されていたのだが、東拘のブタ看は荒井政男さんの南舎への隔離粉砕の身体
を張った闘いに恐怖し始め、近頃の珍弾圧となったのである。
「郵便配達の人が混同するから、ぬりつぶしはやめなさい。私がどこに住んでいるか
私が一番良く知っているのだから、ヌリッブシをしてもムダですよ」と言っても「管
理運営上」という答えが返ってくるだけなのだ。しかし奴らは大真面目なのである。
奴らにもっともっと墨のムダ使いをさせるべきだとつくづく感じる今日この頃である。
またしても乱筆乱文にて、つまらんことを書きましたが、お元気で! ともにガンバ
ロウ!

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