・十一月二十四日 千葉拘のOさんより送られてきた絵ハガキ(五枚セット)を「在監者
同の物の授受禁止」として、一見後領置を強制される。十一月十二日には八日市場拘の
Sさんより送られてきた絵ハガキセットが何の妨害もなく入っていることより、許可不
許可の基準について質問すると、女区長は「必要と認めなければ領置する。個々の場合
によって違うから基準など示すわけがない。」「(前に入ったのは)そのとき必要ありと
認めたからだろう」と恣意的弾圧に対して居直る。
十一月二十六日に強制領置された絵ハガキの舎下を要求(強制領置そのものの不当性
に抗議し、訴訟連絡等に使用する旨記載)すると、女区長は「訴訟連絡の通信に使うの
はわかったが、なぜあの絵ハガキを訴訟連絡の通信に使わねばならないのか?疎明しろ」
として不許可としてきた。「そっちこそ、なぜあの絵ハガキを訴訟連絡に使ってはいけ
ないのか説明しろ」というと「ハイ終わり」といって逃亡。
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・十二月二十二日 懲バツ中に八日市場拘から千葉拘に移監になったSさんが、二度に
わたって絵ハガキの郵送差入をしてくれていた。ところが、この絵ハガキについては懲
バツ中に差入の告知すらなかったので、十二月二十二日の執行停止時、差入告知と強制
領置告知をしにきた女区長にその旨抗議すると、女区長は「本来懲バツ中に差入の告知
などしてやる必要はないのだ。懲バツ中は差入もさせないのが本当だ。食糧だって何だ
って差入させないのだ。よその拘置所ではそうしている」と超ファシスト的言辞を弄す。
強制領置、舎下不許は千葉拘Oさんの場合と同じ。
・十一月二十七日 不当ヌリッブシ(大拘、横拘、京拘などでは同じ本でもヌリッブシ
されていない)を承諾しなかったために舎下を不許とされていた「でっちあげ」という
本を獄外の人に郵送宅下しようとしたら、「郵送宅下は一旦、舎下したあとでなければ
できない。従ってヌリッブシをしたあとでなければ許可しない。窓口宅下なら領置から
そのままいくのでできる」として妨害される。私が「郵宅するときに中を見ないで出せ
ばいいのではないか」と言っても「ダメ」の一点ばり。
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・十一月二十四日 差入になった年賀ハガキは、十一月二十九日からの一ヶ月もの懲バ
ツによって全く書けなかったため、獄外にそのまま郵送宅下を要求したところ、女区長
は「本来はダメなのだが、今回は懲バツで年賀状はかけなかっただろうから、特別認め
る」といってきた。切手、ハガキの宅下・郵送については、従来「本来はダメ」などと
いうことはありえなかったのであるから、郵宅に関して、単に「在監者間」のやりとり
だけでなく、獄外者へのそれについても規制妨害が強められていることになる。

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・十一月二十九日 不当懲バツ言い渡しあり。言い渡しにK備隊をゾロゾロつれてやっ
てきた保安課長に「言い渡し内容を筆記するから、ゆっくり読め」と要求するが、わざ
と書きとれないような早さで読みあげる。抗議すると、「おまえ本当に大学にいったの
か? 大学の講義はもっと早いゾ!」とトンチンカンのことをいい、「おまえ頭悪いな
ァ。もっと勉強した方がいいゾ。宮城はキュウジョウと読むのだゾ。いくら宮城県出身
だって、そんなこともわからんでどうするんだ。破戒の戒も違っとったゾ。あれでは島
崎藤村が泣くぞ。」と関係ないことを言い、女区長が横から「俺もサンケイをとってるけ
ど、あれだけ新聞に書かれてもまだわからんのか。もっと勉強しろ!」とさんざんケナ
していく。これは私が漢字に弱くてよく手紙の中に誤字を書いたり読み方をまちがえた
りしたことに対するもので、裁判所の意見陳述の時にまちがえた読み方をしてしまった
ことをサンケイ新聞がとらえて、それを利用して「こんなことを大まじめで言っている
のだから、彼らの行動が狂気のサタだということはハッキリしている」というふうに、
「漢字の読みまちがい=キチガイ」として、書きたてたことを言っている。(もっと勉
