〈南三舎通信No.14〉  七八年八月七日

▼獄中獄外の斗う仲間たち、お元気ですか? 毎日うだるような暑さが続いていますが
このような中で、自殺房にぶちこまれている仲間たちは日々健康を破壊され、黒川芳正
同志のゼンソク悪化、健康破壊獄死攻勢との斗いを、すべての自殺房被拘禁者の主体的
な斗いと、一般房獄中者のそれに呼応連帯した斗いとをしっかりと結合させて、広範な
自殺房粉砕、デタラメ医療との斗いをおし進めていかねばと思っています。獄中何十年
という赤堀氏、石井氏に対する獄死攻撃を粉砕していく斗いを、私たちは、現在我々に
加えらわている獄死攻撃を料砕していく斗いを、具体的に組織化し、個別的に監獄の暗
やみの中で、奴らのデタラメ医療、獄死攻撃と斗っている多くの仲間との結合をかちと
るという形で、主体的におしすすめていかなければと思います。それは決して差別され
弾圧されているかわいそうな獄中者を救うためではなく、オノレに加えられた弾圧を、
すべての獄中者に加えられた弾圧としてうけとめ、仲間に加えられた弾圧をすべての獄
中者に加えられた弾圧としてうけとめて反撃していく斗いの中の結合でなければならな

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いと思います。
 大拘の川口喬さんは、奴らの「精神医療」の名の下に人体実験の犠牲とされ、健康を
破壊され、病苦と斗いながらも、果敢に獄中斗争を斗いぬいています。アパルトヘイト
を推進している「南ア政府」の七六年大統領布告では、「十六才以上の有色人に身分証
明書などの常時携行を義務づけた通行証法に違反したものを『精神的、肉体的、道徳的
に』改善し、法と秩序を尊重するよう『頭を切り替えさせる』ために精神病院に拘禁する
ことを規定した」というが、これは監獄、精神病院という植民地支配、階級支配の抑圧・
暴力装置の本質を正直にいい表わしたもので、日帝においてもその本質は何ひとつ変わ
っていないと思います。奴らに従順なドレイとなるか、さもなくば死・健康破壊を強制す
るというのが奴らの正直な姿である。断乎とした反撃を!
そして、自殺房獄中者、病苦に苦しむ獄中者との戦斗的団結をかちとろう!
▼ハ斗争―黒川同志を直ちに自殺房から出せ。病気の獄中者を自殺房から出せ。デタラ
メな「医療」による健康破壊、獄死攻撃に抗義する―の間は、毎日のように、区長、主任
がやってきてさかんにイヤミをいう。奴らがこの間言った言葉を列挙する。

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「(二行ヌリッブシ)」
「おまえ、そのくらいの年ならふつうはかわいい子供の一人や二人もいる年だゾ。おま
えは年とるばかりでいつまでたっても進歩がないなァ。ガキと同じだよ。子供がほしく
はないのか。やる人はちやんとそうしてやってるんだ。」
「(二行ヌリッブシ)」
「自殺房などないのだから、ないものから出すわけにいかんじやないか。第二種独居房
か。予算があればすべての独居房を第二種独居房にするんだ。今はやむをえないから第
二種は少ししかないが。」
「第二種だって第一種だって変わりはない。(一行ヌリッブシ)」
「人のことより自分のことを考えろ。」 (一行ヌリッブシ)
「(一行ヌリッブシ)」
「おまえはまじめだよな。そういうところだけは。そういうズルサはないものな。そう
いうマジメなところをいい方向に持っていけばよかったのに、悪い方向に持っていった
からダメなのだ。」
「(二行ヌリッブシ)」

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「一人でそうやってバカまじめにがんばってるのも大変だな!」「今日はメンカイにや
ってきて、ヤメロといわれなかったのか。」「そんなに自殺房、自殺房というのなら、
おまえもそういう房へ入れてやるゾ。入りたいか。」
「自殺房などない。何度言ったらわかるのだ。窓に鉄板などはっていない。窓があかな
いなどデタラメだ。おまえ見たことあるのか。見もしないで、デタラメいわれて本気に
なってるだけだろう。そんならみせてやるゾ。」
――南三舎の自殺房を見せる。穴あき鉄板に窓が固定され、外の空気、風が中に入って
こないことに抗議する。
「これはアミで鉄板ではない。窓が固定されているのは虫が入らないようにするためだ。
おまえしらないのか。もっとも東北の田舎にはこういうのないのかナ。東京の都会では、
網戸というのはみなこういう風になっていて窓が一方は固定してあるんだゾ。オレの家
だってそうなってる。昔は職員の住宅もボロだったが、今は鉄筋コンクリーのアルミサ
ッシだからな。おまえは田舎しかわからんからそんなことをいうのだ。」
「黒川にはちやんとしたできるだけの医療はやっている。黒川は元気で逆立ちをしとる
そうだゾ。」

