支援連ニュース No.277

2005/11/06 浴田由紀子

11月6日  寒くなってきました。みんなカゼをひいたりしないで元気にやってますか。
 当所も11月4日には毛布1枚が増貸与されて(ヒザカケ、敷毛布として使える)、少しずつ冬季処遇です。昨年の経験では、工場にストーブ、舎房にスチームが入るのは12月初めからになるでしょう。そう。今月9日で私は、栃木刑在2年目に突入です。工場には次々と新しい人が入って来て(旧い人はその分出ている)半数近くが入れ替わっているというのに、私の新人意識(駆け出し気分)は相変わらず。当所の不合理・不自然かつ理不尽と思える各種のシステムやルールには、未だに違和感が大きすぎてなじめません。それでもまあ最近は少しずつマイペースを取り戻しつつあるのかな。それなりに楽しめることもあるにはあるのですから。
 その第一歩は、11月28日快晴の下で決行されたレクリエーション大会(運動会)です。運動会というのは多分、高校時代以来実に40年ぶりだと思うのですが、まあそのせいでカケッコの選手選考段階でケガ(肉ばなれ)のためにリタイヤという心外なこともありましたが、そこはほれ、ケガをしていようといまいと限られた人数の選手になる可能性には影響しないタイプの人ですから、それなりに分不相応の参加を果たしたというわけです。そしてなんと、我が第一工場は第一位優勝(当所の大運動場は80b×80bくらいと狭いせいか、10の工場を各5工場ずつに分けて午前の部午後の部という2部制で行われ、我々は午後の部の優勝です)の栄誉を勝ち取ったことを声を大にして言わなければなりません(どうやら初めてらしい)。
 総勢80名前後の巨大工場なので、人材には事欠かない、と言いたいところですが、幾度もお話したように、お年寄りとゆったりさんのたまり場工場です。頭数はいても「力」数は少ない。かつ、ツブをそろえたり、足並みをそろえたり、凸凹でもいい何とか総力でというわけにはいかないだろうがに思えたのですが、イザ始まってみると、20代30代の元気印を中心にとにかく皆が日頃のストレスをこの時こそ発散せんとばかりに大はじけ、超ハーイ状態で、「病弱で」と人の手を借りないと歩行もできないといっている人も、しゅっちゅうブッ倒れる人も……お年寄りにいたるまでが、クイズ(ゲーム)やフォークダンスにひっぱりだされたり、応援に大活躍。だれとも話さないでいつもすみっこにいる女の子も、ひっぱってさそうとスナオについて来て、いっしょにダンスをしてくれたり、大声で「フレーフレー」を叫んでくれたり……、みんななかなかやるもんです。
 優勝の喜びをみんなで交互に抱き合っているドサクサの中で先輩いわく、「いつもいつも、イチコー(第一工場の略)、イチコーってバカにされてるから、こうしてみんなして楽しんで見返してやれて良かったよ」と。そう、お年寄りとゆっくりさん、そして懲罰上がりさんのたまり場であるらしい我が「イチコー」は、常日頃他工の懲役のみならず、職員からもロコツな差別・蔑視を受けていますから。
 で、私メがこの優勝にいかなる貢献をしたかって? うん。玉入れに出て、約25〜30くらいを拾って投げて、2or3ケのみを入れた(ちなみに我々は玉入れビリンケツでした)。まあ、「出さん方が良かった」といわれる選手の一人であることはまちがいない。何つったって、玉はみーんなカゴの真下まで行った瞬間に重力に負けてしまうのですから。そして、もちろん、応援はしっかりやりましたが、ここでは応援合戦をやらない、加えて練習も打ち合わせもいっさいなしだから、ひたすら「ワアワア」と声を張り上げるだけ。
 と、まあ楽しめたレクリエーション大会は、非日常で、再びシコシコのヤットコライフが続いています。最近になって、私の隣席がホンの少ししか日本語を解さない外国人になりました(ちなみに我が工場のヤットコ隊32人中11人が外国人うち6人が中国人)。加えて彼女は新人なので私は彼女に英語で仕事を教える立場に立たされているのです。さあたいへん。それでなくても英語は苦手。私の語学力は英語で習うことには使えても、教えることに使える水準のものではありません。加えてスーパー一級の忘却力。手許には辞書もない。それでもまあ言葉も通じない外国で刑務所にブチ込まれて、見たこともない道具や材料を使って仕事をしろ、わけのわからん規則を守れ、といわれる彼女の立場に立ったら、どんなに不安で怖い世界だろうと思うと、なんとか片言英語でもガンバルしかない。
 そうして数日、わかったことはむずかしいのは仕事を教えることではない、それ以外の当所での生活習慣……。あらためて刑務所で使われている言葉が、概念的にも質・類的にも、「当たり前の日本語」「当たり前の生活習慣」といかにかけ離れた異様なそれであるかということです。これじゃあ例え辞書があっても、日本語として理解させることは困難でしょう(彼女を混乱させるだけ)。職員や「権力を持った先輩」は、「日本語を使わせろ」と彼女の英語での問いかけにさえ応じようとしませんが、よろしい、ここの言葉を一日も早く覚えてもらって、いつか彼女が国へ帰って「これが日本語」と信じてだれかに教えたり使ったりすることになったらどーしよう!?
 旧日帝植民地で今も「バカヤロー」「オマエ」「コノヤロウ」の類が日本語として残っていることを想起すれば、びびらざるをえない。さて、以下の言葉をあなたならどう英語に訳してどう教えますか。「くりこみ」(食堂へ行く時使われますので当初私は「食い込み」だと思ってずい分乱暴で拙劣な言い方をするものだとビックリしたのですが、これは多分「繰り込み」ですね)。「トイレまわします」「お茶まわします」「トイレ願います」「二点物」「交談願います」(ローラー交談、材料交談なんてのもある)「先生」「仮出し」(領置されている自分のもの=私物の分だけを仮出しといいます)「私物交換」(官給品自費購入品を問わず日用雑貨をこう呼びます。なぜ日用品と言わないのか?です)などきりがない。いったいどう「翻訳」すればいいのでしょう。日々プロの懲役になってアタリマエ化している私としては、せっかくの外国人に、日本語に現れた美しい日本の習慣や心を伝えたいけど、朝「オハヨウ」とアイサツすることも仕事のあと「おつかれさま」といたわることも許されない世界ではたして、彼女はいかなる「日本語」を学んでゆくことになるのでしょうか。


YUKICO
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