支援運ニュース No.170

22年目の、東アジア・第二次「統一」公判、開始さる!反撃を共に!

96.9.23.  浴田由紀子

秋が来て、塀の中もいくらかしのぎやすくなって来ました。みんな元気だろうか?
169号によるとシャコ君はカゼをひいたり、腹をこわしたりしている様子で、心配です。さすがのシャコも長年の獄中生活でいためつけられているのだと思うと、くやしいぜ! 今のうちに体力を回復して冬を元気に迎えて下さい。獄の中では、体調の自己コントロールというのは「許されません」。そうして病気になったら対処療法だけです。奴らは「生命を管理」しているからです。
同志達の近況
 丸岡同志は、9月18日「15分間の戸外運動(散歩)か゜許可になった」と言って来ました。良くなって来ている様子です。しかし面会した友人は「シワクチャになっている(やせて)」と言っていました。油断大敵です。確実に回復に向かってくれていると思います。今の季節のうちにあせらず、確実な回復をものにしてほしいと願っています。丸岡裁判の裁判長から「11月5日Pm1:15、証人として出廷するように」と召喚状が届きました。1年目にしてようやく実現か!! いよいよ「世紀の再会」です。みんな傍聴に来て下さい。
 そして翌11月6日午前中に、吉村同志の第1回公判が行われる事になりました。
 吉村同志に対して奴らは、「ハーグ闘争」での起訴をなしえないまま、「偽造有印公文書行使」と「有印私文書偽造・同行使、私印偽造・同行使」等によって起訴しています。しかし、これら全ての事態はまず22年前に吉村同志に対して不当に根拠もなく発行された「国債指名手配」に端を発しています。裁判は、まずこの不当な「国際指名手配」に対する「責任をとってもらう」ことから開始しなければなりません。吉村同志は、9月18日に(実に7/19日の起訴から2ヶ月もたって!)東拘に移監になりました。不当な接見禁止は続いていますが、どうぞ「差し入れ」を通じて、はげましを伝えて下さい。
 昨年私も、差し入れの花や、衣類、お菓子をだいて、伝票の名前をくり返し見つめて、どれだけ力づけられたかわかりません。仲間の存在を実感出来ることほどうれしい事はありません。(あらためて、ありがとう!)
 吉村同志とTとの面会は、9月11日に実現しました。二人とも「日本での闘い」に決意をあらたにしています。
浴田裁判は
 9月14日(第14回)から、三井物産爆破闘争審理が開始されました。先に予定していた「超法規」については、9月4日公判直后になって検事の方から「法務省・検察庁とうち合わせが必要」と言い出したために、いったん先のばしになりました。(今年中に検事側から「答弁書」が出される事になっています。)検事が、審理直前になって「〜うち合わせが〜」なぞと言い出したことについて、「何だ!」今まで何を聞いて、何を準備して来たんだという気がしますが、今に至ってようやく我々が本気で超法規をやると気づいてあわてているのでしょうか? 私達の側でも、準備をしっかり進めて、「チャラをチャラにする事は許さない」闘いを進めますからね。知恵と力を結集して下さい。
 開始された三井審理は、(統一公判では扱われていないので始めて法廷に持ち込まれている)すでにその第1回目から奴らの無理が露呈して―当時実況検分等を担当し「検分調書」を提出したデカの多くが、すでに死亡したり、病呆になってしまって、出廷出来ないというのです。さあ、奴らはどのように立証するつもりなのでしょうか。 すでに21年も前の、しかもいったんチャラにした起訴状を再び法廷に持ち出している事の矛盾は、このように現れています。 奴らが駒をそろえられないからといって私達は手をぬくつもりはいっさいありません。何故、何のために、何が起こったのか、1つ1つていねいに明らかにしていこうという我々の目的はひるむものではありません。
 東ア裁判を再開した事のおとしまえはしっかりとつけさしてもらいます。20余年が経過して、歴史をさらに進めて来た21世紀を直前にした今の視点から、東アジア反日武装戦線の闘いは、再度、正しく問い直さなければなりません。何よりも不当な極刑攻撃をなした統一公判の予断と偏見だけの拙速裁判は、この第2次東アジア裁判を通じて正されなければなりません。仲間達、知恵と力を結集して下さい。同志達あらためていっしょに闘い進めましょう。
ルイさんの形見のシャツ
 「うみの会」のHさんが「ルイさんの形見のシャツ」をおくってくれた。藍いろ淡いピンクに染められた手ぬいのすてきなシャツだ。さっそく着てみたら私にピッタリ!ということはルイさんは、私よりひとまわりやせてなさったのだ。
 ルイさんの名前を始めて知ったのは72年頃の事だと思う。「大杉栄の遺児が孫裁判の支援をしている」という話だった。「芯のしっかりしたステキなオバサンだよ」とK君が教えてくれた。虐殺されたアナキストの娘への私のイメージは、「とってもきびしい、ゴリゴリの活動家」だった。今年3月21日、始めてルイさんに会えた。面会所でルイさんは、うす紫色のセーターを着て、野スミレの花の様な、やさしい人だった。静かな声で、今頃出合った人々の事など話して下さった。
 ここ何ヶ月かの間に「虹に翔ける」や「ルイズ」を読む事が出来た。私はルイさんに会えてまだ数ヶ月にしかならないのに、20年来の同志のような思いでいる。ルイさんは病気がわかった時「もう思いのこす事は何もありません」と言われたという。力のかぎり生きて来られたのだと思う。一時一時をていねいに、ごまかしなく、力と心をつくしてこられたのだ。そう思った時「ルイさんいい人生をなさいましたね」と思うと同時に、私は、はたしてそう言えるだろうか、…一時一時を力のかぎり、心をつくして生きているだろうかという思いに気が遠くなりそうだった。9月18日に、「ルイさん形見のシャツ」を着ていった。良く似合っているから仲間達に見せびらかしたかったのと、何よりも、ルイさんの思いと生き様を、しっかりとひき受けて闘い続けますと、決意を新たにするために。ルイさんありがとう!
★「10.19集会」へおいで下さい。仲間達は準備にホンソーしています。「アッと驚く!」ひみつのだしものや、とっておきを種々準備している様子です。私も楽しみにしている。
 秋です!ワクワクするような出合いと飛躍を!共に!    再見!ゆき子


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