強したいのに、勉強することを妨害しているのはどっちだ!)奴らは、口々にそう言い
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あって嘲笑していたが、言い終ると、強制連行用のタンカ・ロープを見せびらかし「出
て来い!」とドーカツ。そしてズカズカと房内にあがってきて、まだ筆記途中の私の腕
をとり、保安房へぶちこもうとする。私一人を隣の懲バツ房に移動させるのには、「実
力行使」するなら、男看守一〜二名で十分であり、いつもそうしてきた(十秒もかから
ずにポイッと隣房に手足をおさえて放りこんでしまう)のに、今回はわざわざ歩いて五
分以上かかる(タンカに縄でくくりつけてサルグツワをしてからだから、十五分位はか
かるだろうか?)女区の保安房まで強制連行しようというのであるからゴクロウなこと
である。奴らの挑発に乗らずに抗議しつつも、懲バツ房に移動し、すぐに「懲バツ執停
要求書を書くから紙を持ってきて」と要求すると、女区長「そんなものはない。諸ガン
箋ならある。諸ガン箋と言わなきややらんでもよい」と末端看守に命令。「そんなに諸
ガン箋と言ってほしいのか」と聞くと「バカだなァ。誰も言ってほしくないよ。やらな
いだけだよ。困るのはそっちの方だ。」という。(その後「諸ガン箋なるもの」というと
もってくるようになったが、女区長は、「諸ガン箋そのものはあるが、諸ガン箋なるも
のはない。」とイヤガラセ、以後「あんた方が諸ガン箋と呼んでいるものだ」とか「諸ガ
ン箋と印刷されてある紙だ」とかいっても「そんなものナイ」なるイヤガラセが続いて
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おり、諸要求をするたびにガタガタしている。以前は、むこうの方から「ガンセン書け」
と持ってきたくせに、最近はファシスト女区長の教育によって末端看字はことごとく反
動化しており、トラブルが絶えない)そして「年末も近いことだし、このへんで捜検や
ってそのへんの汚ならしいもの、全部ハイキするか」と、イヤガラセしてくる。(結局
紙ヒモを盗んだだけで、整理箱等は盗まれなかった)また、今回の懲バツより、従来ま
では懲バツ中でも所持できた郵券袋の所持が禁止された。(前回の懲バツ中に筆記ずみ
のハガキをもっていたことへの報復である)
・十一月三十日〜十二月三日までは懲バツの「部分解除」すら認められず、弁護人選任
依頼の手紙筆記すらも懲バツが終ってからゆっくりやれとして妨害され、弁護人選任権
接見交通権をまっこうから否定。
・十二月一日 これまでは懲バツ中といえども郵送宅下は妨害されなかったのに、妨害
される。
午後二時三十分頃、巡閲官「情願」なるものについて、メモ用紙一枚、ポールペン一
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本、封筒一枚のみ入れて「ボールペンは書き終ったら出せ」といっていく。必要資料は
一切入れず。結局ボールペンは十二月三日午後十二時まで入りっぱなしになっていたが、
「ジョーガン」に際して、資料がないので十分に準備することはできなかった。
・十二月三日 今回の懲バツに対して民訴・行訴を提起するための訴状作成と告訴状作
成の理由に関してのみ「訴状・告訴状を提出するまで一日四時間の部分解除を認める」
といわれる。が、資料は要求したものの半分も入らず。あいかわらず、弁護士あて手紙
筆記は妨害。
・十二月四日 「弁護士選任依頼の手紙は書くだけ書いてみろ。そのための資料として
検察論告のみ入れる」といってくる。が、手紙についても「書けば必ず発信させるとは
限らない。内容を見てから決める」と手紙の内容にも不当介入。「検察論告だけでは手
紙はかけない。公判方針の打ちあわせには被告、弁護側の最終意陳は少なくとも入れる
べきだ」と抗議するが、「それは懲バツが終ってからゆっくりやれ」として不許可とす
る。
その後、懲バツ中閲読資料については、弁護士より「十二月二十二日に弁護団会議を
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行なうので、それまでに被告、弁護人の最終意陳、公判調書、検察論告などを詳細に検
