あ と が き
今年三月十八日、獄中――獄外の団結したカでもって南三舎隔離を粉砕しました。し
かし、荒井まり子さんは女区へ戻ったというだけで女区二階にただ一人隔離されていま
す。しかし、彼女はこのような隔離分断攻撃に対して獄中斗争を戦いつづけています。
今年五月二十七日には獄中者組合の仲間たちと共に「徐俊植民に対する社会安全法再適
用」粉砕のためのハンストを戦い抜きました。
この書簡集に収められた手紙は一九七六年四月から一九八○年三月にわたって書かれ
たもので、まり子さんの獄中斗争と、獄中斗争全体の流れをおおよそつかむことのでき
るものと思われます。まり子さんが隔離された南三舎で、一人になった次の日から看守
たちのイヤガラセがはげしくなり、獄中――獄外の仲間の心配する声もよせられました。
しかしその時から、まり子さんの本領が発揮されることになりました。まり子さんは、
実にしぶとい、果敢な獄中斗争をくりひろげただけでなく、名前を知った仲間のほとん
どといえるくらい多くの仲間に、たん念に手紙を書き、団結の輪を拡げていったのです。
獄中斗争でかちとった成果、獄中生活のこまごました知恵、こんな本を読んだら、法的
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手続のしかたなど、たん念に細やかな便りを獄中の仲間たちに送り続けました。その内
には、それまで獄外の組織や政治斗争とは全く無縁な仲間たちも多くいました。こうし
た彼女の精力的な活動は獄中者の団結した運動の発展の一つの大きなバネであり、私た
ちの目を見はらせるものでした。隔離された中での荒井まり子さんと、獄中の多くの仲
間たちの運動は実質的に、監獄当局の隔離を乗りこえ、隔離の意図を打ちくだくもので
した。
この経過は獄中斗争全体にとっても貴重な体験であり、ぜひまとめておきたいという
のも、私たちが書簡集作りにとりかかった動機の一つです。
また一つには、たび重なる保釈請求が全て却下され、昨年十一月十二日には現行法上
においてもとうてい認められない八年という不当重刑判決が出され、荒井まり子さんを
獄外へとりもどす運動をさらに盛りあげねばならない切迫した情勢があります。
「荒井まり子さんの保釈をかちとる会」では、この本ができるだけ多くの方々に広ま
り、対監獄斗争とまり子さんの保釈を求める運動をともに前進させていきたいと思いま
す。ぜひあなたのまわりの友人にこの本を広めて下さい。これ以降も「荒井まり子さん
の保釈をかちとる会」の活動にご協力下さいますようお願いして、あとがきとします。
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