平成14年(う)第2807号 控訴趣意書 平成15年3月24日 東京高等裁判所第8刑事部 殿 東京地方検察庁 検察官検事  笠間治雄  被告人浴田由紀子に対する爆発物取締罰則違反,殺人未遂,偽造有印私文書行使被告事件につき,平成14年7月4日東京地方裁判所刑事第5部が言い渡した判決に対し,検察官が申し立てた控訴の理由は,下記のとおりである。 凡例  本文中の証拠の標目等については,原則として左欄の標目等につき,右欄の略称を用いることとする。 供述調書群/供 証拠書類群/書 被告人質問における供述調書速記録/被告人供述 証人尋問調書速記録/尋問(証人氏名等ととも記載)例:將司尋問,被害者尋問等 他の公判における証人尋問調書速記録/裁面 検察官に対する供述調書(謄本を含む)/検面 司法警察員に対する供述調書(謄本を含む)/員面 診断書(謄本を含む)/診 捜査報告書,捜査復命書(謄本を含む)/報 実況見分調書(謄本を含む)/実 検証調書(謄本を含む)/検証 鑑定書(謄本を含む)/鑑 検査書(謄本を含む)/検査書 被害届(謄本を含む)/害 告訴状/告訴 捜査関係事項照会に対する回答(謄本含む)/捜照 第1 控訴申立ての趣旨……1 第2 控訴申立ての理由……5 1 骨子……5  (1)原判決の指摘する量刑の理由……5  (2)原判決の量刑判断の根本的誤り……7   ア 原判決は,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を無視し,爆弾闘争の継続を何より最優先させていたという実態を正当に評価せず,それゆえ被告人の犯行動機,殺意及び予告電話について誤った評価を下していること……7   イ 原判決は,本件各爆弾事件における被告人の役割を過小評価していること……9   ウ 原判決は本件各爆弾事件による深刻な被害,現在も癒されていない被害者の峻烈な処罰感情を軽視していること……10   エ 原判決は,公判廷における被告人の表面的な謝罪の言葉を誤って評価し,被告人の反省及び改しゅんの情の欠如を看過していること……11   オ 原判決は,本件各爆弾事件が極めて高度の犯罪性を有する無差別殺傷テロ事犯であり,犯行から長期間が経過した現在においても決して風化させてはならない事案であるという点を正当に評価していないこと……12   カ 原判決の量刑は,共犯者の量刑とも均衡を失すること……13 2 原判決は,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を無視し,爆弾闘争の継続を何より最優先させていたという実態を正当に評価せず,それ ゆえ被告人の犯行動機,殺意及び予告電話について誤った評価を下していること……13  (1)本件各爆弾事件の発生に至る背景事情……14   ア 過激派による爆弾闘争の開始……14   イ 爆弾闘争がエスカレートしていく過程……15   ウ 大道寺將司らが爆弾闘争を志向していく過程……15   エ 將司らの爆弾闘争路線の本格化と「腹腹時計」の出版……16   オ 三菱重工爆破事件……17  (2)被告人が爆弾闘争を開始した経緯及び本件各爆弾事件の概要……18   ア 被告人が本件各爆弾事件を敢行するに至った経緯……18   イ 被告人らが敢行した各爆弾事件の概要……19   (ア)三井物産館爆破事件……19   (イ)大成建設爆破事件……20   (ウ)間組同時爆破事件……20   (エ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件……21  (3)時限式爆弾事犯の悪質性……22   ア 爆弾事犯の悪質性……22   (ア)爆弾特有の強力な破壊力……22   (イ)爆弾事犯特有の模倣性,伝ぱ性……22   イ 時限式爆弾事犯の悪質性……23   (ア)検挙の困難性……23   (イ)設置の容易性……23   (ウ)不特定多数の第三者の生命身体に対する危険性……24  (4)被告人が爆弾闘争の継続を唯一絶対の目的とし,第三者の生命身体の安全を無視していた実情……25   ア 被告人らが企業中枢の破壊という目的を実現するためには不特定多数の第三者の生命身体に対する危険が必然不可避であったこと……25   (ア)被告人らの企業爆破の目的……25   (イ)「企業中枢の破壊」という目的に必然的に伴う不特定多数の第三者の生命身体に対する危険……26   イ 過去の爆弾事件の発生状況,報道状況からして,爆弾が不特定多数の第三者の生命身体に対し危険を生じることは自明であり,これは社会の共通認識であったこと……27   (ア)警視庁警務部長土田邸爆破事件,警視庁追分派出所爆破事件の報道状況……27   (イ)三菱重工爆破事件の報道状況……28   (ウ)爆弾の危険性は当時の社会の共通認識となっていたこと……28   ウ 被告人らが使用した爆弾が十分に人を殺傷し得る威力を有していたこと……29   (ア)三井物産館爆破事件……29   (イ)大成建設爆破事件……30   (ウ)間組同時爆破事件……32    a 間組大宮工場爆破事件……32    b 間組本社6階・9階爆破事件……33   (エ)韓産研爆被事件及びオリエンタルメタル爆破事件……35   エ 被告人は,前記各爆弾の威力について,十分人を殺傷し得るとの認識を有していたと認められること……37   (ア)被告人の爆弾の容量・重量等に関する認識……37   (イ)爆発による被害予測の困難性……38   (ウ)爆弾の威力に関する報道状況……39   (エ)爆弾の威力に関する「腹腹時計」の記載……40   オ 本件各爆弾事件における爆弾設置場所,設置時刻からして,人的被害が発生する危険性は非常に大きく,被告人も当然それを認識していたと認められること……41   (ア)三井物産館爆破事件……41   (イ)大成建設爆破事件……43   (ウ)間組同時爆破事件……43    a 間組大宮工場爆破事件……43    b 間組本社6階・9階爆破事件……44   (エ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件……44   (オ)被告人の爆弾設置場所に関する認識……45   カ 前記の各事情を踏まえ,本件各爆弾事件の発生経過を総合的,有機的に考察すれば,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を十分認識しながらも,爆弾闘争を実現するため,あえてこれを無視して爆弾事件を繰り返していたという実情が浮き彫りになること……46   (ア)各爆弾事件発生以前の情勢……46   (イ)三井物産館爆破事件の評価……47   (ウ)大成建設爆破事件の評価……49   (エ)問組同時爆破事件の評価……50   (オ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件の評価……52   (カ)人的被害発生の危険に関する被告人の捜査段階の供述……53  (5)原判決の判断の不当性……54   ア 本件各爆弾事件の全体的把握……54   イ 原判決の犯行動機の評価の不当性……55   ウ 原判決の殺意の評価の不当性……56   (ア)爆弾事犯における殺意の特殊性 57   (イ)本件各爆弾事件における被告人の殺意の特殊性……58   (ウ)原判決の殺意評価の手法の問題点……59    a 原判決は概括的殺意ゆえの悪質性を考慮していないこと……59    b 原判決は殺意が確定的か未必的かという形式的区別に固執していること……59    c 原判決は被告人の犯意の強固性を考慮していないこと……62   (エ)まとめ……63   エ 原判決の予告電話の評価の不当性……64   (ア)予告電話が現実に持ち得る効果……64    a 本件各爆弾事件当時のいわゆるニセ電話の発生状況……64    b 当時の社会情勢下において爆破予告を受けた企業及び警察の採り得る措置……66    c 爆破予告への対応の困難性……67    d 当時の社会情勢下において予告電話が持ち得る効果……68   (イ)被告人らの予告電話の手法では人的被害の回避を期待し得ないこと……69    a 被告人らが予告電話により提供した情報は人的被害の回避には全く役に立たないこと……69    b 被告人らは退避措置が採られなかった場合の対応を全く検討していないこと……71    c 被告人らは爆破予告から爆発までの猶予時間を何らの根拠もなく設定していること……72    d 被告人は他グループが担当した爆被事件における予告電話の手法について全く無関心であったこと……73   (ウ)爆弾闘争を継続するための免罪符としての予告電話の役割……73    a 被告人が予告電話の実効性確保よりも爆弾闘争の継続を優先させていた実態……73    b 爆破闘争を継続するための免罪符としての予告電話の役割……74   (エ)爆弾設置と一体化し企業活動を妨害するという予告電話の役割……75    a ニセ予告電話の多発と連続爆破による企業の混乱……76    b 爆弾設置と一体化し企業活動を妨害するという予告電話の役割……77   (オ)まとめ……77 3 原判決は,本件各爆弾事件における被告人の役割を過小評価していること……78  (1)本件各爆弾事件において被告人が果たした役割……78   ア 被告人と齋藤の関係の形成過程……78   (ア)被告人と齋藤の出会い……79   (イ)「大地の牙」の結成……79   イ 三井物産館爆破事件における被告人の役割……80   (ア)計画立案……80   (イ)調査活動等……80   (ウ)爆弾製造……81   (エ)爆弾設置……81   (オ)爆被予告及び犯行声明……81   ウ 被告人と將司の二者会談……82   (ア)二者会談の開始……82   (イ)二者会談の内容……82   エ 大成建設爆破事件における被告人の役割……83   (ア)計画立案……83   (イ)調査活動等……83   (ウ)爆弾製造……83   (エ)爆弾設置……84   (オ)爆破予告及び犯行声明……84   オ 間組同時爆破事件における被告人の役割……84   (ア)計画立案……84   (イ)調査活動等……85   (ウ)爆弾製造……85   (エ)爆弾設置……86   (オ)爆破予告及び犯行声明……86   カ 韓産研及びオリエンタルメタル爆破事件における被告人の役割……87   (ア)計画立案……87   (イ)調査活動等……87   (ウ)爆弾製造……87   (エ)爆弾設置……88   (オ)爆破予告及び犯行声明……88  (2)被告人は各爆弾事件を実現する上で重要かつ必要不可欠の役勧を主体的,積極的に果たしていること……88   ア 犯行状況等からうかがわれる被告人の役割の重要性,被告人の主体性,積極性……88   (ア)各爆破事件の実行段階における被告人の役割の重要性,必要不可欠性……88    a 三井物産館爆破事件……89    b 大成建設爆破事件……90    c 間組大宮工場爆破事件……90    d 韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件……91   (イ)被告人が三井物産館爆破事件において爆弾の設置役を担当していることの重要性……91    a 三井物産館爆破事件の重要性……92    b 三井物産館爆破事件において被告人が爆弾設置を担当したことの意味……92   (ウ)各爆破事件の成功に向けられた被告人の積極的態度……93    a 被告人が三井物産館爆破事件において,爆弾設置を自ら申し出ていること……93    b 被告人が爆弾設置を成功させるため本件各爆弾事件の細部の計画立案に積極的に関わっていること……94   (エ)本件各爆弾事件の各過程において齋藤が中心となっていた部分も認められるが,それは齋藤の優越的地位を示すものではないこと……95    a 爆破対象企業の選定……96    b 爆薬原料の入手……97    c 爆薬の調合割合の決定……98   イ 犯行状況以外の場面からうかがわれる被告人の役割の重要性,被告人の主体性,積極性……99   (ア)被告人と將司の二者会談の重要性……99    a 被告人が將司との二者会談を担当していることの意味……99    b 被告人が対外交渉に関与していることの重要性……99    c 三者会談の開始に当たり被告人と齋藤が対外交渉役を交替したことの評価……101   (イ)爆弾闘争への参加を決意するに当たっての被告人の主体的,積極的姿勢……101   ウ「大地の牙」が組織として爆弾事件を貫徹していくための効率的かつ平等な役割分担……102   (ア)本件各爆弾事件の組織性,計画性……103   (イ)本件各爆弾事件における平等な分業構造……104    a 各爆弾事件の実行段階における分業体制……104    b 被告人による金銭的援助の重要性……104   (ウ)「大地の牙」における分業体制の重要性……105    a 爆彼実行段階における分業の必要性……105    b 齋藤の行動上の制約を補うという被告人特有の役割……106    c 組織の構成に関する「腹腹時計」の記載……106   (エ)組織論的観点から見た被告人の地位の重要性……107   エ 被告人の役割の総合的評価……107  (3)被告人と齋藤には内縁関係にあったという特殊事情があること……108   ア 被告人と齋藤は,内縁関係にあったがゆえ,密接な連携を保って本件各爆弾事件に臨んでいること……108   イ 内縁関係にある被告人と齋藤の間に主従の概念を持ち込むのは誤りであること……109  (4)被告人の捜査段階における供述からうかがわれる被告人と齋藤の関係……110   ア 齋藤との関係に関する被告人の捜査段階の供述……110   イ 各供述からうかがわれる被告人の心構え……111  (5)逮捕後の一連の言動に現れている被告人の主体性……112   ア 被告人が東アジア反日武装戦線の一連の爆弾闘争における各爆弾事件の位置付けを十分に理解していること……112   イ 被告人が捜査段階において,自己の確固たる信念や決意を表明していること……113   ウ 被告人がいわゆる統一公判において,激しい法廷闘争を繰り広げていること……115   エ 被告人がダッカ事件による超法規的釈放の際,自ら海外出国という道を選び,日本赤軍に加入していること……115  (6)原判決の判断の不当性……116   ア 各爆弾事件の発案,計画立案についての評価の不当性……116   イ 実行行為の分担についての評価の不当性……117   ウ 被告人と斎藤の主従関係についての評価の不当性……118 4 原判決は本件各爆弾事件による深刻な被害,現在も癒されていない峻烈な処罰感情を軽視していること……119  (1)三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件において生じた人的被害の重大性……119   ア 三井物産館爆被事件……119   イ 大成建設爆破事件……120  (2)一部被害者に生じている深刻な後遺症……120  (3)現在もなお癒されることのない被害者の処罰感情……122   ア 被害者の処罰感情……122   イ 原判決に対する被害者の心情……123  (4)物的被害の重大性……124  (5)原判決の判断の不当性……125 5 原判決は,公判廷における被告人の表面的な謝罪の言葉に惑わされてこれを過大に評価し,被告人の反省,改しゅんの情の欠如を看過していること……125  (1)統一公判における被告人の言動からは本件に対する一片の反省の情も見受けられないこと……126  (2)再開後の公判における被告人の供述態度を見ても,上辺だけの謝罪は行っているものの,自己の刑責を理解し,真しな反省をしているとは到底認められないこと……127   ア 被告人は,本件各犯行等に関し,不合理な弁解に終始していること……127   (ア)本件各爆弾事件に関する被告人の供述態度……127   (イ)超法規的釈放及び偽造有印私文書行使に関する被告人の供述態度……129   イ 被告人の「謝罪の言葉」は,真に被害者に対する謝罪の意思に基づくものとは到底認められないこと……130  (3)ハイジャック犯による釈放要求を利用する形での逃走については厳しい非難を加えるべきであること……131  (4)原判決の判断の不当性……132 6 原判決は,本件各爆弾事件が極めて高度の犯罪性を有する無差別殺傷テロ行為であり,犯行から長期間が経過した現在においても決して風化させてはならない悪質事案だという点を正当に評価していないこと……134  (1)本件各犯行が引き起こした深刻な社会不安……134  (2)本件各爆弾事犯の犯罪史上まれにみる凶悪性……134   ア 爆弾事犯の普遍的悪質性……135   イ 無差別殺傷テロ事犯の凶悪性……135  (3)無差別テロに対する国際社会の厳しい目……136  (4)原判決の判断の不当性……137 7 原判決の量刑は,共犯者の量刑とも均衡を失すること……138  (1)原判決の量刑は,共犯者黒川及び宇賀神寿一に対する量刑と比較し,軽きに失すること……138   ア「大地の牙」が敢行した爆弾事件による被害は,「さそり」が敢行した爆弾事件による被害を格段に上回っていること……139   イ「大地の牙」が敢行した爆弾事件と「さそり」が敢行した爆弾事件には,罪質に明らかな相違が見られること……140   ウ 各爆弾事件における被告人の役割の重要性は,黒川に匹敵するものであり,宇賀神を格段に上回っていること……142  (2)原判決の判断の不当性……143 第3 結語……144 第1 控訴申立ての趣旨    本件公訴事実の要旨は        被告人は  1 齋藤和と共謀の上,治安を妨げ,かつ,人の身体・財産を害する目的並びに爆発地点付近に現在する多数人に対する殺意をもって,昭和49年10月14日昼ころ,東京都港区西新橋一丁目2番9号三井物産館3階第3広間において,約3.6リットル入り湯たんぽに塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・ガス用ヒーター等から成る起爆装置を接続させた時限式手製爆弾1個を,上記広間西側コンクリート床上に装置し,同日午後1時15分ころ,これを爆発させ,もって爆発物を使用するとともに,上記爆発により,同所付近に居合わせた橋本駿介(当時38年)ら12名に対し,両前腕多発性挫創,顔面多発性挫創,南下腿多発性挫創,左下腿異物,左手異物,右鼓膜欠損,左浅側頭動静脈瘻,左側頭骨内異物等の傷害を負わせたが,同人らを殺害するに至らなかった (同50年6月28日付け起訴状第1の事実〔以下「三井物産館爆破事件」という。〕)  2 齋藤和らと共謀の上,治安を妨げ,かつ,人の身体・財産を害する目的並びに爆発地点付近に現在する多数人に対する殺意をもって,昭和49年12月10日早朝,東京都中央区銀座二丁目5番11号大成建設株式会社ビル1階駐車場前路上において,約3.2リットル入り石油ストーブ用カートリッジタンクに塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させた時限式手製爆弾1個を,上記駐車場東南東角踏板鉄板下に装置し,同日午前11時2分ころ,これを爆発させ,もって爆発物を使用するとともに,上記爆発により,同所付近に居合わせた川田勝利(当時64年)ら8名に対し,右手挫滅創,頭部挫創,右下肢打撲挫創異物,右手第三指切断等の傷害を負わせたが,同人らを殺害するに至らなかった (同50年6月28日付け起訴状第2の事実〔以下「大成建設爆破事件」という。〕)  3 齋藤和らと共謀の上,治安を妨げ,かつ,人の身体・財産を害する目的をもって  (1)昭和50年2月28日夕刻,埼玉県与野市与野1,233番地(現在のさいたま市本町西四丁目)株式会社間組機械部大宮工場第一工場構内において,約3.8リットル入り金属缶に塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させた時限式手製爆弾1個を,上記第一工場北側変電所前に装置し,同日午後8時4分ころ,これを爆発させ (同年7月9日付け起訴状第1・1の事実〔以下「間組大宮工場爆破事件」という。〕)  (2)同年2月28日夕刻,東京都港区北青山二丁目5番8号株式会社間組本社ビル9階電算部パンチテレックス室において,約2.5リットル入り粉ミルク缶に塩素酸ナトリウムを主薬とする・混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させた時限式手製爆弾1個を,同室内金属製用紙棚内に装置し,同日午後8時ころ,これを爆発させ (同年7月9日付け起訴状第1・2の事実〔以下「間組本社9階爆破事件」という。〕)  (3)同年2月28日夕刻,前記間組本社ビル6階営業本部事務室において,約3.6リットル入り金属缶に塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させ,これらをアタッシュケースに収納した時限式手製爆弾1個を,同室内金属製書類キャビネット上に装置し,同日午後8時ころ,これを爆発させ (同年7月9日付け起訴状第1・3の事実〔以下「間組本社6階爆破事件」という。〕)  もってそれぞれ爆発物を使用した(以下1ないし3の事実を合わせ「間組同時爆破事件」という。)  4 齋藤和らと共謀の上,治安を妨げ,かつ,人の身体・財産を害する目的をもって,昭和50年4月18日夜,東京都中央区銀座七丁目12番6号トキワピル5階韓国産業経済研究所入口ドア付近において,金属缶に塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させ,これらを紙箱に収納した時限式手製爆弾1個を,同ドアに取り付け,翌19日午前1時ころ,これを爆発させ,もって爆発物を使用した (同年6月10日付け起訴状の事実〔以下「韓産研爆破事件」という。〕)  5 齋藤和らと共謀の上,治安を妨げ,かつ人の身体・財産を害する目的をもって,昭和50年4月18日夜,兵庫県尼崎市昭和南通三丁目26番地松本ビル7階オリエンタルメタル株式会社ゼロックス室前において,約3.7リットル入り金属缶に塩素酸ナトリウムを主薬とする混合爆薬を詰め,これにトラベルウォッチ・乾電池・手製雷管等から成る起爆装置を接続させた時限式手製爆弾1個を,同室前廊下床上に装置し,翌19日午前1時ころ,これを爆発させ,もって爆発物を使用した (同年7月9日付け起訴状第2の事実〔以下「オリエンタルメタル爆破事件」という。〕)  6 セルビア地方からルーマニア国に列車で入国するに際し,平成6年9月25日午後11時6分ころから同日午後11時51分ころまでの間(現地時間),同国ティミシュ県スタモラモラヴイツァ国境検問所において,同国内務省国境警察の係官に対し,他人あてに発給されたペルー共和国内務省入国管理帰化局旅券部次長アグステイン B セガーラ マリンの署名のある同人作成名義のペルー共和国旅券(旅券番号0248924)の所持者氏名欄に「MARIA YAMAMURA GALVEZ」,生年月日欄に「27 JULIO 1953」等と冒書し,自己の顔写真が貼付された偽造にかかる旅券をあたかも真正に成立したもののように装い提示して行使し,もって偽造有印私文書を行使した (同7年4月14日付け起訴状の事実) ものである というにある(以下上記1ないし5の事実を併せ「本件各爆弾事件」という。)。  原判決は,かかる公訴事実に対し,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件における殺意について,「爆発地点付近に現在する多数の者が死亡するかもしれないことを認識しながら,それでもかまわないという意思で」と判示し(判決書・記録833),末必の殺意にとどまる旨の認定をしたほかは,おおむね公訴事実どおりの事実を認定しながら,「被告人の刑事責任は重大であるけれども,被告人を求刑どおり無期懲役に処するのは重きに過ぎる」と指摘し(判決書・記録955),検察官の無期懲役の求刑に対し,懲役20年に処するとの判決を言い渡した。しかしながら,原判決は,事案の実態を十分に把握せず,本件各犯行の悪質性,各爆弾事件における被告人の役割の重要性,被害の重大性,被害者の厳しい処罰感情,被告人の反省の情の欠如など諸情状についての評価を誤ったため,不当に軽い刑を言い渡したものであり,到底破棄を免れない。  以下,その理由について詳述する。 第2 控訴申立ての理由 1 骨子 (1)原判決の指摘する量刑の理由  原判決は,被告人に不利な情状として  ア 社会を変革しようという被告人なりの正義感から行ったものではあるにせよ,自分たちの考え方を絶対視し,爆弾による攻撃という過激な手段を選んだことは国民の多くが納得するものではなく,独善的・短絡的な動機に基づく犯行という非難は免れず,動機において酌むべき余地があるということはできない  イ 各爆弾事件は,いずれも計画的,組織的で,大胆な犯行である  ウ 多大な物的,人的被害が生じ,被害者らの被害感情が強かったにもかかわらず,被告人らは被害者らに対し弁償も慰謝の措置も講じていない  エ 被告人は,各犯行において重要な役割を果たした  オ 各爆弾事件は,「連続企業爆破事件」としてマスコミにより大々的に報道され,社会に大きな衝撃を与えるとともに,人々を震撼させ,いつ何時爆発に巻き込まれるかもしれないという不安を抱かせたのであり,社会一般に与えた影響も軽視できない  カ 偽造有印私文書行使についても,精巧に偽造されたペルー共和国発給の旅券を行使してルーマニア国の入国管理行政の適正等を害したのであり,犯情は悪い  キ 被告人が公判段階において,各犯行につき一部不合理な弁解を交えつつ供述していることも無視できない などといった事情を摘示する一方(判決書・記録952〜955)  ク 各犯行の発案や計画の立案をしたのは,齋藤和や他のグループの者であり,被告人は,齋藤和から犯行計画を聞くなどして,その一部について実行行為に加担し,齋藤和を補佐する従属的な立場にあったこと  ケ 三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件において,確定的殺意ではなく,未必的殺意を有するにとどまっていたこと  コ ー部の爆弾事件において,予告電話をしたところ,これは人的被害を確実に回避するには不十分であったものの,人的被害を小さくする方途であったこと  サ 捜査段階において,一連の爆弾事件につきほぼ全面的に自白していること  シ 公判廷において,怪我を負わせた被害者らに対する謝罪の言葉を述べ,時には涙を見せるなどして,怪我人を出したことにつき反省と後悔の態度を示していること  ス 各爆弾事件の後,長い年月を経て,社会状況も変化する中で,被告人が社会を変革する手段として人に危害を加え得る方法を採るのは誤りであったと自覚するに至っていること  セ 被告人には前科,前歴がないこと などを被告人に有利な事情として摘示し(判決書・記録955),前記のとおり,被告人を懲役20年に処するとの判決を言い渡した。  (2)原判決の量刑判断の根本的誤り  前記各事情のうち,本件各爆弾事件が計画的,組織的かつ大胆な犯行であること,各爆弾事件は社会に大きな衝撃を与えるとともに,人々を震撼させ,いつ何時爆発に巻き込まれるかもしれないという不安を抱かせたことなどについては正に原判決の指摘するとおりであり,この限りでは原判決の判断に誤りはない。しかしながら,原判決は,量刑判断に降し,被告人が爆弾闘争に没入し,度重なる負傷者の発生にもかかわらず企業爆破の継続に執着し,本件各爆弾事件を次々と敢行したという一連の経過を総合的,有機的にとらえ,本件爆弾闘争全体の悪質性を評価するという大局的な視点を根本的に欠いており,それゆえ被告人の犯行動機の評価,殺意の評価,予告電話の評価などにおいて,事案の本質を看過した皮相的な判断をなすにとどまっている。また,本件各爆弾事件における被告人の役割,本件各爆弾事件の被害の重大性,被害者の厳しい処罰感情,被害者に対する謝罪を含めた被告人の供述態度などの評価においても,原判決の洞察はいかにも表面的であり,事案の実態の把握に欠けるといわざるを得ない。以下,原判決の量刑判断の根本的誤りにつき,6つの視点を提示する。  ア 原判決は,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を無視し,爆弾闘争の継続を何より最優先させていたという実態を正当に評価せず,それゆえ被告人の犯行動機,殺意及び予告電話について誤った評価を下していること  (ア)本件各爆弾事件は,「東アジア反日武装戦線・大地の牙」(以下「大地の牙」という。)の構成員である被告人が確信的思想に基づき組織的かつ連続的に敢行した爆弾事犯であり,不特定多数の第三者を対象とした無差別殺傷テロ事犯である。かかる犯行の悪質性を正当に評価するためには,銃器等をはるかに上回る爆弾特有の危険性を十分考慮するとともに,被告人が武装暴力革命闘争の一環として爆弾闘争に没入し,度重なる負傷者の発生にもかかわらず,爆弾闘争を唯一絶対の目的としてその継続に執着し,結果として合計7件もの爆弾事件を敢行するに至ったというー連の経過を総合的,有機的に把握することが必要不可欠である。  (イ)原判決は,かかる総合的,有機的把握を欠いているため,以下の各点について量刑評価が不適当又は不十分となっている。  a 原判決は,被告人の犯行動機について,「社会を変革しようという被告人なりの正義感から行ったものではあるにせよ」と一定の留保を置いた上で,「爆弾による攻撃という過激な手段を選んだことは国民の多くが納得するものではなく,独善的,短絡的な動機に基づく犯行との非難を免れず,動機において酌むべき余地があるということはできない。」と判示するにとどまっており,被告人の犯行動機が確信的思想に裏打ちされた極めて強固なものであり,被告人はそれゆえに爆弾特有の高度の危険性を十分認識しながらこれを無視し,第三者の生命身体の安全より爆弾闘争の継続を優先させ,犯行を累行していたという実態に十分摘み込んだ判断をしていない。  b 原判決は,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件において,「確定的殺意ではなく,未必的殺意を有するにとどまっていたこと」を被告人に有利な事情としてしんしゃくしているが,被告人は,設置者の意図にかかわりなく,爆発圏内に居合わせた不特定多数の者を殺傷し得るという時限式爆弾特有の危険性を認識し,しかも,被告人らが現実に設置した爆弾が優に人を殺傷し得る威力を有することを認識していたのであるから,人的被害の発生がほぼ確実視される状況を十分理解していたものであり,それにもかかわらず,被告人は,爆弾闘争の継続を絶対視し,あえて爆弾設置に及び,それを繰り返していたのであって,被告人の人命軽視の態度は確定的殺意に基づく事犯と比しても決して劣るものではなく,極めて強固な犯意に裏付けられ,しかも不特定多数の第三者に向けられた被告人の概括的殺意は,一般殺傷事犯における確定的殺意よりもむしろ危険かつ悪質というべきである。  c 原判決は,被告人らが行ったいわゆる予告電話について,「人的被害を小さくする方途」と評価し,被告人にとって有利な事情としてしんしゃくしているが,被告人は,予告電話の実効性確保よりも企業爆破の成功を優先させており,実際には予告電話は人的被害の回避及び軽減に全く役だっておらず,いたずらに社会不安を醸成し,企業活動を妨害するものにすぎなかったのであり,しかも,被告人は,爆弾特有の高度の危険性から目を背け,人的被害の発生は予告電話の手法の誤りが原因であるなどと論理の転換を図り,予告電話を爆弾闘争を継続するためのいわば免罪符としていたのであるから,予告電話の存在は,何ら被告人の刑責を軽減する事由足り得ない。  イ 原判決は,本件各爆弾事件における被告人の役割を過小評価していること  (ア)「大地の牙」内部における被告人の役割は極めて重要かつ必要不可欠なものであった。特に,各爆弾事件の実行段階をとらえて見た場合,被告人の役割は共犯者齋藤和(以下「齋藤」という。)と比較して何ら遜色ないものであり,むしろ齋藤以上の積極性すら見受けられる。確かに,各犯行の計画立案を齋藤が主導した状況はあるが,これは単に革命理論においては被告人より齋藤に一日の長があったというだけのことであり,いわば役割分担の問題であって,このことは直ちに被告人の役割の従属性に結びつかない。  (イ)原判決は,このような個々の犯行の実現における被告人の必要不可欠性,各犯行に向けられた被告人の主体的,積極的意思等をあえて度外視し,計画立案部分だけを取り上げて被告人の役割を「従属的」とわい小化する誤りを犯している。  ウ 原判決は本件各爆弾事件による深刻な被害,現在も癒されていない被害者の峻烈な処罰感情を軽視していること  (ア)三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件においては,合計20名もの被害者が重軽傷を負っており,人的被害は極めて重大である。被害者の中には,爆発によりコンクリート片・ガラス片等を全身に浴びるなど生命の危機にさらされた者も複数おり,被害者のうち8名は手指を切断し,あるいは側頭骨にまで異物が達するなどといった重傷を負って入院加療を余儀なくされている。また,三井物産館爆破事件においては,現場臨場した警察官4名が負傷しているところ,同人らは,鼓膜の損傷,それに伴う耳鳴り・めまい等の後遺症に長期間悩まされ,その後の職務及び日常生活に著しい支障を生じている。それにもかかわらず被告人は,被害者に対して全く慰謝の措置を採っておらず,その努力もしてこなかったばかりか,謝罪すらおざなりにしてきたのであり,被害者の処罰感情は峻烈であり,被告人を懲役20年に処した原判決の量刑に不満を覚えている(控訴審において立証予定)。また,物的被害についても,間組本社9階爆破事件を中心に甚大な被害が生じており,被害金額の合計は15億円以上という莫大な金額に及んでいる。  (イ)原判決は,被害の重大性につき,「多大な物的・人的被害が生じ,被害者らの被害感情が強かったにもかかわらず,被告人らは被害者らに対し,弁償も慰謝の措置も講じていない。」と判示してはいるが,その評価は深みに欠け,上記の被害者の悲惨な負傷状況,25年を経過した現在まで続いている後遺症とそれに伴う精神的苦痛,負傷が被害者らの人生に与えた深刻な影響,そして峻烈な処罰感情等を真に理解しているものとは考えられない。  エ 原判決は,公判廷における被告人の表面的な謝罪の言葉を誤って評価し,被告人の反省及び改しゅんの情の欠如を看過していること  (ア)統一公判(昭和50年11月25日から同52年10月14日までの共犯者らとの併合審理)における被告人の言動,超法規的釈放とその後の長期間の海外逃亡,逃亡中に日本赤軍に加入し,違法行為に及んでいるという事実,再開公判における被告人の供述態度などを総合して見れば,被告人が本件各犯行の悪質性や被害の重大性などを全く理解しておらず,公判廷を自己の主張の開陳の場としか見ていないことは明らかであり,被告人の反省の情は全く欠如している。  (イ)原判決は,被告人の表面上の謝罪の言葉や自己批判に惑わされ,以下のような誤った量刑評価をなしている。  a 原判決は,被告人の供述態度について,「公判廷において,各犯行につき一部不合理な弁解を交えつつ供述していることも無視できない」と指摘するにとどまり,被告人が行為の悪質性・被害の重大性から目を背け,刑責軽減のための弁解に終始しているという実態を踏まえた判断をしていない。  b 原判決は,「(被告人は)公判廷で怪我を負わせた被害者らに対する謝罪の言葉を述べ,時には涙を見せるなどして,怪我人を出したことにつき反省と後悔の態度を示している」などと指摘しているが,被告人の同謝罪の言葉は,真に自己の行動を悔い改めた謝罪とはいえず,むしろ被害者の心情を逆撫でしているという点を完全に看過している。  c 原判決は,偽造有印私文書行使の点について,「ルーマニア国の入国管理行政の適正等を害した」と形式的な評価をするにとどまり,被告人が長期間海外逃亡し,しかもその間に犯罪行為に及んでいるという重要な悪情状を量刑上正当に評価していないという誤りを犯している。  オ 原判決は,本件各爆弾事件が極めて高度の犯罪性を有する無差別殺傷テロ事犯であり,犯行から長期間が経過した現在においても決して風化させてはならない事案であるという点を正当に評価していないこと  (ア)本件各爆弾事件は,不特定多数の第三者を対象とした無差別爆弾テロであり,我が国の犯罪史上類を見ない凶悪かつ非人道的な事案である。過去から現在に至るまで,無差別テロに対しては国際社会において厳しい非難がなされており,本件各爆弾事件については,一般予防的観点からも厳正な処罰が必要である。  (イ)原判決は,本件各爆弾事件について,「マスコミにより大々的に報道され,社会に大きな衝撃を与えるとともに,人々を震撼させ,いつ何時爆発に巻き込まれるかもしれないという不安を抱かせたのであり,社会一般に与えた影響も軽視できない。」と指摘してはいる。しかし,上記のような本件各爆弾事件の凶悪かつ非人道的性格には言及しておらず,社会秩序の破壊であり,市民の平和と安全に対する挑戦であるという無差別テロの普遍的悪質性を考慮した様子も見られない。  カ 原判決の量刑は,共犯者の量刑とも均衡を失すること  原判決の量刑は,一連の企業爆破事件に関与した共犯者に対する量刑と比較しても,軽きに失するといわざるを得ない。  以上の6つの視点に基づき,原判決の量刑判断の根本的誤りにつき,以下,詳述する。 2 原判決は,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を無視し,爆弾闘争の継続を何より最優先させていたという実態を正当に評価せず,それゆえ被告人の犯行動機,殺意及び予告電話について誤った評価を下していること  本件各爆弾事件は,過激派による武装闘争がエスカレートし,闘争において使用される武器もより強力かつ危険なものになっていく過程において,組織的かつ連続的に敢行された爆弾事犯である。かかる爆弾闘争の発展的経過との関連を捨象して考察したのでは,本件各爆弾事件の悪質性,危険性を正当に評価することはできない。なぜならば,本件各爆弾事件は,過激派が武装闘争路線をエスカレートさせ,爆弾闘争を強く志向していく過程の中であえて実行された連続爆弾事犯であり,このこと自体が被告人の犯意の強固さを裏打ちし,本件の凶悪性を歴然たるものにしているからである。そこで,まず,本件各犯行が敢行された背景事情,過激派が武装闘争の手段として爆弾を使用するようになっていった原因,爆弾特有の危険性等につき分析を加え,被告人が不特定多数の第三者の生命身体の安全を軽んじ,爆弾闘争の継続のみを唯一絶対の目的としてとらえていた実態を明らかにし,その上で,原判決の犯行動機に関する洞察が到底不十分であり,原判決の指摘する殺意や予告電話の評価が誤りであることを論証する。 (1)本件各爆弾事件の発生に至る背景事情  ア 過激派による爆弾闘争の開始  昭和34年から翌35年にかけて行われた第一次安保闘争以降,過激派による集団街頭闘争において,角材・石塊等が警察部隊への対抗手段として用いられるようになり,昭和42年10月の佐藤首相東南アジア訪問阻止闘争(第一次羽田事件),同年11月の同訪米阻止闘争(第二次羽田事件)などにおいては,警察部隊に対して多量の投石が行われ,社会を騒然とさせる状況が生じるに至った。その後,昭和43年10月に発生した日本大学工学部校舎放火事件のころから,より強力な対向手段として火炎びんが多用されるようになり,昭和44年1月の東京大学封鎖解除事件など一連の大学紛争や街頭闘争において,火炎びんは中心的な武器として用いられた。また,同年10月の国際反戦デー事件においては,交番に対する火炎びんの投てきなどが行われ,街頭闘争のみならずゲリラ活動の武器として火炎びんが定着していった。しかし,その一方で,学園紛争においては学舎の封鎖が次々と解除され,街頭闘争においても機動隊の警備の突破に失敗するなどといった状況があり,集団による対権力武装闘争の限界が明らかになりつつあった。  昭和44年9月,共産主義者同盟赤軍派は「ブルジョアジー諸君,我々は君達を世界中で革命戦争の場に叩き込んで一掃するために,ここに公然と宣戦を布告するものである。」などとうたった戦争宣言を発し,このころから過激派の武装闘争路線が一層先鋭化していった。同年中には,警察関係施設を対象とした爆破事件が連続して発生し(警視庁第8第9機動隊正門前爆破事件,寝屋川警察署爆破事件等),同年11月5日には多数の鉄パイプ爆弾等を所持して集合していた赤軍派活動家らが検挙され(赤軍派大菩薩峠事件),同月半ばの佐藤首相訪米阻止闘争においても凶器として手製爆弾が押収されるなど,より過激な手段である爆弾を用いたテロ・ゲリラ事件が多発するに至った(控訴審において立証予定)。  イ 爆弾闘争がエスカレートしていく過程  昭和46年に入ると過激派による爆弾闘争は更にエスカレートし,同年6月17日,警備中の機動隊めがけて手製爆弾が投てきされ多数の負傷者が生じるという凶悪事件が発生するとともに(明治公園爆弾投てき事件),より巧妙な手段である時限式爆弾も多用されるようになり,同年10月18日,小包を装った時限式爆弾が郵便局内で爆発するなどといった事件が社会を騒然とさせた(日石地下郵便局小包爆弾爆発事件)。  同年12月18日には,警視庁警務部長方に郵送された爆弾が爆発して同部長夫人が死亡するという事件が発生し,ついに爆弾事件が人命を奪うに至り(警視庁警務部長土田邸爆破事件),その直後の同月24日には,多数の市民が行き交う繁華街においてクリスマスツリーに擬装した爆弾が爆発し,多数の市民を負傷させるという無差別テロ事件が続発し(警視庁追分派出所爆破事件),これらの事件は新聞等でも大きく報道され,とどまるところを知らない過激派の爆弾闘争が社会を震撼させる情勢となった(控訴審において立証予定)。  ウ 大道寺將司らが爆弾闘争を志向していく過程  大道寺將司(以下「將司」という。)は,釜が崎地区での自身の労働経験などを通じ,在日朝鮮人問題や未解放部落問題に対する関心を深める一方,デモや集会などといった大衆闘争にも参加していたところ,前記のような社会情勢を受け,次第に「ゲバ棒や石によって権力に攻撃を加える運動には限界がある」,「権力による侵略を阻止するには物理的な力による闘争が必要である」などという考えを強め,爆弾闘争路線を強く志向するようになり,昭和46年1月ころ,駒沢あや子(同女は後に將司と婚姻して大道寺姓となるが,以下婚姻の前後にかかわらず「あや子」という。) 片岡利明(同人は後に養子縁組により益永姓となるが,以下縁組の前後にかかわらず「片岡」という。)ら数名と共に,北海道で手製爆弾の爆破実験を行った。將司らは,その後,旧日本軍による中国・韓国等の侵略問題やアイヌ問題などを闘争目標として取り上げ,同年12月12日,興亜観音殉国七士の碑爆破事件,昭和47年4月6日,総持寺納骨堂爆破事件,同年10月23日,北海道大学文学部アイヌ資料室爆破事件及び風雪の群像爆破事件など手製爆弾を用いた爆弾事件を相次いで敢行した(將司検面・書38冊12380〜12386,12398〜12401,12449〜12469,將司尋問・供10冊2207〜2224,片岡尋問・供12冊2643〜2660)。  エ 將司らの爆弾闘争路線の本格化と「腹腹時計」の出版  將司らは,昭和48年夏ころ,上記爆弾事件に関与したメンバーの一人が離脱したことから,残ったメンバーの間で,組織の基礎を固めて武装闘争を継続するという意思確認を行った上,自分達のグループを「東アジア反日武装戦線・狼」(以下.「狼」という。)と名付け,爆弾闘争路線を本格化させることとした。そこで,將司らは,武装闘争の思想的背景を明らかにするとともに,自分達の考えに共鳴し,これを支持する者に対して戦線への参加を訴える必要があると考え,「都市ゲリラ兵士の読本VOL.1腹腹時計」(以下「腹腹時計」という。)と題するパンフレットを出版することとし,同年末,將司と片岡が分担してその執筆に取りかかり,翌49年3月ころ,新左翼系書店などに郵送するなどしてこれを頒布した。  將司らは,昭和47年2月に発生したあさま山荘事件において,猟銃等を所持して同山荘に立てこもった連合赤軍活動家が全員検挙されたことなどを受け,「腹腹時計」序文において,「連合赤軍の敗北に至る多くの武装組織の全員逮捕,武装解除という事態と,爆弾すら作り得ず使用できない観念『武闘派』の存在,爆発しない=武器足り得ない『爆弾』作りの存在。それはわれわれに武装闘争=都市ゲリラ戦の基本原則,初歩的技術の獲得を再度確認,実践することを要求している。即ち,それは,日帝本国に於ける非合法,地下活動の問題であり,思想性の点検の問題であり,爆弾の行使などをはじめとする戦略的,戦術的な把え返しの問題である」などと問題提起するとともに,本文中の技術篇・爆破篇などにおいて,爆弾の製造方法や爆弾の効果的設置方法を事細かに記載し,「腹腹時計」の読者に対し,爆弾を用いた武装闘争に同調するよう訴えかけた(將司検面・書38冊12386〜12391,12401〜12402,12469〜12475,將司尋問・供10冊2224〜2230,片岡尋問・供12冊2661〜2668,腹腹時計・甲F21,G90)。  オ 三菱重工爆破事件  將司ら「狼」グループは,昭和49年春から夏ころ,荒川鉄橋の橋りょうもろとも天皇陛下の乗車した特別列車を爆破するという暗殺計画を立て,大型の手製爆弾を製造するなどの準備を進めたが,爆弾の設置に障害があったため実行には至らなかった。將司らは,かねてから,日本は明治維新以降,中国大陸や朝鮮半島などに軍事侵略を行って植民地化し,第二次世界大戦後は企業が海外進出して安い労働力を求めるとともに,公害を垂れ流すという形で企業侵略を行っているとの認識を持ち,海外進出企業を攻撃対象として想定していたところ,荒川鉄橋爆破計画の失敗を受け,準備していた爆弾を三菱重工株式会社(以下「三菱重工」という。)本社ビルに設置して同社を爆破することを計画し,同年8月30日,三菱重工爆破事件を敢行した。同爆破事件により死者8名,165名もの重軽傷者(將司らの刑事裁判における認定)という爆弾事件としては過去に例のない深刻な被害が生じ,その爆破現場の惨状は新聞等においても大々的に報道され,爆弾テロへの社会不安は一層深まっていった(將司尋問・供10冊2232〜2235,片岡検面・書39冊12764〜12810,片岡尋問・供12冊2783〜2796等,三菱重工爆破事件の被害内容については控訴審において立証予定)。  (2)被告人が爆弾闘争を開始した経緯及び本件各爆弾事件の概要  被告人は,前記のような社会情勢下において爆弾闘争を開始し,本件各爆弾事件を敢行するに至ったものである。以下,被告人が爆弾闘争を開始した経緯及び本件各爆弾事件の内容についても概観する。  ア 被告人が本件各爆弾事件を敢行するに至った経緯  被告人は,昭和44年4月,北里大学衛生学部に入学し,在学中に本件各爆弾事件の共犯者である齋藤と知り合った。被告人は,齋藤に対して次第に好意を抱くようになり,昭和49年ころまでには同人との交際を開始した。  一方,齋藤は,以前からの知人であり「狼」の一員でもあった佐々木規夫(以下「佐々木」という。)から東アジア反日武装戦線への参加を求められていたところ,爆弾闘争の実現には被告人の支援が必要不可欠であると考え,同年7月ころ,被告人に対し,自らの爆弾闘争を援助するよう求めた。被告人は,「過去の学生運動でも,連合赤軍の武器を持ってしても日本帝国主義を打倒し得ず,空しい挫折感が漂う中にあって,日帝打倒のためには,もはや爆弾闘争以外には採るべき方法はあり得ない」などと考えて爆弾闘争への参加を決意した(將司検面・書38冊12405〜12407,12475〜12477,將司尋問・供10冊2236,片岡尋問・供12冊2670〜2671,被告人検面・書41冊13113〜13114,13342〜13343,被告人供述・供14冊3396〜4406)。  被告人及び齋藤は,前記三菱重工爆破事件が発生した後,いよいよ自らも爆弾闘争を開始することとし,自分たちのグループを「東アジア反日武装戦線・大地の牙」と名付け,「腹腹時計」を参考にして爆弾を製造するなど爆破の実行に向けた準備に本格的に着手した(將司尋問・供10冊2236,被告人検面・書41冊13238〜13239,13163,被告人供述・供15冊4417〜4419)。  イ 被告人らが敢行した各爆弾事件の概要  (ア)三井物産館爆破事件  被告人ら「大地の牙」が最初に敢行した爆弾事件は,三井物産館爆破事件である。昭和49年10月14日午後1時15分ころ,被告人が東京都港区所在の三井物産館3階第3広間西側の湯沸室前床上に設置した手製時限式爆弾が爆発し,現場臨場していた警察官及び三井物産従業員など合計12名が重軽傷を負った。このうち警察官4名及び三井物産従業員2名については,それぞれ相当期間の入院加療を要する顔面多発性挫創,左膝挫創,全身爆傷,下顎骨開放性骨折,右上腹部挫滅創等の重傷を負った。また,爆発に伴う周辺壁面の損壊,窓ガラスの損壊等により約1,400万円相当の財産的被害が生じた(診・書1冊192〜209,被害者検面及び員面・書2冊418〜528,報・書4冊850〜853,被害者尋問・供4冊780〜918,原四郎尋問・供4冊954〜970)。  (イ)大成建設爆破事件  昭和49年12月10日午前11時2分ころ,齋藤が東京都中央区所在の大成建設株式会社(以下「大成建設」という。)本社1階駐車場と南東側道路との間に敷設された鉄製踏板の下に設置した手製時限式爆弾が爆発し,通行人など合計8名が重軽傷を負った。このうち,爆発現場付近に貨物自動車を駐車し荷下ろし作業を行っていた労働者2名については,頭部挫滅創,右手第三指切断等という重傷を負い,相当期間の入院加療を余儀なくされた。また,周辺建物等に生じた財産的被害は600万円を超えるものであった(診・書4冊931〜950,被害者検面及員面・書8冊1798〜1850,報・書29冊9661〜9665)。  (ウ)間組同時爆破事件  昭和50年2月28日午後8時ころ,齋藤が埼玉県与野市所在の株式会社間組(以下「間組」という。)大宮工場内第1工場北側変電所付近に設置した手製時限式爆弾が爆発し,同所付近のコンクリート塀が倒壊するとともに,周囲の窓ガラスが破損するなどし,約95万円相当の財産的被害が生じた(害・書29冊9685〜9689)。  上記間組大宮工場爆破事件は,被告人ら「大地の牙」が東アジア反日武装戦線の他グループと共同して実行した間組同時爆破事件の一貫であり,同日同時刻ころ,東京都港区所在の間組本社9階においては,「狼」が設置した手製時限式爆弾が爆発し,同6階においては,「さそり」グループ(以下「さそり」という。)が設置した手製時限式爆弾が爆発した。このうち,間組9階爆破事件においては,爆発に伴う出火によって同社9階部分のほぼ全体が焼損し,同社従業員1名が約3か月の入院加療を要する左上腕骨骨折,左橈骨神経麻痔等の重傷を負い,間組本社6階爆破事件においても,周辺の天井板,窓ガラス等が多数被壊されるなど多大な物的被害が生じた。9階部分を中心とした建物及び設備の被損により,間組本社の財産的被害の合計は15億円を超える甚大なものとなった(診・書15冊4583〜4584,被害者検面・書15冊4585〜4599,報・書29冊9666〜9667,害・書29冊9669〜9684)。  (エ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件  昭和50年4月19日午前1時ころ,被告人が東京都中央区所在のトキワビル5階韓国産業経済研究所(以下「韓産研」という。)入口鉄製扉のはめ込みガラス部分に貼り付けた手製時限式爆弾が爆発し,韓産研事務所内外に鉄製ドアを破壊し,窓ガラスを破損するなどの物的被害を生じた。また,同日,同時刻ころ,齋藤が兵庫県尼崎市所在の松本ビル7階オリエンタルメタル株式会社(以下「オリエンタルメタル」という。)ゼロックス室前に設置した手製時限式爆弾も爆発し,周囲の板塀,支柱,天井,窓ガラス等を破損する被害を生じた。韓産研爆破事件による財産的被害は約590万円,オリエンタルメタル爆破事件による財産的被害は約910万円に達した(害・書29冊9715〜9716,9720〜9721,告訴・書29冊9717〜9719,害・書29冊9722〜9730)。 (3)時限式爆弾事犯の悪質性  ア 爆弾事犯の悪質性  (ア)爆弾特有の強力な被壊力  いうまでもなく,本件の凶悪性は「爆弾の使用」という事実によって基礎付けられている。そして,過激派の武装闘争が爆弾闘争を志向するようになった第一の理由も,前記のとおり,爆弾特有の強力な破壊力にある。爆弾は,爆発によって,激しい衝撃波の発生,爆弾を構成するコンクリート片等の高速度の飛散,爆風によるガラス等の損壊落下などといった現象が複合一体化して生じ,人の殺傷,物の損壊いずれの側面においても,瞬時にして強大な威力を生じる極めて危険で反社会性の強い武器である。テロリズムにおいて爆弾が広く使用されることは,洋の東西を問わず歴史の証明するところであり,その高度の危険性ゆえ,爆発物取締罰則においても厳格な法定刑が規定されている。街頭闘争及び学園紛争において挫折が連続し,あさま山荘事件において赤軍派活動家の猟銃を用いた抵抗すら警察部隊に制圧されるという閉塞状況にあって,過激派活動家の一部が爆弾の威力に着目し,最後のよりどころとして爆弾闘争に走るようになった理由は,正にこの爆弾特有の強力な破壊力にあったことは明白である。  (イ)爆弾事犯特有の模倣性,伝ぱ性  さらに,爆弾事犯については,犯行による社会的影響が非常に大きく,それゆえ模倣性,伝ぱ性が極めて強いという特徴も認められ,かかる特徴も過激派が爆弾闘争を選択した重要な一因である。このことは,腹腹時計の記載中に,「『兵士読本Vol.1』は,東アジア反日武装戦線“狼”がこれまで自分たちの手で研究,開発,実験し,爆弾闘争を闘った経験を今の段階で総括するものであり,今後更に深化すべきものをその内容としている。即ち,日帝本国において武装闘争=都市ゲリラ戦を開始するにあたって最低限守らねばならないこと,最低限獲得し,習熟しなければならない諸技術,極く初歩の戦闘に於ける確認すべき原則などを今までの“狼”の経験より提出し,同志諸君に点検,検討されるべ きものである。」などといった部分があり(腹膜時計1頁・甲F21,G90),広く爆弾事件の敢行を奨励していることからも明らかである。  イ 時限式爆弾事犯の悪質性  (ア)検挙の困難性  爆弾事犯のうち,特に時限式爆弾については,設置者が爆発時に爆発地点に現在する必要がないため,火炎びんを用いたゲリラ事犯等と比し,設置者にとって検挙される危険が格段に低いという点も重視されるべきである。しかも,都市の雑踏の中にあっては,爆弾の設置行為についても人目を引かない形で容易に実行することができ,緊迫した社会情勢下,警備の間隙を縫って効果的にテロ・ゲリラ活動を行うには時限式爆弾を使用するのが最適であったと考えられる。「腹腹時計」が提唱する「都市ゲリラ戦」を遂行する上で,最も消耗が少なくかつ効果的な武器である時限式爆弾は必要不可欠のものであった。  (イ)設置の容易性  上記の事情に加え,設置に伴う操作が不要あるいは非常に容易であり,専門的知識がなくとも設置を担当することが可能であるという点,爆発時,爆発現場に設置者が居合わせないため,犯行に伴う心理的抵抗が比較的少ないという点も時限式爆弾を用いたテロ・ゲリラ事犯の特徴として挙げられる。過激派による一連の爆弾闘争は,これらの特徴を最大限利用する形で敢行されてきたのであり,本件各爆弾事犯もその一貫であることを忘れてはならない。  (ウ)不特定多数の第三者の生命身体に対する危険性  上記の特徴と表裏一体の事情であるが,時限式爆弾については,一度設置した後は爆発を回避することが極めて困難である上,設置者の意図にかかわりなく,爆発圏内に居合わせた不特定多数の者を殺傷し得るという特有の危険性が内在している。爆弾設置後にも周辺状況に変化が生じ得ることは至極当然のことであるが,設置者はそれに関与する余地がなく,成り行きに任せるほかないのである。既に述べたとおり,爆弾は極めて威力の大きい武器であり,広範囲において,様々な形で人的被害を生じ得る。したがって,爆弾の設置者がいかなる意図を持っていたにせよ,時限式爆弾を使用する以上は,攻撃目標とは全く別個の人物の生命身体に危害を加える場面が必然的に生じ得るのである。  以上のとおり,時限式爆弾という凶器には,その本来的性質として,設置者の身の安全と引き替えに,不特定多数の第三者の生命身体に多大な危険を及ばすという側面が内在しており,この極めて無責任で危険かつ卑劣な罪質こそ時限式爆弾特有の本質的悪性である。過激派が爆弾闘争を志向するようになったということは,既に指摘したような閉塞状況の下,武装闘争の貫徹を最優先し,権力への対抗という目的のため,上記爆弾事案特有の本質的悪質性を是認し,これを利用したことにほかならない。かかる時限式爆弾特有の悪質性を踏まえた上で,爆弾事犯が凶悪化,し烈化していく社会情勢の中に本件各爆弾事件を位置付けて見れば,被告人が不特定多数の第三者の生命身体の安全を軽視し,爆弾闘争の継続を何より最優先していた実情が自ずと明らかとなる。 (4)被告人が爆弾闘争の継続を唯一絶対の目的とし,第三者の生命身体の安全を無視していた実情  ア 被告人らが企業中枢の破壊という目的を実現するためには不特定多数の第三者の生命身体に対する危険が必然不可避であったこと  (ア)被告人らの企業爆破の目的  既に述べたとおり,被告人らは海外進出企業を日本帝国主義の先兵ととらえて攻撃目標とし,次々と時限式爆弾を設置したものである。そして,被告人らの主たる目的は,企業中枢を破壊し,企業に物理的打撃を加えるとともに,それにより爆破対象企業ひいては社会全体を震撼させ,海外進出企業の活動を阻害することにある(將司検面・書38冊12380〜12383,片岡検面・書39冊15488,片岡尋問・供12冊2650,被告人検面・書41冊13342〜13346)。被告人ら「大地の牙」が敢行した各爆弾事件を個別に見ても,三井物産館爆破事件の目的は,同館3階通信部室内の海外テレックスを破壊することにあり(被告人検面・書41冊13285),大成建設爆破事件の目的は,周囲に大成建設関連のビルが建ち並ぶ交差点において爆弾を爆発させ,より高い政治的宣伝効果を上げることにあり(被告人検面・書41冊13196〜13198),間組大宮工場爆破事件の目的は,同工場変電所内に設置された変圧器を爆破することにあり(被告人検面・書41冊13257〜13259),韓産研爆破事件の目的は,韓国工業使節団派遣を斡旋している韓産研の事務所内部を被壊することにあり(被告人検面・書41冊13126〜13128),オリエンタルメタル爆破事件の目的は,同使節団団長がオリエンタルメタル製造株式会社の会長であったことから,同社及び親会社であるオリエンタルメタルが事務所を置く松本ビル7階部分を破壊することにあり(被告人検面・書41冊13146〜13150,13231),いずれも,上記企業中枢の破壊という目的に基づき,これを実行したものである。また,間組同時爆破事件において,当初「さそり」が同社の工事現場を爆敬しようと計画していたものの,より効果的な攻撃が必要との観点から「狼」及び「さそり」による同社本社の同時爆破に計画が変更されたという経緯などからしても(將司検面・書38冊12545〜12549,書39冊12576〜12579,12667〜12680,將司尋問・供10冊2266〜2267,片岡検面・書39冊12829〜12830,片岡尋問・供12冊2699,黒川芳正検面・書35冊11467〜11483),被告人らがいかに企業中枢部分の破壊にこだわっていたかが明らかである。  (イ)「企業中枢の破壊」という目的に必然的に伴う不特定多数の第三者の生命身体に対する危険  このように,被告人らは企業中枢の破壊に政治的,軍事的意義を求めていたわけであるが,かかる目的を遂行するためには,爆弾を企業中枢に設置すること,その爆弾が一定程度の威力を有することの両者が必要不可欠である。そうである以上,爆弾の設置場所は都市中心部,それもオフィス街,繁華街などにならざるを得ず,爆破現場周辺に人が現在する可能性も必然的に高くな.り,必然的に人の生命身体に対する危険が発生する。既に述べたとおり,時限式爆弾には,設置した後に爆破を中止することが極めて困難である上,設置者の意図にかかわりなく設置後に爆発圏内に侵入した者を無差別的に殺傷する危険が内在するなどといった特質があり,爆破に伴い人的被害が生じないようにするには,結局のところ,およそ人が近寄らないような場所に爆弾を設置するほかはないのであるが,これは被告人らが目的とする企業中枢の破壊と本質的に矛盾する。効果的な爆弾闘争を志向すればするほど人的被害発生の危険が一層高まることは当然であり,被告人自身もこの当然の理を認識し,それを実行したのである。  イ 過去の爆弾事件の発生状況,報道状況からして,爆弾が不特定多数の第三者の生命身体に対し危険を生じることは自明であり,これは社会の共通認識であったこと  (ア)警視庁警務部長土田邸爆破事件,警視庁追分派出所爆破事件の報道状況  昭和46年12月18日に発生した警視庁警務部長土田邸爆破事件においては,同部長の留守宅に爆発物が配達され,その爆発により同部長夫人が死亡し,四男らが負傷した事実が大きく報じられている。報道は,死亡した同夫人が全身に鉄片を浴び,顔も判別できないほどの損傷を爆風で負ったことなども報じており,爆弾がいかに強力な殺傷能力を有しているかを物語る内容である(控訴審において立証予定)。  また,同月24日に発生した警視庁追分派出所爆破事件においても,爆弾直近の位置にいた警察官の左足が吹き飛ぶなどといった凄惨な状況に加え,周囲の通行人が爆片などを浴びて負傷したこと,破損したガラス片が周囲約40メートルほどの範囲に飛び散っていること,約25メートル離れたレストランの店内に鉄製ライトカバーが飛び込んだことなどが報じられ,爆弾が爆発した場合,いかに広範囲に人的被害が生じ得るかを明らかにしており,不特定多数の第三者の生命身体に危険を生じるという爆弾事犯の悪質性を実証している(控訴審において立証予定)。  (イ)三菱重工爆破事件の報道状況  將司ら「狼」グループが敢行した三菱重工爆破事件については,その深刻な被害ゆえに更に大々的な報道がなされ,爆弾の危険性,爆弾事犯の凶悪性を浮き彫りにしている。同事件は,三菱重工とは全く無関係の通行人を多数死傷させ,100名単位の巻き添え被害を生じたという事案であり,白昼,オフィス街に爆弾を設置するという行為がいかに危険であるかを物語っている。同事件発生当日の夕刊には,黒煙が上がり,自動車が炎上し,広範囲にコンクリート片やガラス片が飛散し,血まみれの通行人が多数転倒しているという正に戦場のような凄惨な現場の写真が掲載されており,これらを一見しただけで,爆弾の使用がいかに深刻な被害を招くか誰しもが理解できる内容である。また,爆風により破壊され路上に降り注いだガラス片により多数の負傷者を生じたことも報じられており,仮に爆発地点の直近に人が現在していなくとも,周辺の通行人等に深刻な人的被害を生じ得ることが明らかとなっている(控訴審において立証予定)。  (ウ)爆弾の危険性は当時の社会の共通認識となっていたこと  このように,爆弾が極めて高度の殺傷能力を有しており,不特定多数の第三者の生命身体を脅かす危険な凶器であることは,新聞等において繰り返し報道され,当時の共通の社会認識となっており,被告人も当然かかる危険性を認識していたものである。報道からうかがわれる被害はあまりに悲惨かつ壮絶であり,これに接すれば爆弾の恐怖に身も凍る思いを抱くのが通常である。被告人は,それにもかかわらず,あえて爆弾闘争を開始する道を選択したのであって,このこと自体,被告人が爆弾闘争に執着し,不特定多数の第三者の生命身体の安全を軽んじていたことの証左である。そして,以下に指摘するとおり,被告人は実際に,人を殺傷し得る強力な爆弾を,人を殺傷し得る危険な場所に繰り返し設置していくのである。  ウ 被告人らが使用した爆弾が十分に人を殺傷し得る威力を有していたこと  (ア)三井物産館爆破事件  被告人らが三井物産館爆破事件に用いた手製時限式爆弾は,約3・6リットル入り湯たんぽ(長径約32.1センチメートル,短径約23.5センチメートル,高さ約9.5センチメートル)を缶体とし,これに塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めたものであり(鑑・書7冊1632〜1797,鑑定人尋問・供3冊684〜779),爆弾の規模からして,十分に人を殺傷する威力を有していたものと認められる。