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「おまえそんな性格じやシヤバに出てからも苦労するゾ。人にきらわれるぞ。もっとも初
めのうちは少しはチヤホヤしてくれるかしれんが。自分だけが絶対正しいと思ってるの
か。」 「女なら女らしくしろ!」
「世間ではオレたちみたいのが大部分で平均的な人間だ。何でも自分の思いどおりに通
用せんのだ。」 「おまえ自分の言ってることをかがみにうつしてみろ。それは全部自分
にあてはまることではないか。自分さえよければいいと思い、人にメイワクばかりかけ
ているのはおまえの方だ。」 「顔もみたくないから、さっさとホシャクで出ていけ。そ
うすれば、オレは何もおまえとは関係ないのだからな。」…………
☆南三舎隔離籾砕の日弁連人権擁護委への申立は、調査が進んでいるようで、先日(八
月四日)三度めの日弁連との接見をしました。しかし「正座をして、大声を出したりし
ないで返してもらってはどうですか」などという奴までいて、楽観は許されません。弁
護士会の反動化が進んでいる中で、それらとの斗いを獄斗と平行しておし進めていきま
す。

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 これらの奴らの言葉の中に奴らのどす黒い本質がバクロされている。奴らは「女性で
あること」を最大限に利用して差別侮蔑的言辞を与えることをいつも忘れていない。私
が獄中の仲間にアイサツをすれば「色キチガイ!」という。「羞耽心もなくなるほどバ
ァさんになったわけじやないだろう」 「女として扱ってほしかったら女らしくしてみ
ろ!」 「このやろう! 女のくせに!」 「女だと思って甘くしてりゃあいい気にな
りやがって!」etc………
こういうコトバを絶えずあびせられる。これが女性獄中者に対する奴らの常日頃の態度
なのだ。奴らがいかにハレンチなウソツキであるかは、自殺房に抗議する私に対して奴
らの言った言葉の中にはっきりと表われている。自殺房がいかにひどいものであるかは
一般房にいる私がこの目で見てきたのだからハッキリしているのに奴らは「田舎者」と
いう形で、私を侮蔑したつもりになって、自分のボロをとりつくろうというあわれな姿
をさらけ出した。そして、「じやあ見せてやる」などと言い出したのは奴らが南三舎と
いうものを特別なものと考えているということをも表わしていると思う。女区にいたな
ら私が「見せろ」といくら要求しても見せないと思う。前林さんは、女区の自殺房「見
学」を要求してみてほしい。同じ女区長なのだから私に自殺房視察を奴らの方から「見

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せてやる」といい出して見せたのだから、前林さんに女区の自殺房を「見学」させな
いというのは不公平である。(もっともいつだったか、私あての手紙の封筒に奴らは
「ミ特―3」と書いてきたことがあり、南三舎は「女区」ではないことを奴ら自身み
せつけたことになるのですが………。)
 ではともに斗おう!
              荒井 まり子

p164

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 〈南三舎通信No.18〉  七八年十二月十四日

 獄斗報告 (十一月〜十二月)雑々と。
▼十一月一日 これまで要求していても「そんなものはない」と隠蔽していたトイレ用
タワシがやっと入る。女区においてはずっと前から使用できていたものが南三舎におい
ては差別的に使用できなかった。「女区では使わせている」と具体例をあげてしつこく
追求しなければ、奴らはその存在すらも否定して居直っているのである。
▼十一月六日 懲罰三十日間の言い渡し。理由は、携行妨害に対して抗議した件。房内に
桜の葉を一枚持ちこもうとした件。(半行ヌリッブシ)
勝手なことを言って報復弾圧をしてくる。「即、執行だ」というが、言い波しの後に「刑
事被告人の場合は、公判準備等あるので、必要な公判資料があれば願い出ろ。それによ
って、公判準備のため執行停止す、ることもある」と言ったので、私は直ちに必要資料を

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選び始めた。すると選んでいる最中に女区長がいきなり両肩をつかんで私を外へひきず
り出し、あらかじめ言い渡し前から待期させていた警備隊数名といっしよに暴力的に懲罰
房に投げこむ。「資料を選べ」といったのは奴らの方であり、それをしていたら、暴力
で襲いかかってくるとはいったいどういうことなのか?
▼十一月九日 懲罰執停かちとる。朝発信した手紙三通について一部に朝鮮語の単語があ
るということをもって発信妨害してくる。朝鮮語の部分にカタカナでルビをつけ、その
わきに日本語訳をつけるまで譲歩したにもかかわらず、結局奴らは、朝鮮語を全部ぬり
つぶして発信。
▼十一月十一日 この日より日用品の支給制限が行なわれる。このときは「足りなくな
ればまた要求する」とのみ言って、どうせハッタリだろうぐらいに思っていた。
▼十一月十二日(日) 日・祭日は、南三舎担当の男看守部長が休みなので、女区の女
性看守部長が女区の点検をすませてから南三舎に点検にやってくる。そのため、いつも

