〈資 料〉

荒井まり子保釈関係一覧

�@五三・三・一三 (第一回)保釈請求
   東拘看守による暴行、視力の低下、拘禁性過少月経、レイノー症
   東北大学医療技術短期大学部休学期限(五三・三・三一) 嘆願書一三〇通余
   (本人の友人・知人、父母の友人・知人ら。) 三月十一日渡辺氏より持参の上提
   供を受ける中
 検事意見、東拘大井医務部長の電話聴取。
三・二四 (却下)
三・二八 抗告申立
四・五  上申書(休学限度は五三・一〇がギリギリ、実質上新学期開校時に復学する
   ことが必要。)
五・九  右抗告決定(棄却  東高第六刑)

�A五三・八・二三保釈請求(第二回目)
   五三・一〇・三一までの休学の許可(後がない。) 資料添付
 検事意見 (幇助犯とはいっても共謀共同正犯的色彩の強いもの)
九・四  決定 (却下) 一・四号
一〇・七 抗告申立 (一六頁)請願書二〇四通
一〇・一六 抗告棄却 (東高第七刑)
   請顔書二〇〇通以上添付。友人・知人の復学にかける願い。

�B五三・一〇・二三保釈請求(第三回目)
   (九月二十八日の第五〇回期日に一五〇通の自白詞書の取調請求)五三・一〇・
   三一復学の期限
一〇・二四 請求却下決定
一〇・二六 抗告申立
一〇・二七 抗告棄却(東高第六刑 十月三十一日の復学期限を見込んでの決定)

                   263P

�C五四・三、・一九保釈請求(第四回目)
   五四・三・一二第六一回検察官立証の終了。公訴提起以来三年九ヶ月。
   大学の関係は、十月三十一日付にて退学願――受理の形になっている。この形の
   方が再入学等の場合有利だとする父母の判断。
 検事意見・補充意見(四・六)資料五点
四・一四 右に対する弁護人の意見(反論)
四・二六 却下決定

�D五四・六・一四 保釈請求(第五回目)
   (五月七日、五月十四日弁護士冒頭陳述六月十八日第六八回で証人取調終了予定)
大学 再入学が困難な場合、東北鍼灸学院。最悪の場合、清水医院看護助手。清水宏幸
   氏の承諾。
 検事意見 (荒井、大道寺将司の被告人質問で検察に対する供述を覆えしたこと。「腹
   々時計VOL�U」佐々木祥氏の事件
七・四  却下決定

�E五四・一〇・二五保釈請求(第六回目)
   十月一日、十月二日の弁論。検事論告の   ズサンな内容。十月二十四日弁論要旨、
   最終意見書の届出。
一〇・二五 補充意見(弁護人)一十月二十三日の看守の暴力・同日付報告書(十月二
   十五日接見によって聴取したもの)
二・八 付検事意見(十月二十八日未明の第二ハザマビル新築工事現場爆破事件の報道、
   論告後の荒井の人民新聞への投稿、佐々木祥氏十月十九日保釈釈放。それ故闘争
   のため所在をくらますことが十分予想される)
二・一五 却下決定(十一月十二日判決言渡懲役八年、算入七〇〇日)

                     264P

昭和五〇年合(わ)第二二二号
同年六月二八日公訴提起
    保 釈 請 求 書
        爆発物取締罰則違反幇助
            被告人 荒井まり子
 右の者頭書被告事件につき勾留中のところ左記理由により保釈の許可願いたく請求する。
 昭和五四年一〇月二五日
               右弁護人
東京地方裁判所刑事第五部
            御 中