これは,警視庁警務部長土田邸爆破事件において小包大の爆弾が現実に人を死亡させていることからも明らかである。  そして,実際に,被告人らが使用した爆弾が爆発した結果,爆心地付近の壁面の裾に貼られた御影石が破砕され,えぐれて飛散しているほか,周囲に設置されたたばこ自動販売機の表側鉄板がはずれて破壊され(実・書5冊951〜1350),爆心地脇の湯沸室はほぼ全壊し(実・書4冊665〜708),爆心地と鉄製ドアで隔たれていた3階通信部室,鉄鋼会計部室などにおいてもロッカーや書棚が倒れ,照明具が落下して破損するなどといった被害を生じているのであり(実・書4冊709〜744,書5冊951〜1350,書6冊1351〜1578),爆発に伴う衝撃がいかに大きかったかを示している。爆発が起きた3階第3広間,それに接する3階廊下の床上には多数の金属片・ガラス片などが飛散しており(実・書3冊529〜664,書5冊951〜1350),これらが周囲の者に直撃し身体に突き刺されば重大な負傷が生じることは明らかであるし,爆風により彼損した窓ガラスが三井物産館北側路上・南側路上の双方に大量に落下して広範囲にわたり散乱し,その一部は駐車中の普通乗用自動車の後部ウインドウを破壊した状況も認められ(実・書4冊745〜843,書7冊1579〜1631),三菱重工爆破事件と同様に,落下した窓ガラス片により通行人が負傷する危険も多大であったと認められる。  現実に発生した人的被害を見ても,現場臨場していた警察官や同社従業員らは,飛散した爆片が頭部を直撃し,左側頭骨に爆片が突き刺さり,あるいは全身に爆片やガラス片を浴び,体内に異物が突き刺さるなどという被害を負っているのであって,死者が1名も生じなかったことは奇跡ともいうべき状況であったことがうかがわれる(診・書1冊192〜209,被害者検面及び員面・書2冊418〜528,報・書4冊850〜853,被害者尋問・供4冊780〜918)。  このように,三井物産館爆破事件に用いられた手製時限式爆弾は,人を殺傷するに十分足る威力を有するものであった。  (イ)大成建設爆破事件  被告人らが大成建設爆破事件に用いた手製時限式爆弾は,石油ストーブ用カートリッジタンク(底板長辺約30,5センチメートル,短辺約16.5センチメートル,最大深さ約10.0センチメートル)を缶体とし,これに塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めたものであり(鑑・書18冊5276〜5336,5354〜5386,鑑定人尋問・供5冊1159〜1177,1218〜1231,供6冊1273〜1316),容器の容量からして,十分に人を殺傷する威力を有していたものと認められる。  そして,実際に,その爆弾が爆発した結果,爆心地付近のコンクリート製L字型側溝用上蓋が路面にめり込んで沈下し,爆心地前に駐車してあった小型貨物自動車が衝撃により横転し(実・書12冊2904〜3156),大成建設本社の2暗から7階までの窓ガラス及び隣接する大倉別館ビルの1階から7階までの窓ガラスが爆風により損壊するなどしており(実・書12冊3157〜3202),強力な衝撃波,爆風が発生したことは明らかである。また,大成建設本社周囲の路上には多数の金属片等が散乱しており(実・書12冊2904〜3156,書11冊2711〜2816),これらの直撃を受けた者に重大な傷害を負わせる危険があったこと,損壊したガラス片の落下に伴い負傷者が生じる危険も多分にあったことなどについては三井物産館爆破事件と全く同様である。しかも,大成建設爆破事件においては,約70キログラムもの重量を有する鉄製踏板が爆発により吹き飛び,6枚が周辺路上に,1枚が大成建設本社1階のピロティ内に飛散したほか,もう1枚は,爆心地から東方に30メートル以上隔てて位置する2階建て建物の中に天井を突き破って飛び込み,同建物2階の株式会社東洋紡レスポワール従業員食堂に落下したという驚くべき状況もあり(報・書4冊894〜928,書12冊281.7〜3156),これらの踏板が仮に人を直撃していれ ば,当然人の死亡という重大な結果が生じていたものと考えられる。  現実に発生した人的被害を見ても,爆片を多量に浴び,右手人差し指,中指及び薬指の第一関節部分より先を失い,最終的に右手中指を根本から切断するに至った被害者,貨物自動車の荷台で荷下ろし作業をしていたところ,爆風で吹き飛ばされ路上に叩きつけられた被害者,飛散した爆片等の異物が顎や胸に突き刺さった被害者などがおり(診・書4冊931〜950,被害者検面及び貝面・書8冊1798〜1850),いずれも一歩間違えば死亡の結果につながっていたものなのである。  このように,大成建設爆破事件においても,被告人らが設置した爆弾は相当強力であり,十分人を殺傷するに足る威力を有していたものである。  (ウ)間組同時爆破事件  a 間組大宮工場爆破事件  間組大宮工場爆破事件において使用された爆弾は,容量約3.8リットルのブリキ缶(底板長辺約14.5センチメートル,短辺約11センチメートル,高さ約24センチメートル)を缶体とし,これに塩素酸カリウム等を主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めたものであり(検査書・書22冊7186〜7208,書24冊7990〜8005,検査書作成者尋問・供8冊1781〜1794,1841〜1857),同様に十分人の殺傷に足りる爆薬量を有していたものと認められる。  そして,実際に,被告人らが使用した爆弾が爆発した結果,爆心地付近において約5.4メートルにわたり同工場のコンクリート塀が倒壊したほか,同工場及び隣接する日本ピストンリング珠式会社与野工場(以下「日本ピストンリング」という。)等のガラス窓が合計400枚以上破損するなどといった被害が生じており,爆発の激しさを示している。また,爆心地付近の路上には多数の金属片,コンクリート塊などが飛散し,最も遠方に飛散したものは約57メートル離れた場所にまで達し,その一部は道路を隔てた日本ピストンリングのコンクリート塀を突き破り,高速で飛散するコンクリート塊等の威力の凄まじさをまざまざと示しており,これが通行人,通行車両等を直撃した場合には,人の死亡ないし重傷という深刻な被害が生じたものと認められる(検証・書19冊〜21冊5630〜7090)。  以上のとおり,同事件において用いられた爆弾も,その威力としては,三井物産館爆破事件,大成建設爆破事件と比して何ら遜色がなかったものである。  b 間組本社6階・9階爆破事件  間組本社9階爆破事件においては,1,500グラム入り粉ミルク缶(底板直径約13.1センチメートル,高さ約20センチメートル)に塩素酸カリウム及び塩素酸ナトリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めた手製爆弾が用いられており(鑑・書1B冊5387〜5439,5460〜5477,鑑定人尋問・供7冊1475〜1491,1538〜1553,1573〜1584,1618〜1646),爆薬量からして,十分人の殺傷が可能なものであった。また,間組本社6階爆破事件においては,約4から5キログラムの爆薬が入る菓子缶に塩素酸カリウム及び塩素酸ナトリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めた手製爆弾が用いられており(鑑・書18冊5598.〜5629,鑑定人尋問.・供7冊1538〜1553,1618〜1646,黒川芳正検面・書35冊11498〜11503,11519〜11522),その容量からして,同様に相当強力な爆弾であったことが認められる。  そして,実際に,上記各爆弾が爆発した結果,間組本社9階においては,爆発に伴う火災によりほぼフロアー全体が焼損し,天井や側壁が広範囲にわたり損壊し,特にパンチテレックス室・作業室等は建物・備品とも全壊といってよい状況になっており(実・書13冊3203〜3792),爆弾の爆発と火災の発生が相合わさった威力の凄まじさを示している。一方,間組本社6暗においては,爆心地付近の鉄骨が一部曲折し,外壁が飛散し,金属製キャビネット・ロッカー等の大型備品が破壊されて周辺に飛散し,天井板・照明器具等が落下するなどしているのであって(実・書16冊4600〜5144),やは り爆発力の激しさをうかがわせる状況であった。また,いずれのフロアーにおいても,金属片・ガラス片等が多数飛散しており,ビル内部にいた者の生命身体に対して危険を生じているほか(実・書13冊3203〜3792,書16冊4600〜5144),間組本社ビル周辺には,同ビル9階部分を中心に損壊した多数の窓ガラスの破片が落下し,駐車してあった普通乗用自動車のフロントガラス及びリアガラスを破損するなどしており(実・書14冊3793〜3895,3910〜4097,書15冊4216〜4492,4532〜4582),通行人等にも多大な危険を生じている。  同ビル9暗においては,爆風で吹き飛ばされた従業員1名が約3か月間の入院加療を要する左上腕骨骨折,左橈骨神経麻痺,外傷性頸椎症等の重傷を負っているところ,同人は,爆発で前方に吹き飛ばされたのと同時に失神し,気がついた時には周りは火の海という状態であり,その後頭部には多数の針金やガラス片がめり込んでいたというのであって(診・書15冊4583〜4584,被害者検面・書15冊4585〜4599),まさに九死に一生を得たという状況であった。  このように,間組本社6階・9階爆破事件においても,爆弾の威力は強大であり,対人殺傷が十分可能な爆弾であったと認められる。  (エ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件  韓産研爆敏幸件においては,防湿角缶(底板長辺約10.7センチメートル,短辺約5.4センチメートル,高さ約21.4センチメートル) の中に塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰めた手製爆弾が(鑑・書23冊7888〜7937,書42冊13538〜13544,鑑定人尋問・供8冊1735〜1780,供9冊2168〜2179),オリエンタルメタル爆破事件においては,容量約3.6リットルのかつおぶし缶(底板長辺約16センチメートル,短辺約9.5センチメートル,高さ約24センチメートル)を缶体とし,その中に塩素酸ナトリウム等を主薬とする塩素酸塩系の混合爆薬を詰めた手製爆弾が(鑑・書24冊7938〜7968,鑑定人尋問・供8冊1858〜1876,1910〜1927)それぞれ使用されているところ,いずれの爆弾も爆薬量は多量で人を殺傷し得る強力な威力を有していたものと認められる。  そして,現実に発生した被害状況を見るに,韓産研爆破事件においては,爆弾が貼り付けられた鉄製ドアが内側に大きく曲折して破損しているほか,韓産研事務所内に多数の金属片・ガラス片が飛散し(検証・書22冊7258〜7360),韓産研の位置するトキワビル5階にとどまらず,同ビル4階・6階の窓ガラス,4階から8階までの間の階段踊り場の窓ガラス等も破損して落下し,トキワビル前路上には破壊された窓枠とともに多数のガラス片・金属片等が散乱しているのであり(実・書22冊7367〜7446,書23冊7447〜7700,7710〜7887),衝撃波及び爆風が相当強力であったことを示している。また,オリエンタルメタル爆破事件においても,爆心地付近の板塀・支柱・天井等が完全に破壊され,ロッカーやキャビネット等の大型備品が吹き飛ばされて変形しているほか,爆弾が設置された松本ビル7階のみならず,5階,6階などにおいても天井板や照明器具の落下,冷蔵庫の転倒,内壁の損壊といった被害を生じており,落下した窓ガラスは,周囲の路上や隣接する建物の敷地内に多量に散乱し,約30メートル離れた地点にまで達しているのであって(検証・書24〜28冊・8006〜9814),韓産研爆破事件同様,爆弾の威力は相当強力であったと認められる。ビルの5階ないし7階という高所から高速度で落下する鋭利なガラス片が極めて危険な凶器足り得ることは,前記三菱重工爆破事件等においても実証されており,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件において負傷者が発生しなかったことは誠に幸いであった。  以上指摘したとおり,被告人らが使用した爆弾はいずれも極めて強力なものであり,爆発により死傍者が生じることも当然に予測可能な威力を有している。  前記2(3)ア(ア)のとおり,爆弾の爆発は,衝撃波の発生,爆片等の高速度の飛散,爆風によるガラス等の損壊落下などといった現象が複合一体化して生じるため,広範囲にわたり様々な態様で人的被害を生じ得るところ,被告人らが使用した爆弾は,これらの現象のすべてを現実化しているのである。このように,被告人らが使用したすべての爆弾が例外なく十分な殺傷能力を有していることは,本件各爆弾事件全体の凶悪性を指し示す事実であり,被告人が不特定多数の第三者の生命身体の安全を軽んじ,爆弾闘争の実現を何より最優先していた実情を浮き彫りにする事実でもある。 ェ 被告人は,前記各爆弾の威力について,十分人を殺傷し得るとの認識を有していたと認められること  被告人は,各爆弾の製造,設置の経緯等に照らし,爆弾の威力を相当程度認識していたものであり,少なくとも,被告人において直接製造に関与した爆弾については,対人殺傷能力を十分知しつしており,爆破を実行した場合にいかなる惨劇が生じるか当然予測していたものと認められる。  (ア)被告人の爆弾の容量・重量等に関する認識  被告人は,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件においては,齋藤と未だ同居しておらず,各爆弾本体の製造は齋藤が行ったものではある。しかしながら,三井物産館爆破事件においては,被告人は,缶体が湯たんぽであることを知っており,その容量から爆薬量を推測することが可能であった。しかも,被告人は,爆弾を運搬,設置した本人であって,爆弾の重量についても当然認識しており,爆弾の中身は約4キログラム,コンクリート・パテ等で周囲を固めた完成品全体は約6キログラムから7キログラムなどと供述してもいる(被告人検面・書41冊13280)。また,大成建設爆破事件においても,被告人は,缶体に用いた石油ストーブ用カートリッジタンクを齋藤と共に万引きしており(被告人検面・書41冊13187,13199〜13202),容器の大きさを十分認識していた上,犯行当日爆弾の運搬を担当したのであるから,その重量についても認識を有していたと認められる。そして,被告人は,間組大宮工場爆破事件以降は,爆弾製造時に齋藤と同居しており,爆薬の混合,缶詰め,缶体の補強など爆弾製造の一部を自ら行っている上(被告人検面・書41冊13122,13131〜13132,13151,13259),間組大宮工場爆破事件においては,爆弾の運搬を,韓産研爆破事件においては,爆弾の運搬及び設置を,それぞれ担当しており,これらの事件においても爆弾の容量・重量等を熟知していたものと認められる。さらに,被告人ら「大地の牙」が直接担当していない間組本社6階・9階爆破事件においては,被告人が爆弾の容量・重量等を正確に認識していたとはいえないまでも,被告人において,「狼」や「さそり」が使用する爆弾が,「大地の牙」が使用する爆弾に比し威力が少ないものと考える理由はないばかりか,本件各爆弾事件を敢行した目的が前記のとおり企業中枢の破壊であることからすると,自らが使用するものと少なくとも同程度の威力を有する爆弾を爆発させるものと認識していたのである。  (イ)爆発による被害予測の困難性  ここで問題となるのは,爆弾の爆発によって発生する結果を正確に予測することが非常に困難だということである。既に述べたとおり,爆弾が人的被害を生じる態様は実に様々であり,爆弾の直近にいる者はもとより,相当程度離れた距離にいる者であっても爆片の飛散等により死傷する可能性がある。まして,破損した窓ガラスの落下による被害,爆発に伴う火災による被害などについては,いかなる範囲で生じるか事前に予測することが極めて困難である。さらに,爆薬の調合のバランスや爆弾の設置環境などといった事情も爆発の威力に影響するものと考えられ,これらを総合加味すると,専門家であっても人的被害が生じ得る範囲を正確に特定することなどできないのである(鑑定人尋問・供3冊735〜779)。  いうまでもなく,このことは,被告人の刑責を軽減する事由ではなく,むしろ被告人が不特定多数の第三者の生命身体の安全を無視していたことを顕著に示す事実である。すなわち,爆弾の専門家ではない被告人にとって,爆発の結果を予測する根拠は,唯一のテキストであった「腹腹時計」や過去の爆弾事件の報道状況等であったはずであるが,これらの資料を見る限り,被告人は相当程度に人的被害の発生を予測し,本件以上の悲惨な状況をも予測していたと推認できる。  (ウ)爆弾の威力に関する報道状況  当時の爆弾事件の報道状況によると,警察官26名が負傷した明治公園爆弾投てき事件においては,「長さ約15センチメートル,直径約3センチメートルの鉄パイプの中にダイナマイトを入れた爆弾が用いられた。」旨,警視庁警務部長土田邸爆破事件においては,「郵送されてきた小包様のものが爆発した。」旨,警視庁追分派出所爆破事件においては,「水道用などのT型鉄パイプが爆弾の本体に用いられた。」旨それぞれ報じられている。各報道から各爆弾の正確な大きさまで特定して認識することは困難であるものの,各報道が大々的に行われ,かつ,被告人の関心度が高いことを考慮すると,被告人は,報道されている爆弾容器を比較しただけで,自己が使用した爆弾についても同程度の威力を有すると認識していたと推認される(控訴審において立証予定)。  一方,三菱重工爆破事件においては,爆弾の大きさや重量について,「直径約30センチ,高さ約40センチ」,「爆薬量は最大で20キロ程度」などと報道されており,被告人が現実に使用した爆弾よりも大型の爆弾であることが認められる。しかし,前述した爆弾の爆発による被害予測の困難性に照らせば,被告人が使用する爆弾が上記三菱重工爆破事件で使用された爆弾に比してどれだけの威力があるかということは,被告人自身にも予測が困難であったと考えられる。裏を返せば,三菱重工爆破事件に匹敵する,あるいはそれに近い惨事が生じる危険性を被告人が排斥できたはずはないのである(控訴審において立証予定)。  (エ)爆弾の威力に関する「腹腹時計」の記載  さらに,被告人が爆弾製造の教本とした「腹腹時計」の「技術篇」や「爆破篇」には爆弾の威力に関する記載が見られ,被告人は,これらの記載に従い,より爆弾の威力を増強する方向で加工しているという事実も重視されねばならない。  まず,「腹腹時計」の「技術篇」には,「最初は,あれこれ試みずに,黒色火薬(塩素酸カリウム,塩素酸ナトリウム,硝石等の主剤=75%,木炭(試薬または工業用活性炭でもよい)=15%,硫黄=10%)が安全で威力もある。」,「木炭が間に合わない時は砂糖で代用できるが,威力を引き出すためには容器(弾体)を強力に作る必要がある。」などと記載されているところ,少なくとも韓産研爆破事件の際においては,被告人は,同爆破に使用される爆弾には木炭を使用した爆薬が装てんしてあることを認識している(被告人検面・書41冊13131)。また,「腹腹時計」の「爆破篇」には,爆薬や爆弾の容器に関して詳細な記載があるが,すなわち,その中には,「砂糖で代用した火薬は5kg単位ぐらいで使わないと威力は望めない。」,「『威力』とは非常に漠然とした言葉である。一応ここでは,対象は一般的なコンクリート,金属等の構造物と考えてよい。なお対人殺傷用で,確実にその人間に接近して爆発させられる場合は,この十分の一程度でよい。」,「カモフラージュする場合は,同時に容器も補強される方法をとる方がよい。」,「理想的な形状は,1ボンベ状,2管状,3角柱状の順である。」,「容器の補強の例 大小容器を重ねて使う,コンクリートづめ,針金をびっしりコイル状に何重にも巻き,強力な接着剤で固定する。」などという記載も認められ,各爆弾事件において被告人が爆弾をコンクリート詰めして使用していること,湯たんぽや石油ストーブ用カートリッジなど強固な容器が缶体として用いられていることなどに照らせば,被告人及び齋藤が上記「腹腹時計」の記載を参考に,より強い威力を求めて爆弾を製造したことは明らかである。特に,「確実にその人間に接近して爆発させられる場合には,この十分の一程度でよい。」との記載については,「腹腹時計」の著者がその読者に対し,比較的爆薬量の少ない爆弾であっても対人殺傷能力を有することを明示した記載として着目すべきである。  このように,被告人は,自己が使用した各爆弾につき,十分人を殺傷し得る爆弾であるとの認識を有していたものと認められる。被告人は,そうでありながら,大企業の本社内などといった極めて危険性の高い場所に爆弾を設置している。そして,その結果がいかなるものになるかは,もはや火を見るより明らかであったというべきである。 オ 本件各爆弾事件における爆弾設置場所,設置時刻からして,人的被害が発生する危険性は非常に大きく,被告人も当然それを認識していたと認められること  (ア)三井物産館爆破事件  三井物産館爆破事件においては,昭和49年10月14日午後1時15分ころ,同館3階第3広間に設置された爆弾が爆発している。同館は,三井グループの中核である三井物産株式会社の本社であり,犯行当日は月曜日であって,地上8階,地下1階の同館内において多数の従業員が勤務している状態であった。また,爆発が起きた同館3階には,同社鉄鋼会計部,業務部,審査部,通信部などの事務室があるところ,鉄鋼会計部に所属する者だけでも約100人であり(被害者員面・書2冊478),同階のみでも多数の従業員が稼働していた。同社においては,昼休みが午後1時に終了し,同時刻に就業再開のチャイムが鳴るという決まりとなっていたため,爆発時刻は多くの従業員が卓上に戻っている時間帯であり,現に爆発の瞬間,多数の従業員が同館3階に居合わせていた(被害者検面及び員面・書2冊418〜435,447〜486)。しかも,上記第3広間は,鉄鋼会計部,通信部,検査役室などのちょうど中間に位置し,同館3階を東西に貫く廊下に接しており,そのすそ脇には湯沸室やエレベーター等もあり,爆弾設置地点の直近に人が現在する可能性も非常に高い場所であった(実・書5冊960〜962)。このような場所に設置された爆弾が,就業再開直後の午後1時15分という時刻に爆発した場合,館内の従業員多数に人的被害が発生することは自明である。  さらに,三井物産館は,東京都港区西新橋一丁目というオフィス街の中心に位置しており,周囲には商社,銀行など大会社の本社ビルが林立している。付近には国鉄新橋駅(現在のJR新橋駅)などもあって交通の便も良く,爆発が起きた時間帯は,人,車とも交通量は非常に頻繁であった(実・書5冊953〜954)。したがって,三菱重工爆破事件の場合と同様に,爆発に伴い破損した窓ガラスが路上に大量に落下し,三井物産館付近の通行人を負傷させる危険も十分に予測されたのである。白昼,大会社の本社内に爆弾を設置して爆発させるという行為がいかに危険であるかについては,もはや言を待つまでもない事柄であり,いかなる弁解をしたところでその危険性を否定できるはずはない。  (イ)大成建設爆破事件  大成建設爆破事件においては,昭和49年12月10日午前11時2分ころ,同社1階駐車場と南東側道路との間に敷設された鉄製踏板の下に設置された爆弾が爆発している。爆弾設置場所は,大成建設本社,大倉本館ピル,大倉別館ビル及び鐘紡東京支店建設予定地によって囲まれた交差点の一角であり,付近一帯は,ビルが密集し,百貨店や銀行,飲食店などが多数存在する繁華街である(実・書10冊2362,2477〜2478,書11冊2711,書12冊2905)。また,犯行当日は火曜日であり,爆発が起きた時間帯は,大成建設を含め周囲のビル内で出社後の従業員が多数稼働していた上,付近に勤務する会社員や買い物客など多数の者が路上を通行していた。現に負傷した者を見ても,貨物配達中であった者,社用を済ませ帰社する途中であった者,路上で取引相手を待っていた者など実に様々である(被害者検面及び員面・書8冊1798〜1850)。かかる場所でかかる時間帯に爆弾を爆発させた場合,多数の人的被害が生じるのは当然の帰結であって,誰しもが予測し得るところである。また,三井物産館爆破事件と異なり爆弾の設置場所は屋内ではないが,それだけに大成建設従業員に限らず不特定多数の者が被害に遭遇する可能性があり,爆弾設置場所が東京都中央区銀座二丁目という繁華街の中心であることからすると,危険性はむしろ大きかったというべきである。  (ウ)間組同時爆破事件  a 間組大宮工場爆破事件  間組大宮工場爆破事件においては,昭和50年2月28日午後8時ころ,同工場内第1工場北側変電所付近に設置された爆弾が爆発している。同所付近は工場街ではあるが,爆心地から12.7メートル程度離れた場所にバス停があったこと,爆発時刻はバスが運行中であったこと,付近には市営住宅があったほか同工場直近にも社宅や寮が存在したことなどからすれば,午後8時という時間帯であれば,通行人が存在する可能性も十分考えられる上,爆心地前を通る道路は新大宮バイパスに出入りする車両が集中するため,通行中の車両が爆発に巻き込まれる危険性も多分に認められた(検証・書19冊5634〜5638,5752,被告人検面・書41冊13270)。  b 間組本社6階・9階爆破事件  一方,間組本社6階・9階爆破事件においては,同日同時刻ころ,同社内に設置された爆弾2個が爆発しているところ,いかに従業員の多くが退社している時間帯であったとはいえ,屋内での爆破という特質からすれば,仮に残業中の従業員や清掃作業員等が現在していた場 合,直ちに重大な被害につながることが予測された状況であり,現に間組本社9階爆破事件においては人的被害が発生している(被害者検面・書15冊4585〜4599)。また,同社は,東京都港区南青山二丁目という都心部に位置しており,同社の南東側には国道246号線(通称青山通り)が接しているため,人,車とも通行は非常に頻繁であった上,付近には商店街,住宅などもあり,破損し落下した窓ガラスの被片が通行人を直撃し負傷させる危険も非常に高い状況であった(実・書14・15冊3793〜4582)。  (エ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件  韓産研爆破事件においては,昭和50年4月19日午前1時ころ,韓産研入口鉄製扉のはめ込みガラス部分に貼り付けられた爆弾が爆発しオリエンタルメタル爆破事件においては,同じころ,同社ゼロックス室前に設置された爆弾が爆発している。  韓産研事務所のあるトキワビルは,東京都中央区銀座七丁目にあり,周囲は多数の雑居ビルが林立する繁華街であって,付近には夜間営業している飲食店も多数存在していた(実・書22冊7367〜7368)。  また,オリエンタルメタル事務所のある松本ビルは,兵庫県尼崎市昭和南通三丁目にあり,阪神電鉄尼崎駅北口のバスターミナルに面しており,同ターミナルにはバス乗り場,タクシー乗り場があるほか,付近には多数の商業ビル,民家等が密集し,西方にはいわゆるネオン街等も存在していた(検証・書24冊8008〜8b22)。いずれのビルも正に都市中心部の繁華街に位置しており,午前1時という深夜といえども,付近に通行人,通行車両等が存在した可能性は十分にあり,落下したガラス片等により死傷者が発生する危険も多々認められた。このことは,韓産研爆破事件において,爆発時,トキワビル1階のバー「コールマン」に従業員1名が現在していたという事実によっても裏付けられている(若林雅晴員面・書34冊11166〜11173)。 (オ)被告人の爆弾設置場所に関する認識  以上指摘したとおり,本件各爆弾事件の時間的・場所的条件からして,人的被害発生の蓋然性は極めて高いものであった。特に,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件については,人的被害が生じるのは誰の目にも明らかであり,被害が更に甚大なものになっていたとしても何ら不思議はない状況であった。しかも,被告人は,爆弾の設置場所及び爆破予定時刻を十分に認識していた。被告人は,「大地の牙」が敢行したすべての事件において,下見の結果等を基にして齋藤と協議し,日時・場所について双方了承の上で爆破に踏み切っているし(被告人検面・書41冊13130,13198,13230〜13231,13257〜13259,13284〜13285),三井物産館爆破事件,大成建設爆破事件,間組大宮工場爆破事件及び韓産研爆破事件においては,自ら爆弾を設置したり,見張りをしており,爆弾設置の現場に居合わせていたから,設置場所を正確に認識していたと認められる。また,オリエンタルメタル爆破事件においては,被告人は下見の際,爆弾設置場所を自ら確認しており,間組本社6階・9階爆破事件においても,被告人は間組本社ビルを外部から下見し,同ビルの立地や付近の通行状況等を把握していたのであって(被告人検面・書41冊13255〜13256),周辺環境の認識に欠けるところはない。いうならば,被告人は,仮に爆破を決行した場合,どのような惨事が生じるのか十分予測可能な状況にありながら,あえて爆破に踏み切ったのである。 カ 前記の各事情を踏まえ,本件各爆弾事件の発生経過を総合的,有機的に考察すれば,被告人が不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を十分認識しながらも,爆弾闘争を実現するため,あえてこれを無視して爆弾事件を繰り返していたという実情が浮き彫りになること  以下においては,前記の各事情を踏まえ,凶悪化,過激化する一連の爆弾闘争の中に本件犯行を位置付け,各事件相互の関連を有機的,総合的に考察し,度重なる負傷者の発生にもかかわらず,被告人が爆弾闘争を徹底的に貫徹し,「大地の牙」が担当したものだけでも5件,合計すると7件もの爆弾事件を連続して敢行するに至ったという実態について更なる洞察を加えていくこととする。  (ア)各爆弾事件発生以前の情勢  警視庁警務部長土田邸爆破事件は,人の直近で爆弾が爆発した場合,その人を見るも無惨な姿に変えて死亡させるということを明らかにし,警視庁追分派出所爆破事件は,繁華街で爆弾が爆発した場合,様々な原因で不特定多数の第三者が負傷するということを明らかにした。そして,三菱重工爆破事件は,爆弾が一瞬にして多数の人命を奪うこと,白昼のオフィス街に爆弾を設置するという行為が極めて甚大な被害を招くこと,高所から落下する鋭利なガラス片は,爆弾そのものに勝るとも劣らない恐ろしい凶器になり得ることなどを明らかにした。これらは,被告人らの実行した各爆弾事件が発生する前から予測可能なことであり,いわば当然の常識といってよい事項であるが,各事件の凄惨な現場や深刻な被害は,これらを一層際立たせ,爆弾の恐怖を人々の心に強く焼き付けたのである。  (イ)三井物産館爆破事件の評価  三井物産館爆破事件は,三菱重工爆破事件の惨劇のわずか1か月半後に敢行された事案である。被告人は,三菱重工爆破事件において多くの死者が生じたことを十分認識しており,落下したガラス片が一層被害を拡大したことも当然認識していたと考えられる。しかも,三井物産館爆破事件の爆弾設置場所は,多数の従業員が現に稼働している本社の屋内である。前述した爆弾の大きさの遠いを考慮したとしても,三井物産館の爆破に当たり,三菱重工爆破事件と同様の惨劇を招きかねないことは当然予測可能であり,被告人がその危険を排斥する材料など何一つなかったのである。  現に,被告人は,公判廷において,三菱重工爆破事件の深刻な被害を事件発生当日に報道で知り,衝撃を受けたと認めている(被告人供述・供4408〜4409)。そして,被告人は,それにもかかわらず爆弾闘争を開始した理由につき,「深刻な被害は予告電話の方法など技術的側面の誤りにより生じたものと理解し,別の形での爆弾闘争を貫徹しようと考えた。」旨の弁解をしている(被告人供述・供4410,4600〜4601)。しかし,これは,理屈によって自己の内心を偽り,正当化を図ったものにほかならない。