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すでに食事がきているのに、「点検が終っていない」という理由で配食しないため、そ
れでなくても一人分の食事なので冷めてしまっている食事が、すっかり冷めきってしま
う。そのことに抗議し、「食事がきたら、直ちに配食せよ」といっていたら、若い女看
守「あんたなんかにあんたと呼ばれるおぼえはない!」とヒステリックに叫び、ブリブ
リ怒り始める。これは男看守の「おまえとはなんだ! コノヤロー!」と全く同じのお
笑いである。
▼十一月十五日、秋季統一斗争日、朝七時から警備隊が廊下をうろつき始める。
(一行ヌリッブシ) 春斗のときのような茶番は効きめがないと知ったために“タンカ”
は始めから用意していない。外の“声”にあわせ、前日入った歌集をみながら大きな声
でうたう。この日は入沿日、蒸気の音をさせることと、例のように草刈りをさせること
で外の“声”を妨著しようとしている。今回は草刈りは“遠くの方”だけで近づいてこ
ない。(私の窓の下の草刈りは、その翌日十一月十六日、公判日で私のいない時に窓の
下だけきれいに刈られていた)奴らもいろいろ学んでいるのです。面会があり、女区の
保安房の前を通ったとき、だれかがいるかもしれないと思って「ともに戦おう!」と声

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をかけるが、全く声が届かない構造であるため、たとえだれかがぶちこまれていたとし
ても、きこえなかっただろう。統一面会要求は、獄中デタラメ「医療」と、日用品支給
制限、子供との面会妨害、など最近の弾圧強化にとくに重点をおいた。
▼十一月十八日(土) 午後二時頃、発信したハガキに発信人の住所を書き忘れてしま
ったらしく、午後三時三十分頃になって、「一旦ハガキを戻して、住所を書いて発信し直
す。(発信は十一月二十日 (月)になる)か、東拘側で住所を代筆する(今日中に発信
する)かどっちにするか」ときいてきた。私は、十一月二十日までに届けなければなら
ないハガキなので、どうしても今日中に発信してもらいたい旨説明し、だが私の手紙に
東拘の奴らが加筆するなんてのは気持が悪いので断わる。住所は書いてなくても、宛名
人の方は私の住所を知っているから住所は書かなくてもかまわない。そのまま今日中に
発信してほしいと要求した。ところが何と書信係は「住所を書かねば発信させるわけに
いかん」と言い出したのである。「そんな話は聞いたことがない。法的根拠のない不当
弾圧だ。宛先の住所さえきちんと書いていれば手紙は手紙として届くのであって、差出
人の住所を書く義務はない」と言えば「所内生活の心得に、書いてある」の一点ばり。

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結局夕方点検時ハガキをつっ返してよこす。抗議しつつ、住所を書いて「今日中に発信
せよ」と発信要求。奴らは受けとりを拒否していたが、「今日中には発信できるかどう
かわからない」とかいいながらも、しぶしぶハガキを受けとる。(たぶん月曜日(十一
月二十日)に発信したのだろう) 全く、何の合理性もない、デタラメな“規則”なる
ものにがんじがらめにしばられているのである。
▼十一月十九日(日) 十一日に十日分として支給されたチリ紙がなくなってしまう。
要求すると看守は、「規定量以内でまにあわせないのが悪い」「悪いことしてきたくせ
に何を言ってるか」etc.言い、支給を拒否。あとは例によって呼んでも来ず。一時間
ほどしてから「ベニヤ板をとれ。ベニヤ板をとらなければチリ紙は入れない」と言い出
す。結局、二十五枚のチリ紙を支給させる。
▼十一月二十日(月) 朝、再度チリ紙要求。看守は「ちょっとまって」といいつつ、
支給せず。トイレに行くことすらもできない状態におかれているのでは食事をすることが
できない、と食事を拒否。そのうちに懲罰執行再開といって女区長がくる。懲罰房にぶち