           記
一、「検察官の論告意見と弁護人の弁論及び被告人の最終意見陳述
 本年八月二〇日の公判期日において、検察官は論告意見を陳述したが、その被告人に関する
部分は、極めて実質の乏しいものであり、検察官の一方的かつ独善的な論理に満ちている。例
えば、三菱重工事件と被告人との関係について論述する部分に至っては、その余りの暴論に弁
護人としても怒りを禁じ得ない程である。この検察官の論告意見に対しては、一〇月一日、二
日の公判期日に弁護人及び被告人において、暴露批判したところであって、かような一方的で
論拠の脆い主張が公訴提起からしても四年四ヶ月の長期間にわたって被告人の身柄拘束の基礎
になっていたことを思うと、唖然とせざるを得ないのである。
 最終弁論において論じたように検察官の被告人の罪責について述べる証拠の選択及びその判
断は誤謬に満ちており、しかも不意打ち的なものに過ぎないものである。又、検察官が掲げる
各証拠は、当初よりその手中にあったものばかりであり、特に本件審査において攻撃・防禦が
たたかわされたものでもない。被告人の罪体について弁護人が反証の段階でなしたことは、わ

                     265P

ずかに被告人質問と、相被告人大道寺将司に対する被告人質問のみ(合計数時間足らず)であ
る。
 あくまでも被告人と三菱重工事件とを結びつけようとした検察官の悪意の主張の維持が、か
くも被告人の身柄拘束状態を長期化させたものであると今更ながらに感ぜざるを行ない。一〇
月二四日弁護人は、当裁判所に、弁論要旨、被告人の最終意見陳述等関係書面を全て届け出た。
この上は、一刻も早い保釈許可を願わざるを得ない。
二、被告人に逃亡のおそれは全然有り得ない。
 検察官は、従来より、被告人が保釈になれば所在を晦ますことが十分予想されるなどと、声
高に述べてきたが、それは検察官の―方的な偏見、虚言にすぎず、何ら根拠もない。
 検察官の論告において見られる悪らつな思想攻撃と、白を黒と言いくそめる発想は、右保釈
に関する検察官の意見と同根のものなのである。一人の悪意に満ちた検察官の主観的主張が、被
告人を見守る一〇〇人以上の友人・知人の確約両親の切ない思いと全てを賭けても被告人の身
柄の確保の誓約をすると言うその意思、被告人の就職について了解している医師(仙台市若林
五丁目清水医院院長)清水宏幸氏らの意思に優るのであろうか。
 弁護人においても、従来繰り返し表明しているように、被告人の身柄確保については責任を
もって誓約する。
三、以上の次第であり、公訴提起以降すでに四年四ケ月の文字通り不当に長期化されていること、
被告人の勾留状態は、本来の勾留の目的を逸脱して同人に肉体的精神的苦痛を強いていること
 (東京拘置所における被告人の処遇については、証拠として提出した、昭和五四年六月八日付本
弁護士連合会会長の法務大臣らに対する勧告書参照。この不当な被告人の南三舎への隔離の措
置は、被告人をして、度重なる看守らの暴行にさらすことになったのである。一〇月二三日に

                     266P

又しても看守の暴行が加えられ、被告人は保安房に収容された。)その身柄確保の確実性を考
慮の上、至急保釈が許可されなけれげならないものと確信する。
 尚、身柄引受関係、制限住居等については従前どおりであり、資料は全て援用する。

   *       *       *

  保 釈 請 求 補 充 意 見
        爆発物取締罰則違反幇助
             被告人 荒井まり子
 右被告人の保釈請求について次のとおり主張を補充する。
 昭和五四年一〇月二五日
             右弁護人 新美 隆
東京地方裁判所刑事第五部 御中
           記
 被告人が一〇月二三日の運動時間に東京拘置所の看守によって受けた措置の実情については、
別添の報告書のとおりであるが、今回の事件の不当性は当然としても、この拘置所側の対応の
中には、被告人に対する敵視の意図が如実に現われており、その点について当裁判所の注意を
喚起したいと考える。被告人に対する勾留の状態は、勾留の目的をはるかに逸脱しており、こ
の状態は、被告人の南三舎隔離以降特に顕著である。特に今回の件について見られる拘置所側
の対応は、最低限の公務員としての配慮よりも看守個人の感情が先行してしまっているもので
あり、処遇とは名ばかりの攻撃的なものであり、拘置所の対応は末期的と言う他はない。
 これらの責任の有無、その追及は別に考えるべきであるものの、被告人の自由を回復するた
めには、保釈許可によってまず実現する以外に方途はない。

