ヒョウズンゴ    七七年六月八日

▼エムスの批判ば受げで、オラも「ヒョウズンゴ」のごど、なんだかんだどかんげでみ
だぎども、やっばす、エムスのゆってっごどは、イヅリあっペなど思ったがら、こんど
からオラも「ヒョウズンゴ」なるたげつかわねごどにすっペど思ってんだ。ンでも、オ
ラが「ヒョウズンゴ」つったのはャ、ヌッポンズウさ通用するコドバッつうごって、エ
ムスのゆってるみでぐぬ、東京のすますこんだヤヅラのいっつも使ってるコドバっつう
ごってはねがったのや。オラにすてみれば「ヒョウズンゴ」つうのは、“書ぎこどば”
な。こぬぐでねえやづ。オラだづにすてみればや、「俺たち」なんつうのは「ヒョウズ
ンゴ」なんだでば。オラ、「ヒョウズンゴ」使わねげ、オメダヅみなわがんねェベど思
ってや、んでねな、オラズスンがなぬが書ぐどぎはや、「ヒョウズンゴ」で書ぐごどす
か習ってこねがったから、こぬぐに書ぐごどもでぎねぐさいでるゲンヅゾがあっからや、
何の気なすに手紙だの冒陳だの書ぐどぎ、「ヒョウズンゴ」でねげダメだど思ってだん
だな。こぬぐに思うごどズダイおがすいんだっちゃなや。メェの手紙書いだどぎはや、
東北弁でわがるヤヅさは、東ホグ弁でしやべっけっとや、ほでねえヤヅのホ多いからや、

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おでげえに不便だべど思ったんだ。オイダヅ(南舎の三人)はや、こんどからオレのコ
ドバ(東北弁の宮城県弁)ばみんなしておぼえで話すっこどにすて、きのうあだりから
やってんだど。ブダどものながさ、東北出身のヤヅいっと、うめてねげっとも、東京弁
でしゃべるよりはずっといいがらな。ほがのふたりはすこっつづオイのこどば聞いで覚
えでいぐごどにしてんだ。おもしいど。ケヅロンがらいうど、「俺たち」っつうのは、
「ヒョウズンゴ」ではおどこどもすか使わねんでねがやっつったのは取り消すにすっか
らな。ヌッポンゴのながのトーホグベンが、アイヌにすてみれば和人のコドバの代表だ
ったんでねが(オギナワヌすてみれば鹿児島弁がんだったみでぐぬ)っつうごどは、ま
だおっきな問でえだすな。方言(ぬっぽんごの)って何だべっつうごどは、こんどっか
らもいっぺえ考えでいぐべな。んでもな、書ぐどぎはやっばす、こぬぐに書いてだんで
は、みなこまっペす、オイも書ぎにぐいがら、やっば「共通語」使うごどにすっからな。
今までのごど、みなわがったべが。

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