討して具体的意見をよこすように」とのハガキが来たにもかかわらず、弁護人の最終意
陳をひとつ入れたのみで、他は全く入れようとしなかった。これまでの懲バツにおいて
は、判決前を除いて、要求資料についてはほぼ認められていたことからも、この弾圧強
化はひどいものである。
・十二月七日 公判調書閲読申請書を提出すると女区長は「本当はこんなものウチで出
してやる義務はないんだ。たまたま地裁、高裁へは毎日行っているから、恩恵的に持っ
ていってやるんだゾ。家裁や最高裁では全部自分の費用で出すんだゾ。わかってるのか
オイ! ありがとうぐらい言え!」とエバリちらしていく。「めぐんで下さい。お願い
しますと言え!」「諸ガン箋と言え!」などと強要する女区長ならではの発言であろう。
奴は懲バツ中何度も、執行停止要求ではなく免罰願を出せ!」といっていく。
・懲バツ中、寒いのと運動不足解消のため房内をグルグル動きまわっていると、女区長
「ここは動物園じやないのだから、くされたクマみたいに畳の上をウロウロ歩きまわる
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ナ。動物園とまちがってるのか。オイ!」とどなりこんでくる。末端看守もまわりに誰
もいないから、タイクツしのぎに歌を歌っていると「歌を歌うな! オンチ! 耳がく
される!」 歩いていたり、体操したりしてれば、「じっと坐ってろ!」 黙って坐っ
ていれば、「コラ、眠っているんじやないか。ちやんと起きていろ!」 そしてフトン
の中で眠っているときでさえ「黙ってねろ!」(これは、看守が二〜三階のラジオの歌
を私がフトンの中で歌っていると誤解して言ったらしい)と、そのうるさいこと、うる
さいこと。また、トイレにいこうとしているとS看守がのぞいたので、看守がいなくな
ってからトイレに行こうと思って、トイレに行くのを中止すると、それを知った看守は
その後二十分近くものぞき穴から目を離さず「あんたもおかしい人だね。トイレにも行
かずに何をやってるの」とせせら笑うというイヤガラセを行なう。また懲バツ中に運動
が四回あったが、四回ともわざわざ陽あたりのもっとも悪いところで運動するよう強要
され、懲バツ中は、目かくしフェンスの房で一条の日光にもあたれない上に戸外運動時
も日光をあびることを妨害された。日光のサンサンと照っているところは空房にしてお
き、自分たちは四人もせいぞろいして(区長、主任、担当部長……以上男、女看守)た
った一人の獄中者が運動しているところを日なたぼっこしながらペチャクチャとおしや
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べりし、嘲笑するという卑劣なことを行なう。それで少しでも抗議すると「運動中止だ。
出てこい!」とドーカツ。
・十二月十二日には「運動に出る前にトイレに行って着がえをする。終ったら報知器を
おろすからそれまではのぞくな」といってトイレに入っていたところを女区主任(男)
が、いきなりのぞいたので抗議すると「そんなら運動中止だ」と支離滅裂な弾圧をかけ
てきた。「主任のハレンチ行為に抗議したら運動まで妨害するというのはどう考えても
辻褄があわない。そのようなデタラメのやりたい放題をやっても、今はこの懲バツに関
して民訴行訴をおこしているから、全部バクロされるのだ」というと、奴は「それはオ
ドカシか?」といいつつ、その後「今はコーフンしているからダメだ」などと運動妨害
を正当化した。「コーフンしているのは主任の方だろう」と抗議すると、しばらくして
女区長がきて運動に出させるには出させたが、その際「主任はもうコーフンはおさまっ
たのか」ときくと、「オレはまだコーフンしている」などと口走る。そして、腹いせに
もっとも陽あたりの悪い運動場(十月二十三日にはそこで運動しようとしたら妨害され、
保安房にぶちこまれたところ。午前中はもっとも陽あたりがよいが、午後は逆になる。
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懲バツ中運動は午後二時頃に行なわれる)を使用させたのである。
・十二月十七日 懲バツ中入浴に行く時、折れたヘアピンを持っていたとして、S看守