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こまれてから、更にチリ紙を要求すると「ガンセンを書け」という。抗議しつつも「諸
ガン箋」に「抗議要求書」と題して、「チリ紙支給制限に抗議、必要十分量のチリ紙を
直ちに支給せよ」とかいて提出。すると女区長は「では、決裁をもらつてこなくてはな」
などとイヤガラセを始める。「すでにチリ紙を要求してから一時問半以上もたっている
(その間トイレにも行けない)ことを知りつつ、自分が“決裁”するくせになにを言っ
ているのか。イヤガラセはやめろ」と抗議すると、「おまえ、今すぐにクソがしたいの
か。それではかわいそうだから入れてやるか。ほれ早くクソをしろ」と言いつつ、二十
五枚のチリ紙を入れてよこす。そして「おまえ今、生理か、下痢か」etc.言い、獄中
者の生理状態まで支配管理しようとしているのである。このような愚ろう、干渉を許す
ことはできない。これまでの獄中者の長い斗いによってやっとかちとられた日用生活必
需品の無条件支給という権利を防衛しなければならない。
▼十一月二十四日 獄外事務局に発信した「白いハト」というタイの斗う人民の歌の楽
譜と歌詞をかいたびんせんが発信妨害される。理由は歌詞が原語で書かれているため。
この歌詞は差入された文書を丸写しにしたものにすぎず、原文を差入・閲読許可してお

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きながら、それを丸写しに便箋に書いただけで発信妨害とは納得いかない、と抗議する
が、ナシのツブテ。
▼十一月二十八日廊下で看守のみが暖まるために看が石油ストーブをたき始める。(午
後五時〜午前七時頃まで)
▼十一月二十九日 歯科治療で女区の歯科診療治療室へ行くと、それまで順番を待って
「楽しそうに」おしやべりをしていた女区の仲間たちを看が大あわてで外に追い出し、
「順番」を無視して私に診察椅子に坐るようにという。「何だと思ってるのよ。順番を
待っていた人が先でしよう。まるでコレラ菌がきたみたいじやないか」と抗議するが、
看医どもは私の発言を“冗談”だと誤解して笑いこけてその場をごまかそうとする。
追い出されて別の部屋にとじこめられた仲間たちは、もの珍しそうに私を見ている(ガ
ラス戸ごしに)  (半行ヌリッブシ)
この日、十一月十一日に支給された(三ケ月分として)洗濯石けんがなくなり、要求。
女区長、主任が現われて「ないものはない。ないものをよこせといわれてもやるわけに

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はいかない」と支給を拒否。抗議すれば「さわげ、さわげ。ドア叩くんなら叩け」など
と私が何もしていないのに挑発するのみ。しばらくしてから看守は「願箋を書け」といっ
てくる。「ないものはないといっていたのが、願せんを書くと出てくるのか」と追及す
ると、「願せんを書けばやるとはいってない」などと言い出す。「デタラメはやめよ。
これまできちんと支給してきたものが、急になくなるわけはない。すべての獄中者に必
要十分量の日用品を無条件で支給するのは、三度の食事、寝具等と同様に我々を拘束し
ている国家権力の義務だ」として「願箋」を拒否。奴らは支給を拒否。
▼十一月三十日 公判日。仮監での昼食時、いつもは2ケ入っているギョーザが1ヶし
か入っていなかったので看守に質問したら、「それが規定量。今日はみんな1ヶだけ。」
「おかしいと思うのなら東拘に帰ってから聞いてみろ」と居直る。さらに追及すると、
「みんなに2ヶずつ入れたのかどうかわからないので調査中」。さらに追及すると「ま
ちがいだった。2ヶ入れたと思っていたのだ。本当に1ヶしか入っていなかったのか」
などといいながらギョーザを1ヶ追加してよこす。間違いは仕方がないかもしれぬ。し
かし、それならばなぜ初めに聞いたときウソをいってごまかそうとしたのか。看守側の

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間違いはどんなものであっても間違いとして認めず、居直るという看守=東拘当局の
「体質」の表われである。ウソを言われて黙ってしまえば、奴らはそれですませてしま
うつもりだったのだろう。あとで、しつこく追及されたら、すぐにバレるウソであった
と判断して、何とかとりつくろう口実をもち出してきたにすぎないのである。しつこい
追及によって、ウソを言った看守二名に謝罪させる。
▼十二月一日 「洗たく石けんを支給しないのであれば、官で責任をもって獄中者の衣
類を洗たくさせよ」と要求するが、奴らは汚れた衣類を投げ返してよこし、「自分で汚
したものは自分で洗うのがあたりまえ」などといってくる。午後になって、「いらない
のであればひきあげる」といって汚れた衣頼を看守はもっていく。結局、下着について
は一週間、上衣・ズボンについては十一日間汚れ物を着ていることを余儀なくされ、そ
の後、奴らは官で洗たくする。
 しもやけ治療用の湯とゴム手袋を要求すると、例年は医務が診案にきて、しもやけの
状態をみてからその決定を下すのに、今年は、もう九月頃からの医務面会要求→黙殺、
診療要求→拒否、という状況がくり返されていて、医務は絶対に私の前に姿を現わそう