                     267P

  報 告 書
        被告人 荒井まり子
 当職は、右被告人に対する爆発物取締罰則違反幇助被告事件の弁護人であるが、昭和五四年
一〇月二四日午後零時三〇分ころ、被告人より電報による連絡があったので、翌二五日午前十
一時三〇分より午後零時迄東京拘置所女子接見室(第四号室)にて同人に接見の上、事情を聴
取したのでその内容について次のとおり報告書を提出する。
 昭和五四年一〇月二五日
     港区西新橋一丁目八番七号藤野ビル二階
      新橋法律事務所
             右弁護人 新美 隆
東京地方裁判所刑事第五部 殿
           記
事情聴取した内容 別紙のとおり
(なお「私」とあるのは、被告人荒井まり子)
【別紙】
「一〇月二三日午前九時三〇分ころ、いつものように運動時間になったので(一日につき三〇
分間)運動場に出て全部で一〇箇ある仕切の内陽の当りのよい、いつもの場所に入ろうとした
ら、看守よりそこは駄目だと言われて、反対側の日陰になっている運動場(以上の位置関孫に
ついては別紙1参照)に入れられた。いつもの運動場であるし、一日三〇分という日光に当る
わずかな時間なので、出来る限り陽に当りたいと思い、なぜ駄目なのかと問い正したら、近く
で工事をしているので危ない、というのが看守の答えだった。運動場の金網から少し離れたと
ころに塀があり、それが先日の台風で壊れたので修理をしていたのであるが、その工事のこと
を看守は指していることがわかったので、私の方から「距離も離れているし、運動場に物が落
ちてくるとかは全然関係ないのだから危険と言うことはどういうことか。」と述べたら、「工事を
しているところが見えるから都合が悪い」と言う答が今度は返ってきた。私は、わずか三〇分

                     268P

間を陽の当る処で運動したいと思っているだけなのに、そのような理由で日陰に入れるのは余
りに理不尽だと考えて抗議したら、男性の看守と女区の主任看守に手足をかかえられて南三舎
の房内に放りこまれた。
二、房内に放り込まれてジッとしていると、看守がやってきて「お前にはあと一三分残っている。
運動する気があるのなら出ろ」と言われたので又運動場に出た。九時半ころ、全部日陰になっ
ていた運動場も隅の方が少し陽が当るようになっていたので、ここでも仕方ないと思い運動し
ようと思って入口から入ろうとしたところ、女区長が入口のところに立っているので、「なぜ
私に対してあのようなことをするのか」と言ったところ、女区長は「お前はいるだけでジャマ
なんだよ」と繰り返しののしるので、先程の陽当りの場所から追い出したことの不当性につい
て話しはじめると、女区長が突然「もう駄目だ」と叫び、それを合図にしたかのように一〇人位
の看守が立ち現われ、私の腕を把んでいる女区長のところに駆けて来て、担架の上に私をうつ
ぶせに押え込み、両手足を縄でしばり、さるぐつわをして私の髪を引っぱるなどして女区の保
安房まで連行した。これは午前一〇時ころのことだと思う。
三、保安房に入れられてから自分の着ていた官衣のズボンを見ると、後ろの尻の部分が大きく割
けているし左のチャックのところが壊れて開いたままになっているし、体中のあちこちに痛み
があり、両手足の部分が内出血をしている箇所がかなりあった。もう二日間経っているので少
し薄くなっているかも知れない(この時、被告人は当職に対して両手足の内出血をしている部
分を示したので、それを検分した上写生した図を別紙2として添付する。)ズボンの他、下着も
汚れていたので、保安房の中から看守にズボンの取り換え、下着類の取り換え、雑布、洗面具