すなわち,被告人は,爆弾を設置した本人であり,当然の心理として,爆破によりいかなる結果が生じるか最も深い関心を有していたはずである。三菱重工爆破事件の惨劇を前にし,その心理的障壁は相当大きいものであったと考えられ,そうであるが故に,被告人は,被害が最大限拡大した場合いかなる状況が生じるかについても当然予測していたはずである。  ここにおいて,被告人が犯行の合理化を図るのが後に詳述する予告電話の役割である。被告人は,生じ得る被害の深刻さを予測し得たからこそ,「予告電話をしたのだから人的被害は回避できる。」などと自己正当化を図り,自らを鼓舞して爆弾設置に踏み切っているが,その欺まん性を最も良く知る者もまた被告人であった。すなわち,被告人は,三菱重工爆破事件において予告電話がなされたものの被害の回避に何ら役立たなかったということを將司から聞いて知っていたのであって(被告人検面・書41冊1332B),予告電話が人的被害を回避する手段として到底不十分であることを認識していたと考えられるからである。  結局,被告人は,三井物産館爆破事件に降し,大惨事につながる可能性を十分認識しながらも,海外侵略企業に攻撃を加えねばならないという強固な願望を実現するため,予告電話により人的被害は回避できるというへ理屈をもって,現実から目を背け,爆弾の設置にあえて踏み切ったのである。そして,被告人はこれ以降,人的被害が発生する都度,その原因を技術的側面の誤りに転化し,自己正当化を図っては,爆弾闘争を継続するということを綿々と繰り返していくのである。  (ウ)大成建設爆破事件の評価  被告人は,三井物産館爆破事件において,警察官等合計12名が負傷するという深刻な被害が生じ,「大地の牙」が製造した爆弾にも十分対人殺傷能力があること,予告電話の時間を多少早くしたところで人的被害の発生は防止し得ないことを改めて認識した。しかし,被告人は,それにもかかわらず,わずか2か月を経ずして大成建設爆破事件に踏み切っており,このことは,爆破闘争に対する被告人の執着の強さを示すものである。  しかも,被告人は,大成建設爆破事件に先立ち,「大地の牙」を代表して「狼」グループの將司と会談し,將司から手製雷管を用いればより爆弾の威力が増すことを聞いて,將司から雷管の交付を受けた上,これを同事件に用いている(將司検面・書38冊12531〜12539,片岡検面・書39冊12724〜12728,被告人検面・書41冊13187,13202)。すなわち,被告人は,三井物産館爆破事件を経験しながら,何ら懲りることなく,むしろ爆破の規模を拡大し,時間的,場所的条件からして,爆発が起きた場合にほぼ確実に死傷者が生じる状況において,爆破を実行したのである。また,大成建設爆破事件においては,屋外に爆弾が設置されたのであり,前記2(4)オ(イ)のとおり,その設置状況からすると三菱重工爆破事件に類似し,飛散した爆片及び破損した窓ガラス片等による被害の拡大も十分予測できた。しかし,被告人は,大成建設本社内に適切な爆弾設置場所がないとか,あるいは爆弾を設置した交差点は周囲に旧大倉組関係のビルが集合しており好都合であるなどという安易な理由から,あえて同場所での爆破に踏み切り,あろうことか爆弾の威力を増加させようとまでしたのである。大成建設爆破事件は,被告人が効果的な爆破の実現を何より最優先しており,そのために第三者の生命身体に危険を生じたとしてもやむを得ないと考えていた実情を最も端的に表している事件であり,本件各爆弾事件の悪質性を判断する上で極めて重要な意味を有する。  (エ)問組同時爆破事件の評価  上記2(4)カ(ウ)のとおり,大成建設爆破事件においても,負傷者8名という重大な被害を生じ,被害発生の原因が爆弾設置上の技術的問題ではなく,企業爆破という行為そのもの,さらには爆弾自体の本質的危険性にあるということが顕然たる事実となったにもかかわらず,被告人は,企業爆破を断念するどころか,「狼」及び「さそり」との合同という形でむしろ規模を拡大させ,間組同時爆破に踏み切ったのである。このことは,被告人にとって企業爆破の継続が唯一絶対の命題であり,結局のところ,いかなる被害が生じようが企業爆破を断念するつもりなどなかったという実情を示している。  「大地の牙」が担当した間組大宮工場爆破事件においては,幸い負傷者は発生しなかった。しかし,人的被害発生の危険が十分認められる犯行であったことは前記2(4)オ(ウ)aのとおりである。また,間組同時爆破における主眼は本社の爆破にあり,大宮工場の爆破は陽動作戦としての意味が強かったのであるから(被告人検面・書41冊13380),大宮工場爆破によって負傷者がなかったということよりも,本社9階において負傷者が発生したということを重視すべきである。  そして,「狼」が実行を担当した間組本社9階爆破事件では,爆発による火災発生によって被害が飛躍的に拡大するという爆弾事件の新たな危険性が現実化したものである。爆発は,急速に進行する化学反応によって物体が急激にかつ極めて著しくその容積を増大する現象であり,その反応速度によっては爆発が燃焼にとどまることも当然予測され,火災発生の危険は常に併存する。そして,間組本社9階爆破事件においては,これが現実化し,多大な人的,物的被害につながったのである。このような火災発生の危険,さらには延焼の危険を考慮した場合,爆発地点及び周辺路上に全く人が現在していなかった場合すら人的被害は生じ得るのであり,都市部において爆弾を使用する以上,第三者の生命身体に対する危険は必然不可避というべきである。同事件は,かかる危険性を被告人らに示したという点で,やはり重要な意味を有している。  また,間組同時爆破事件においては,間組幹部の個人テロが考慮されたという点にも着目する必要がある。すなわち,被告人らは,同事件において,当初「さそり」が間組の工事現場の爆破を企図し,その後,「狼」,「大地の牙」,「さそり」の三者による間組本社及び同社幹部の同時攻撃に方針を転換し,最終的に間組本社6階・9階,大宮工場の同時爆破を実行することになったが(將司検面・書38冊12545〜12549,書39冊12564〜12592,12665〜12687,片岡検面・書39冊12826〜12843,あや子検面・書40冊13054〜13060,・黒川芳正検面・書35冊11467〜11483),個人テロの計画が片岡の反対意見などにより立ち消えになったとはいえ,被告人は,間組幹部の住居を探り出し,下見するなどの調査活動に加担していたのであり,個人テロに同調していたことが明らかであって(被告人検面・書41冊13252〜13255,13333),一時は対人攻撃が考慮されたということ自体,被告人らが他者の生命を軽視していたことの証左である。  (オ)韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件の評価  被告人は,前記2(4)カ(ア)ないし(エ)のとおり,再三にわたり人的・物的被害が発生しているにもかかわらず,更に爆弾闘争を継続し,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件に踏み切っている。両事件において人的被害は発生しなかったとはいえ,その危険が十分認められることは,前記2(4)オ(エ)のとおりである。  韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件について,次に指摘すべきことは,両事件が深夜に敢行されたのは,決して人的被害を回避するための手段ではなかったということである。韓産研もオリエンタルメタルも三井物産などの大企業と比較すれば事務所が小規模であり,事務所に出入りする者も限られている。したがって,部外者は不審を招きやすく,事務所内に侵入して下見をするにも限界があるし,白昼,事務所内に爆弾を設置すれば,設置者ないし爆弾自体が発見される可能性が非常に高く,終業後に爆弾を設置し,出勤した者に発見される前に爆弾を爆発させるという手法しか採りようがなかったのである。当時,一連の企業爆破を受けて警備が強化され,大企業内部に爆弾を設置することは困難となりつつあった(黒川芳正検面・膏35冊11467,被告人検面・書4・1冊13196)。被告人は,そのような状況下,爆弾設置が可能な中小企業に攻撃の矛先を変え,それに伴い,やむを得ず爆破時刻を変更したにすぎないのである(被告人検面・書41冊13126〜13127)。したがって,韓産研やオリエンタルメタルが深夜に爆破されたということは,むしろ爆破の間断なき継続に向けた被告人の意欲の現れと評価すべきである。そして,被告人は,両爆破事件後も更なる標的を求め,東急系資本などを攻撃候補として想定し,調査していたのであり(被告人検面・書41冊13340〜13341),仮に状況が許せば,より大きな宣伝効果を求め,白昼の爆破を再開していたものと認められる。  (カ)人的被害発生の危険に関する被告人の捜査段階の供述  被告人自身,捜査段階においては,爆破実現のために一定限度の人的被害が生じることはやむを得ないという考え方を示している。すなわち,被告人は,三井物産館爆破事件に閲し,「若干のお巡りさん,一部の三井物産の社員が怪我をしましたが,それは予告電話をしたにもかかわらず爆弾の処理を誤ったことに起因するものであって,その程度の怪我人が出ることはやむを得ないと考えましたし,又,出入りのラーメン屋さんに怪我させた点については後日に至って気の毒なことをしたと思いましたが,その時点ではこれもやむを得ないことだと考えておりました。」,「三井物産爆破は,私たち大地の牙グループにとっては旗揚げの仕事であり,今後かかる爆弾闘争を継続できるか否かの瀬戸際に立たされた仕事ともいうべき性質のものでしたから三菱重工の教訓を踏まえて完壁を期した次第でした。」などと供述し(被告人検面・書41冊13374〜13376),大成建設爆破事件に閲し,「爆弾の仕掛場所については予告していませんから爆弾のありかをさがすためのお巡りさんと大成建設の若干の係員は避難しきれず怪我するかもしれないことは予期されましたが,そこまでは私たちで背負いきれることはできませんでした。」などと供述している上(被告人検面・書41冊13215),今後の方針に閲し,「(企業は)表面上は自覚反省を装いながら裏では手をかえ,品をかえ,結果的には従前と何ら変わらぬ抑圧ないし搾取を続けるであろうことが推測され,もしそのような姑息な手段をとり続ける時代がきたらそのときにはいわゆる要人テロをやることを考えていたのです。」などと供述しており(被告人検面・書41冊13352),目的実現のため人的犠牲を許容するという姿勢を明確に示しているのである。特に,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件に関する前記供述は,本件各爆弾事件を敢行するに当たっての被告人の身勝手,無責任かつ他罰的な姿勢を色濃く表しており,本件各爆弾事件の悪質性を顕著に示す内容である。  このように,本件各爆弾事件の発生経過を総合的,有機的に考察すれば,被告人が爆弾闘争の継続を唯一絶対の目的とし,不特定多数の第三者の生命身体に対する危険を十分認識しながらも,あえてこれを無視していたという実情が浮き彫りになるのである。 (5)原判決の判断の不当性  ア 本件各爆弾事件の全体的把握  詳述してきたとおり,本件各爆弾事件は,過激派の武装闘争が凶悪化,先鋭化し,爆弾闘争を強く志向していく状況下において,無差別的かつ連続的に敢行された爆弾事犯であり,過激派による武装闘争の究極的形態とすらいってよい事案である。そして,被告人自身についても,対権力闘争の手段として爆弾特有の高度の凶悪性,危険性を是認し,心理的障壁を乗り越えて本件各爆弾事犯を敢行するに至ったものと認められる。  被告人は,企業中枢の被壊という目的で爆弾を使用する以上,不特定多数の第三者の生命身体に対する危険が必然的に生じることを理論上も経験上も十分理解していた。しかし,被告人は,逮捕されるまでの間「爆弾闘争を放棄する」という選択肢があることを考えようともしていない。それどころか,被告人は,三井物産館爆破事件から間組同時爆破事件にかけて爆弾闘争をますます進化発展させ,厳しい警備状況の中にあっても攻撃目標を巧妙に選択して韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件を敢行し,逮捕時においても更なる攻撃目標を検討していたのである。三菱重工爆破事件における現場の惨状,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件において発生した深刻な人的被害,そして一連の企業爆破に対する社会全体の戦慄に直面しても,被告人はますます爆弾闘争への意欲を増長させている。このことは,被告人にとって,武装革命闘争の貫徹は不特定多数の第三者の生命身体の安全を犠牲にしてでも達成すべきものであり,爆弾闘争の継続こそ何よりの至上命題であったことを示している。  このように,本件各爆弾事件は,「自己の理念遂行のため全く無関係の第三者の犠牲を是認する」という点において,いわゆる無差別テロの典型というべき事案である。無差別テロに走る者の視野は極めて狭小であり,被告人にとって企業爆破はそれ自体が自己目的化した状態であった。つまり,被告人にとって何より重要だったのは企業爆破の貫徹であり,それに伴う結果はいわば派生事項にすぎなかったのである。原判決は,犯行動機,殺意及び予告電話の評価を明らかに誤っているが,その原因はかかる視点の欠如にあると思料される。 イ 原判決の犯行動機の評価の不当性  本件各爆弾事件の全体像を踏まえて見れば,原判決の犯行動機の評価はいかにも皮相的といわざるを得ない。原判決は,被告人の犯行動機について,「社会を変革しようという被告人なりの正義感から行ったものであるにせよ」と一定の留保を置いた上で,「自分たちの考え方を絶対視し,爆弾による攻撃という過激な手段を選んだことは国民の多くが納得するものではなく,独善的,短絡的な動機に基づく犯行という非難を免れず,動機において酌むべき余地があるということはできない。」と判示している(判決書・記録953)。しかし,「被告人なりの正義感」こそ,被告人が爆弾闘争を唯一絶対視することになった原因であり,被告人が誰の目にも明らかな「不特定多数の第三者の生命身体に対する危険」を無視したのも,これが原因である。無差別テロ事犯に共通することであるが,動機が強い確信に基づいている場合,行為者は狂信的に目的に突進し,是が非にもこれを遂行しようとするのであり,人の生命の尊重という崇高な理念をもってしても行為者に反対動機を形成させることができず,犯行は実現され,かつ繰り返されていくのである。すなわち,「被告人なりの正義感」こそ が犯行の累行を支えていると言っても過言ではない。しかしながら,原判決は,かかる犯意の強固性を被告人に不利な事情として全く取り上げていないのであり,甚だ不当といわざるを得ない。 ウ 原判決の殺意の評価の不当性  原判決は,量刑の理由において,「三井物産事件及び大成建設事件において,(被告人の殺意は)確定的殺意ではなく,末必的殺意を有するにとどまっていた」と指摘し,被告人に有利な事情としてしんしゃくしている(判決書・記録955)。しかし,この量刑評価は,既に指摘したような本件各爆轡事件の実態に全くそそわないものである。原判決は,被告人が爆弾という無差別大量殺傷のための凶器を使用し,連続的に爆破を敢行したという本件特有の事情を看過し,形式的に一般殺傷事犯と同様の観点から被告人の殺意を評価したものであり,甚だ不当である。  (ア)爆弾事犯における殺意の特殊性  前記2(3)ア(ア)のとおり,爆弾は,強力な破壊力を有する無差別殺傷兵器であり,非常に広い範囲において人的被害を生じさせ得るものである。したがって,爆弾設置者の殺意の対象は,爆発時に爆発圏内にいる者全体であり,必然的に客体が多数かつ不特定となる。特に,時限式爆弾については,設置後に設置者が予期していない者が爆発圏内に侵入する可能性もあり,不確定要素は一層大きいといえる。そのため,爆弾設置者の主眼が対人殺傷であれ,対物被填であれ,都市中枢部に爆弾を設置する以上,その犯意には,当然概括的な殺意が包含されるのである。  しかも,爆弾の爆発は,衝撃波の発生,爆片の飛散,周囲のガラス等の損壊落下,火災の発生など様々な現象が複合的に生じるため,いかなる経過,態様で人の死亡結果が生じるか設置者が正確に予測することは非常に困難である。例えば,爆弾の直近におり全身に爆片を浴びながら一命を取り留める者があれば,その一方で,爆弾から離れた位置にいたにもかかわらず,飛散した重量物の直撃を受けて死亡する者も生じ得る。  したがって,爆弾の設置状況等に照らし,人の死亡結果が生じる蓋然性が極めて高い事案であっても,個々の被害者との関係で分断して見た場合,いかなる結果が生じるか未確定という場面も想定できるのである。この意味において,爆弾事犯における殺意は末必的要素を持たざるを得ない。しかし,このことは,人の生命身体に対する爆弾の危険性を疑わしむる事情ではない。爆弾が,刃物や拳銃以上の高度の殺傷能力を持ち,一瞬にして多数の者の生命を奪う凶器であるということは改めて指摘するまでもなく,あくまで個々の対象との関係のみを取り上げた場合,結果の正確な予測が困難というだけのことである。  (イ)本件各爆弾事件における被告人の殺意の特殊性  被告人の殺意を正当に評価するためには,前記のような爆弾事犯の特殊性に加え,本件各爆弾事件特有の事情も加味していかねばならない。  まず最初に指摘すべきことは,前記2(4)において詳述してきたとおり,被告人が人の死傷の危険を無視し,爆弾闘争の継続を最優先していたという点である。被告人にとっての至上命題は,爆弾闘争を継続し,海外進出企業に打撃を加えることにある。しかし,それには必然的に人の死傷の危険がつきまとう。そこで,被告人は,目的遂行のためにこの危険を無視し,爆弾闘争貫徹の道を選んだのである。いうならば,被告人にとっては,企業中枢を爆破するという「行為」そのものに意味があり,それにより犠牲になる人の死傷という「客体」については意味を有さなかったのである。このような事案においては,その性質上,特定個人の死亡結果を積極的に意欲するという場面を想定し難いのであり,この前提を見失うと被告人の殺意を誤って評価することになる。  次に考慮すべきことは,被告人の殺意は,個々の対象との関係では希薄であるかもしれないが,犯意そのものとしては極めて強固であるという点である。被告人は,確信的理念に基づき本件各爆弾事件を敢行しており,爆破の実現がもはや自己目的化した状態となっていた。それゆえに,度重なる人的被害の発生にもかかわらず,被告人は爆破を継続し,逮捕に至るまで継続する意欲を失わなかったのである。爆破には,必然的に不特定多数の第三者の生命身体に対する危険が伴い,爆破が繰り返されればその危険性は当然増していく。被告人は,当初から連続して爆破を行うことを予定していたから,多数回にわたり人の生命身体に危険を生じさせることを当然の前提としていたのである。被告人の犯意の悪質性を評価する上で,かかる視点も失ってはならないものである。  (ウ)原判決の殺意評価の手法の問題点  前記の諸事情を考慮すれば,被告人の殺意が末必的であることを被告人にとって有利な事情としてしんしゃくした原判決の評価の手法には数々の問題点がある。  a 原判決は概括的殺意ゆえの悪質性を考慮していないこと  原判決は,被告人の殺意の概括的な側面を量刑上全く考慮していない。被告人は,爆破を実現する上で不可避の人的被害についてはすべて許容していたのであり,被害を被ることになる者が警察官であるか,攻撃対象企業の従業員であるか,その他の者であるかには全く関心を有していない。かかる概括的殺意に基づく犯罪は,行為者との個別具体的な人間関係が全くない著すら殺害対象とするという点において,極めて非人間的,反社会的かつ冷酷非情であり,ありとあらゆる犯罪の中でも最も厳しい非難を加えるべきものである。各被害者にはそれぞれ個性があり,成育歴,年齢,家族関係なども様々である。被告人は,このような各被害者の個性を全く尊重せず,自己の目的遂行のためにすべてを犠牲にしてもよいと考えたのであり,その冷酷な反規範的人格態度は極めて顕著であって,この点のみを取り上げても,被告人の殺意は,一般殺傷事犯における確定的殺意よりはるかに悪質である。  b 原判決は殺意が確定的か未必的かという形式的区別に固執していること  (a)原判決は,本件における殺意に末必的側面があるのは当然のことであり,それは犯意の悪質性に何ら影響を与える事情ではないのに,これを被告人に有利な事情としてしんしゃくするという誤りも犯している。  一般的には,殺意が確定的か末必的かという点が量刑評価上重要な要素となるのであって,それ自体は決して不当なことではない。  しかし,これは,あくまで対象が特定された一般殺傷事犯についてのことであり,無差別テロ事犯,特に不特定多数の第三者を客体とした爆弾事犯においては,単純にこの理を当てはめることはできない。  (b)前述したとおり,被告人にとって何より重要であったのは企業爆破を実現することであり,これに伴って人の死傷は派生的に生じるものである。かかる事案においては当然のことであるが,殺意の対象は限定されておらず,爆弾という凶器を用いる以上,被害の規模や被害の及ぶ範囲についても予測不可能な部分が残らざるを得ず,犯意に不確定ないし末必的な部分が生じるのは犯罪の性質上当然である。したがって,あえて個々の被害者について殺意を分断して考えた場合,被告人に個別具体的な殺害の動機や理由などあるはずもなく,犯意は「爆弾の爆発により死亡するならばそれでもやむを得ない」というものでしかあり得ない。このことは,固有の動機に基づく特定人の殺害事案でない以上,当然のことであり,何ら被告人の刑責を軽減する事由にはなり得ないのである。  (c)本件各爆弾事件のように,対人殺傷そのものを主たる目的とせず,かつ,被害者として不特定多数人が想定される事案においては,行為者が人の死亡結果を積極的に意欲していたか否かより,人の死亡結果発生の危険をどの程度認識していたかが重視されるべきである。なぜなら,行為者が個々の被害者の死亡を積極的に望んでいなかったとしても,客観的に多数人を死亡させる危険性が極めて高い行為に及んでおり,かつその危険性を十分認識していたというのであれば,責任非難の程度に差をもうけるべきではないからである。  そして,量刑評価に当たっては,その認識が確定的であったか末必的であったかという形式的,一元的な区別を行うのは無意味であり,危険性の認識程度に即して段階的な評価を加えていくべきである。  (d)三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件において,被告人が現に認識していた行為内容は,「白昼,大企業の本社内あるいは繁華街の交差点に爆弾を設置し爆発させる」というものである。爆弾特有の高度の危険性を十分認識した上でかかる行為に及んでいる以上,被告人は人の死亡結果発生を確実視していたというべきであるし,仮に確定的な認識とまでいえなかったとしても,ほぼそれに等しい極めて高度の蓋然性としてとらえていたはずである。被告人は,その上であえて爆破を実行したのであり,かかる被告人の犯意は,それが確定的殺意として位置付けられるか末必的殺意として位置付けられるかにかかわらず,極めて非人道的かつ凶悪であり,強く責められるべきものである。  (e)原判決は,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件について,目的が機械等の破壊にあることや被告人及び齋藤が予告電話をしていることなどを取り上げ,「被告人及び齋藤が,爆発によって爆心地付近にいた者らが死亡することを確定的に認識し,あるいは積極的に意欲していたとは言い難い」などと指摘し,殺意は未必的なものであると認定し(判決書・記録875〜876,893〜894),これを被告人にとって有利な事情としてしんしゃくしている。  しかし,爆破の目的の点についても,予告電話の点についても,被告人が人の死亡を積極的に意欲してはいなかったと評価する材料にはなり得ても,人の死亡結果発生を確定的に認識していなかったと断定する根拠にはなり得ないはずである。しかも,仮にも,死亡結果の発生につき確定的な認識がなかったというのであれば,被告人にはどの程度の認識があったのか,可能性があるという程度だったのか,相当高い蓋然性としてとらえている状態であったのか,一歩躇み込んだ評価をすべきであるのに,原判決は全くそれをしていない。そして,原判決は,単純に「殺意が末必的」とのレッテルを貼り,それが被告人の刑責を軽減する理由について,何ら説明をしていないのである。原判決は,殺意が確定的か末必的かという形式的区別に固執し,被告人の犯意を本件各爆弾事件の実態に即して評価していないといわざるを得ない。  c 原判決は被告人の犯意の強固性を考慮していないこと  原判決は,被告人の犯意の強固性についても一切考慮した様子が見られない。いうまでもなく,被告人が企図していたものは連続企業爆破であり,一度ではなく多数回,不特定多数人の生命身体を危険にさらしている。そして,被告人は,現に複数回にわたり重傷者を生じさ せている上,逮捕時においてもこの爆弾闘争継続の意図を堅持していたものである。このように被告人の犯意は極めて強固であり,行為として繰り返し現実化している。そして,そこからうかがわれる人命軽 視の態度は甚だ顕著であり,特定個人に向けられた確定的殺意と比較しても非難の程度はむしろ大きいのである。  (エ)まとめ  被告人は,爆弾爆発による人の生命身体に対する高度の危険を十分認識しながらも,これを無視し,爆弾闘争の継続を最優先させている。これは,特定の目的のため,人命尊重という人類普遍の原理を無視するものであり,その非難の程度は限りなく強い。また,被告人には,犯行実現に向けた極めて積極的な人格態度も認められ,その分,人の死亡結果が現実化する危険性も高い。このように,被告人の犯意の悪質性は,一般殺傷事犯におけるそれをはるかに凌駕するものであり,確定的殺意か末必的殺意かという形式的なとらえ方では,その本質を正しく評価することはできない。  確かに,被告人にはことさらに多数人を虐殺するという目的まではないが,被告人は,企業爆破により社会を混乱に陥れるという目的を最優先し,人の死傷という結果については事実上無視していたのであるから,人命軽視が甚だしいという点において,積極的に人を死亡させる目的で敢行した事案と犯情にさほどの差異はない。被告人は,人命に対し無関心であったがゆえ,連続して爆弾事件を敢行し,連続して人命に対する危険を惹起しているのであり,かかる人格態度こそ最も責められるべきものだからである。特に,本件のごとき爆弾事犯においては,犯人の主眼が対物被壊にあったとしても,人命に対する危険性を認識した上であえて爆弾設置の道を選んだ以上,対人殺傷を目的とした事案と同等の非難を加えていくべきである。  以上詳述してきたとおり,原判決は,被告人が末必的殺意を有するにとどまっていたということに必要以上に拘泥し,それを被告人に有利な事情としてしんしゃくしているが,これは,本件各爆弾事件の本質を看過し,その中における殺意の位置付けについても見誤ったものであり,甚だ不当である。 エ 原判決の予告電話の評価の不当性  原判決は,「(被告人は)一部の爆弾事件において,予告電話をしたところ,これは人的被害を確実に回避するには不十分であったものの,人的被害を小さくする方途であった」と指摘し,これを被告人にとって有利な事情としてしんしゃくしている(判決書・記録955)。しかし,予告電話は,人的被害回避に不十分どころか,全く無意味であり,被告人自身も当然それを認識していたものと認められる。予告電話が現実に持ち得る効果や本件各爆弾事件における被告人らの予告電話の手法等を綿密に検討すれば,被害回避の美名に隠れた予告電話の卑劣な側面,すなわち予告電話の弁解が被告人らにとって爆弾闘争を継続する上での免罪符であり,爆発と一体化して攻撃対象企業を混乱に陥れる手段でもあるという側面が自ずと明らかとなる。以下,原判決の予告電話の評価の不当性につき,かかる観点から検討を加えることとする。  (ア)予告電話が現実に持ち得る効果  被告人は,予告電話をしたのだから当然周囲の者は避難するはずであり,被害は発生しないと考えていた旨弁解しており,これが被告人が「人の身体を加害する目的」を否認する実質上唯一の根拠である。しかし,以下のとおり,予告電話によって確実に人的被害が防止できるという弁解自体が全く不合理であり,被告人自身もそれを認識していたというべきである。  a 本件各爆弾事件当時のいわゆるニセ電話の発生状況  予告電話が現実に持ち得る効果を検討する上で,本件各爆弾事件発生当時の社会情勢を無視することはできない。前記2(1)のとおり,本件は,爆弾事件が多発し,かつ凶悪化していく最中に発生した事案であり,三井物産館爆破事件直後の時期には,爆発物を用いた犯罪が前年の2.5倍にも達したことが報じられている(昭和49年10月15日読売新聞)。また,三菱重工爆破事件後,爆弾犯人を装ったいわゆるニセ予告電話が多発した状況も認められ,三菱重工爆破事件の翌日の昭和49年8月30日には,全国各地の三菱系会社に男性の声で爆破予告があり,社員が一時退避するとともに警察官が爆発物の捜索に当たった旨(同年8月31日読売新聞),同年9月2日には,三菱重工名古屋営業所に爆破予告があり周辺ビル内の約6,000人が避難した旨(同月2日朝日新聞夕刊),同月3日には,自民党本部に爆破予告があり警察官及び職員らが本部内を捜索した旨(同月4日朝日新聞),同月8日には,新宿区歌舞伎町のビル管理事務所に2度の爆破予告があり,警察官が捜索に当たるとともに,約1,000人が避難する騒ぎとなった旨(同月9日読売新聞),それぞれ報道されている。さらに,三井物産館爆破事件直後には,住友商事本社に爆破予告があり,約2,000人の従業員が避難した旨(同年10月15日朝日新聞夕刊)のほか,東京地域だけで三井物産館爆敏幸件の当日に10件,翌日に8件のいたずら怪電話があり,三菱重工爆破事件後の総数では180件にも上っている旨(同年10月16日朝日新聞),それぞれ報じられている(控訴審において立証予定)。  三井物産館爆破事件において現場臨場した警察官らも,事件当時, 毎日のように爆破予告の電話があり現場臨場を繰り返していたこと,昭和49年は極めて不審物件発見の110番通報が多かった年度であり,対応に苦慮していたことなどを供述しており(井内義高尋問・供4冊834,田中正一尋問・供4冊875,896),被告人らの予告電話に類似した爆破予告が社会を混乱させていたことがうかがわれる。 b 当時の社会情勢下において爆破予告を受けた企業及び警察の採り得る措置  (a)かかる状況下においては,仮に予告電話がなされたとしても,現実的には,直ちに周囲の者が一斉退避し,予告場所には誰も近づかないなどという対応を採ることは困難であった。  報道からも明らかなように,オフィス街や繁華街において爆弾騒ぎが起きた場合,1,000人規模の人間が退避する必要があり,それに伴う混乱は極めて多大である。一方,当時多発していた爆破予告電話の圧倒的多数は,爆弾の設置を伴わないニセ予告電話だったのであり,爆破予告を受けた企業が,従業員等による不審物の調査を経た上で退避措置を講じるか否か決定したとしても,無理からぬところがあった。他方,爆破予告の通報を受けた警察側とすれば,爆破予告があった場合に,現場には一切近づかず,遠巻きに状況を眺めているなどといった対応を採り得るはずはない。警察の使命は爆発物の除去と爆発の回避にあるのであり,警察において,そのための爆発物の探索・処理等の責務を放棄することなどできないからである。特に,前記のようにニセ予告電話が多発している状況においては,爆破予告の通報を受けた場合,警察として最優先すべきは,速やかに現場臨場して状況を確認することだったのであり,必然的に警察官は爆発物の側に近寄らざるを得なかったのである。  (b)この点,爆発物の探索にあたる警察官の防護措置が不十分であるとして非難することは甚だ不当である。警視庁警備部内に正式に爆発物対策係が設置されたのは昭和51年のことであり,本件各爆弾事件発生当時は,技術的側面においても人員的側面においても制約があったと考えられ,現在のような迅速かつ安全な爆弾の処理を望むことは過大な期待であったといえる。