支援連ニュース No.215

村田元検事の証人調べはなかなかのものでした

2000.07.06 浴田由紀子

 お元気ですか。
 それなりに期待していた総選挙が終わって、どの政党も、たいした勝ちでも負けでもないということらしいですね。それにしても、選挙の前と最中には、あれだけ「資質」を問われ、与党の一部にまで批判されていた森喜朗が、さしたる批判もなく再び首相を続けることになるのは納得できません。マスコミや野党の“森批判”は何だったのでしょうか。あれも選挙向け“バラ色の公約”にすぎなかった? 森喜朗は「神の国」を撤回していないから、私達は、「日本を、天皇を中心とする神の国にするために努力する首相」を知らずにではなく、自覚して選んだということになります。本当にこの国は、そういう方向に進むのだろうか。
 選挙によって、あらためて明らかになったもうひとつのことは、右であれ、左であれ、その主張・立場か明確な党への支持が手固いということでした。共産党の後退を不破委員長は「中傷ビラのせい」と言っているようですが、「現実路線」という名の妥協・後退路線によって、自らの足場を見失って、その存在意義を失ってしまったなのだとは考えないのでしょうか。(もっとも彼らは、誰かさんと同じで、自分のまちがいに気付いたからといって、素直にあやまったりはしません。あくまで、外因論です。)
 誰もが「あんたとはいっしょにやりませんよ」と言っているのに、連合政権の可能性に夢を託して、次々と節操をすてて、すりよってみせるのは、何かなあ――。もっとこの国の政治の中で、自分達がはたしてきた役割を評価し、自信と確信を持って行動してほしいと思う。あくまで労働者、弱者の側に立ち、反戦・平和、反安保の原則を貫こうとしてきたかぎりにおいて、人々の指示をえてきたのだし、この国の軍事大国化を阻止し、人々の生活を守る勢力としての役割を果たしえたのだと思うのだが。
 今、「政権」を可能性として考え始めたとたんに、それらを全てを忘れて、多くの物を手ばなそうとしている。労働戦線右傾化・解体・社会党解体が、この国の労働者階級から、どれだけ多くのものを奪うことであったかを考えたら、今、権力を手にして、施政者として、政治を行うことだけが、共産党が目指すべきことだなとは思えないのだが。70年頃、創価学会(公明党)と共産党が、貧乏人・弱者の為の政党だった。公明党のオルグは、「まじめに活動すれば、お金持ちになれます」と言っていた。30年たったら、本当に「お金持」の仲間入りをしてしまった。共産党も「革命の兵站」をやりすぎて、失うべきものが増えてしまって「小ブルの党」になってしまったのだろうか。今この国には、労働者・弱者の味方政党が一つもない。共産党は「現実路線」の説明の中で、国民意識の小ブル化を言っているらしいけど、「意識」は、情報化社会、無駄アフレ社会の中で作られたものとしてあって、現実には、失業の増大、社会保障切捨て等々で、階級格差は増大し、非プチブル層が拡大しているのだが、自らの「水準」に合わせて世界を見てしまうので、そうした現実は見えないということなのかしら。こうなるともう“闘えば豊かになれます”なんていうのじゃあなく、“人として人らしく生きる党に”という位の、其の弱者・持たざる者、労働者階級のための新党の誕生が必要かもしれない。アレコレの違いや、歴史性や、人間関係にこだわるのはやめて、今から何をやるか、力を合わせて「無産者党」とでも名のってみたらどうだろうか。(エッダサイって? でもホレ、わけのわからんカタカナでごまかすより、わかりやすい方がいい時代だ。)
 さて、ひるがえって、元極左暴力集団・武闘派の「現実路線」はどうだ? 『人のふり見て、我がふり直せ』って言うけど、そうやさしいことじゃない、旗色鮮明に、言っていることとやっていること、立っている所が1つになるような、そういう役割の担い方が問われているのだろう。(看板と商品が違うなんてのは“商法違反”だな。)

 浴田裁判は、6月21日に取り調べ検事・村田恒氏を調べて、7月11日に証拠の確認をやって、検事側立証を終了することになりました。秋には弁護側立証を始めます。

 前号で予告した村田元検事の証人調べはなかなかのものでした。四半世紀前に「私は正攻法でやります」と宣言して、親戚を名のる取り調べ刑事の友人を、取り調べ室につれこみ、裁判所の許可もなく数回、数時間ずつに渡る「面会」を許し、自供と救援センター弁護人の解任の強制を行わせた張本人です。供述調書という名の作文に著名・指印を拒否すると「じゃあいいです」といったんひきあげて、後日、バカな被疑者が抵抗力を失っている時にあらためてせまるという仕方にしていながら、……それらいっさいの都合のよろしくないことは「忘れて」しまったり、見てないところで刑事がやったことであったり……。傍聴していた人は後日「あの検事さんは、どうして本当のことを言わなかったんでしょう」と疑問を呈するほどの証言の最後を、あえて「この調書については、どこをつかれても風雪に耐えうる自信があります!」と大ミエをきった。そして、聞かれもしないのに、いかに被告人が人間的に自分との信頼関係を成立させていたのかのエピソードを(ゆうきリンリンをごらん下さい)披露して「人間の関係というのは、そういうものだろうと思います。すばらしい人間関係が浴田との間に出来ていたと思っています」としめくくった。(法廷中の目が点になっていた!!)
 誤解であれ、ハッタリであれ、「アンタと信頼関係を築きえたんだ」と確信している人を、ムゲにふりはらえるほど、私は強くはない。彼は、ひきつる笑顔で「ドウダ元気か」と握手手を差し出そうした、が、私は「ええ、お元気ですか」という以上に、“彼との信頼関係”を形にすることはできなかった。
 閉廷のあとのこの心の空洞は何だ! こんなにむなしい、後味の悪い法廷も、そして「再開」も始めてだ。証言の間中「村田検事、あなたの人生に何があったのです」とやさしい私は、じっくりと話を聞いてあげたい気分になっていた。“大声で自信に満ちた”証言の足元は、内田弁護人の質問の間中、何度も貧乏ゆすりが止まらなかった。年月が人を豊かにするわけではないことを学んだと思えばいいのだろうか、それとも、こんな奴に自供した自分のオロカさをののしるべきなのだろうか、誰であれ、どんな関係であれ、人生で出会った全ての人は、成長しつづけるたいした奴であってほしいという没階級性をいましめるべきだろう。二週間がすぎようとしているが、未だに後味の悪さからぬけ出せないでいる。

 宇賀神同志の証人尋問は、9月27日から始まりそうです。彼との場合は「SAIKAI」というわけにはいきません。求め合って、求め合って、よーやく合える「ヤッタゼ公判」とでも呼びましょうか。シャコとの再開を望む人、どんな人だか、ぜひ見てみたい人、とにかくはげましたい人、みんなおさそい合わせのうえ、おこし下さい。岐阜の里から、わざわざやってきてくれますから。
 さて、私は、どういう気取り方でアイサツをしようかしら、……。弁護側立証、くいののこらない、東ア反日裁判最終段として、はずかしくないものにできるよう、がんばって準備します。どうか、知恵と力をかして下さい。連日連夜、窓をいっぱいにあけて、受けつけています。
 あつくなりますが、夏バテにならないように、お元気で!!

ゆき子 


YUKICO
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