                     269P

を要求したが、仲々聞いて貰えず、二・三時位経ってから下着類が房内に入れられ、夜になっ
てから雑巾とタオルが入れられた。夕方の点検の際に、石けんと歯ブラシを入れてほしいと要
求すると、看守は「こんな状態では駄目だ」と言って断わった。
四、 一〇月二四日の朝になって女区長がやって来て石けんと歯ブラシを持って来て「お願いしま
す。めぐんで下さい、と言え」などと言った上で、ようやく入れた。弁護人にとにかく連絡し
ておきたいと思い(保安房収容中は一般の面会は出来ないので遠くから面会に来て貰っても会
えないことになる。)電報の発信を要求したら、従来は電文は被告人の方で書いて差し出してい
たのであるが、この時は私自身に電文を書かせず、「書いてやるから電文を言え」と言ってそ
の内容に文句をつけたりした。電報だけではよくわからないので弁護人に手紙を出そうと考え
て、その後手紙の発信を要求したが全く取り上げられなかった。夕方の点検の際「早く房に帰
せ」と言うとニヤニヤしているだけである。夜気分が悪くなり黄色の胃液を吐いた。
五、 一〇月二五日朝、体調が悪く起きることが出来ずフトンの上に横になっていると、点検の主
任看守が来てフトンを引っぱり出して持ち去り、せわて横になりたいと思いマクラを持っている
と、土足のまま入って来てマクラを取り上げて行った。思わず「早く房に帰せ」と言うと、看
守は「お前が望んでいる女区に帰って来たのではないか。」と言いながら行ってしまった(弁護
人註、被告人荒井まり子は、昭和五一年四月一七日以降男子懲役監である南三舎に隔離拘禁さ
れている。尚、昭和五四年六月八日付日弁連勧告書参照。)
 その後も繰り返し弁護人や裁判所宛の手紙の発信要求や診察の要請をしたが、全て拒絶され
たままである。従来は、このようなことは決してなかったのに、今向は明らかに拘置所のやり

                     270P

方は異なっていると強く感じる。ズボンの取り換えの要求もその都度しているが、「何か都合
の悪いことがあるのか。そのままでも別に困ることはないだろう。」とニヤニヤしながら答える
ばかりである。
六、 今の状態がいつまで続くか判らない。看守の対応はこの間エスカレートしている。父親が土
曜日に古川より面会に来ることになっているが面会できないかも知れないので伝えて欲しい。


                     271P


                     272P

昭和五〇年合印(わ)第二二二号
昭和五〇年六月二八日公訴提起
         昭和五〇年六月二八日勾留
  求  意  見
            被告人 荒井まり子
 右の者に対する爆発物取締罰則違反幇助被告事件について、別紙のとおり弁護人新美隆・鈴
木淳二から保釈の請求があったので意見を求める。なお不相当とする時は具体的な理由を添え
られたい。
 昭和五四年一〇月二六日
        東京地方裁判所刑事第五部
          裁判長裁判官 簑原茂広
東京地方検察庁
 検察官 加藤圭一殿

       意   見
右保釈の請求は不相当で却下されるべきと思料する。
       理   由
別紙理由書記載のとおり
 昭和五四年一一月八日
          東京地方検察庁
              検察官 加藤圭一
東京地方裁判所刑事第五部 御中

    *     *     *

    理  由  書
「被告人は、爆発物取締罰則一条違反の幇助にあたる罪で起訴されているものであり、刑事訴
訟法八九条一号にいう被告人が死刑又は無期懲役若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に
あたる罪を犯したものに該当するので、必要的(権利)保釈は到底許されない。