当時,爆発物処理簡などの機材が一部の機動隊に配備されていた状況こそあるが,個数にも用法にも限界があり,爆破予告電話が多発している情勢下において,通報がある都度これらを準備することなどできようはずはなく(控訴審において立証予定),そもそも爆発物らしき不審物が発見できない限り,これらを使用すること自体が不可能であって,いずれにせよ探索活動は不可欠だったのである。また,三井物産館に現場臨場した警察官田中正一が証言しているとおり,防弾チョッキや防御楯についても,各警察官に行き渡る状況ではなかった上,これらを所持していたところで爆発に対してどれだけ防護としての実効性があるのか疑問である。上記田中正一は,公判廷において,「楯などを所持していればそれが直撃し,むしろ大怪我につながっていたかもしれない。」旨の証言をしているが(田中正一尋問・供4冊909〜910),誠にもっともな指摘である。 c 爆破予告への対応の困難性  結局のところ,爆破予告があった場合,予告を受けた企業及び警察官において,予告の内容や不審物の存否などの事情を考慮して柔軟に対応していく必要があるわけであるが,この判断は極めて微妙であり,困難である。前記2(5)エ(ア)aの当時の報道状況を見ても,爆破予告に際し,直ちに退避措置が採られた事案もあれば,第一次的には捜索活動が優先された事案もあり,企業及び警察官において対応に苦慮していた状況がうかがわれる。本件各爆弾事件について見ても,三井物産館爆破事件においては,警察官及び従業員の一部が爆弾探索に従事する一方で従業員の退避も同時に行われ,警察官らが爆弾を発見した直後に爆弾が爆発し(藤井定夫尋問・供4冊787〜792,井内義高尋問・供4冊830〜835,田中正一尋問・供4冊877〜883),大成建設爆破事件においては,警察官において探索活動を実施するも爆弾を発見できず,交通規制等が解除された後に爆弾が爆発し(川田勝利検面・書8冊1798〜1799,堀清士検面・書8冊1806〜1807,被告人検面・書41冊13217),間組大宮工場爆破事件においては,通報を受けた警察官が直ちに探索活動を行っている最中に爆弾が爆発し(角田節子検面及び裁面・書34冊11145〜11147,11153〜11156),間組本社6階・9階爆破事件においては,予告電話自体が電話相手に正確に伝わらず,警察への通報が全くなされないまま各爆弾が爆発したものであり(黒川芳正検面・書35冊11510〜11511,將司検面・書39冊12617〜12618),当時の社会情勢下においては,予告電話への対応はこれほどにも多様にならざるを得なかったのである。 d 当時の社会情勢下において予告電話が持ち得る効果  以上から明らかなように,予告電話によって人的被害を回避できるという弁解は机上の空論でしかあり得ない。当時の社会情勢においては,予告電話が全く信用されず,退避措置自体が採られないという可能性が十分に考えられたし,予告電話が一応は信用されても,退避措置までは採られずに爆弾の探索が優先される可能性も十分にあったのである。少なくとも,予告電話を受けた場合,警察官や最低限の従業員が爆弾を探索するということは常識であり,これらの者が死傷する危険性については誰しもが予測できるのである。このように,予告電話は,用法によっては,人的被害を回避するどころか,かえって爆発物の直近に人を招き,より重大な被害につながる危険すらあったといえるのである。  (イ)被告人らの予告電話の手法では人的被害の回避を期待し得ないこと  真に人的被害を回避あるいは軽減する意図が被告人にあったならば,単に予告電話をするだけではなく,相応の措置を採っていて然るべきところ,被告人らの現実の行動には,そのような意図は全く見受けられない。  a 被告人らが予告電話により提供した情報は人的被害の回避には全く役に立たないこと  人的被害を回避あるいは軽減させるためには,予告電話の内容として最低限,爆弾の正確な設置場所,爆弾の形状,爆発予定時刻等を特定しておく必要がある。これらが伝達されることにより,初めて予告電話の信ぴょう性が増し,予告を受けた側も真剣に退避の必要を検討するのであるし,これらの情報がなかった場合,爆弾を発見できなかったり,発見したとしても爆弾であるのか否か判断できなかったり,爆弾を撤去しようとしても間に合わなかったりする場面が必然的に生じるからである。しかし,現に被告人らが行った予告電話の手法は,「爆弾を仕掛けたので直ちに退避せよ。」という程度のものであり(駒場美智子検面・書4冊844〜849,清水怜子尋問・供4冊919〜939,高橋秀明尋問・供4冊940〜953,皆川良子検面・書34冊10992〜10999,吉家光夫検面・書34冊11024〜11029,赤坂光俊検面・書34冊11045〜11050,角田節子検面・書34冊11145〜11147),全くこれに反するものである。 (a)被告人らは,本件各爆弾事件において,爆弾の正確な設置場所を1回たりとも予告していない。被告人らは,三井物産館爆破事件においては,単に爆弾を仕掛けたと連絡したのみであり、,大成建設爆破事件においては,大成建設本社の館内に爆発物を仕掛けたのか路上に仕掛けたのかすら明らかにしておらず,しかも,爆弾を極めて発見されにくい鉄製踏板の下に隠していたのであり,間組大宮工場爆破事件においては,隣接する日本通運与野倉庫の事務所に「近くに爆弾を仕掛けた。」と抽象的に予告しただけである。このような情報では,予告の真偽の判断自体が困難であるし,爆発時刻までに爆弾を発見することも極めて困難である。不審物の発見すらできないという状況では,予告電話を受けた側は,退避の必要性を検討する前提を欠き,対処の施しようがなかったのである。  (b)被告人は,爆弾の形状についても,予告電話において全く明らかにしていない。それどころか,一見しただけでは爆弾だと分からないよう外装を施し,三井物産館爆破事件においては,包装紙で包み,紐をかけるなどという姑息な工作すらしている。それゆえ,同事件においては,警察官が爆発物であるのか単なるわら半紙等の包みであるのか直ちに判断することができず,金属探知器を用いて判別しようとしたところで爆発が生じ,深刻な人的被害につながったのである(藤井定夫尋問・供4冊790〜793,井内義高尋問・供4冊833〜836,田中正一尋問・供4冊881〜884)。  (c)さらに,被告人らは,直ちに退避するよう一方的に告げるばかりで,爆発の予定時刻を一切明らかにしていない。これでは,予告を受けた側は,退避がそもそも可能なのか否か判断することすらできないのであり,予告電話を信用して退避しようとすれば,パニック状態になることは目に見えている。また,不審物が仮に発見されたとしても,警察官としては,いつ爆発するか分からないままその処理に取り組む必要が生じ,極めて緊迫感の強い深刻な局面に置かれることになるのである。  このように,被告人らが行った予告電話は,いたずらに相手の不安をあおり,混乱を招いただけであり,人的被害の回避ないし軽減には全く役に立たなかったものである。このような予告電話では,現実には,先に述べたとおり,爆弾の近くに人を呼び寄せ,被害を拡大する効果しか望めないのである。  b 被告人らは退避措置が採られなかった場合の対応を全く検討していないこと  当時の社会情勢からして,予告電話が深刻に取り上げられない可能性も十分あったのだから,被告人らが真に人的被害の回避を目指していたのであれば,退避措置が採られなかった場合,いかにして爆発を回避するか検討していて然るべきところ,被告人らがそのようなことをした事実は全く見られない。  被告人は,いずれの事件においても,爆弾設置後直ちに現場を立ち去っており,従業員の退避措置や周囲の交通規制が現実に講じられたのか否かを全く確認していない。しかも,被告人は,退避措置が直ちに講じられなかった場合の対処方法についても何ら検討を加えていなかったのである。したがって,仮に退避措置が採られず,爆発直前に人的被害が確実視される状況が残存していたとしても,被告人としては為す術がなかったのであり,このことは,被告人が予告電話をしたことで責任をすべて放棄したことを示している。  c 被告人らは爆破予告から爆発までの猶予時間を何らの根拠もなく設定していること  予告電話から爆発までの時間についても,被告人は一方的に約30分という時間を設定しているところ(被告人検面・書41冊13190),この数字には何らの根拠もなく,この間に確実に従業員らの退避が望めるのか,被告人が真剣に検討した様子も見受けられない。  既に述べてきたように,仮に爆破予告があったとしても,企業側が直ちに全館待避という措置を講じるとは限らない。三井物産館爆破事件のように従業員のひとりが爆破予告の電話を受けた場合を想定してみても,電話を受けた者が上司に相談し,上司において予告電話の真偽を検討し,必要があるとみなせば警察に通報をし,臨場した警察官が不審物を検索し,不審物を発見した場合には爆弾であるのか否か識別するなどといった経過が想定されるのであって,わずか30分という時間では,不審物の発見さえ困難であったと考えられる。現に,三井物産館爆破事件においては,警察官が臨場し,不審物の確認を開始した直後に爆発が生じているのであり,人的被害を防止するための準備は全くできていない状況だったのである。  このように,被告人が設定した30分という猶予時間には何らの根拠もなく,客観的に見ても人的被害の回避には到底不十分な時間である。被告人らが爆弾を小包様に仮装したり,踏板の下に秘匿したりしていることからすれば,この時間では爆弾探索作業の最中に爆発が生じる可能性が極めて高く,人的被害が拡大する危険は,むしろ大きかったというべきである。  d 被告人は他グループが担当した爆破事件における予告電話の手法について全く無関心であったこと  被告人は,「狼」や「さそり」が単独で敢行した爆破事件(昭和49年11月25日に「狼」が敢行した帝人中央研究所爆破事件,同年12月23日に「さそり」が敢行した鹿島建設爆破事件等)における予告電話の有無,その手法等について全く無関心であった上,合同作戦である間組本社6階・9階爆破事件においても,爆破予告を担当した「さそり」が,いつ,どこに,どのような予告電話をするか関心を寄せていた様子は見られない。  人的被害が回避されるべきことは「大地の牙」が実行を担当する事件であっても,「狼」や「さそり」が実行を担当する事件であっても同様であったはずなのに,被告人は,他グループの犯行により負傷者がでる可能性について極めて無頓着である。このような態度を見る限り,人的被害の回避が何より重要な前提であったとする被告人の弁解はおよそ信用できず,予告電話の真の目的が人的被害の回避になかったことは明らかである。 (ウ)爆弾闘争を継続するための免罪符としての予告電話の役割  a 被告人が予告電話の実効性確保よりも爆弾闘争の継続を優先させていた実態  被告人らが行った予告電話が,人的被害回避のための措置として極めてずさんであることは,被告人自身も十分認識していたものと考えざるを得ない。予告電話がなされた場合,企業や警察がどのように対応するかということは,被告人にも容易に予測することができたはずだからである。  被告人は,予告電話の内容をより具体化し,あるいは予告から爆発までの猶予時間を長くするなどの手法によって人的被害発生の危険を軽減できる余地は十分にあったのに,三井物産館爆破事件の経験を生かそうともせず,大成建設爆破事件において,ほとんど同じ手法での予告電話を行っている。この理由は極めて明快であり,被告人は,人的被害の回避よりも爆破の実現を優先していたからである。被告人が爆弾の具体的な形状や正確な設置場所を明らかにしなかったのは,爆弾の所在が早期に特定され,警察により実際に爆弾が撤去されるのを防ぐためであり,被告人が爆発までの猶予時間をわずか30分に設定していたのも,全く同様の理由である(片岡尋問・供12冊2789〜2790)。また,被告人が退避措置の有無を何ら確認せず,直前に爆発を回避するための手段を一切講じなかったのも,そのようなことをすれば逮捕の危険が増すからであり,結局のところ,被告人は,検挙されることなく爆弾闘争を継続することを最優先していたものにほかならない。  b 爆破闘争を継続するための免罪符としての予告電話の役割  このように,被告人はあくまで爆破を実現するのに支障のない範囲で予告電話をしていただけであり,現実に人的被害が回避できるか否かについては事実上関知していない。人的被害を防止するための十分な手当も確認作業もせず,単に電話をかけたというだけで「人的被害を生じないよう配慮した」などというのは極めて卑劣かつ身勝手な主張であり,到底許容できるものではなく,かかる主張にこそ本件における予告電話の本質が現れている。すなわち,被告人は,爆弾闘争に参加するに当たり,予告電話をする以上は人的被害が発生しないはずであり,そのような形での爆弾闘争は正当であるなどと自らを鼓舞し,予告電話を爆弾闘争に加担する大義名分とし,爆破によって負傷者が生じるや,人的被害の発生は予告電話の手法など技術的側面の誤りが原因であるなどと論理の転換を図り,今度は予告電話を爆弾闘争継続の口実とし,繰り返し自己の心理的障壁を取り払っては次なる爆破に傾注していったのである。一方で,被告人は,予告電話をしたのに負傷者が生じたのは企業や警察官の対応が原因であるなどとして対外的に責任転嫁を図り(被告人検面・書41冊13374〜13375),いわば予告電話を爆弾闘争継続のための免罪符としていたのである。  既に詳細に論じてきたとおり,予告電話の有無にかかわらず,爆弾闘争の本質的危険性を除去することはできず,不特定多数の第三者の生命身体に対する危険は常に存在していた。被告人は,その危険性から目を背け,爆弾闘争を纏続するために予告電話を利用し続けていたのである。  (エ)爆弾設置と一体化し企業活動を妨害するという予告電話の役割  以上指摘したとおり,予告電話は,被告人が自己の行為を正当化し,爆弾特有の危険性から目を背けるために必要不可欠であった。しかし,予告電話の役割はそれだけではなく,爆破による物理的攻撃と一体化して企業の活動を阻害し,社会不安を招くという重要な役割も併有していた。そして,この卑劣かつ巧妙な側面こそ,予告電話の本質である。  a ニセ予告電話の多発と連続爆破による企業の混乱  被告人らが行った程度の予告電話により人的被奮を回避するには,予告電話がある都度,周囲の者が一斉に退避する必要がある。しかし,ニセ予告電話が多数発生している当時の社会情勢下において,そのようなことを繰り返し行えば,企業の活動は著しく阻害され,社会の混乱は極めて深刻となる。  本件三井物産館爆破事件等における予告電話は,爆破まで一刻の猶予もないかのようなものであり,1,000人規模の従業員が働く大企業の本社において,これを信じて一斉退避を行うとすれば,退避行動そのものが半ばパニック状態となり,負傷者すら生じかねない混乱が起きるものと想定される。また,仮に退避が完了したとしても,爆破予定時刻の告知がない状況では,いつ退避を解除し,業務を再開してよいものか判断することは不可能である。つまり,企業において人命尊重を最優先し,慎重な対応を採るならば,電話一本で企業活動が全面的に停止してしまう異常事態が生じてしまうのである。一方,企業において爆破まで一定の猶予があると考え,整然とした退避や爆弾の探索及び撤去を優先した場合,時として現実に爆弾の爆発が生じ,深刻な人的被害が生じてしまう。したがって,予告電話を受けた企業においても,通報を受けた警察官においても,業務の支障を覚悟して退避を優先するか,危険を犯して確認を優先するかといった選択を余儀なくされ,いかなる対応をすべきか途方に暮れるという状況を強いられるのである。無差別の企業爆破が繰り返されていた当時の社会情勢においては,企業,警察,そして一般市民も疑心暗鬼に陥り,いつ何時爆弾が仕掛けられ爆発するかもしれないという不安に脅えていたのである。  b 爆弾設置と一体化し企業活動を妨害するという予告電話の役割  被告人らが意図していたものは,正にこの点にある。すなわち,被告人らは,模倣性が強い予告電話により多数のニセ電話を誘発し,それによって企業活動を妨害するとともに,効果的な爆破という物理的攻撃も並行して加え,二重の方法で企業を疲弊させ,さらに,多発する予告電話で市民に心理的圧迫を加えるとともに,爆破を連続的かつ波状的に敢行することで,被害に巻き込まれるのではないかという社会不安を強く醸成し,やり場のない市民の不安感や恐怖感を企業そのものへの不信へと転じ,最終的に企業が活動を自粛せざるを得ない状況を作ろうとしていたものと認められる。そして,その一方で,被告人らは,時限式爆弾という特有の凶器を用い,しかも攻撃対象を変遷,多様化させることで自らの検挙の危険については巧みに回避していたのである。このような極めて巧妙かつ卑劣な罪質こそ,被告人らが意図した「都市ゲリラ活動」の全貌なのであり,予告電話は,その中の重要な一要素なのである。 (オ)まとめ  原判決は,予告電話を「人的被害を小さくする方途」と評価し,被告人にとって有利な事情としてしんしゃくしている。しかし,被告人が行った予告電話は,実際には人的被害の回避及び軽減に何ら役立っていないのであり,これを被告人の刑責を軽減する事由とするのは誤りである。  また,既に指摘してきたとおり,被告人は,予告電話を爆弾闘争を継続するための免罪符とし,しかも予告電話自体によって企業を攻撃していたのであり,二重の意味で予告電話を利用している。つまり,予告電話は,被告人が爆弾闘争を継続するために必要不可欠の要素だったのである。原判決は,このような予告電話の役割を全く理解せず,上記のような極めて皮相的なとらえ方をしているのであって,甚だ不当といわざるを得ない。 3 原判決は,本件各爆弾事件における被告人の役割を過小評価していること  原判決は,本件各爆弾事件における被告人の役割について,「各犯行において重要な役割を果たした」と認定する一方で,「齋藤を補佐する従属的な立場にあった」とも指摘し,これを被告人にとって酌むべき事情として評価している(判決書・記録954,955)。しかし,本件各爆弾事件における被告人の刑責を正当に評価するには,齋藤との間で主従を一元的に決するのではなく,被告人が各爆弾事件を実現する上で必要不可欠の役割を主体的,積極的に果たしているという事実を正確に把適するとともに,本件各爆弾事件の組織性について洞察を加え,被告人と齋藤との間では爆破闘争を継続する上で最も効率的かつ平等な役割分担がなされていたという実態に踏み込んでいく必要がある。そして,そうすることによって,被告人と齋藤には主従関係など全く存在せず,両名は革命運動の同志たる立場にあったという実情が自ずと明らかになるのである。以下,かかる観点から,被告人の役割に関する原判決の評価が不当であることを論証する。 (1)本件各爆弾事件において被告人が果たした役割  本項においては,本件各爆弾事件における被告人の役割の重要性を正確に把握していくため,被告人と齋藤の関係の形成過程及び各爆弾事件において被告人が果たした役割を概観していくこととする。  ア 被告人と齋藤の関係の形成過程  (ア)被告人と齋藤の出会い  被告人は,北里大学に在学していた当時,逮捕された知人の救援活動に関与するようになり,昭和46年12月ころからは,株式会社テックにおける解雇撤回闘争にも参加するようになった。被告人は,同闘争を通じて齋藤と知り合い,同人らの影響で植民地問題等への関心も強めていった(被告人検面・書41冊13110〜13111,被告人供述・供14冊3383〜3394)。被告人は,その後,ダニエル・ロペス支援闘争(ミクロネシア対日賠償請求運動)に参加し,同人を自宅に泊め,同人の在留期間を延長するため偽装結婚を試みるなどの活動をし,その一方で,齋藤との関係を徐々に強めていった(被告人検面・書41冊13111〜13115,被告人供述・供14冊3394〜3398)。  (イ)「大地の牙」の結成  被告人は,昭和49年4月ころ,齋藤から交付された「腹腹時計」を読んで同人が武装闘争を目指していることを知り,同人の思想に共鳴して,同人を支援していく決意をした(被告人検面・書41冊13103〜13105,13113〜13114,被告人供述・供14冊3398〜4404)。被告人は,同年7月ころ,齋藤から爆弾闘争の支援に専念するよう依頼されて承諾し,友人との関係を絶って世田谷区松原所在のアパートに転居するとともに,齋藤がアジトを借りるための資金も拠出した。被告人は,その後,齋藤からの指導を受けて革命理論についての知識を深め,その一方で,定職を持たない齋藤を金銭的に支援し続けた(被告人検面・書41冊13163〜13170,被告人供述・供14冊4404〜4406)。被告人と齋藤は,同年8月30日の三菱重工爆破事件の後,同事件についての討議を繰り返し,最終的に「狼」に同調する形で爆弾闘争を開始することを決定し,同年9月ころ,「大地の牙」を二人で結成した(被告人検面・書41冊13357〜13358,被告人供述・供14冊4408〜4411)。  イ 三井物産館爆破事件における被告人の役割  (ア)計画立案  被告人及び齋藤は,「狼」による三菱重工爆破事件を受け,三菱に匹敵する侵略企業であるとして旧三井財閥系企業を「大地の牙」の最初の攻撃目標に設定した。被告人は,書籍等により三井系企業の沿革を研究し,霞が関ビルや三井銀行本店など三井系企業に関連する場所を調査するなどし,最終的に,齋藤と共に,三井グループの中核である三井物産館を爆破することを決定した(被告人検面・書41冊13276〜13277,13357〜13358)。  (イ)調査活動等  被告人は,爆弾設置場所を決定するため齋藤と協力して三井物産館の下見を行い,自らも三井物産館を4回下見し,うち1回は内部に立ち入って3階と1階を中心に調査した。被告人及び齋藤は,下見の結果を踏まえ,三井物産館3階第3広間に爆弾を設置することにした。また,被告人は,爆弾設置に際し,三井物産女子職員を装う目的で,その制服を着用しようと考え,制服を更衣室から盗むため齋藤に同社女子職員を尾行するよう依頼したが,失敗に終わった。そのため,被告人は,自ち同社女子社員の制服に似た衣服を仕立て,爆弾設置時に着用することとした(被告人検面・書41冊13277〜13278,13358〜13362)。  (ウ)爆弾製造  被告人は,小型目覚まし時計や乾電池等を使用し,「腹腹時計」の記載を参考にして爆弾用の時限装置を製造し,性能の点検をした上で齋藤に交付した。齋藤は,爆薬の調合などを行った上,この時限装置を使用し,爆弾本体を完成させた。被告人と齋藤は,相談の上,爆弾の缶体としては,口が小さく密封度が高い湯たんぽを使用した。また,被告人と齋藤は,湯たんぽを被告人が提供した菓子缶に入れ,缶と湯たんぽの隙間をコンクリート詰めし,上蓋を閉じた後,周囲をパテで固めた上,包装紙でくるんで紐をかけ,外観を小包のように擬装した(被告人検面・書41冊13278〜13280,13362〜13364)。  (エ)爆弾設置  被告人は,爆破当日,仕事を終えた後,三井物産女子職員風の衣服に変装し,地下鉄三田駅において,齋藤から爆弾の入った紙袋を受け取った。被告人は,その後,上記爆弾入り紙袋を持って三井物産館に侵入し,爆弾を設置した。この間,齋藤は,国鉄五反田駅(現在のJR五反田駅)前の飲食店で待機していた(被告人検面・書41冊13280〜13286,13364〜13370)。  (オ)爆破予告及び犯行声明  被告人は,爆弾を設置した後,公衆電話を用いて齋藤の待機場所に電話をかけ,呼び鈴を3回鳴らして設置完了の合図をした。齋藤は,これを受けて,三井物産館に対し,電話で爆破の予告を行った。また,齋藤は,「大地の牙」が爆破を行った旨の犯行声明の原稿を書き,被告人において原稿に従って新聞等の活字を切り貼りし,当時勤務していた北里大学において複写し,齋藤がこれを朝日新聞東京本社に宛てて郵送した(被告人検面・書41冊13286〜13291,13370〜13378)。  ウ 被告人と將司の二者会談  (ア)二者会談の開始  三菱重工爆破事件及び三井物産館爆破事件が敢行される以前,「狼」と「大地の牙」の間の連絡は,従前から顔見知りであった佐々木と齋藤の間でなされていた。しかし,將司において,佐々木と齋藤は長く公然活動に従事しており,新左翼系グループの公然拠点にも出入りしていたため,警察による監視の危険があると考え,連絡方法の変更を提案し,三井物産館爆破事件後の昭和49年10月25日以降,被告人と將司が定期的に会談するようになり,同50年1月23日までの間,計11回にわたり会談を重ねた(將司検面・書38冊12416〜12417,12475〜12478,片岡検面・書39冊12722〜12723,被告人検面・書41冊13244〜13245,13297〜13317,13327)。  (イ)二者会談の内容  被告人と將司は,二者会談において,三菱重工爆政事件及び三井物産館爆破事件の総括,帝人中央研究所爆破事件及び大成建設爆破事件に向けての爆破計画の相互連絡などを行った(將司検面・書38冊12416〜12425,片岡検面・書39冊12723〜12724,あや子検面・書40冊13030〜1303.3,被告人検面・書41冊13326〜13331)。  三菱重工爆破事件の総括に当たり,將司は,起爆装置として雷管を使用したところ,予想以上の威力が生じた旨被告人に話し,被告人は,これを受け,大成建設爆破事件に使用するため雷管を譲り受けたい旨將司に依頼した。その後,「狼」内部において雷管が製造され,大成建設爆破事件に先立ち,將司が被告人に同雷管を交付した(將司検面・書38冊12425〜12428,12531〜12539,片岡検面・書39冊12724〜12728,あや子検面・書40冊13033,被告人検面・書41冊13187,13202)。  エ 大成建設爆破事件における被告人の役割  (ア)計画立案  齋藤は,大成建設の母体である大倉組がかつて死の商人として君臨し,朝鮮人労働者の虐殺を行ったなどとして,大成建設を攻撃対象とすることを提唱した。被告人は,齋藤が作成したメモや大成建設の社史等を読んで同社の沿革を研究し,齋藤の意図を理解して,これに賛同した(被告人検面・書41冊13184〜13185,13193〜13194)。  (イ)調査活動等  被告人及び齋藤は,当初ホテルオークラの庭園にある古物館を爆破対象とすることを検討し,爆弾設置場所を決めるため,二人で同所の下見を行ったが,爆弾設置が困難との結論に達し,爆破を断念した。被告人及び齋藤は,その後,同様の目的で大成建設本社に二人で下見に行き,その結果,本社1階駐車場出入口に設置された鉄製踏板の下に爆弾を設置することを決定した(被告人検面,書41冊13185〜13187,13195〜13199)。  (ウ)爆弾製造  被告人は,三井物産館爆破事件と同様に時限装置を製造し,齋藤に交付した。齋藤は,この時限装置を使用し,爆薬の調合などを行った上,爆弾を完成させた。爆弾の起爆装置としては,被告人が將司から譲り受けた雷管が使用された。なお,被告人と齋藤は,上記鉄製踏板の下に爆弾を隠すには,爆弾の缶体として石油ストーブ用カートリッジタンクを用いるのが最適であると考え,両名協力して秋葉原の電気店でこれを窃取し,缶体として使用した(被告人検面・書41冊13187〜13188,13199〜13202)。  (エ)爆弾設置  被告人は,爆破当日,齋藤と新宿で落ち合い,同所で齋藤が持参してきた爆弾の入った紙袋を受け取った。被告人は,齋藤と別れてこの爆弾入り紙袋を地下鉄銀座駅まで運搬し,同所において再度齋藤と落ち合い,これを齋藤に交付した。その後,齋藤は,爆弾を設置現場まで運搬し,通行人の目を盗んで前記鉄製踏板の下に設置した。この間,被告人は,爆弾設置場所とは交差点を挟んで斜向かいの位置に立ち,周囲の警戒にあたった(被告人検面・書41冊13188〜13190,13202〜13211)。  (オ)爆破予告及び犯行声明  被告人は,爆弾設置後はそのまま北里大学に向かい,通常どおり勤務し,予告電話は齋藤が行った。また,犯行声明文については,齋藤が原稿を書き,被告人において活字を切り貼りして北里大学で複写し,齋藤が日本放送協会等に郵送した(被告人検面・書41冊13.190〜13192,13211〜13214)。  オ 間組同時爆破事件における被告人の役割  (ア)計画立案  將司,齋藤及び「さそり」の代表である黒川芳正(以下「黒川」という。)は,昭和50年1月28日以降,各グループの連携を強めるため定期的に三者会談を開催するようになり,その席上において,黒川から間組を攻撃対象とする旨の提案がなされ,各グループ内において,その是非が問われた。被告人は,同月下旬ころから東京都江東区亀戸所在のツタバマンションで齋藤と同居していたところ,齋藤から間組同時爆破の計画を含めた三者会談の結果を順次聞き,間組のテメンゴールダム建設に反対するマレーシアの現地ゲリラに呼応するとともに,間組が戦前及び戦中に木曽谷ダム工事現場等で朝鮮人労働者を虐殺したことに抗議するなどといった同計画の趣旨に賛同した。このため,「大地の牙」も同時爆破に向けた準備を開始し,被告人は,関係雑誌等から間組の工事現場をリストアップするとともに,間組幹部の自宅を調査し,爆弾設置場所を決定するため,間組本社や大宮工場等の下見をするなどの準備を重ね,調査結果を適宜齋藤に報告し,最終的に三者会談を経て,「大地の牙」は間組大宮工場の爆破を担当することが決定した(被告人検面・書41冊13252〜13255,13378γ13381)。  (イ)調査活動等  被告人は,齋藤に先立って間組大宮工場の下見に行き,同所付近の図面を作成して齋藤に交付した。齋藤は,同図面をもとに自らも下見を行い,被告人と相談の上,同工場北側の変電所付近に爆弾を設置することを決定した(被告人検面・書41冊13255〜13259)。  (ウ)爆弾製造  被告人は,従前と同様に,小型目覚まし時計や乾電池を用いて爆弾用の時限装置を製造した。そして,齋藤において爆薬を選定し,被告人が齋藤の指示に従って爆薬の計量や調合などを行い,齋藤も途中からこれを手伝い,両名協力して爆薬を缶体に詰め,その後,齋藤において外装を施して爆弾を完成させた。爆弾の起爆装置としては,齋藤が將司から交付を受けた雷管が使用された(將司検面・書38冊12550,被告人検面・書41冊13259〜13260)。  (エ)爆弾設置  被告人は,爆破当日,仕事を終えた後,国鉄田端駅(現在のJR田端駅)で齋藤と落ち合い,同所で齋藤が持参してきた爆弾が入った紙袋を受け取った。被告人は,その後,公衆トイレ内で衣服を替えて変装し,持参していたショッピングカーの中に爆弾を入れ,その上に購入したねぎを積むなどして買い物帰りの主婦を装った上,間組大宮工場付近のバス停留所まで爆弾を運搬した。被告人と齋藤は,同所で再び落ち合い,齋藤においてショッピングカーから爆弾を取り出して設置し,被告人は,その間,歩きながら周囲の警戒を行った(被告人検面・書41冊13260〜13268)。  (オ)爆破予告及び犯行声明  爆弾設置後,あらかじめ打ち合わせてあったとおり,齋藤が間組大宮工場に隣接する日本通運与野倉庫事務所に爆破予告の電話をかけ,被告人と齋藤は国鉄亀戸駅(現在のJR亀戸駅)で合流した後,一緒にツタバマンションに帰宅した。間組同時爆破事件は,東アジア反日武装戦線の共同作戦であったため,提唱者である「さそり」が犯行声明を担当し,被告人ら「大地の牙」においては犯行声明の準備は行わなかった(黒川検面・書35冊11511〜11513,被告人検面・書41冊13268〜13271)。  カ 韓産研及びオリエンタルメタル爆破事件における被告人の役割  (ア)計画立案  被告人は,齋藤から,韓国工業使節団の派遣を中止に追い込むため,同使節団の派遣をあっせんしている韓産研や会長が同使節団の団長を務めるオリエンタルメタル製造株式会社を攻撃対象とするとの提案を受け,使節団の派遣は現在進行形の海外侵略であるとの認識からこれに同調した(將司検面・書38冊12487〜12496,被告人検面・書41冊13125〜13127,13146〜13148)。  (イ)調査活動等  被告人は,爆破の10日程前に,爆弾設置場所を決定するため,齋藤と共に韓産研事務所に1回下見に行ったほか,同じころの休暇日に,同様の目的で齋藤と共に尼崎に赴き,オリエンタルメタル本社の下見も行った(被告人検面・書41冊13121〜13122,13130〜13131,13227〜13234)。  (ウ)爆弾製造  被告人は,齋藤と協力し,ほぼ並行して韓産研用とオリエンタルメタル用の2個の爆弾を製造した。