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としていない。(薬が必要なときも、医務は全く診察もなしにこちらが要求する薬を投
薬してくる。) ため、この日も、看守にしもやけをみせろなどと言ってくる。「医者自
身が見るべきだ」として、看守にみせることを拒否。湯・ゴム手袋支給も拒否される。
▼十二月二日 十一月三十日のギョーザの件で看守がウソをついたことについて、所長
に抗議、謝罪要求の面接要求をしていたところ、「すでに現場の看守が謝っているのだ
から謝罪はしない。ギョーザ1ヶ、パンツ一枚で大騒ぎするな、みっともない。」と女
区長が回答拒否通告。誰もパンツなどとは一言も言ってないのに、何故ここでパンツが
出てこなければならないのか? 何とかして獄中者をはずかしめ、愚弄したいというこ
となのだろうが、あきれてしまう。その後、午後の「室内体操」なる時間になり、私が
書きものをしていると、主任が「オイッ! 室内体操をやれッ!」と横柄な態度でいい
がかりをつけてくる。黙殺。猿まわしの猿ではないのだ。
▼十二月五日 十月十四日提出 サイトウ医師宛面接要求→回答しない。
十月二十一日提出  差入文書(診察概況)不許可領置についての抗議、説明要求→「心

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得」の二―十四―三
十一月十三日提出  獄組よりの差入文書スミヌリ弾圧への抗議→「心得」二―十四―
          三
十一月二十四日提出 �@獄中食(常菜、軟菜)の栄養価基準の告知要求 �A虫、ネズミ
          のフン、有毒であるじやがいもの芽を食物中に混入させないこと
          �B南三舎において不当に冷たい食事を食わされることに抗議
          →ききおく
十一月二十九日提出 �@洗たくひもの支給を差別することなく行え �A女区において、
          外に干す洗たくものの点数や日付を不当に制限しているそうだが
          それをやめよ→現状変更はしない
十二月四日提出   �@子供との面会妨害をやめろ。私は実際に過去、東拘で五、六才
          の子供と面会をしているのに、成田二二三五さんに対して「今ま
          で、子供と面会を許可したことは一度もない」などとウソ八百を
          いっているそうだが、ウソを撤回し、成田二二三五さんに謝罪せ
          よ �A永田洋子さんに対するチョーバツ攻撃に抗義。獄中者の正

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          当な抗議に対するチョーバツ弾圧は許されていない。まして永田
          さんは長期のデタラメ獄中「医療」拘禁により健康をハカイされ
          ており、チョーバツ弾圧は許さない→他人のことに口出しするな
 以上六点につき、所長面接回答“代理告知”なるものあり、「『法的根拠を示せ』と
いう回答にはなっていない」と抗議すると、「所内生活の心得は立派な法的根拠だ」な
どとデタラメをいう。子供との面会妨害について、あまりにも白々しいウソをいうので
追及すると、「もし、子供とあったというのなら、それは看守をだましてごまかして会
ったのだろう。」「ボールペンだの本だの隠す奴だから、こそこそ隠して会ったのだろ
う」「書類をみればちやんとわかる。そのような書類はない」という。立会看守の目の
前で、子供とお話ししているのに“だます”も“かくす”もないものだ。手品師じゃあ
あるまいし、五〜六才の子供を、どうやって「かくす」のか? 書類に奴らが書き込ん
でいなければ(書きこんであってもいくらでも改造することはできる)あったこともな
いといい張る。鉄面皮の大ゥソツキには、あきれて言葉もない。