にかっぱらわれる。その後入浴の最中にS看守は、「捜検する」と称して脱いであった
衣類を全部かっぱらっていく。お湯をかけて抵抗。衣類は入浴時間終了まぎわにドロン
コ(床におっことしたため)になって返ってくる。私が入浴している間に奴らは、懲バ
ツ房内をひっかきまわす。
・十二月二十日 懲バツ中「顔そり」が再び禁止される。「この前は、懲バツ中に顔ソ
リをしたではないか」と抗議すると、例によって「この前は特別にやってやったのだ」
と居直る。懲バツ内容が恣意的にクルクル変わる。
・十二月二十二日 裁判所への懲バツ執行停止申立の訴訟救助が却下になったので(本
案については訴訟救助付与するが、領置金が三〇〇〇円あるなら、五〇〇円の貼用印紙
・・・
代は払えるハズだ、などという全くフザケタもの。全財産が三〇〇〇円で、以後金銭収
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入の見通しの全くない獄中者にさえ訴救が「付与」されなければ、一体どんな人に「付
与」されるのか?) 即時抗告を行なうとして十二月二十二〜二十七日まで執停をかち
とる。ここ一年位の間に懲バツが強化されて、提出期限の決まっている書類作成に関し
ても執行停止は認められなかった(そのために提出が遅れて期限内に到着せず、却下と
なることさえあった)ので、この「許可」は以外であった。全く恣意的な弾圧がなされ
るので、奴らの出方を予測することが困難になってきている。“前例”を重視するはず
の「役所」が“前例”を全く無視するからだ。今回「許可」になったのは、民訴行訴で
の反撃によるものだろう。
・十二月二十七日 即時抗告申立書は、十二月二十七日までに裁判所に届けなければな
らないので十二月二十六日午後速達で発信したら、十二月二十七日の午後になって執停
をとり消し、懲バツ執行を再開される。この日はちょうど昼食時間後面会があったのだ
が、面会から帰ってきたら、ローカに女区長と女区主任がおり、フトン、日用品等がす
でに懲バツ房に移されていた。「十二月二十七日まで執停といったはずだ」と抗議し、
切手をはって出すだけになっていた手紙だけでも出させるよう要求。手紙発信はかちと
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る。
再執行後は「情願」と告訴状作成に関してしか「部分解除」は認められず、官庁休み
を口実として、民訴行訴関係の書類作成についても認めず、十二月二十一日までは懲バ
ツ中閲読を認められていた資料すら認められず、また休庁中を理由に懲罰執停要求すら
うけつけないという不当弾圧にあう。しかし、十二月二十八日〜一月三日の休庁中は懲
バツでなくても懲バツ同然(手紙、差入、面会、運動などが妨害される)なので、同じ
懲バツになるなら、年末〜年始になった方がよいということはある。七六年までは年末
〜年始は、「特別」に懲バツ執停が認められていたのだが、それもなくなってからは、毎年
くれ〜正月は懲バツで明けくれしていることになる。懲バツ中は、「部分解除」以外の時
間は、運動してるかネコと話ししてるかしてるので、すぐに時間がすぎてしまう。

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・十二月二十七日 支援集会へ連帯して一日ハンスト。奴らのハンスト破り工作は以下
のとおり。
朝八時頃、主任が来て(形式的)「メシをくえ。」黙殺。その後、運動終了後「情願」
の紙切れを持ってきたときに再び「メシをくえ!」「メシを食わないとネコがかわいそ
うだゾ。」いつも、ムキになってネコを追っ払ってる奴がそんなことをいうので、おか
しくなって「ネコのことまで心配してくれるのか」というと、「そうだ。ネコは、今日
はエサもらえないんで来ないのではないか?」という。すると横から女看守が口を出し
「ネコのエサはもってる」という。私が今日のハンストに備えてきのうの夕食のおでん
のちくわをとっておいてバケツの中に入れておいたのを運動中に盗み見たらしい。(こ
のちくわは、その後、面会に行ってる際中に女区長と主任に盗まれてしまった。)その
後懲バツ再執行にやってきた女区長が「オレ、きのう泊りだったんだよ」と妙な調子で