被告人は主として韓産研用の爆弾を,齋藤は主としてオリエンタルメタル用の爆弾を製造し,韓産研用の爆弾については,爆発の威力が一方向へ向かうノイマン効果を求め,一面を残してコンクリートで補強するという加工が施された。また,両爆弾とも,起爆装置としては齋藤が將司から譲り受けた雷管が用いられた(將司検面・書38冊12502〜12509,12520〜12522,被告人検面・書41冊13122,13131〜13132,13151〜13153,13157〜13158)。  (エ)爆弾設置  被告人は,爆破当日,当時の勤務先の朝日生命成人病研究所に出勤する際,爆弾をビニール袋に入れて持参し,職場のロッカーに終業時まで保管し,退社する際に爆弾を持ち出した。被告人は,その後,国鉄四谷駅(現在のJR四谷駅)の公衆トイレで警察の目をごまかすために衣服を替え,地下鉄銀座駅の公衆トイレで爆弾の配線をつなぎ合わせて爆弾をセットし,そこからは徒歩で韓産研まで赴いて爆弾を設置した。一方,齋藤は爆弾を持参して尼崎に赴き,オリエンタルメタル本社に爆弾を設置した(被告人検面・書41冊13122〜13123,13132〜13138,13153〜13157,13222〜13227)。  (オ)爆破予告及び犯行声明  韓産研爆破事件,オリエンタルメタル爆破事件においては,爆破予告の電話はかけられなかった。犯行声明文については,齋藤が原稿を書き,被告人において漢字辞典の活字を切り貼りし,齋藤において複写して封筒に入れ,爆弾設置の際,各自がこれを持参した。被告人は,爆弾設置後,トキワビル1階の韓産研の郵便受けにこの封筒を投函し,齋藤も同様にオリエンタルメタルの郵便受けに封筒を投函した(検証・書24冊8218,被告人検面・書41冊13123,13138〜13141)。 (2)被告人は各爆弾事件を実現する上で重要かつ必要不可欠の役割を主体的,積極的に果たしていること  ア 犯行状況等からうかがわれる被告人の役割の重要性,被告人の主体性,積極性  (ア)各爆破事件の実行段階における被告人の役割の重要性,必要不可欠性  前項において本件各爆弾事件における被告人の役割を概観したが,被告人は,爆破現場の下見から爆弾の製造・設置に至る犯行の枢要部分において,齋藤と単純比較しても何ら遜色のない重要な役割を主体的,積極的に果たしている。  a 三井物産館爆敏幸件  被告人は,三井物産館爆破事件においては,最も重要な役割である爆弾の設置を自ら担当しているほか,爆弾の製造段階においては,爆破を実行するために必要不可欠の機能である時限装置の製造を任されている。時限装置の製造は,缶体の周囲にパテを塗る作業などといった単純作業と異なり,一定以上の技能と知識を要する作業である上,爆破を的確に実行するためには,寸分の狂いもない精密な時限装置を製造することが必要であり,これを任されていたということは,被告人が齋藤から高い信頼を得ていたことの証左ということができる。そして,被告人は,その役割の重要性を意識していたがゆえ,犯行の10日程前から時限装置の製造に取りかかり,周到な点検を加えた上で齋藤に交付したのである(被告人検面・書41冊13362〜13363)。また,下見段階においても,被告人は,三井物産館内部に立ち入って爆弾設置場所である3階部分などを中心に下見するという重要な役割を担っているほか,居住先から三井物産館に至る経路,所要時間,地下鉄の乗客客層,更には乗客の服装や改札口ごとの利用客の客層など詳細な事項まで綿密に調査し,分析を加えているのであり(被告人検面・書41冊13359〜13360),爆弾設置のために必要な事前調査は被告人の行動によって尽くされていたといっても過言ではない。このように,被告人は,三井物産館爆破事件において,正に犯行の中核部分を主体的かつ積極的に担っており,その役割は極めて重要であった。  b 大成建設爆破事件  被告人の存在が爆破の実現に必要不可欠であったという点は,大成建設爆破事件においても全く同様である。すなわち,爆弾の製造段階 において時限装置の製造を任されていること,將司に雷管の交付を依頼して勝司から雷管を譲り受けるという重要な役割を果たしていること,爆弾設置場所の決定過程に関わっていること,爆弾の設置自体は行わなかったとはいえ,設置当日の爆弾の運搬役を担当し,設置現場において見張り役を担当していることなどからすれば,被告人は,齋藤に勝るとも劣らない重要な役割を果たしたということができる。同事件においては,公道上で爆弾を設置する必要があり,爆弾設置に見張り役が必要不可欠であったことを考慮すれば,被告人の役割の重要性はより一層明らかである。  c 間組大宮工場爆破事件  被告人は,間組大宮工場爆破事件においても,齋藤に先立って大宮工場に赴くなど下見段階から積極的に関与し,爆弾製造段階においては,従前と同様に時限装置の製造を担当したほか,爆薬の混合や缶詰めという爆弾本体の製造過程も一部分担し,爆弾設置当日も,爆弾の運搬及び見張りを担当しているのであり,齋藤との事務分担はほぼ五分五分である。被告人は,同事件に先立つ昭和50年1月から齋藤と同居しており,爆弾本体の製造も同居先のツタバマンションで行われていたのであるから,被告人がこれに関与するようになったのは当然である。逆に言えば,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件においては,それぞれ別個の住居を有していたからこそ,齋藤は爆弾本体の製造を,被告人は時限装置の製造をそれぞれ担当しただけのことであり,両事件において被告人が爆弾本体の製造に関わっていないからといって,被告人の関与が低いということにはならないのである。このように,間組大宮工場爆破事件においても,被告人は重要かつ必要不可欠な役割を積極的に果たし,関与の程度を従前より一層深化させてすらいるのである。  d 韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件  上記各事件と比較すると,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件においては,被告人の役割は大きく質的に変化している。両事件は,東京都と兵庫県でほぼ同時に爆破を敢行するというもので,同一人が両事件の実行役を兼任することは不可能であった。そのため,被告人は,必然的に齋藤と共に爆破作戦の一部を分担するのではなく,韓産研爆政という単一の爆破作戦のほぼ全体を任されるに至っている。すなわち,被告人と齋藤は,並行してそれぞれ爆弾1個を完成させ,各自爆弾を運搬して爆破現場に赴き,それぞれ単独で爆弾を設置し,犯行声明文を投函しているのであり,両名の役割分担は全く平等である。被告人及び齋藤は,遠隔地間での同時爆破を成功させることで,高い政治的宣伝効果を得るとともに警察捜査をかく乱しようともくろんでいたものであるが,かかる計画が可能になったのも,被告人の存在があったからこそである。  (イ)被告人が三井物産館爆破事件において爆弾の設置役を担当していることの重要性  被告人が三井物産館爆破事件において爆弾の設置を担当したという事実は,本件各爆弾事件における被告人の役割の重要性,必要不可欠性を象徴的に示している。  a 三井物産館爆破事件の重要性  既に指摘してきたとおり,「大地の牙」は,「狼」による三菱重工爆破事件を受け,これに呼応する形で爆弾闘争を開始したものであり,三井物産館爆破事件は,いわば「大地の牙」の力量を試された事案であった。すなわち,將司らは,「腹腹時計」において,「狼」に共鳴して爆弾闘争に参加する組織を求め,参加の条件として爆破に向けた指針や心構え等を詳細に記載していたところ,被告人らは,「大地の牙」が「狼」の要求に沿う爆破を単独で実行できるという事実を対外的に示し,「狼」と共闘するに足る組織であることを実証するため,是が非でも三井物産館爆破事件を成功させねばならなかったのである。このことは,被告人自身が捜査段階において,「三井物産館爆破は私達大地の牙グループにとっては旗揚げの仕事であり,今後かかる爆弾斗争が継続できるか否かの瀬戸際に立たされた仕事ともいうべき性質のものでした。」と供述している土とからも明らかである(被告人検面・書41冊13375)。  b 三井物産館爆破事件において被告人が爆弾設置を担当したことの意味  このように重要な意味を有する三井物産館爆破事件において,齋藤ではなく被告人が爆弾の設置を担当した理由は,被告人の方が爆弾設置役に適しており,被告人及び膏藤もそれを理解していたからにほかならない。すなわち,三井物産館爆破事件は「大地の牙」が担当した爆破事件の中で唯一大企業の本社内に直接爆弾が設置された事案であるが,三菱重工爆破事件直後のこの時期,大企業が訪問者に対する警備を厳しくしていることも予測され,長く公然左翼活動に従事していた齋藤が館内に侵入した場合,警察官や警備員等の不審を招く危険があった。そのため,「大地の牙」としては,齋藤より安全かつ確実に爆弾を設置することができる者として,被告人の存在を必要としたのである(被告人供述・供15冊4425〜4426)。そして,ここに,本件各爆弾事件における被告人の役割の重要性を象徴的に見出すことができる。つまり,被告人と齋藤を比較した場合,確かに左翼活動歴においても革命理論においても齋藤に一日の長があったことは否めないが,いざ現実に爆弾事件を敢行する上では,行動の自由という側面において齋藤には制約があり,むしろ被告人に依存せざるを得なかったものと認められる。それゆえ,被告人は,三井物産館爆破事件において,危険性の高い爆弾の設置役を自ら担当したのである。   このように,「大地の牙」にとって最も重要であった三井物産館爆破事件において,被告人が爆弾設置を担当したという事実は,齋藤の行動の自由の制約を補うという被告人の役割の重要性,必要不可欠性を象徴的に示すものであり,重視しなくてはならない。  (ウ)各爆破事件の成功に向けられた被告人の積極的態度  被告人の爆破実現に向けた意欲は極めて強固であり,爆破の成功のため,時に齋藤以上の積極性すら示している。  a 被告人が三井物産館爆破事件において,爆弾設置を自ら申し出ていること  上記のとおり,被告人は,「大地の牙」が敢行した最初の爆弾事件であり,極めて重要な意味を有していた三井物産館爆破事件において,自ら爆弾の設置を行っているが,これは齋藤の依頼ではなく,被告人自身の申し出によるものである(被告人供述・供15冊4425)。すなわち,被告人は,爆破を成功させるためには自らが爆弾を設置する必要があると考え,逮捕されることの危険にひるむことなく,あえて実行役を買って出たのである。当然のことであるが,三井物産館の内部に侵入し,多数の従業員が稼働する中で爆弾を設置するという行為は,相当の心理的負担を伴うものである。被告人は,それを承知しながら,自らの意思で設置役を買って出たのであり,被告人は,爆弾闘争開始当初の時期から主体性をもって犯行に加わっていたということができる。  b 被告人が爆弾設置を成功させるため本件各爆弾事件の細部の計画立案に積極的に関わっていること  (a)被告人は,三井物産館爆破事件において,周囲の目をごまかすために,同社女子従業員の制服を盗んで爆弾設置時に着用するという計画を自ら考案し,更衣室の場所を特定するため齋藤に女子従業員の尾行を依頼し,制服の入手が困難と判断するや,自ら布地を裁断して同社女子従業員の制服に似た衣服を仕立てている(被告人検面・書41冊13360〜13361)。このように,被告人は,犯行の細部の計画立案にも関与しており,その提案が現実に採用されているのである。爆破の成功のため詳細な部分にまで工夫を凝らし,自ら衣服を仕立てる手間すら惜しまないという被告人の積極的態度からは,爆破遂行の主体たらんとする強い気概がうかがわれる。  (b)被告人は,間組同時爆破事件における事前調査の際にも,図書館に赴いては,関係雑誌等を閲読して同社の工事現場をリストアップし,あるいは同社の幹部の住居を洗い出すなどの作業を繰り返して いたのであり(被告人検面・書41冊13255),単に齋藤の指示に従うのではなく,爆破実現に向け,主体的かつ積極的に行動していたことがうかがわれる。そして,被告人は,大宮工場の下見の隙には,齋藤に先立って現地に赴き,同工場の裏側の塀を乗り越えて工場内に侵入する余地があるのではないかなどと計画を練り,後から下見に行った齋藤に対し,その確認を求めるなどしていたのであって(被告人検面・書41冊13315〜13316),被告人が齋藤に従属していたわけではなく,爆破の成功に向けて,疲告人の側から齋藤に働きかける場面すらあったことを如実に示している。  (c)被告人は,オリエンタルメタル爆破事件の際にも,爆弾設置のため尼崎市に向かう齋藤に対し,列車の切符を予約購入すると証拠が残り足がつきやすくなるので,乗車直前に列車の切符を買うよう提案しており(被告人検面・書41冊13155〜13156),このことからも,被告人が爆破の成功に向け計画の細部にわたって気を配り,時には齋藤以上に用意周到であったという実態がうかがわれる。  以上のとおり,被告人は,単に齋藤の指示に従って行動していたのではなく,爆破の成功のために時に齋藤以上の積極性を見せ,詳細部分において周到な計画を練り,独自の観点から爆破計画を検証し,そ の成功に完壁を期していたのであって,これは爆破実現に向けた被告人の強い意欲の現れというべきである。  (エ)本件各爆弾事件の各過程において齋藤が中心となっていた部分も認められるが,それは齋藤の優越的地位を示すものではないこと  各爆弾事件における被告人と齋藤の役割を比較した際,齋藤のみに固有の事情があるとすれば,爆破対象企業の選定を主として齋藤が行っていること,爆薬の原料を齋藤が入手していること,爆薬の調合割合を齋藤が決定していることなどに尽きる。しかし,これらの事実をもって,齋藤が本件各爆弾事件の首謀者であり,被告人は従属的立場にあると決めつけるのは全くの暴論である。  a 爆破対象企業の選定  確かに,爆破対象企業の選定については,「さそり」が提唱した間組同時爆破事件を除き,おおむね齋藤が行っていたものと認められる。しかし,被告人は,書籍を読むなどして各爆破事件の持つ意味を学び,齋藤との議論等を通じて一層理解を深め,自分なりに各爆弾事件の意義を見出した上,自主的に実行行為に関与しているのであるから,その責任が齋藤と大きく相違するものとは考えられない。  そもそも,「大地の牙」の結成に当たり,被告人と齋藤の間では,今後爆弾闘争を開始するとの意思統一がなされていたのであり,「狼」の三菱重工爆破を受け,最初の攻撃対象が旧三大財閥の一つである三井系列の企業になったのは当然の成り行きでもあった。そして,その後の爆破対象についても,「日本帝国主義の先兵たる企業中枢の爆破」という「大地の牙」の闘争目的に沿う形で順次決定されていったのであり,いうならば,齋藤は被告人との暗黙の了解の範囲内において個別の攻撃対象を選択したにすぎないのである。しかも,被告人は爆破対象の選定の基礎となる情報収集にも関与している。つまり,被告人にとって爆破の実行自体は当然の前提だったのであり,この点において,本件は,計画立案者が他者に働きかけ,その犯意を誘発したような事案と決定的に異なるのである。  被告人と齋藤の左翼活動家としての経歴の差からすれば,より大きな政治的意義を求め爆破対象企業を選定していくという役割を齋藤が担ったのはある意味当然であったといえようが,思想的側面における主導性と個々の爆破事件における役割の重要性は必ずしも一致せず,このことをもって被告人が従属的だと評価するのは誤りである。前記のとおり,被告人は,思想面での不足を補うためにも,爆破の実行面で積極性を示していたのであり,結果の発生に向けた貢献の程度という側面から見れば,被告人と齋藤の役割に差異はないのである。  b 爆薬原料の入手  被告人は,本件各爆弾事件で用いられた爆弾の爆薬原料がいかなる経緯で入手されたものか認識しておらず,入手はもっばら齋藤が担当していたものと認められる。しかし,爆薬原料の入手は,爆弾の設置などといった犯行の中核部分ではなく,これをもって齋藤の地位の優越性を基礎づける事情とまでいうことはできない。將司,片岡及び黒川らの供述からも明らかなように,爆薬の原料となる塩素酸ナトリウム等はクロレートソーダ等の除草剤に含まれており,一部の農薬店において購入可能であった(將司検面・書39冊12624〜12627,片岡検面・書39冊12765〜12766,黒川検面・書35冊11542〜1155・6)。つまり,特殊な経路や専門的知識がなくとも爆薬原料の入手は可能だったのであり,索藤ならずともこの役割を果たすことができたのである。前記3(1)イ(ウ),エ(ウ)のとおり,爆弾闘争の開始当初においては,被告人は時限装置の製造を担当し,齋藤は爆弾本体の製造を担当していた。したがって,爆薬原料の入手も自ずから齋藤の役割となったものと考えられるが,これは単なる役割分担の問題であって,何ら齋藤の優越性を示す事実ではないのである。  c 爆薬の調合割合の決定  さらに,爆薬の調合割合を齋藤が決定していたという点についても,被告人に対する齋藤の優越性を示す本質的事項ということはできない。なぜなら,「腹腹時計」には爆薬の調合割合についても記載があるから,齋藤としては,それに従って調合割合を決定すればよかったのであり,齋藤が爆弾製造に関して特に専門的知識を有していたというわけではないからである。この点については,被告人自身も,捜査段階において,「爆弾の製造に関する齋藤君と私の知識の幅はそれ程開きある訳でもなく,(被告人が製造した韓産研爆破用の爆弾と齋藤が製造したオリエンタルメタル爆破用の爆弾は)細かい部分はともかく,ほぼ似たりよったりの爆弾だったと思います。」などと供述している(被告人検面・書41冊13152)。なお,被告人は,それに続き,「そうは言っても,容器,薬品,爆発の効果といった面に関する知識は齋藤君がどういう勉強をしたのか知りませんが私よりは深 く,私は齋藤君からの聞きかじりで覚えていったのです。」などとも 供述しているが,これは相対的な比較論にすぎず,齋藤が「栄養分析 表」や「新しいビタミン療法」など当時流通していた爆弾製造に関するパンフレットを目にしていたとすれば,被告人を若干上回る程度の知識を有していたとしても不思議ではない。いずれにせよ,齋藤の爆弾製造に関する知識が被告人を圧倒的に凌駕するものであったとは考えられず,爆弾製造段階において,齋藤が被告人を強く主導していたと評価することはできないのである。  以上詳述してきたとおり,被告人は,各爆弾事件の実行に当たり,爆破の成功に向け積極的かつ主体的に行動し,重要かつ必要不可欠な役割を果たしていたのであり,齋藤との間に著しい役割の相違があったとは認められない。  イ 犯行状況以外の場面からうかがわれる被告人の役割の重要性,被告人の主体性,積極性  (ア)被告人と將司の二者会談の重要性  a 被告人が將司との二者会談を担当していることの意味  被告人の役割の重要性を検討する上で,被告人が合計11回にわたり將司と会談し,「狼」と「大地の牙」の意思疎通を図っていたという点を無視することはできない。  「狼」と「大地の牙」の間の意見交換は,当初は旧知の間柄であった佐々木と齋藤の間で行われていたが,「狼」が三菱重工爆破事件を敢行し,「大地の牙」が三井物産館爆破事件を敢行し,双方が本格的な爆弾闘争に突入した状況において,公然活動歴の長い両名が会談を繰り返すことは警察の目に止まりやすいとの観点から,昭和49年10月25日以降,將司と被告人の会談という手法に切り換えられたものである。ここに,被告人が三井物産館爆破事件において爆弾設置役を担当することになった経緯と全く同様の構図を見出すことができる。すなわち,齋藤は,その行動上の制約ゆえに爆弾闘争の実践面を被告人に依存し,被告人は,その理論的側面の未熟さを実践面において補っていたという構図がここにも現れているのである。  b 被告人が対外交渉に関与していることの重要性  「大地の牙」が爆弾闘争を発展的かつ複合的に敢行する上で,他グループとの連携は必要不可欠であり,交渉役としての被告人の役割は極めて重要なものであった。そして,被告人は,合計11回にわたる將司との会談により,その役割を十分に果たしている。爆破実行段階での加担にとどまらず,対外交渉にまで関与しているという点において,被告人の存在価値は非常に高いものであったと認められる。  被告人は,この点につき,「將司と会談しても自分には決定権がな く,分からないことも多かったので,將司の側からの示唆もあって最終的に交渉役を齋藤と交替した。」旨供述している(被告人検面・書41冊13245)。しかし,「狼」による帝人中央研究所爆破事件や「大地の牙」による大成建設爆破事件などが相次いで敢行された重要な時期に,合計11回にわたり会談が繰り返されたということ自体,個々の会談に相応の意義があったことを示している。その証左として,將司は,被告人から,三井物産館爆破事件で用いられた爆弾の主薬は塩素酸ナトリウムであり,起爆装置としてはガスヒーターを用いていたこと,大成建設の攻撃に当たり当初ホテルオークラの庭園にある古物館を爆破対象として考えたが,その後大成建設本社の爆破に変更したことなど,かなり詳細な事項を伝えられているのである(將司検面・書38冊12532,12539〜12540)。前記3(1)ウ(イ)のとおり,被告人は,この一連の会談において,將司に雷管の交付を依頼し,その後,將司から雷管を譲り受け,大成建設爆破事件の際,この雷管が現実に使用されている。このことは,被告人と將司の会談が実を結び,爆破計画に具体的影響を及ぼした典型的な実例というべきである。  c 三者会談の開始に当たり被告人と齋藤が対外交渉役を交替したことの評価  被告人は,昭和50年1月23日を最後に將司との会談を終了し,以後は間組同時爆破に向け,將司,齋藤及び黒川の三者会談が繰り返されている(將司検面・書38冊12478,黒川検面・書35冊11362)。しかし,これは,交渉役として被告人が役不足であったということを示す事実ではない。齋藤に対する警察の監視という不安が解消し(被告人供述・供15冊4641),その一方で3グループが互いに連携して統一的に爆破闘争を行うという機運が高まりつつあった同年1月の段階においては,左翼活動歴が長く,革命理論にも精通した齋藤が交渉役として適任であったかもしれないが,警察の目を気にしつつ「狼」と「大地の牙」が接触を開始し,互いの実態を見極めていた昭和49年10月の段階においては,やはり交渉役として被告人の存在が必要だったのである。三井物産館爆破事件から大成建設爆破事件に至る爆弾闘争の発展過程において,被告人が専ら対外交渉を担当し,「大地の牙」と「狼」の関係を強めていたという事実は,被告人の高い存在価値を示す重要な要素である。  (イ)爆弾闘争への参加を決意するに当たっての被告人の主体的,積極的姿勢  一連の爆弾闘争に対する被告人の関わりを検討する上で,もう1点重視すべきことは,被告人自身が「爆弾闘争に参加する」という重要な意思決定を主体的に行っているという事実である。被告人は,爆弾闘争に関与する以前は,株式会社テックにおける解雇撤回闘争などに参加していた状況こそあるものの,特定の組織に属することはなく,過激な武力闘争に加わったこともなかった(被告人検面・書41冊13109〜13110)。したがって,被告人としては,齋藤の企図する爆弾闘争に必ずしも協力する必要はなかったのであるが,昭和49年7月ころに齋藤から協力依頼を受けるや,被告人はいとも簡単に爆弾闘争へと突き進んでいるのである。  当時は凶悪な爆弾事犯を非難する強い論調の報道が繰り返されていたのであるし,被告人が既に齋藤から交付を受けて読んでいた「腹腹時計」には,爆弾闘争に向けた厳しい規律なども記載されていたのであるから(腹膜時計第1章第1篇・甲F21,G90),通常であれば,仮に申し出を受けたとしても,爆弾闘争への協力にはちゅうちょせざるを得なかったはずである。しかし,被告人は,知人関係を断ち切り,アジトの確保等に伴う財産的出損も甘受し,齋藤を全面的に支援する道を選んでいるのであり,被告人の決意がいかに強固なものであったか推認できる。  これには,被告人が齋藤と交際をしていたという状況や被告人自身の社会に対する不満感など種々の事情が影響しているものと思われるが,いずれにせよ,被告人は,齋藤から強要されたわけでも騙されたわけでもなく,自らの意思で爆弾闘争への参加を決断しているのである。つまり,この当時から,被告人には,世間の厳しい目や経済的困窮に屈することなく,自らの信念に従い行動していくという確固たる主体性が備わっていたものということができる。各爆弾事件の実行段階における被告人の積極性の背景に,このような爆弾闘争自体に対する被告人の主体的,積極的な姿勢があるということも十分考慮されねばならない。  ウ 「大地の牙」が組織として爆弾事件を貫徹していくための効率的かつ平等な役割分担  本件各爆弾事件における被告人の役割の重要性を正当に評価するためには,個々の被告人の行動を単純に取り上げるだけではなく,「大地の牙」が組織として効率的に活動していくため,被告人と齋藤が平等な分業構造を採用しているという点にも着目する必要がある。それにより,一見重要度が低く見える被告人の役割についても,爆弾闘争を実現する上で重要かつ必要不可欠な役割であるということが顕在化するのである。  (ア)本件各爆弾事件の組織性,計画性  本件各爆弾事件は,都市中心部に位置する企業等の内部あるいはその周辺部に連続して時限式爆弾を設置し,爆発させるというもので,その実行のためには,綿密な事前調査,効率的な爆弾製造,速やかな爆弾設置作業などが必要不可欠である。つまり,本件各爆弾事件においては,事案そのものの性質上,高度の組織性と計画性が要求されていたのであり,組織構成員がわずか2名の「大地の牙」が爆破を実行していくことは相当困難であったと思料される。このような状況で爆破を実現するためには,個々の構成員がその任務の重要性を正確に認識し,責任感をもって各任務を遂行していくことが必要である。したがって,組織内においては必然的に分業構造が生じ,各人の適性に応じて相応の役割を果たしていくことが要請されるのである。そして,被告人は,捜査段階において,「今回の一連の事件は私たち夫婦があらゆる労をいとわず一糸乱れることなくぴったり呼吸があった態勢でお互いの受け持った任務を夫々がスーパーマン的に忠実に守ってきたことが,例え二人きりでもこれ だけの仕事をやり終えたことにつながる基盤だったと思います。」などと(被告人検面・書41冊13182)被告人と齋藤の平等な分業構造について率直な実感を供述している。  (イ)本件各爆弾事件における平等な分業構造  a 各爆弾事件の実行段階における分業体制  被告人と齋藤の分業体制は,各爆弾事件の実行段階において最も顕著に現れており,これについては既に詳述したとおりである。再度一例を挙げれば,三井物産館爆破事件において,齋藤は同館内を中心に下見をし,被告人は同館に至るまでの経路を中心に下見をし,被告人は時限装置を製造し,齋藤は爆弾本体を製造し,それを運搬して被告人に交付し,被告人は爆弾を設置して待機中の齋藤に設置完了の合図をし,この合図を受けて齋藤が三井物産館に爆破予告の電話をかけるなどしているのであって,被告人と齋藤が互いに協力しつつ同時並行的に作業を進め,効率的な爆破を実現している状況が明瞭に認められる。  b 被告人による金銭的援助の重要性  また,被告人には,「大地の牙」の爆弾闘争を経済的に支えていくという重要な役割があったことも忘れてはならない。当然のことであるが,被告人らの爆弾闘争には機密の保持が強く要請されており,安易に知人等からの援助を受けることはできず,基本的には組織内で資金を調達していく必要があった(被告人検面・書41冊13167〜13168)。しかし,左翼活動家としての経歴が長い齋藤は,昭和50年1月ころに喫茶店で働き始め,初めて固定給をもらったというほどであり(被告人検面・書41冊131.69〜13170),安定した収入を得るには程遠い状況であった。それゆえ,被告人の収入は,「大地の牙」の財産的基盤として極めて重要な意味を有していたのである。  爆弾事件を敢行していくには,爆弾の材料費,爆弾製造器具の購入費,下見等の際の交通費,アジトの家賃など種々の費用が必要不可欠であり,それを賄う資金がなければ,爆弾闘争を継続していくことはできない。この点,被告人は,昭和49年4月ころから北里大学医学部微生物学教室の技術員として勤務し,月額7万2,000円程度の給与を得ており(被告人検面・書41冊13163),同50年2月ころ,朝日生命成人病研究所に転職し,月額7万5,000円から8万円程度の給与を得ていたところ(被告人検面・書41冊13105),この安定収入を基礎に,金銭面において齋藤を全面的に支援していたのである。被告人は,捜査段階において,北里大学に勤務していた当時,給料から家賃と通勤交通費を除外し,残部を齋藤と折半していたと供述しており,時には週1,000円程度の生活費で暮らすことがあったとも述べている(被告人検面・書41冊13167)。  齋藤が爆弾闘争に没頭することができたのも,このような被告人の献身的援助があったからこそというべきである。齋藤にとって,被告人は爆破実行段階における協力者であるのみならず,爆破を実現するために必要不可欠の資金面での援助者でもあったのである。  (ウ)「大地の牙」における分業体制の重要性  a 爆破実行段階における分業の必要性  爆弾の運搬状況や設置状況を見れば明らかなように,本件各爆弾事件を齋藤が独力で実行することは不可能であった。「大地の牙」が単独での爆破を成功させ,短期間に次の爆破に向けた準備を整え,最終的には2か所同時爆破という目的を達成することができたのは,齋藤を全面的に支え,一致協力して準備及び実行に当たった被告人の存在があってこそなのである。  b 齋藤の行動上の制約を補うという被告人特有の役割  前記3(1)イ(エ),ウ(ア)のとおり,被告人は,齋藤に対する警察の監視を危惧して三井物産館爆破事件において爆弾の設置を自ら担当し,同様の危惧から將司との二者会談も担当している。これも,「大地の牙」における分業構造の一端である。構成員が被告人と齋藤の2名である「大地の牙」としては,齋藤が担当できない事項については被告人が担当せざるを得なかったわけであるが,齋藤には一定の行動上の制約があり,その分,被告人の役割は相対的に重要性を増していたのである。なお,被告人は,公判廷において,「大地の牙」には被告人と齋藤以外にも構成員がいたと供述し,自己の役割の重要性を低下させようとしている。しかし,原判決も指摘するとおり,被告人らの活動を何らかの形で支援する者がいた可能性自体は否定できないとしても,各爆弾事件の中核部分を被告人と齋藤で分担したことに疑いを入れる余地はなく(判決書・記録871〜873,889〜892,937〜940),被告人の役割の重要性を評価する際に上記弁解を考慮する必要は全くない。  c 組織の構成に関する「腹腹時計」の記載  被告人と齋藤の役割分担は,「腹腹時計」において都市ゲリラ組織の理想的形態として提言されているものとほぼ一致する。  「腹腹時計」第2篇においては,都市ゲリラ組織が最大限機能性を  発揮する方法として数々の提言がなされているところ,その中で,任務の分担に関しては,「重要ないくつかの仕事については,その任務を分担すること(“狼”の場合は,武器,爆薬の製造・保管・財政・情報収集・通信連絡等に任務を分担している。)。一個人に集中的に過重な負担をかけてはならない。個々がその任務を受け持つことに依って,専門的で十分な力をつけることができるし,相互の任務を活発に,円滑に,計画的に進めることができる。」などと指摘されており,闘争資金の獲得に関しては,「武器弾薬,闘争資金は,自らで製造,獲得するのが鉄則である。“狼”の場合は,特に思想的にこの点を最重要視している。断じて他人に依拠してはならない。」などと指摘されている(腹膜時計・甲F21,G90)。被告人及び齋藤は,かかる指摘に従い,都市ゲリラ活動を円滑に実行していく上で,最も適当かつ効率的な役割分担をしてきたものである。  (エ)組織論的観点から見た被告人の地位の重要性  爆破対象が常に双方了解の上決定されていることなどからも明らかなように,「大地の牙」は上命下服の色彩が強い権限集中型の組織ではなく,齋藤と被告人という対等の「都市ゲリラ兵士」同士の協力共同体である。