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▼十二月六日 病況書(東拘医務部が裁判所へ提出した黒川同志の「病況書」)閲読不
許可処分撤回行訴と、日本赤軍手紙受信不許可撤回行訴の口頭弁論期日にもかかわらず、
原告として出廷する権利を侵害される。
 この日より、しもやけ治療用の湯とゴム手袋支給かちとる。(医務はとうとう診察も
なしに、“だまらせたい”一心でおれてでたもよう)その後、この湯を支給する際に、
看守は憎々しげに「ありがとうございますって言ってみないか! 自分の権利だの要求
ばかり言って、こっちの言うことは何ひとつきかないんだからッ!」などとブックサ言
っている。温浴終了後の湯で、タオルやぞうきんをゆすいでいるだけで「しもやけ用の
湯は洗たくするために支給しているのではない。そんなことをするのならやらないよ」
などとイヤガラセをしてくる看守がいる。
▼十二月十三日 チョーバツ取消請求行訴の口頭弁論期日。またしても出廷妨害。女区
長は「いつもと同じだな」などと言って理由をちやんと読みあげることすらしない。そ
して「おまえ、きのう女区の刑事被告人に声をかけたそうだが、声かけられた方の人は、
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知らない人から声かけられたので気持ち悪いといっているぞ。苦情がきている。だから、
こういうバカみたいなことはやめろ。こういうことがあるから、前から知らない人に見
境いなく声をかけるのはやめろと言っているのだ」などと言い出す。「そういうことで
あれば、知っている人や、お互いに声をかけあう者同士の場合はかまわんということな
のだな。それならば、これからお互いがあいさつをかわそうとしているのを妨害するの
はやめろ」というと、「バカ! それは監獄法で決まっとるのだ」などといい、結局、
獄中者同士が声をかけあったりすることそのものを、弾圧の対象としていることをバク
ロする。
▼十二月十四日 公判日。警察での取調検事の証人尋問。ミノハラ裁判長は、突然「そ
こで笑っている傍聴人二人。笑うのなら、外に出て笑って下さい!」などと言い出した。
笑っているなどといっても、それは表情でそうしていたにすぎない(声を出していなか
ったので、我々は笑っていたかどうかわからない)のに、それすらをも禁止しようとい
うのである。私はア然として「笑おうが怒ろうが勝手じやないか」と一言、声に出して
言ったら、即「荒井被告、退廷!」とロボット看守がガバッとたちあがり、私のところ

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に突進してきて、あれよあれよというまにひきずり出され、床に倒され、蹴られ、手錠
をかけられ、仮監までかつぎこまれる。もう、あきれてしまって言葉にならない。こん
な茶番があっていいものだろうか……。傍聴人は裁判長のお気に召す表情をしていなけ
れば、傍聴することが許されないとは! あとで、弁護士よりきいたら、二人の傍聴人
は拘束されてしまったという。このような奴らが、毎日毎日、こうして「被告」人とさ
れた人々を、死刑台へ監獄へと送りこみ、それでメシを食ってヌクヌクとしているのだ。
こういう奴らがこうして、日帝の暴力装置の一部分として、機能し、日帝の支配機構を
支えているのだ。全く怒りに耐えない。
▼奴らが十二月十四日現在いまだ回答していない「面接要求」は以下のとおり。
 *九月三十日付  女区の成田二一二〇さん、二〇八三さんに対する保安房ぶちこみ
          糾断。
 *十一月一日付  足利はじめ君に対するデタラメ医療糾断。医務部の足利君への暴
          言撤回と謝罪要求、足利君を病舎へ。
 *十一月二十日付 日用品支給制限への抗議、必要十分量支給要求。
 *十二月十一日付 佐々木希一君への東拘デタラメ「医療」糾断、獄外診察、治療要

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          求。
 *十二月・二日付 増渕利行君への東拘デタラメ「医療」糾断、獄外診察、治療要求。
▼緊急課題! 佐々木希一君、増渕利行君の病状悪化、デタラメ「医療」獄死攻撃に対
 する反撃を!
▼大拘でともに斗ってきた勝ちやん、武やん、山ちやんの獄外戦線復帰万才!
 獄中者組合の発展深化にむけて、ともに斗おう! 東拘女区では三里塚戦士二十六名
 を中心に団結した斗いがおし進められ、南三舎との交流も活発化しています。
 戦斗的団結を!

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                   180P

〈南三舎通信No.19〉 七九年一月二十日

(1)「情願書」作成妨害

 十二月二十五日から一月一日までの年末年始をチョーバツであけくれしたため(例年
     ・・
の休庁中の特別「チョーバツ執行停止」は今年より廃止された)私は一月四日までに提
出せよという(本来はこんな期限を奴らがつけてくること自体がおかしいのだが)「情
願書」をその日までに書き終えることができなかった。私はチョーバツによって筆記期
間及び「情願書」作成のために必要な資料の閲読を制限、妨害されたことに抗議し「期
限を指定するのであれば、少なくともその期限内は「情願書」作成が十分にできるよう
な状況(=チョーバツの執行停止)を保障せよ」として、提出期限の延長要求を行なっ
ておいた。ところが「期限切れ」の一月五日になって、奴らは、私の書きかけの「情願
書を暴力的にひったくっていって、私の反対を押しきって奴らが情願書用封筒に勝手に
封をして提出してしまうというデタラメを行なったのである。
 少し経過を説明すると、一月五日朝、担当部長が「『情願書』を出せ」と言ってきた