話しかけてくるので、「おまえが泊りだろうと何だろうと私の知ったこっちやない」と
思って聞き流していると「そしたら、みんなあったかそうにしていたゾ。上から下まで
私服着ているのもいたナ」などと何だか関係のないことをいう。そして「何のためにハ
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ンストしてるんだ。ハンストやるったって要領よくやらなきやダメだぞ。一週間ハンス
トやるなんていう奴はみんな食うわ食うわ。『何だオマエ食ってるじゃないか』という
とニヤッと笑ってそれで終りよ。おまえは要領が悪いんだ。」などと例によって例の如し
中傷をふりまいていく。その後、いつもの見まわりにきた保安課長が再び「何でハンス
トしてるんだ」と言ってきたので黙殺していると、「おまえだけだぞ。ハンストしてい
るのは。AもBもハンストなんかしていないぞ。一番頭の悪いのが一人、ハンストやっ
てるのだ。」という。「ふーん、それから?」と開くと、「東拘二〇〇〇人中おまえたっ
た一人がハンストしてるんだ。おまえ四年間も同じやり方やって、全く進歩がないなァ。
そういうのを硬直した思考というのだ。融通性がないというのだ。周囲の状況をよく見
てうまくやらなければダメだ。全くおまえは頭が悪い。もっと勉強しろ」etc.と説教(?)
をたれていく。
・十二月三十日 (一行ヌリッブシ)終ってから、汚れものをふいたチリ紙をトイレに
すてたところ看守が「トイレがつまる!」などと言ってきた。メモ用紙を捨てたと勘違
いしたらしい。懲バツ中で、奴らはびんせん一枚、わらばん紙一枚にいたるまで数えあ
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げているのにメモ用紙など持てるわけがないのだ。私の場合は、いつもメモなしのぶっ
つけ本番でやることにしている。まわりの「受刑者」仲間は、一言でも反応を示せば、
弾圧にあうので、全く直接的には反応を示すことはない。既決囚の組織化というのは現
在のようながんじがらめの状態では非常に困難である。が、出獄してから連絡をとって
くるという人もいるので、(そして東拘の既決囚は大体、一〜二年という短期の人が多
いので)そちらの方に期待した方がよいと思う。その際にいつも思うのは「獄中者組合」
連絡先として電話番号を公表したらいいのではないかということである。私書箱45号で
は、未決の獄中者ならそれでもいいかもしれないが、一旦外に出てしまったら連絡がし
にくくなるのではないか? 出獄したばかりの人は仕事も、住所も定まっていない人が
多い。当然ながら手紙を出すということとは縁遠くなる。金もない、仕事もない、寝る
ところもないで、とほうにくれ再び獄中生活を強いられる人が多い。そんなとき「出獄
したら、○○へ電話を入れて、因っていることがあれば相談するように」というような
ことを言えたらどんなにいいだろうかと思うのである。出獄後、外の連絡先がわからな
くて、獄中者の方に連絡をしてくる人もいる。しかし、獄中者の方と確実に連絡をとる
には、ウイーク・デイの昼間に面会に来る以外にない。しかし面会は、懲バツやその他
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でせっかく来てもできないままに帰らざるを得ない時がある。また、たとえ面会できた
としても、看守の前では語りにくいことがある。獄中者には結局、その人の困っている
状況に何の力にもなれないという制約もある。仕事捜しに歩きまわっている時、あるい
はやっとみつけた仕事に専念せざるをえない時、これでは全く何もならないのである。
「獄中者組合」もビラなどに電話番号を印刷して配るようにしてほしい。「獄中者組合」
が本当に地に足のついたものとなるためには、出獄者が“気軽に”連絡がとりあえるよ
うなものにし、二度と同様の形で資本と権力のエジキとされることのないようにしてい
くことが大切と思う。電話番号の公表は、その第一歩となるのではないだろうか?
(一月八日新たな懲バツの取調呼出しあり、また近日中懲バツとなります。)

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