                     273P

二、被告人の本件勾留は、同法九一条一項にいう不当に長い勾留には該らないので、これを理由
とする保釈も許されない。
 すなわち、被告人に関係する訴因は、いわゆる三菱重工爆破事件、帝人中央研究所爆破事件
及び間組本社九階爆破事件の三訴因であるが、このうち三菱重工爆破事件は、被告人の所属す
る東アジア反日武装戦線狼のグループが白昼、三菱重工ビル前の歩道上に時限爆弾を仕掛けて
爆発させ、八名を殺害し、二八五名に重軽傷を負わせた我が国犯罪史上例を見ない極めて大規
模かつ兇悪な爆弾事件である。
 被告人は、昭和五〇年六月二八日に起訴されすでに四年四か月余を経過しているが、当初被
告人は、相被告人らとともに統一公判を要求して再三出廷を拒否したり、併合決定後も裁判長
の期日指定に反対して弁護人全員が辞任するなどの事情から、実質的な審理が開始されたのは、
同五二年七月二九日の第二三回公判からにすぎない。
 しかも、被告人らは、客観的な被害事実については実質上争っていないのに、弁護人は、そ
の点に関する検察官申請書証の大半を不同意としたため、本件公判期日の大半をその審理に費
したことも本件審理遅延の一因となっている。
 また、被告人は、前記のとおり爆弾の使用により多数を死傷させたいわゆる三菱重工爆破事
件などの三件の爆発物取締罰則違反について幇助行為を行ったものであり、その事案の規模、
態様及び結果は、悪質重大である。
 また、論告で詳述したとおり被告人は、本犯者である相被告人大道寺将司らの爆弾ゲリラグ
ループである東アジア反日武装戦線「狼」のグループに自ら参加所属して、その一員として、
同グループが敢行する企業爆破闘争に用いるべき爆弾製造に必要な原料や資金を提供するなど
重要な役割を積極的に果たしたものである。しかも、被告人は、帝人中央研究所爆破事件につ

                     274P

いては、事前にその計画を聞知していたし、また、三菱重工爆破事件前に爆破対象の海外進出
企業として三菱商事を想定し、一人でその下見に赴いたり韓産研爆破事件後には、本犯者佐々
木のアパー卜に赴き、地下工場作りの手伝いをしたり、同所で雷管製造の一部に関与するなど
幇助犯とはいっても極わて共謀共同正犯的色彩の強いものである。
 このような本件事案の規模、態様及び結果、被告人の果した役割、関与の程度、本犯者らと
の関孫、前記の審理の経過並びに本件の法定刑が重いことなどを併せ考えると、被告人の本件
拘留は、未だ不当に長い勾留とは認められない。
三、 被告人については、前回及び前々回の意見書で詳述したとおり逃亡のおそれが大であり、保
釈保証金をもってしても公判出頭は、確保し難いので、裁量(職権)による保釈も相当でない。
(一)すなわち、本年三月一九日海外進出企業の東レ株式会社の常務宅で発生した爆弾事件につい
て、「反日武装戦線」を名乗った犯行声明文が出されていること、この東レと中米エルサルバ
ドルの合弁企業インシンカ社の鈴木取締役を誘拐した反政府ゲリラのFARNの行為を高く評
価して、相被告人大道寺将司が、日本国民はこれに呼応して直ちに非公然体制をととのえて、
海外進出企業に対する武装攻撃を開始すべきである旨新左翼系の新聞に投稿していることなど
から右爆弾事件は、東アジア反日武装戦線の構成員か、その支持グループの構成員によって敢
行されたものと推認されるし、本件の第二四回公判で被告人らに声援を送って拘束されたY
が、京都で時限爆弾を誤爆させて逮捕され起訴されていることからみて、被告人の所属す
る東アジア反日武装戦線やこれを支援するグループがなお爆弾闘争を指向して具体的に準備し
ていることがうかがわれる(前々回意見書添付資料参頗)。
 現に、本年一〇月二十八日未明、東京都内の間組の第二ハザマビル新築工事現場で、時限式