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ので、ゴチャゴチャのやりあいの末、書きかけの用紙のみ残して、まだ書いていない情
願用紙と袋を「改めて認書要求する」ということで返してやった。ところが九時頃にな
って、女区長が「途中までしか書いていないのなら、それは破いて捨てて新しく書き直
すか、途中まででもよいからそれを出すかどちらか一つにしろ。一〜二時間、時間の余
裕をやるから選択しろ」といってきた。そして「どちらをも拒否する」というと、「そ
うであれば、こちらで捜検をして破り捨てる」と言って去った。
 その二時間半後、昼食を食べているところに女区長が、警備隊長以下、暴力弾圧専門
の看守どもを八名ほどひきつれてやってきて、同じことを要求する。私は、「途中まで
しか書いていないものを出しても意味が通じない。すでに書いた分はあとで続きを書く
つもりであるから、破りすてるなどというもったいないことはできない。第一に、チリ
紙一枚すら制限以上のものを絶対に支給しない、予算がないといっているおまえたちが、
上等の罫紙を(本当に上等な罫紙なのだ。法務大臣などに出すのはもったいないのだ)
破り捨てろなどと強要するとは論理矛盾ではないか」と抗議し、不当な「指示」には従
うわけにはいかないとはねつけたところ、女区長、警備隊長ともう一人の男看守が房内
にズカズカとあがりこんできて「情願書」捜しを始めたのである。抗議すると、私を廊

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下にひきずり出し、両腕を後にまわして、暴力隊が私をおさえつけておいて、三人の男
看守は房内のあっちこっち(手紙の束、パンフ等の山など)をひっかきまわし、食いか
けの飯やはしまで床に落っことすという乱暴さで“捜検”し、十分位して目的のものを
見つけ出すと、私の抗議を無視し、私の両手を押さえつけておきながら、女区長が勝手
に途中までしか書いていない「情願書」を密封用の封筒に入れてのりづけして持ってい
つてしまったのである。女区長は「情願は権利ではない」と言い、「情願書」は検閲す
ることができず、獄中者が自ら封印をして提出することになっているという、「お上の
“情”」ことしてのこのペテン制度をもっともらしくするための最低限の形式すらもこう
してふみにじつたのである。(なお、「情願」なるもののペテン性は、七六年五月十九
日付〜七七年二月三十一日付までの私の「情願」に対する「裁決」なるものが、七八年
十二月二十六日に示されたことによって、ますますハッキリと表われているといえる。
その中には、鈴木君虐殺への抗議、岡本直一さ↓に対する札幌拘置所のデタラメ「医療」
〜南舎の隔離に至るまで二十四項目、いずれも棄却ないしは却下である)
 私は、翌一月六日「情願書作成許可願」なる反動的内容に満ち満ちた用紙に、「前回
不当チョーバツにより『情願書』作成の権利を奪われ、『情願書』を完成できなかった

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ので、改めて続きの『情願書』を作成する。東拘当局が私の『情願書』作成に関し、一
切の時間・資料制限をすることなく『情願』の権利行使を保障するよう要求する」と書
いて提出した。そして一月十三日に「無事」に書き終えて提出する段になったら、今度
は、「情願提出願」なるまたまた反動的な紙を持ってきたので、それも正しく書き直し
て、今度はきちんと自分で封をして、封印を押して(あたり前だが)出したら、女区長
と女区主任が(なぜか二人はいつもいっしよだ)口々に「おまえボールペンをムダにし
ているな、なんで“このたび”まで消さなきゃならんのだ。」「おまえは宗教の自由を否
定するのか。キリスト教の年号を使うのか。」「おまえらが書き方わからないから書いて
やってるんだよ。」「おまえに責任もって提出しろなどといわれなくたってこつちは責任
もって提出してやってるんだよ。」etc. 憎まれ口を叩きながら「情願書」を持ってい
った。