そして,両名は,一致協力して爆弾闘争の貫徹を目指し,明確な分業構造を採用し,互いの不足部分を補い合っていたのであり,両名の間に主従をつけるのは適当でない。「大地の牙」が組織として活動するためには,齋藤の理論的主導はもちろん必要であったであろうが,その一方で,被告人の金銭的援助や爆破実行段階における積極的行動もまた必要だったのであり,その役割の重要性に差異はないのである。  エ 被告人の役割の総合的評価  以上指摘してきたとおり,被告人は,独自の探究によって爆破の意義や目的を十分に理解し,爆破の成功に向け強い意欲を持って調査清動に臨み,強い責任感を持って時限装置等の製造に取り組み,物理的に同行が不可能なオリエンタルメタル爆破事件を除き,爆弾設置現場にも常に赴き,うち2回は自ら爆弾を設置している。また,爆破実行段階以外の場面においても,被告人は,齋藤に代わり対外交渉を担当し,あるいは「大地の牙」の活動を金銭的に支え続けるなどしている。このように,内心面においても,現実の行動においても,被告人の役割は爆破の共同主宰者というにふさわしく,爆破を実現する上で極めて重要な役割を担っていたのである。 (3)被告人と齋藤には内縁関係にあったという特殊事情があること  ア 被告人と齋藤は,内縁関係にあったがゆえ,密接な連携を保って本件各爆弾事件に臨んでいること  被告人と齋藤の関係を評価する上で,両者が内縁関係にあったという事実を無視することはできない。なぜならば,かかる関係は,両者の精神的な結びつきを極めて濃いものにし,それが計画段階での円滑な意思疎通をもたらし,実行段階での巧みな連携にもつながっていたからである。  被告人は,爆弾闘争に参加した当時,北里大学での勤務をこなし,その収入の多くを爆弾闘争のために提供し,勤務外の時間帯は爆破の準備に集中するという極めて苛酷な状況に置かれていた。そして,被告人がそれに耐え,献身的な援助を尽くしてきたのは,齋藤の存在があったからこそと考えられる。これは,齋藤の側からしても同じである。つまり,両者は互いの存荏を励みにし,より一層爆弾闘争に蓮進して行ったものと認められるのである。  また,被告人と齋藤は,大成建設爆硬事件等において,警察の目をごまかすため,複数枚重ねた紙袋にあらかじめ爆弾を入れておき,順次内側の紙袋を抜き取るという手法で爆弾の受け渡しを行っているところ,被告人は,齋藤とのデートの際などに,駅の階段などを使って紙袋を抜く練習を繰り返し,速やかに爆弾の受け渡しができるよう常に訓練していたが(被告人検面・書41冊13209),このようなことが可能であったのも,両者が交際関係にあったからである。つまり,被告人と齋藤は,その密接な関係を利用し,共に過ごす時間を最大限活用して爆弾闘争に向けた準備を進めていたのである。  イ 内縁関係にある被告人と齋藤の間に主従の概念を持ち込むのは誤りであること  被告人は,齋藤に対する経済的支援について,「郷里からお米等を送ってもらうと決まってその半分以上を齋藤君に渡してあげたり,又,例えば2人で一杯200円程度のお茶を飲んだ場合,齋藤君に2,000円を渡し,その釣り銭を返そうとすると,『今日のお茶は2,000円だよ。』と言って齋藤君がそのお金を受け取りやすいようなムードをつくってカンパしてあげたり,又,時に齋藤君が高円寺の下宿へ遊びに来たとき,齋藤君はお菓子等甘いものが好きなので,彼がトイレに立ったような隙を見つけて,そっと彼のカバンの中にお菓子や果物,時には困っているであろうと思われる石けん,タオル等の日用品をそっとしのばせてあげたりして,齋藤君の男としてのプライドを傷つけないような形をつくろって,その生活を助けてあげていたのです。」などと供述している(被告人検面・書41冊13164〜13165)。これは,被告人と齋藤との交際の実態をうかがわせる数少ない供述の一つであるが,ここに現れている両者の関係は,主従関係や指揮命令関係とは程遠く,世間一般における男女間の交際と何ら変わりがない。被告人と齋藤の関係は,個人と個人の対等な交際から始まり,最終的には内縁関係にまで至ったもので,両者の間に組織上の主従関係は存在しておらず,両者は,共通の目的に向けて互いに協力し,支え合っていたものというべきである。 (4)被告人の捜査段階における供述からうかがわれる被告人と齋藤の関係  被告人の捜査段階における供述には,齋藤との関係について直接的に説明した部分も複数認められる。そして,これらは被告人と齋藤との関係,特に齋藤と接する際の被告人の心構えを知る材料として重要な意味を有している。  ア 齋藤との関係に関する被告人の捜査段階の供述  被告人は,「大地の牙」内部での被告人と齋藤の関係について,「ともすれば夫婦のことですから,彼は私をかばう反面,私も又,彼をしんどい目にあわせたくないという気持ちがお互い働きがちなのですが,そこはガラリと頭を切り換えて,対等の立場に立って真剣に行動計画そ討議し,いかに夫婦とはいえ,その間には夫婦としての感情の移入は許されず,一番心のやすらぐ場所としては,そういったことを忘れて同僚と気をまぎらすことのできる職場であったと言えるかもしれません。」(被告人検面・書41冊13171),あるいは「夫婦の関係にあるとどうしてもその間に夫婦の情というものが入ることは免れず,例えばもっとも危険な仕事である爆弾の仕掛をいずれの者が担当するかという問題についても,お互いに他をかばい合って自らが適任であると主張して譲らず,冷静に事を判断した場合真実いずれが適任であるかを決定するに当たって多少の障害になったことは否めなかったと思います。」(被告人検面・書41冊13179)などと供述し,今後の組織の展望に関しては,「齋藤君は私を嘱託のような形にしてできるだけ私の負担を軽くして私の立場をかばってくれることを考えていてくれたのだと思いますが,もちろん私の気持ちは齋藤君とは一心同体であり,そのような方法は許さなかったろうと思います。」(被告人検面・書41冊13181〜13182)と供述し,三井物産館爆破事件後に初めて齋藤と顔を合わせた時の心情については,「その時ほど彼が全人格的人間に感じられたことはありませんでした。それはおそらく死をかけて一つの任務を遂行したという凛々しい気持ちと従来にない二人だけの秘密を持ち合ったという気持ちが交錯し,この任務遂行によってお互いの信頼の絆が益々強められたという心境でした。」(被告人検面・書41冊13376)などと述べ,齋藤との関係そのものについてではないものの,武装革命に対する姿勢として,「私は,今回の一連の企業爆破攻撃に参画するにあたって齋藤君から,『死を覚悟して革命運動ができるか。』と問われたことがありました。勿論いざという時には死を覚悟せずして,今回のような行動がとれるはずもなく,日夜いつ死んでもよいという張りつめた気持ちの連続でした。」(被告人検面・書41冊13271〜13272),「決して私は自分に革命の理論がないことを恥じて話すわけではありませんが,革命に理論は無用であり,少なくとも理論だけでは革命はできないと考えます。むしろ,死をかけて肉体をぶっつけ斗争することこそ革命への道ではないかと思うのです。」(被告人検面・書41冊13348〜13349)などと供述している。  イ 各供述からうかがわれる被告人の心構え  前記の各供述は,逮捕により爆弾闘争の挫折を余儀なくされ,しかも内縁の夫であり同志でもある齋藤が逮捕直後に自ら命を絶ったという状況の中,被告人が果たせぬ夢となった革命を思い,亡き齋藤を悼み,当時の生々しい心情を吐露したものとして,実に情感に満ちた内容となっている。  そして,そのような供述であるからこそ,爆弾闘争に向けた被告人の気概,齋藤と接する際の被告人の心構えを知るための極めて重要な材料となり得るのである。  各供述内容からは,被告人が齋藤を革命の同志ととらえて,深い信頼を寄せ,常日頃,自ら齋藤に恥じない役割を果たせるよう強く心がけていた状況が認められる。被告人は,理論的側面において齋藤に劣ることを認識していたからこそ,齋藤の負担にならないよう,爆彼の実現に最大限貢献すべく努力し続けていたものである。そして,かかる意識が,詳述してきたような各爆弾事件の実行段階における重要な役割と結びついているのである。被告人は,齋藤に依存するのではなく,齋藤から高い評価を得られるよう自己を奮い立たせ,より危険かつ重要な仕事を求めて爆弾闘争に臨んでいる。そして,齋藤としても,被告人の存在を強みとし,自己の目指す爆弾闘争を実現しようとしていたのである。このような両者の関係を全体として見れば,両者はいわば車の両輪のように互いを補完し合う同志関係にあったと評価すべきである。 (5)逮捕後の一連の言動に現れている被告人の主体性  被告人が齋藤に一方的に依存していたのではなく,主体性をもって一連の爆弾闘争に臨んでいたということは,逮捕後の一連の被告人の言動からも明らかである。すなわち,齋藤が死亡した逮捕後の段階においても,被告人の言動は,一貫して自己の確固たる信念に従ったものであり続けているのである。  ア 被告人が東アジア反日武装戦線の一連の爆弾闘争における各爆弾事件の位置付けを十分に理解していろこと  被告人は,捜査段階において,昭和49年8月30日に発生した三菱重工爆破事件から三井物産館爆破事件,帝人中央研究所爆破事件及び大成建設爆破事件を経て,同年12月23日に「さそり」が敢行した鹿島建設爆破事件に至る一連の過程について,「各グループが独自性を保ちつつ,いわゆる大企業を狙い打ちしてきたという意味で一つの目的性を持っていた」旨評価し,間組同時爆被事件については,「3グループが同時攻撃に出ることができたという意味で従来の闘争形態から一歩進んだ作戦面での飛躍的発展があった」とし,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件については,「大企業のイメージから脱却し,現在進行形の抑圧,搾取に鉄槌を加えるという意味で運動性の流れに飛躍的発展があった」とし,その後に「さそり」が敢行した同50年4月27日の間組江戸川作業所爆破事件及び同年5月4日の京成江戸川橋工事現場爆被事件については,「大手建設資本に執ような攻撃を繰り返すという意味で運動の意義を見出すことができた」旨指摘している(被告人検面・書41冊13337〜13339)。つまり,被告人は,「大地の牙」が担当した爆弾事件のみならず,他グループが敢行した爆弾事件についてまで,その意義や評価を理路整然と説明しているのである。被告人が単に齋藤の指示に従い,そのいうがままに行動している組織の一コマであったなら,逮捕後一月を経ていない捜査段階にかかる供述をなし得るはずはない。被告人は,東アジア反日武装戦線の一連の爆弾闘争における各爆弾事件の位置付けを十分に理解した上でこれに加わっていたものというべきである。  イ 被告人が捜査段階において,自己の確固たる信念や決意を表明していること  被告人は,捜査段階において,自己が爆弾闘争に参加した理由について,「学生運動でも武器をもってしても日帝を打倒し得ず,挫折感が漂う中,もはや爆弾闘争しかないと感じてきておりました。」(被告人検面・書41冊13342〜13343),あるいは「生きざまの正当性を裏付けることは死に様をアピールすることであり,その死に様に値する道具こそ爆弾だと考えました。なるほど日帝に抗議する遺稿を残しつつ自殺する道もあったかも知れませんが,それでは革命運動の生産性は見出すことができません。爆弾で日帝に片手を振り上げることにこそ,多少なりともそこに革命性を持たせることができるのではないかと考えたのです。」(被告人検面・書41冊13345〜13346)などと供述し,自己の信念を力強く表明している。また,被告人は,「一連の企業爆破によって,企業のやり口が一層陰湿化するであろうことは考えられました。つまり,企業爆破が繰り返し決行されることによって,彼等は,表面上は自覚反省を装いながら,裏では手を変え,品を変え,結果的には従前と何ら変わらぬ抑圧ないし搾取を続けるであろうことが推測され,そのような姑息な手段をとり続ける時代が来たら,その時にはいわゆる要人テロをやることを考えていたのです。」(被告人検面・書41冊13351〜13352),「具体的なテロの方法までは煮詰めないまでも,漠然とした気持ちの中で岸さん(岸信介元総理大臣)に執念を燃やし,各種の資料から岸さんの身辺を調査してきたのです。齋藤君との間では,もし何かの事情で私が独り身になった場合,私は爆弾を抱いて岸さんの乗っている車に体当たりしたいとも言っていた程です。」(被告人検面・書41冊13336〜13337)あるいは「今後も私たちの目的なり行動をそれなりに評価し,その動機の純粋性を失うことなく,世の中にあってはならぬ抑圧ないし搾取に手を染める企業等に自覚を求めるため,我々のとった行動とは又別の形で後継者が育つことを願わずにはいられない気持ちです。」(被告人検面・書41冊13182〜13183)などと供述するように,「革命の一闘士」としての揺るぎない決意を示してもいる。各供述からうかがわれる被告人の人物像は,受動的で,意志が薄弱で,常に齋藤に依存し続けているような人間ではなく,自律的かつ主体的な判断力を持ち,強い信念に従って行動し続けている人間なのである。  ウ 被告人がいわゆる統一公判において,激しい法廷闘争を繰り広げていること  被告人は,昭和50年11月25日の第1回公判以降,同52年10月2日にいわゆるダッカ事件によって釈放されるまでの間,まさし,あや子,片岡らと共に激しい法廷闘争を繰り広げ,出廷拒否や不規則発言を繰り返し,第19回公判においては,「東アジア反日武装戦線の間組爆破攻撃や韓産研,オリエンタルメタル爆破攻撃を継受し,これを更に発展させなければならない。」などと本件各爆弾事件の正当性を訴えている(第19回公判調書・旧記録4冊115)。このように,被告人は,公判段階に至ってもなお武力革命に対する確信を失っておらず,強い自我,信念を持ち続けているのである。  エ 被告人がダッカ事件による超法規的釈放の際,自ら海外出国という道を選び,日本赤軍に加入していること  ダッカ事件により被告人が釈放された経緯については後に詳述するが,被告人は,違法テロ活動を繰り返す日本赤軍の呼びかけに応じ,自ら海外出国の道を選び,その後日本赤軍に加入している。祖国を離れ,面識すらないテロ集団と合流することには相当強い不安感が伴うものと思料されるが,被告人は,ここにおいても確固たる信念を示し,主体性をもって出国を決断しているのである。  このように,被告人は,逮捕後においても,自己の確固たる信念に従って行動し続けており,その言動からは,齋藤を失って自己の進む道を決めようもないなどといった主体性の欠如は全く見受けられない。被告人が捜査段階において自白している点についても,その内容からすれば,東アジア反日武装戦線の闘争の足跡を明らかにせんとする自主的判断に基づくものと認められる。このように,被告人は,爆弾闘争に参加した時点から逮捕後に至るまで,終始,確固たる自己を失っておらず,「革命の闘士」としての強い姿勢を示し続けているのである。 (6)原判決の判断の不当性  以上指摘してきたとおり,被告人は,自由な意思決定に基づき爆弾闘争に参加し,主体的かつ能動的に各爆弾事件の実行の中枢部分を担い,共通の目的である爆弾闘争の貫徹に向け,齋藤と互いを補い合いつつ,一体となって突き進んでいたものであり,その地位に従属的側面はいささかも見られない。  しかしながら,原判決は,「一連の爆弾事件において,各犯行の発案や計画の立案をしたのは,齋藤や他のグループの者(である)」という点を殊更に取り上げ,「被告人は,齋藤から犯行計画を聞くなどして,その一部について実行行為に加担(した)」などと事実を極度にわい小化し,結論として,「(被告人は)齋藤を補佐する従属的な立場にあった」という誤った評価を導いている(判決書・記録9.55)。これは,「大地の牙」内部における被告人と齋藤の関係を根底から見誤ったものである。  ア 各爆弾事件の発案,計画立案についての評価の不当性  確かに,計画立案段階においては,被告人より齋藤の役割の方が大きかったとはいえようが,齋藤は爆被計画の全貌を決定し,それに従って行動するよう被告人に命じていたわけではなく,あくまでも「大地の牙」の闘争目標に従って爆破対象企業を選定し,被告人の同意を求めていたにすぎない。そして,被告人は,文献等を調査して齋藤の意図を理解し,これに賛同して具体的な爆破場所を決定するための調査活動等に従事していたのであり,被告人と齋藤は共同して爆破計画を練り上げていたのであるから,「犯行の計画立案をしたのは齋藤である」という原判決の指摘は全くの誤りである。また,三井物産館爆破事件については,齋藤が発案したというよりも,被告人と齋藤の間で旧三大財閥系企業の攻撃が暗黙の了解になっていたという見方が適切であるし,間組大宮工場爆破事件については,「さそり」が間組の攻撃を抽象的に提案し,被告人と齋藤が共同して調査活動をし,大宮工場を爆破するという方針を最終的に決定したのであるから,これらの事件については,爆破事件の発案者を云々すること自体が誤りである。これらの事情に加え,被告人が爆弾闘争を貫徹するという揺るぎない決意を終始持ち続けていたこと,被告人が図書館で資料を収集するなど爆破対象選定の前提部分にも関与していたこと,「大地の牙」内部には明確な分業構造が採用されており計画立案もその一部にすぎなかったことなどを考慮すれば,被告人が犯行の発案者・計画立案者ではないとしてその立場を従属的なものととらえる原判決の論法が不当であることは明らかである。  イ 実行行為の分担についての評価の不当性  次に,原判決は,「被告人は齋藤から犯行計画を聞くなどして,その一部について実行行為に加担した」と判示するが,一連の下見状況,三井物産館爆破事件における女子社員の制服の一件,大成建設爆破事件における爆弾の缶体の選定入手過程などからも明らかなように,被告人は犯行計画の立案自体に直接関わり,時には被告人の側から計画の一部を提案しているのであり,原判決の指摘は事実関係と全く齟齬するものである。また,被告人は,間組本社6階・9階爆破事件,オリエンタルメタル爆破事件を除いたすべての事件において,実行行為の中核部分を自ら担っていたのであり,上記判示が,被告人は実行行為の一端を担ったにすぎないとの評価に基づくものであれば,それもまた不適当というべきである。組織的犯罪においては,いわゆる運転手役やおとり役などのように,犯罪の全体像を知らないまま,首謀者との上下関係や報酬目的などに基づき,実行行為の一部を分担する者も生じ得る。しかし,本件各爆弾事件における被告人の役割は,これらの者と厳然と区別されねばならない。被告人は,爆破の意義を理解し,相当程度結果を予測しつつ爆弾の製造を分担し,爆弾の設置も担当しているのであり,その関与の程度は極めて広く深いものである。  ウ 被告人と齋藤の主従関係についての評価の不当性  原判決は,被告人の役割について,「齋藤を補佐する従属的な立場」と結論付けているが,これは,事案の本質にそそわない極めて皮相的な評価である。被告人は,各爆弾事件において極めて重要な役割を担っており,その姿勢には顕著な積極性,主体性が認められる。原判決は,暴力団組織等に見られる一元的な主従関係を強引に「大地の牙」内部にも当てはめようとしており,そのような姿勢が,被告人と齋藤の関係を誤って理解することになった原因である。被告人がどのように齋藤と知り合い,どのように関係を深め,爆弾事件の敢行に当たりいかなる役割を果たし,その際斎藤に対していかなる感情を抱いていたのか先入観を排除して詳細に検討すれば,到底このような評価はなされなかったはずである。後に指摘するとおり,被告人は公判廷において,まるで自分が齋藤の言いなりであったかのような供述を繰り返し,自己の受動性を強調した弁解に終始している。原判決は,かかる弁解に惑わされ,被告人の役割がさして重要ではないかのような錯覚に陥り,誤った評価を導いたのではないかと推測せざるを得ない。被告人と齋藤との間には,量刑に大きく影響を与えるような犯情の差異は認められず,原判決が被告人が従属的立場にあるとしてその刑責を軽減したことは,誠に不当というべきである。 4 原判決は本件各爆弾事件による深刻な被害,現在も癒されていない峻烈な処罰感情を軽視していること  既に詳述したとおり,爆弾は,人の殺傷,物の損壊のいずれの側面においても瞬時にして極めて強大な威力を生じる凶器であるところ,本件各爆弾事件においては,各爆弾が本来の威力を発揮し,負傷者は合計20名の多きにのぼり,被害総額は15億円を超える莫大な金額に達している。そして,被害者の一部は,長期間の入院加療を要する事大な傷害を負い,被害から25年以上を経過した現在も後遺症に苦しめられ続けている。被告人は,被害者らに対して何ら慰謝の措置を講じておらず,被害者らの処罰感情は今もなお峻烈であり,被告人を無期懲役に処するよう強く要望している。適正な刑罰権の実現という観点からして,かかる被害者の心情は量刑上十分考慮されなくてはならない。 (1)三井物産館爆破事件及び大成建設爆被事件において生じた人的被害の重大性  ア 三井物産館爆破事件  三井物産館爆破事件においては,爆破予告の通報を受けて現場臨場した警察官や三井物産の従業員など合計12名が,多数の爆片を全身に浴び,あるいは爆風で飛ばされて床に転倒するなどし,負傷している。このうち,警察官である橋本駿介(以下「橋本」という。),井内義高(以下「井内」という。),藤井定夫(以下「藤井」という。),田中正一(以下「田中」という。)及び三井物産従業員である青木一夫,松田幹夫(以下「松田」という。)の6名は,入院加療を要する重大な傷害を負っており,特に,橋本については,爆片の一部が左側頭骨に突き刺さり,動静脈療の症状を引き起こしたほか,顔面,両前腕,両下腿等にも多数の挫創を生じたため,昭和49年12月25日まで入院加療を継続し,その後も鼓膜損傷に伴う耳鳴り等の症状に苦しみ,長期間の通院加療を余儀なくされたのであって,その負傷は極めて深刻なものであった(診・書1冊192〜209,報・書4冊850〜853,井内尋問・供4冊822〜871,藤井尋問・供4冊780〜821,田中尋問・供4冊872〜918,被害者検面及び員面・書2冊418〜528)。  イ 大成建設爆政事件  大成建設爆被事件においては,通行人など合計8名が爆片を全身に浴びるなどして負傷しており,このうち,爆心地付近で貨物自動車からの荷下ろし作業をしていた川田勝利(以下「川田」という。)及び堀清士については,入院加療を要する重大な傷害を負っている。特に,川田については,爆片により右手人差指,中指及び薬指の第一関節より先を失い,この三指が全く動かない状態となり,最終的に中指については根本から切断したほか,頭部や右下肢等にも多数のコンクリート片等の異物が突き刺さり,半年以上の入院加療を余儀なくされたのであり,負傷は極めて深刻なものであった(診・書4冊931〜950,被害者検面及び員面・書8冊1798〜1850)。 (2)一部被害者に生じている深刻な後遺症  三井物産館爆破事件において負傷した警察官らは,長期にわたり重度の耳鳴りやめまいに苦しめられ,勤務時においても日常生酒においても多大な不自由を強いられている。そして,その、症状は25年以上が経過した現在もなお残存しており,負傷が被害者らの人生に与えた影響は甚だ大きいものとなっている。  被害者のうち,後遺症が最も深刻であったのは橋本であり,同人は,昭和49年12月に退院した後も,重度の耳鳴り,それに伴うめまい,吐き気,頭痛などに苦しめられ続けてきた。そして,橋本の健康状態は,体が細かく震え続けるため,満足に歩くことも字を書くこともできず,身体の不調が原因で朝起き上がることすらできない日もままあり,無理をして出勤しても,通勤途中の階段で転倒し病院に搬送されてしまうなどという深刻なものであった。そのため,橋本は,職場復帰後も出勤と欠勤を交互に繰り返し,警察官としての職責を満足に果たすことはできない状況だったのである。橋本は,被害当時38歳という壮年期であったのに,その後,定年退官するまでのほとんどを警視庁本部公安部公安総務課で過ごし,もっぱら事務仕事に従事するという異例の取扱いを受けているが,これもかかる健康状態が原因であった。橋本は,被害前は全くの健康体であり,警備部門の一線で活躍することを強く希望していた。しかし,橋本は,負傷によってかかる望みを完全に絶たれ,後遺症と闘い続ける毎日を余儀なくされたのである。橋本は,被害直前に警部に昇任したばかりであり,管理職の警察官として将来を大いに期待されていたのであるから,このような不自由な生活は,相当の苦痛と屈辱を強いたものと考えられ,同人は,「職場に行っても何もしないという毎日は,皆の仕事の邪魔をしているような気持ちであり,嫌で仕方がありませんでした。」,「責任ある仕事は全くできず,ただ職湯に行くだけの状態であり,爆破事件の被害に奉ったことで私の警察官としての人生は終わったも同然でした。」などと悲痛な心情を漏らしている。また,橋本の妻も,「負傷後,夫の生活は全く変わってしまいました。夫は,もともとはスポーツマンであり,署の野球チームに入ったりしていましたし,柔道もやっていました。また,写真が趣味であり,実家に帰る際などもよくカメラを手にしておりました。しかし,負傷後は,夫には趣味らしい趣味がありません。何に対してもやる気を失ってしまったように思います。体調が優れずに仕事を休んだ日も,夫は一日寝たままであり,テレビを見るそらいしかしておりませんでした。」などと訴えており,橋本が味わった挫折感,絶望感がいかに深いものであったかをうかがわせている。目標を失い,自由に体を動かすことすらできないという悲惨な状況において,橋本の心中たるやいかばかりであったかと推察される(控訴審において立証予定)。  また,井内,藤井及び田中についても,同様に「耳の中にセミがいるようで,ジーという音が鳴りやまない」などといった後遺症状を訴えており,かかる後遺症は,井内らの警察官としての職務の執行にも多大な支障を生じ,同人らは,希望に反して事務職に従事し,あるいは限界を感じて早期に退職するなどといった対応を余儀なくされているのである。 (3)現在もなお癒されることのない被害者の処罰感情  ア 被害者の処罰感情  被告人は,かかる深刻な被害を引き起こしておきながら,被害者に対して何ら慰謝の措置を講じておらず,直接の謝罪もしていない。したがって,被害者らの処罰感情は現在においても全く癒されていない。  この点,最も深刻な被害を負った橋本は,被告人に対する憤りを直接的に表明してはいないが,その一方で,「爆弾による怪我のせいで,私の人生は大きく狂ってしまいました。大変辛い思いをしましたし,現在でも悔しい思いがあるのです。」などと述べ,悲嘆の心情をあらわにしている。  橋本自身も述べているとおり,同人は,決して被告人を宥恕しているわけではない。本件被害により橋本が失ったものは実に大きく,その悲嘆は余りに深いため,同人は,被告人に対する憤りという形で感情を昇華することすらできず,いわばあきらめに近い心情となっているのである。かかる橋本の心情については十分に酌み取る必要があり,被告人に対しては,橋本の味わった苦痛と苦悶,失った警察官としての人生に相当するだけの厳重な処罰をもって臨むべきである(控訴審において立証予定)。  一方,井内,藤井及び田中の3名は,「私は,浴田被告人を憎む気持ちはどうしても捨て切れません。」,「浴田に対して『許してやろう』という気持ちにはなれません。」あるいは「私は,判決は軽すぎると思います。私は,浴田に対する求刑が無期懲役だと知っていましたので,当然判決も無期懲役になるものと考えておりました。」などとそれぞれ供述し,いずれも被告人を無期懲役に処するよう強く求めている。井内らが一歩間違えば死亡していたかもしれないほどの重篤な傷害を負い,長期にわたり後遺症に苦しめられてきたことを思えば,その憤りは当然の心情というべきである(控訴審において立証予定)。  また,被害者の中には,松田や川田のように,爆発に巻き込まれ重大な傷害を負いながら,被告人から補償を受けることも謝罪を受けることもないまま死亡した者もおり,これらの者については現在の処罰感情を聴取し得べくもないが,その悔しさはいかばかりであったかと察せられる(控訴審において立証予定)。  イ 原判決に対する被害者の心情  被害者らは,このように,被告人を懲役20年に処した原判決の量刑に不満を覚えているのみならず,原判決の指摘する量刑の理由に感情を逆撫でされてもいる。例えば,藤井は,原判決の予告電話に関する指摘について,「判決の中に『予告電話をしたのは,人的被害を小さくする方途であった』という記載があるそうですが,どうしてこれが浴田の刑を軽くする材料になるのか全く分かりませんし,このようなことを言われると腹立たしい気持ちになります。当時私たちが置かれていた状況を全く分かってくれていないと思います。」などと述べ,田中は,原判決の被告人の謝罪に関する指摘について,「私が何より驚いたのは,NHKのニュースで『浴田が被害者に謝罪していることなど有利な事情がある』という判決の内容を聞いた時でした。私は,浴田から謝罪を受けたことは一度もありません。(中略)私は,謝罪とは何のことかと不思議な気持ちでおりました。検事さんから説明を受け,法廷で浴田が『被害者の方々に心からの謝罪を伝えたい。』などと述べたことが分かりました。しかし,私はそれを聞いても,浴田から謝罪を受けたという気持ちにはなれません。(中略)私のいない法廷で『謝罪を伝えたぃ』などと言われても,そのままに受け取ることはできません。」などと述べているが,いずれも被害者として至極当然の心情というべきである。なお,被告人は,原判決後になり,井内,藤井及び田中に対して謝罪の手紙を送っているが,被告人は,この手紙の中においてもなお「三菱の反省もあって『絶対に死傷者は出さない。』と考えながら,配慮も対策も十分ではなかったために(以下略)」などと自己の行動を弁解しており,謝罪の言葉は深みに欠け,井内に「通りいっぺんの謝罪」と断じられている。したがって,原判決後の謝罪の手紙については,量刑上全く考慮する必要様ない(控訴審において立証予定)。 (4)物的被害の重大性  本件各爆弾事件における被害総額は15億円を超えており,爆弾事件としては過去に例のない甚大な物的被害を生じている。近時発生している放火事犯や財産犯罪を見ても,被害額がこれだけ莫大な金額に達することはまれであり,被告人が被害弁償を一切していないことも考慮すれば,物的被害のみにおいても被告人の刑責は相当長期の刑に値する。 (5)原判決の判断の不当性  原判決は,各被害者の負傷状況や各爆弾事件による物的損害などを順次摘示した上,「このような多大な物的,人的被害が生じ,被害者らの被害感情が強かったにもかかわらず,被告人らは,被害者に対し弁償も慰謝の措置も講じていない。」と判示してはいるが(判決書・記録954),その評価はいかにも平板であり,被害者らが味わった苦痛と苦悩に対する洞察を欠いているといわざるを得ない。その証左として,井内,藤井及び田中はいずれも公判廷において深刻な後遺症について証言をしているというのに,原判決は何らこれに言及していないのである。  犯罪者に対して厳正な処罰をもって臨み,被害者ひいては社会一般の健全な応報感情に報いることも刑事司法の重要な役割の一つである。したがって,刑事司法に携わるものとしては,いたずらに厳罰主義に陥ることは相当でないとしても,犯罪者に対する同情には厚く,被害者に対しては冷淡であるとの非難を受けることがないよう十分に意を用いねばならない。しかしながら,原判決は,本件における深刻な被害や被害感情を十分理解することなく,何ら被告人の刑責を軽減し得ないはずの事項を被告人にとって酌むべき事情としてるる指摘し,被告人に対して不当な寛刑を言い渡している。そして,被害者らは,このような原判決の量刑判断の誤りを的確に見抜き,不信感を募らせているのである。刑事司法に対する信頼維持という観点からも,原判決は断じて是正されねばならない。 5 原判決は,公判廷における被告人の表面的な謝罪の言葉に惑わされてこれを過大に評価し,被告人の反省,改しゅんの情の欠如を看過していること  原判決は,「(被告人は)公判廷において,怪我を負わせた被害者らに対する謝罪の言葉を述べ,時には涙を見せるなどして,怪我人を出したことにつき反省と後悔の態度を示している」などと判示し,被告人の反省の情を高く評価している(判決書・記録955)。