                     275P

手製爆弾が爆発した事件について、「東アジア反日武装戦線」の名でいわゆる犯行声明文が報
道機関に郵送された事実(別添資料二、三参照)に照らしても、被告人の所属する東アジア反日
武装戦線のグループやこれを支援するグループが依然として企業爆破闘争を企図し、これを実
行していることが推認される。
 しかも、本件公判における被告人ら連名の冒頭陳述書においても、被告人らは「我々は今後
も日帝企業の侵略を完全に阻止するまで斗い続けなければならない。」と主張し、依然として旺
盛な反日武装闘争への意欲を燃やしている。
 また、最近被告人らの所属する東アジア反日武装戦線のメンバーが執筆したと認められる、
「腹々時計」VOL2が出版されているが、その中にも基調提起として、「中枢せん滅戦を軸
とした大衆的反日都市ゲリラ戦の展開を」と題して、ただちに非公然地下体制を構築して反日
都市ゲリラ戦を展開することを同志に呼びかけ、更に一斉逮捕によって組織が解体している東ア
ジア反日武装戦線の組織再建のため、獄中闘争を展開して獄中獄外の人民を反日潮流へと組織
化することなどを主張している(前回意見書添付資料参照)。
 更に、被告人は、論告後、新左翼系の人民新聞に、「極刑攻撃を糾弾する」と題する投稿を
行い、「日帝の侵略、抑圧、搾取、収奪がある限り反日武装闘争の火は燃え続ける。弾圧を肥
やしに、鉄鎖を武器に、我々は最後まで闘い抜く決意である。」ことを表明している(別添資料)
 してみれば、被告人が、現在なお東アジア反日武装戦線に所属し、その闘争の継続を意図し
ている以上、保釈釈放されれば、相被告人大道寺らの意を体して、被告人が非公然体制の一翼
を担い、再び爆弾闘争に及ぶおそれは極めて大であると断ぜざるを得ない。
 のみならず、東アジア反日武装戦線「さそり」の構成員宇賀神寿一及び桐島聡の両名が、警察
の厳しい追跡捜査にもかかわらず、所在を晦ませて今なお逃亡中であることを併せ考えると、

                     276P

被告人荒井も保釈後、所在を晦ませて逃亡するおそれは極めて大であると言わなければならな
い。
(二) また、前回意見書で述べたとおり被告人らを支援するグループのリーダーである佐々木祥氏
は、昭和五二年二月一一日虚偽の申立をして数次往復用一般旅券の発給を受け、同五三年六月
二三日新東京国際空港から出国した事件で、旅券法違反により、公判請求され、本年一〇月一
九日保釈釈放されていること、更に日本赤軍が敢行したいわゆるクアラルンプール事件、及び
ダッカ日航機ハイジャック事件の際、東アジア反日武装戦線の構成員で相被告人であった佐々
木規夫、大道寺あや子、及び浴田由紀子の三名が、日本赤軍の無法な要求でいずれも国外釈放
され、現在日本赤軍に加わっていると認められることなどの諸情勢に徴すると、被告人荒井を
保釈すれば、同被告人がこれらの者らと連絡をとり、非合法ルートによって国外へ逃亡するお
それもまた強いと認められる。
(三)その他被告人については、裁量保釈を許すべき特別な事由も存しない。
 弁護人は、両親及び医師清水宏幸において、被告人の身柄を引受け、自宅に居住させて公判
に必らず出頭させることを誓約していることを保釈相当の一理由として主張するが、前述のと
おり、被告人が現在なお爆弾闘争を指向する東アジア反日武装戦線に所属している以上、保釈
釈放されてもその闘争のために所在を晦ますことが十分予想されるから、肉親や知人の身柄引
受によって公判出頭を確保することはおよそ至難であると認められ、その他裁量による保釈を
許すべき事情は全く存しない。

                     277P

        一六五四八
昭和五〇年検第一七一四七号 検察官
        一八七四八

昭和五〇年合(わ)第二二二号
昭和五〇年六月二八日公訴提起 同年六月二八日勾留
    保釈請求却下決定
          被告人  荒井 まり子
          昭和二五年一二月二日生
 右の者に対する爆発物取締罰則違反幇助被告事件について、昭和五四年一〇月二五日弁護人
新美隆、鈴木淳二から保釈の請求があったので当裁判所は検察官の意見を聴き次のとおり決定
する。
 被告人は罪証隠滅並びに逃亡すると疑うに足る相当の事由があって、なおその勾留を継続す
る必要があり、かつすでに禁固以上の刑に処する判決があったのでこれを却下する。
 昭和五四年一一月一五日
    東京地方裁判所刑事第五部
          裁判長裁判官 簑原茂広
             裁判官 豊吉 彬
             裁判官 西修一郎