(2) 手紙スリカエ事件

 最近、三里塚戦士の間で頻繁に起きていた手紙(ハガキ)のスリカエが今度は私のと
ころでおきた。一月二日、チョーバツ執行停止獲得後、受けとった書信の中に、荒井政

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男さんが黒川芳正同志にあてたハガキが混入していた。直ちに抗議し、きちんと配達す
るよう要求し、(奴らはこのハガキを黙ってまちがえたことをひたかくしにして黒川同
志に渡し、政男さんにも自らの方からは何ひとつ謝罪することもしなかった)謝罪を要
求した。奴らは一月十二日になってやっと「調査したところ、当所のミスであることが
判明した。謝罪するとともに今後このようなことのないように十分配慮する。(配慮と
は何だ! 奴らはきちんと正しく郵便物を獄中者に届けるという義務を“配慮”してや
っておる、と考えているのか。「注意する」というのが正しい使い方である)なお、書
面による謝罪はしない」なる“回答”を行なってきた。更に追及すれば、「人間だもの
マチガイはある。書面で謝罪する必要はない」と居直り、そして同時に提出した、成田
関係の獄中者に対する手紙のスリカエとくに女区長(ヌリッブシ)成田二二五七氏に対
する居直りと暴行への抗議に対しては「他人のこと」云々で、回答を拒否してきた。女
区長に対し、「自分が居直り暴行を加えておきながら、他人のこと云々で逃げるのは卑
怯ではないか」と直接抗議すると、「見てもいないくせにデタラメをふきこまれて」と
いい、「あれはむこうがまちがっていたのであって、こっちのミスではない。暴行など
していない。謝罪の必要はない」と言い捨てて行った。こうして「自分のことだけ考え

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ろと強要する奴らが、チリ紙の必要十分量要求をすれば「自分のことしか考えない」etc.
言って抑圧してくるのはまさにコツケイである。

(3) 名前をひらがなで書いたとして発信妨害

 一月四日獄外Kさんにあてて発信要求したハガキが一月五日に戻されてきた。理由は
差出人の名前が「あらいまりこ」とひらがなで書いてあるからという。全く何ひとつ説
明することのできない看守との際限のないやりあいをしている時間的余裕がなかったの
と、急ぎのハガキであったために、妥協してひらがなの横に「荒井まり子」と書いて出
したら、またまた「二つも名前を書いてはダメだ」などと言いだす。トホホ……奴らは
ふざけているのではないのだ!? 私はあきれ返って「それは漢字の横にルビをふったも
のと同じだ。いいかげんにくだらないイヤガラセはやめて、さっさと発信しろ」と言う
と、「そうか、ではそのように説明しておく」などと言ってやっと持っていった。府中
刑のハン・ピョンチ氏が、ハン・ピョンチ宛できた電報の受信を妨害されたこと、まず
自らを「韓平治」(かんへいじ)ではなく、「韓平治」(ハンピヨンチ)と呼ばせることから
斗いを開始していったという意味を改めて考えさせられた。

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 一月十三日には小さな子供(むずかしい漢字の読めない)あての手紙にやはりひらが
なで書いたとして発信妨害をしてきたが、こんどは私も絶対にゆずらず、「漢字の読め
ない人に出す手紙に漢字を使用しろと強制する権利はないッ!」とつっぱねた。奴らは
「何才位の子供か。」などと、我々の手紙の相手に対してまで干歩を加えてき、グダグダ
といいながら、しぶしぶ持っていく。奴らの発信妨害の「論理」は「登録されていると
おりに書かなければダメだ。」の一点のみ。このようなしめつけ、弾圧、管理支配の強化
は、気まぐれのイヤガラセのように見えるが、実際は最近の一連の弾圧の強化と密接に
関連しているのであり、監獄法改悪の踏石が、こうした一見ささいな非人間的支配方式
の中に現われているものと思う。ひとつ、ひとつの弾圧に対し、きちんと対応していく
ことのつみ重ねが大切であると痛感する。

(4) ネコ騒動

 「毛布の中にネコをかかえているんじやないか!」「また、ネコがきている!」「ネ
コにエサをやってはダメだと言ったではないか!」「いい年をして、いつまでくだらん
ガキみたいなことをやってるんだ!」「こんどやったら板(トイレかくしに南三舎では

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べニヤ板のついたてが入っている)をとりあげるゾ!」「窓のところにおいてあるもの
をとりなさい! 視察妨害だ!」………
(窓の手前にいろいろの物を並べておいたとしても、当然ながらのぞき穴から房内はく
まなく見える。窓の外はフェンスで何も見えない。看守は外を見たかったら、外に行け
ばいいものを私の房内の内側から見えるフェンスを視察するためにのぞいているらしい
?)
 最近の看守どものうるさいことといったらない。ネコが私を親って遊びに来たからと
いって何なのであろうか? 彼らは私の「友人」たちを追い払うために私の監視を放り
投げてまで、隣房に忍び込んでいったり(隣房の窓を看守があけっ放しにしていったら
雪のふる寒い夜隣の房はネコ様たちの避寒住居となってしまった。なお、隣の房とは私
のチョーバツ房です)ホウキをもって窓のところにとび出していったり………、看守も
南三舎で監視する対象が増えたので大忙しの様子です。
 改めて自殺房の犯罪性を痛感する。奴らはすべての自殺房にテレビカメラを備えつけ
始めたという。断乎とした組織的反撃を!
                                荒井 まり子

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