しかし,統一公判における被告人の供述態度,超法規的釈放の経緯とその後の海外逃亡生酒,ルーマニア国における偽造有印私文書行使の事実,再開後の公判における被告人の供述態度等を全体として見るに,被告人はおよそ本件犯行の重大性を理解していない上,依然として 法軽視の姿勢を強く見せており,被告人に反省の態度は全く見られないというべきである。 (1)統一公判における被告人の言動からは本件に対する一片の反省の情も見受けられないこと  被告人は,昭和51年12月10日の第19回公判において,「日帝本国人民に問われているのは侵略企業を地上から一掃し,世界革命戦争に体を張って志願しなくてはならないことである。東アジア反日武装戦線の間組爆破攻撃や韓産研・オリエンタル爆破攻撃を継受し,これを更に発展させなくてはならない。」などと意見陳述しており(第19回公判調書・旧記録4冊115),自己の行動に一切批判を加えていないばかりか,むしろこれを賞賛し,他者に同種行為を推奨までもしている。しかも,被告人は,統一公判において,正当な理由なく出廷を拒否し,裁判所の訴訟指揮を無視しては退廷を命じられるという行為を繰り返しており,事案の真相を明らかにしようとする態度を一切示さず,被害者に対する謝罪の言葉も一度たりとも述べようとしていない。そして,被告人は,昭和51年6月17日の第10回公判においては,「本来,我々は,あなた方の法律とやらにとらわれる理由も,また,裁判とやらに参加することによって,あなた方の茶番と人民抹殺の威勢のいい儀式に協力することは全くないのです。」とまで述べ(第10回公判調書・旧記録3冊124〜128),法秩序そのものを否定し,刑事裁判を愚弄する挑発的言動に及んでいるのである。 (2)再開後の公判における被告人の供述態度を見ても,上辺だけの謝罪は行っているものの,自己の刑責を理解し,真しな反省をしているとは到底認められないこと  ア 被告人は,本件各犯行等に閲し,不合理な弁解に終始していること  本件公判は,ダッカ事件に伴う被告人の超法規的釈放により,昭和52年10月14日の第26回公判を最後にいったん中断し,偽造有印私文書行使の事実による被告人の再逮捕を受け,平成7年11月28日に再開している。被告人は,その後の公判において,本件各爆弾事件に至る経緯,犯行状況,超法規的釈放の経緯などにつき詳細に供述しているが,その供述態度は真しな反省とは程遠いものである。被告人は,齋藤に対する自己の受動性をひたすら強調し,自己の行動を美化するばかりであり,他者の生命身体を犠牲にするという本件各爆弾事件の卑劣な罪質を全く直視しようとしていない。  (ア)本件各爆弾事件に関する被告人の供述態度  被告人は,公判廷において,三井物産館爆被事件への関与につき,捜査段階の供述を大幅に後退させ,「三井物産館以外の三井系企業に下見に行ったことはない。」,「爆弾の製造には関わっておらず,湯たんぽを使っていることも知らなかった。」などと述べ,自己の役割をわい小化している(被告人供述・供15冊4428,4441)。そして,被告人は,爆弾の威力についても,何の根拠もなく,「(威力を及ぼすのは)周り2,3メートルくらいだと思っていた。窓ガラスが割れるようなことは考えていなかった。」などと供述した上(被告人供述・供15冊4437〜4438),この供述は,爆弾の設置場所と破壊対象のテレックス室の出入口が3メートル80センチ離れているという位置関係(実・書5冊1042)から考えて明らかに不合理であるため,「誰かが爆弾を動かしたと思う。」などと荒唐無稽な新たな弁解を作出しているのである(被告人供述・供15冊4436,4617〜4618)。このように,被告人は,「人的被害の発生は予測していなかった」という弁解を維持するため,嘘に嘘を重ねているのである。  被告人は,2度目の犯行である大成建設爆破事件については,「予想外に大きな被害が出た。」旨の弁解が通用しないため,公判廷において,実行には全く関与していない旨の全面否認に転じている(被告人供述・供15冊4484,4486〜4488,4492,4494,4502,4507)。しかし,原判決も認定しているとおり,被告人は捜査段階において,犯行当日の行動などについて図面まで記載して詳細に供述しており,他方,公判廷における被告人の供述は余りに不自然,不合理である(判決書・記録887〜892)。自己の刑責軽減のため,事件の中核部分についてまで虚言を重ねる被告人の供述態度は余りに無責任であり,厳しい非難を加えねばならない。  その後の犯行に関する供述態度を見ても,被告人は,間組大宮工場爆破事件について,「大成建設爆破事件までの人的被害の発生を受け,同じことが起きないように,ちやんと主体的にやろうと考えた。」などと供述し,犯行に積極的に加担していた自己の行動を美化し(被告人供述・供15冊4532),韓産研爆被事件については,「運搬については私が一人でやりました。設置については,今言いたくないです。」(被告人供述・供15冊4555)あるいは「置いてきたのは私ではないです。誰というのは言いたくないです。」(被告人供述・供15冊4658)などと曖昧な弁解を繰り返し,オリエンタルメタル爆破事件については,「いわゆる調査というのはやってないが,ビルの近くに行って,建物を見たことはある。」などと捜査段階の供述を大きく後退させているのであり(被告人供述・供15冊4550),刑責軽減に汲々としている姿勢が顕著に認められる。  (イ)超法規的釈放及び偽造有印私文書行使に関する被告人の供述態度被告人は,151名もの人命を楯にしたハイジャックという凶悪卑劣な犯罪行為によりいったん釈放されたことを奇貨とし,公判廷において,「超法規的釈放により公訴権が放棄された。」などという身勝手極まりない主張をしているところ,かかる被告人の主張は,いわば法秩序そのものの否定であり,被告人の反省の情が欠如していることの何よりの証左である。犯罪行為に及んだ者が適正な刑事司法手続を経て相応の処罰を受けるということは,法治国家における根本原理であり,これが貫徹されなければ,被害者の処罰感情や市民の応報感情は著しく阻害され,健全な正義感は大きく損なわれ,国家治安は根本から揺らぐことになる。  この当然の常識を理解することこそ,正に遵法精神の中核というべきものである。しかし,被告人は,自己の釈放を何の疑問も持たずに正当化し,検察官から「被害者に対する.罪の償い」という視点を提示されても,「この裁判がこういう形で行われているということが,被害者の人たちにとって,どういう救いになるのかということは私には分からないんですが・・」などと開き直っており(被告人供述・供15冊4669),およそ自己が刑責を全うすべき立場にあることを全く理解していない。  また,被告人は,公判廷において,ルーマニア国に入国する際に偽造旅券を使用したという事実を否認し,入国の理由,入国の方法,入国後の生活,自己の写真が貼付された他人名義の旅券を所持していた理由などについては一切供述しようとしていない(被告人供述・供2冊395〜396)。被告人は,自己の正当性を声高に叫ぶ一方で,不都合な事項には口を閉ざすという卑劣な姿勢に終始しているのである。  被告人の供述態度全体を総括すると,他者の生命身体の危険より爆弾闘争の継続を優先させていたという実情から目を背け,各爆弾事件の実行段階における自己の役割をわい小化し,現実に生じた結果は不幸な成り行きであったかのような責任転嫁を図り,かかる弁解に沿わない捜査段階の供述はすべて押し付けであるとして撤回している。被告人は,自己に都合が良いように事実をねじ曲げ,過去の自己の行動を美化するばかりであり,真に被害者の苦渋を理解し,自己が本件犯行に加担した原因を直視し,自己の刑責の重大性を受け入れようとする姿勢を全く見せていない。このように,その供述態度は,極めて卑劣,姑息かつ醜悪であり,真しな反省の情など一片たりとも見受けられない。  イ 被告人の「謝罪の言葉」は,真に被害者に対する謝罪の意思に基づくものとは到底認められないこと  被告人は,公判再開に伴う更新意見陳述において,初めて被害者に対する「謝罪の言葉」を述べている。しかし,この意見陳述を詳細に見れば,「謝罪の言葉」の後には,「1つ1つの斗いの過程での配慮を不十分にし,意図しない多くの死傷者を出してしまいました。(中略)真に攻撃するべき対象を明確にし,人々の殺傷を避けるためには,もっともっと万全の配慮がなされなければなりませんでした。」などという文言が続いており,被告人は,人的被害の発生をあくまで予想外の出来事と位置付けているのであって,被害者が聞けばむしろ感情を逆撫でされるような内容である(更新意見陳述・記録30)。しかも,この意見陳述中,謝罪の言葉は冒頭の一部だけであり,その大半は被告人の身勝手な主張が占めている。被告人は,その中で,ハイジャックという明白な違法行為であるダッカ事件について,「ダッカ斗争は正義の斗いである。」と指摘し,「裁判所には東アジア反日武装戦線の斗いを裁く資格はない。」などと居直っているのである。すなわち,被告人は,被害者の味わい続けていた苦悩や悲嘆をまるで理解せず,法無視の態度も明確に保持し続けているのであり,上記「謝罪の言葉」が真に被害者に対する謝罪の意思に基づくものとは到底認められない(更新意見陳述・記録33〜37,61〜65)。  被告人は,最終意見陳述においても,形式ばかりの「謝罪」こそしているものの,被害者らが味わった苦悩について,「傷が癒えてもいないのに同僚や上司に『仕事にさしつかえはありません。』と言わなければならない社会への想像力は私にはありませんでした。」などと責任を社会に転嫁するかのような意見を述べて被害者の感情を逆撫でしている。そして,意見陳述の大半は,被告人質問の際と同旨の不合理な弁解が占めており,結局のところ,被告人は,自己の闘争目標を開陳し,早期の社会復帰を求めているにすぎないのである(最終意見陳述・記録760〜826)。 (3)ハイ.ジャック犯による釈放要求を利用する形での逃走については厳しい非難を加えるべきであること  被告人は,ハイジャックという明白な違法行為を利用して海外に逃亡し,その刑責を免れようとしたもので,このことは,被告人の反省の情の欠如を最も如実に物語っており,厳しい非難を加えるべき情状事実である。被告人は,検察官らによる説得を無視し,既に述べたように主体的意思に基づき出国の道を選んだのであるから,ダッカ事件自体に被告人が関与していないといえども,被告人が責められるべきことに変わりはない。  しかも,被告人は,ダッカ事件により釈放された後,日本赤軍活動家と行動を共にしている。いうまでもなく,日本赤軍は,昭和47年5月以降,死者25名を生じたテルアビブ・ロッド空港襲撃事件,日航ジャンボ機ハイジャック事件(いわゆるドバイ事件),シンガポール・シェル石油基地爆破事件,在クウェート日本大使館襲撃事件,ハーグフランス大使館占拠事件及びクアラルンプール事件な.ど数々の凶悪テロ事件を敢行し,世界を震撼させてきた過激違法集団である(控訴審において立証予定)。したがって,日本赤軍に加入するということ自体,違法行為に及ぶ蓋然性を極めて大きくする行動であったのに,被告人はあえてその道を選んでいる。かかる被告人の行動も,被告人の反省の情の欠如を示す重要な事実である。 (4)原判決の判断の不当性  原判決は,被告人の供述態度について,「被告人が公判段階において,各犯行につき一部不合理な弁解を交えつつ供述していることも無視できない。」と指摘をする一方で(判決書・記録955),「被告人は,公判廷において,怪我を負わせた被害者らに対する謝罪の言葉を述べ,時には涙を見せるなどして,怪我人を出したことにつき反省と後悔の態度を示している。」などと指執し(判決書・記録955),被告人の反省の情を高く評価している。しかし,これは被告人の表面上の謝罪に惑わされた極めて皮相的な評価であり,断じて容認することはできないものである。  そもそも被告人の供述態度は,「一部不合理な弁解を交える」などというものではない。被告人は,捜査段階の供述を全面的に撤回し,各爆弾事件への関与を否認あるいは著しく減退させ,当時の内心を偽り,刑責軽減を図っているのであり,その供述態度は欺まんに満ちている。被告人の態度は,自己の刑責の軽視,そして被害者に対する侮辱にほかならず,極めて厳しい非難を加えるべきものである。また,真に重視すべき謝罪とは,人間として被害者の心情を慮り,その救済に全力を尽くし,自己が刑責を全うすることで被害者の精神的苦痛を少しでも和らげ,平穏にしようと努める姿勢に基づくべきものであり,かかる前提を欠いている以上,いかに涙を見せつつ謝罪したところで被害者の心情はまるで癒されない。したがって,この点に関する原判決の指摘も不当である。  さらに,反省と後悔の態度についても,被告人は外形上「反省」という言葉を用いているが,その内容は闘争手法の未熟さに対する反省でしかなく,事案の重大性を理解した上での内省とは程遠いものである。被告人が口で「爆弾闘争は誤りであった。」と述べるのは容易であるが,重要なのは,自己が何ゆえに爆弾という手段に走り,何ゆえに人的被害の発生に目をつぶり,何ゆえにこれはどまでに犯行を繰り返したのかという点を正面から問い,答えを見出すことである。そして,かかる内省があって初めて,自らが犯行に及んだ原因を理解したものと評価できる。しかるに,被告人は,自己の内心を偽り,自己の行動を美化し,目的遂行のため不特定多数の第三者を犠牲にしたという過去を封印し,その目はひたすら「新たな変革の聞い」に向けられ ている。かかる被告人の姿勢は,数々の人的被害にかかわらず,これを技術的側面の誤りが原因などと安易に片付け,次々と爆弾事件を敢行していった当時の責任回避の手法と何ら変わりがないものであり,被告人は本件犯行の本質をまるで理解していないのである。 6 原判決は,本件各爆弾事件が極めて高度の犯罪性を有する無差別殺傷テロ行為であり,犯行から長期間が経過した現在においても決して風化させてはならない悪質事案だという点を正当に評価していないこと  本件各爆弾事件は,不特定多数の第三者を対象とした無差別殺傷テロ行為であり,我が国の犯罪史上類を見ない凶悪重大事犯である。無差別殺傷テロ行為に対しては国際社会からも厳しい目が注がれており,犯行から長期間が経過した現在でも,本件各爆弾事件については厳正な処罰をもって臨む必要性が高い。 (1)本件各犯行が引き起こした深刻な社会不安  本件各爆弾事件は,「狼」が敢行した三菱重工爆破事件及び帝人中央研究所爆破事件,「さそり」が敢行した鹿島建設爆破事件,間組江戸川作業所爆破事件及び京成江戸川橋工事現場爆破事件などと一体となり,東アジア反日武装戦線による連続企業爆破として,社会全体に大きな衝撃,不安,恐怖を与え続けた。市民は,目に見えぬ犯人像に脅え,いつやむとも知れぬ連続爆破に辟易し,明日は自分が爆弾事件に巻き込まれるかもしれないという心理的圧迫の中で生活し続けることを強いられたのである。また,大都市中心部において次々と爆弾が爆発し,多数死傷者が生じるという状況は,平和な民主主義国家として極めて異常な事態であり,本件各爆弾事件は,我が国の国家治安そのものを揺るがした事案でもある。しかも,本件各爆弾事件は,社会事象としては凶悪化していく過激派の武装闘争の一環として位置付けられるものであり,当時の一般市民は,街頭闘争や学園紛争が,火炎びんを用いた放火事件,猟銃を用いた殺傷強盗事件などに発展し,ついには爆弾事件にまで至るという状況の中,過激派による違法行為がどこまでエスカレートするものかと嘆き,脅えていたのである。 (2)本件各爆弾事犯の犯罪史上まれにみる凶悪性  ア 爆弾事犯の普遍的悪質性  爆弾事犯は,多数の人命を一瞬に奪うという極めて高度の危険性を有しており,その性質上,模倣性や伝ば性が強く,その威力の強大さゆえ,社会全体に多大な不安感,恐怖心を抱かせるものである。そして,自己の主張を暴力的手段をもって達成せんとする過激派集団にとっては,かかる爆弾事犯の特性は大いなる魅力であり,本件各爆弾事件後においても,国内外を問わず,悪質な爆弾事犯が続発している。被告人らの一斉逮捕後1年も経過していない昭和51年3月2日には,東アジア反日武装戦線の思想に共鳴した大森勝久による消火器爆弾を用いた北海道庁爆破事件が敢行され,死者2名,多数の重軽傷者が生じるという惨劇が繰り返され,その後も,いわゆる成田闘争や皇室闘争などに関連して中核派や革労協などによる爆発物を用いたゲリラ事犯が多発し,死者も生じており(平成2年11月1日の警視庁新宿警察署清和寮爆破事件等),平成7年5月にや,オウム真理教信者により東京都庁に郵送された郵便物が爆発し,開封した者に重傷を負わせるという凶悪事件が発生しているのであって,爆弾事犯は,近時に至るまで間断なく発生し続けている。さらに,国外に目を向ければ,平成7年4月に発生したオクラホマシティー連邦ビル爆破事件や平成14年10月に発生したバリ島爆弾事件など100名を超える死傷者を生じる凶悪な爆弾事犯も発生しており,爆弾テロに対する非難は,時代と場所を問わず,強く叫ばれ続けている(控訴審において立証予定)。  イ 無差別殺傷テロ事犯の凶悪性  そして,何より重視されねばならないのは,これまで詳述したように,本件各爆弾事件が不特定多数の第三者を対象とした無差別殺傷テロであるという点である。被告人は,暴力革命を目指し,強力な武器である爆弾を用い,全く無関係の一般市民や何の落ち度もない警察官を犠牲にしたのであって,その罪質は,最も凶悪な犯罪類型に位置付けられる。無差別殺傷テロは,目的遂行のため確信犯的に他者の生命身体を犠牲にするという極めて冷酷非情な犯罪であることは改めて繰り返すまでもなく,個々の被害者の人格や個性を全く尊重することなく攻撃対象にするという点において,人間性のかけらも見られない卑劣な行為である。また,言論による主張・討議というプロセスを無視し,暴力によって目的遂行を図るという点は,民主主義の破壊であり,社会秩序に対する挑戦である。我が国の犯罪史上,組織的かつ連続的に無差別殺傷テロが敢行された事案は,一連のいわゆるオウム事件など極めて限られており,当然のことであるが,最大限の厳しい非難が加えられている。このように,本件各爆弾事件は,我が国の犯罪史上まれに見る凶悪性を具備しているのである。無差別爆弾テロのもたらす公共的危険,社会に対する深刻な影響を考慮し,この種事犯を未然に禁圧し,その絶滅を期するためには,特別予防はもちろんのこと,一般予防も最大限重視し,犯人に対しては,厳罰をもって臨むのが刑事政策の目的にも合致するところであり,本件のごとき無差別殺傷テロ事犯において極めて重要な役割を担った被告人に対しては有期刑をもってしては再犯の抑止力は期待し難いものである。 (3)無差別テロに対する国際社会の厳しい目  無差別テロが国際社会共通の敵であり,いかなるテロ行為に対しても断固たる姿勢を示すべきであるということは,今や全世界的なコンセンサスとなっている。日本赤軍を初め数々の国際テロ組織が爆弾テロやハイジャックなどを繰り返してきた状況を受け,過去のサミットにおいても,テロと対決する強い決意が繰り返し示されている(昭和55年6月のヴェネチア・サミット,昭和56年7月のオタワ・サミット,平成8年6月のリヨン・サミット等・控訴審において立証予定)。  平成13年9月11日のアメリカ同時多発テロを受け,他者の生命身体を犠牲にするテロ行為に対する非難は一層高まっている。同月28日には,「テロ行為による国際平和と治安に対する脅威に関する決議(決議1373)」が国連安全保障理事会において全会一致で採択されており,同決議は,過激主義によるテロ行為の増加に対する懸念を表明し,国連加盟国にテロ対策の強化を呼びかけている。また,平成14年6月のカナダ・カナナスキス・サミットにおいても,テロ対策の必要性が強く提言され,G8外相も,政治,外交,軍事,法律,法執行及び金融面で自国内のテロ対策活動を強化する必要があるとの合意を得ており,このテロ対策の中には,当然のことであるが,殺傷効果を有する爆発物への対策も含まれている(控訴審において立証予定)。強力な殺傷能力を有する爆弾を用いた無差別テロは,人道的観点からして決して許されず,国際社会も爆弾テロに対し断固たる姿勢で臨むことを要請している。したがって,爆弾の製造を予防し,爆弾の拡散を防止し,爆弾事件の検挙を重視するなどといった対策の強化に加え,爆弾事件の犯人を厳重に処罰することも国際社会が要請するところである。 (4)原判決の判断の不当性  原判決は,本件各爆弾事件について,「マスコミにより大々的に報道され,社会に大きな衝撃を与えるとともに,人々を震撼させ,いつ何時爆発に巻き込まれるかもしれないという不安を抱かせたのであり,社会一般に与えた影響も軽視できない。」と判示しており(判決書・記録954),その指摘は正にそのとおりであるが,量刑上この点を十分に考慮した様子がうかがわれない。一連の連続企業爆破は,我が国の犯罪史上類を見ない無差別殺傷テロであり,その犯人に対しては,特段の事情が認められない限り,死刑又は無期懲役をもって臨むべきである。しかし,原判決は,齋藤と比較し役割が従属的である,あるいは殺意が未必的であるなどという到底承服しかねる事情を列挙し,被告人の刑の軽減を図っている。  原判決がかかる誤りを犯した原因の一つに,無差別爆弾テロの普遍的悪質性を着通したことが挙げられる。無差別殺傷テロは,社会秩序の破壊であり,市民の平和と安全に対する挑戦であって,非人道的性格が極めて強い犯罪行為である。しかし,原判決は,被告人の量刑評価に当たり,かかる事情については全く言及していない。無差別殺傷テロに対する厳しい非難は,国や時代を問わず,普遍的に妥当する理念である。したがって,本件各爆弾事件のような凶悪・重大事案については,時間の経過を理由に風化させるようなことが決してあってはならない。そして,国家の治安維持の重要な一翼を担う刑事司法の立場からは,無差別殺傷テロに対しては,特に厳重なる処罰をもって報いる必要があり,それが国際社会の要請にも沿うところなのである。 7 原判決の量刑は,共犯者の量刑とも均衡を失すること  一連の連続企業爆被は,「狼」,「大地の牙」,「さそり」の各グループが互いに連携し,組織的かつ連続的に敢行した爆弾事犯である。したがって,被告人の量刑の当否を判断する上で,連続企業爆故に関わった各共犯者の量刑との均衡も十分考慮されねばならない。 (1)原判決の量刑は,共犯者黒川及び宇賀神寿一に対する量刑と比較し,軽きに失すること  各共犯者らに対する量刑は,別紙「共犯者判決状況一覧表」のとおりであるが,「狼」の構成員である將司及び片岡については,関与した爆破事件数が被告人と比較し格段に多い上,死者8名を生じた三菱重工爆破事件の実行にも携わっており,荒井まり子については,爆薬原料の入手等を担当し,幇助犯の罪責を問われるにとどまっているため,これらの者は量刑判断の基礎が大きく異なっている。そこで,死者が生じておらず,被告人と同様に爆弾製造や設置といった実行行為にも関与している「さそり」の構成員黒川及び宇賀神寿一(以下「宇賀神」という。)に対する量刑との比較について検討するに,被告人が敢行した各爆弾事件は,現実に発生した被害においても,不特定多数の第三者に対する危険性においても,黒川及び宇賀神が敢行した各爆弾事件を圧倒的に上回っているのであり,被告人の刑責は両名よりもはるかに重大である。したがって,黒川が無期懲役に,宇賀神が懲役18年に各処せられたのと比較し,被告人を懲役20年に処した原判決の量刑は軽きに失するものといわざるを得ない。  ア 「大地の牙」が敢行した爆弾事件による被害は,「さそり」が敢行した爆弾事件による被害を格段に上回っていること  別紙「共犯者判決状況一覧表」記載のとおり,「大地の牙」が実行した爆弾事件は合計5件,「さそり」が実行した爆弾事件は合計4件であり実行した爆破事件数は「大地の牙」が「さそり」を上回っている上,実際に発生した被害に着目すれば,「大地の牙」が実行した爆弾事件は,「さそり」が実行した爆弾事件よりも格段に深刻かつ甚大な被害を生じている。  まず,人的被害について見るに,「大地の牙」が実行した三井物産館爆被事件及び大成建設爆破事件により,合計20名もの被害者が重軽傷を負ったのに対し,「さそり」が実行した爆弾事件による.人的被害は,間組江戸川作業所爆政事件において生じた1名のみである。また,負傷の程度を見ても,間組江戸川作業所爆破事件における被害者の負傷は,「入院初期のころは全治の見込みもたたなかったが,約半年後に退院し,郷里で約半年間通院しながら静養に努め,昭和51年4月17日(被害の約1年後)から勤務に復している。」という深刻なものであるところ(宇賀神控訴審判決書・控訴審において立証予定),大成建設爆破事件における川田の負傷の程度もこれに勝るとも劣らないものである。そして,「大地の牙」が実行した各爆弾事件によっては.,川田の他にも多数の者が重傷を負っており,三井物産館爆被事件における橋本らのように深刻な後遺症に悩まされている者もいるのであって,被告人の犯行による人的被害は,黒川及び宇賀神の犯行による人的被害をはるかに上回っている。  次に,物的被害について見るに,「大地の牙」,「さそり」及び「狼」が協議の上犯行に及んだ間組同時爆破事件以外の事件を比較すれば,「大地の牙」が実行した爆弾事件(三井物産館爆破事件,大成建設爆破事件,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件)については,被害額が最低でも約590万円(韓産研爆被事件),最高だと約1,400万円に及び(三井物産館爆破事件),被害額を合計すれば3,000万円を超えるのに対し,「さそり」が実行した爆弾事件(鹿島建設爆破事件,間組江戸川作業所爆破事件及び京成江戸川橋工事現場爆破事件)の被害額は,合計しても50万円程度である(害・控訴審において立証予定)。つまり,「大地の牙」は,「さそり」よりもはるかに実害が生じやすい場所を選択し,爆弾を設置していたのである。  ィ 「大地の牙」が敢行した爆弾事件と「さそり」が敢行した爆弾事件には,罪質に明らかな相違が見られること  前記の人的・物的被害の相違は,「大地の牙」が敢行した爆弾事件と「さそり」が敢行した爆弾事件の罪質の相違に基づくものである。すなわち,「大地の牙」が敢行した爆弾事件は,「さそり」が敢行した爆弾事件と比較して,不特定多数の第三者の生命身体に対する危険が圧倒的に大きく,犯情の悪質性において,被告人の犯行は黒川及び宇賀神の犯行をはるかに凌駕しているのである。  間組同時爆破事件においては,3グループの間で午後8時に同時に爆弾を爆発させるという取り決めがなされているので,それ以外の事件について比較すると,「大地の牙」は,三井物産館爆敏幸件においては,午後1時15分ころ,大企業本社である三井物産館内で爆弾を爆発させ,大成建設爆破事件においては,午前11時2分ころ,中央区銀座二丁目という繁華街の公道に面した側溝上で爆弾を爆発させ,韓産研爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件においては,爆破時刻こそ午前1時という深夜であるが,いずれも繁華街に位置する雑居ビル内部で爆弾を爆発させている。  一方,「さそり」は,鹿島建設爆破事件においては,午前3時過ぎに同社工場内で爆弾を爆発させ,間組江戸川作業所爆破事件及び京成江戸川橋工事現場爆破事件においては,午前零時ころ及び午前2時30分ころ,いずれも江戸川河川敷の工事現場で爆弾を爆発させている。つまり,「大地の牙」は,まさに都市中心部において爆破を実行し,しかも白昼の爆破を繰り返しているのに対し,「さそり」は,爆破時刻は深夜を選び,都市中心部からやや離れた場所で爆破を実行しているのである。このように,「大地の牙」が実行した爆弾事件と「さそり」が実行した爆弾事件とは,爆破場所及び爆破時刻において明らかな相違があり,人的被害発生の蓋然性は「大地の牙」が実行した爆弾事件の方がはるかに大きい。特に,三井物産館爆破事件及び大成建設爆破事件については,爆発時に爆心地付近に不特定多数人が現在する蓋然性が極めて高く,人的被害の発生を防止する手段は予告電話のみであるところ,これが有効性を持たないことは既に詳述したとおりであり,多数死傷者が生じる可能性が極めて高い危険な犯行であって,無差別殺傷テロとしての罪質を色濃く有している。  爆発物取締罰則は,爆発物特有の強力な威力ゆえ,「治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的」での爆発物使用を厳しく罰するものであり,殺人罪は,いうまでもなく人の生命を最大限尊重するため,殺人行為を厳重に処罰するものである。したがって,本件において,他者の生命に対しとれだけの危険を及ぼし,どれだけの人的被害を現実に惹起したかという点は最も重要な量刑要素といってよいものである。この点,行為そのものの危険性においても,現実に発生した結果においても,被告人の犯行の悪質性は,黒川及び宇賀神をはるかに凌駕する。この一点からしても,被告人の刑責が黒川を下回るなどということはおよそ考えられないのである。  ウ 各爆弾事件における被告人の役割の重要性は,黒川に匹敵するものであり,宇賀神を格段に上回っていること  宇賀神に対する第一審判決は,量刑理由中において,「被告人の刑事責任は極めて重く,被告人につき無期懲役刑が相当である旨の検察官の量刑意見も首肯し得ないではない。しかしながら,これまで判示したところから自ずと明らかなように,被告人の所属する『さそり』グループにおいて,本件各犯行につき終始主導的立場にあったのは黒川芳正であり,被告人の罪責が極めて重大であるとはいえ,黒川のそれと同列には論じ難いのであって,黒川を含む本件各犯行の共犯者に対する量刑状況を勘案し,被告人のために掛酌すべき一身上の諸事情をも考慮した上で,被告人を主文掲記の刑に処するのが相当である。」と指摘し,宇賀神を懲役18年に処している。しかし,「大地の牙」内部における被告人の役割は,「さそり」内部における宇賀神の役割よりもはるかに重要かつ必要不可欠なものであり,その役割の重要性はむしろ黒川に匹敵するものであって,被告人については上記の指摘は当たらない。  既に,前記第2・3において詳細に論じたとおり,被告人は,本件各爆弾事件において,爆弾設置場所を決定するための調査活動,爆弾設置場所の下見,爆弾の製造,爆弾の運搬及び設置,他グループとの連絡交渉など広範な過程に積極的かつ主体的に関与しており,齋藤と対等の同志というにふさわしい立場にある。この点,黒川は,被告人と同様に,主体的意思に基づき,「さそり」が敢行した各爆破事件の全過程に広範に関与していた状況が認められるが,宇賀神については,「さそり」が敢行した最初の爆破事件であり最も重要であった鹿島建設爆破事件において,「アルバイトを休むことができない。」などという理由で爆弾設置に同行すらしておらず(黒川裁面・書36冊11711),他グループとの交渉に関わったこともなく,爆弾の製造や下見の際にも,黒川からかなり詳細かつ具体的な指示を受けていた状況がうかがわれ(黒川検面・書35冊11525〜1527),宇賀神が黒川に一方的に従属していたとの評価は妥当でないとしても,「大地の牙」内部における被告人の役割と比較すれば,その役割の重要性は相当程度低いものであったと認められる。被告人と齋藤の関係は,黒川と宇賀神の関係とは全く別個のものであり,宇賀神に対する判決における指摘は,被告人に関しては全く当てはまらないのである。 (2)原判決の判断の不当性  以上指摘したとおり,被告人が敢行した各爆弾事件の危険性及び悪質性は,黒川及び宇賀神が敢行した爆弾事件のそれをはるかに凌駕しており,組織内での地位を見ても,被告人は宇賀神より黒川に近い立場にあったと評価できる。したがって,被告人の刑責が黒川を下回るなどということはおよそ考えられず,被告人を懲役20年に処した原判決の量刑は,無期懲役刑が確定している黒川との間で明らかに均衡を失するものである。また,宇賀神との比較においても,犯情及び役割の相違に照らし,量刑上の差異がわずか2年にとどまるというのはおよそ是認し難く,著しく量刑の均衡を欠くといわざるを得ない。 第3 結語  以上詳述したとおり,本件は,各犯行の悪質性,各爆弾事件における被告人の役割の重要性,被害の重大性,被害者の厳しい処罰感情,被告人の反省の情の欠如等いずれの観点から見ても,疲告人を無期懲役に処すべき事案であるにもかかわらず,原判決は,懲役20年の有期懲役に処した点において,量刑が著しく軽きに失して不当であるから,到底被棄を免れない。  よって,原判決破棄の上,更に適正な裁判を求めるため,本件控訴に及んだ次第である。