      *   *    * 

 荒井まり子さんの保釈について
             弁護士 新美 隆
 荒井まり子さんの保釈手続については、弁護人としても、その実現の可能性があるものと考
えて、前後六回(その決定に対しては高等裁判所へ抗告の申立を三回)にわたって請求しまし
たが、いずれも東京地裁刑事第五部の受け容れるところとはなりませんでした。第一回の保釈
請求がなされたのは七八年三月二二日で、逮捕より二年一〇ケ月後のことであり、本人の東北

                     278P

大学医療技術短期大学部の休学許可の期限(三月三一日)がせまっている中でなされたもので
す。荒井さんの同大学への復学の意志は強く、この機会を何とか確保しようとする目的につい
て、荒井さんや御両親の友人・知人の方々一三二名がこれに賛同し、期待をこめて短期間のう
ちに嘆願書を書いてくださって、これらは全て裁判所に資料として提出されました。
 この大学への復学問題は、右の第一回日の保釈請求が却下された後も、大学側が学則上のギ
リギリまで休学期限を延期し(一〇月三一日)その後二回の保釈請求の際にも、中心的主張の
一つとなったのですが、(二回目の決定に対する抗告申立の際には、関係者より二〇四通の保
釈を求める請願書が提出されています。
 裁判所は、この点について何らの関心も示さなかった訳です。この復学を求める荒井さんや
御両親をはじめ多くの友人・知人の方々の願いについての裁判所の認識は、判決書の次の一節
に直さいに表現されています。
「被告人荒井は……公判廷において、反日武装闘争の正当性を主張し、さらに、いまだに過激
な爆弾による反日武装闘争を呼号する東アジア反日武装戦線のゲリラ組織から離脱せず、被害
者に対する謝罪もなく、他方逮捕された当時通学していた医療技術短大に復学して看護婦にな
りたいとして強く保釈を求めた点にうかがえるように極めて自己中心的な性格をあらわにして
おり、再犯のおそれも極めて大であり……」(傍点弁護人)と。
 つまり荒井さんやその友人・知人の方々が復学への強い期待を持てば持つ程、裁判所は荒井
さんの「自己中心的な性格」の表われと見ていた、と言うことになります。被告人の保釈請求
を身勝手なものと断じ憎々しげに復学についての多くの心を込めた嘆願書の山を見つめていた
裁判官の心象が右判決の一節にはよく表現されていると言うべきでしょう。
 荒井さんの保釈には、余りにも多くの政策的思惑が介入しており、その実現を妨げたことも

                     279P

客観的事実です。七七年九月のハイジャック、七八年春以降のいわゆる弁護人抜き法案の動き
等々です。七九年三月一九日の第四回目の保釈請求以降は、検察官にとってもその立証活動が
終了し、法律上の保釈反対理由が希薄になった為か、本来荒井さんの保釈とは何らの関係のな
い事件や、新聞報道(例えば中米エルサルバドルのインシンカ社に対するFARNの行動など)
をヒステリックに主張し始めました。ここには被告人の身柄を、治安政策(それも一方的主観
的極まるものですが)の観点からのみ処理しようとする検察官の意図が露骨に出ていると言え
ます。裁判所は、恫喝じみた検察官の主張に対して、毅然たる態度をとるべきでした(判決に
よって示された裁判所の認識、思い込みからすれば期待するのがそもそも無理だったとも思わ
れますが)。
 荒井さんの身柄の拘束は、既に四年一〇ヶ月近く経っていることになり、保釈の必要性は増
々高まっていると考えられ、高等裁判所に今後とも保釈の実現を要求して行かねばなりません。
多くの方々が関心を寄せられ、荒井さんが一日も早く釈放されるよう脇力願えれば幸いです。
                                  (三月二一日記)

                     280P


目次へ inserted by FC2 system