更 新 意 見 書

                    被告人 浴  田  由 紀 子
                    事件名 爆発物取締罰則違反等被告事件
右被告事件の公判手続の更新に際しての弁護人の意見は次の通りである。
                    弁護人 藤  田  正  人
     一九九七年一一月二七日
東京地方裁判所
  第五刑事部 御中
第一 爆発物取締罰則の違憲性
 一 本件公訴事実の多くは、被告人の爆発物取締罰則達反行為を問うものであ
  る。しかしながら、同罰則は形式的にも実質的にも憲法に違反する。
 二 形式的無効について
  1 同罰則は一八八四年に太政官布告第三二条として布告された刑罰法規で
   ある。即ち、同罰則は単なる一行政官僚たる太政官が布告した「命令」に
   過ぎないのである。
    従って、同罰則は、憲法第三一条によって、「法律をもって規定すべき
   事項」とされる刑罰法規に該当するから、一九四八年一月一日をもって無
   効である(一九四七年法律第七二号一条)。
  2 ところで、最高裁判所は、右法律一条の適用を否定し、法律としての効
   力を保有しているとした(一九五九年七月三日第二小法廷判決)。その理
   由とするところは、帝国議会において同罰則が法律の形式をもって改正さ
   れたこと等から、旧憲法上、同罰則は法律としての効力を有していたとい
   う点にあるが、右改正手続は同罰則の規定内客が旧憲法上法律事項とされ
   ていたために採られたに過ぎず、何ら積極的根拠となるものではない。逆
   に、帝国議会衆議院が、一九一七年の第三九帝国議会において、自由民権
   運動に対する弾圧法規の廃止の一環として、満場一致で同罰則の廃止決議
   を行ったことを考慮すれば、右最高裁判決のいう理由は表面的手続を云々
   して、同罰則の成立形式自体を無視するという不当なものと言わざるを得
   ない。
  3 よって、同罰則は、形式上、憲法第三一条、同第七三条六号但書に違反
   するものであり、無効である。
 三 実質的無効について
  1 また、同罰則は、その構成要件が著しく不明確であり、かつ、罪刑の均
   衡を著しく欠いているため、罪刑法定主義(憲法第三一条)に違反し、無
   効である。
  2 同罰則第一ないし四条は、爆発物の使用等を全て処罰するものではなく、
   「治安を妨げる目的」の下での使用等に限定して処罰しようとするもので
   ある。従って、主観的構成要件要素である「治安を妨げる目的」は、これ
   らの条項の適用の限界を画するものとして、罪刑法定主義上、重要な意義
   を有する。ところが、「治安を妨げる目的」というのは、極めて曖昧かっ
   不明確であって、罪刑法定主義に反すると言わざるを得ない。
    前記最高裁判決は、この目的を「公共の安全と秩序を害する目的」と解
   釈するが、「治安」を「公共の安全と秩序」と解釈することは解釈の限界
   を超えるものであり、かつ、かかる解釈によってもその内客が極めて曖昧
   かつ不明確なことは同様である。
  3 同罰則は、使用既遂罪につき死刑・無期または七年以上の懲役(第一
   条)、未遂罪につき無期または五年以上の懲役(第二条)等と、他の刑法
   上の刑罰に比べて極めて重い刑罰を規定している。しかし、爆発物の有す
   る危険性は、刑法第一一七条、一九九条等によって、結果責任を十分問う
   ことは可能であるから、右のような重罰規定は罪刑の均衡を失するもので
   あり、憲法第三一条、同第三六条に達反する。
 四 以上から、爆発物取締罰則は法令違憲であり、その全体が無効であるから、
  同規則違反を主張する公訴事実については公訴棄却または無罪が言い渡され
  なければならない。
第二 本件訴訟の手続的瑕疵
 一 本件訴訟は、公判が一八年以上もの長期に渡って中断されていたこと、こ
  の中断の理由が被告人の身柄釈放を命じた法務大臣の命令にあることといっ
  た重犬な手続的瑕疵を有している。
   弁護人は、かかる重大な手続的瑕疵による不利益を被告人に及ぼすことは
  許されないと思料する。
 二 身柄釈放について
  1 刑事訴訟法においては、検察官は公訴権、即ち公訴を提起・追行する権
   限を独占し、かつ、裁判の執行を指揮する権限を有するものとされている。
   そして、検察官が行政機関であり、裁判が司法権そのものであることに鑑
   みれば、かかる権限分配はまさに、人権保障を目的とする権力分立の要請
   に基づくものと理解される。また、このように敢えて、手続上、裁判の前
   後を占める公訴権及び裁判の執行権を行政機関に付与した刑事訴訟法も、
   現憲法下において人権保障を究極の目的とするものである。
    右のような立法趣旨からすれば、行政機関は公訴権及び裁判の執行権を
   統一的に行使すべき原則的義務を負い、これらの権能の行使に人権保障を
   阻害する矛盾抵触があってはならないことは明らかである。
  2 ところで、検察官は、一九九七年三月二七日付意見陳述書において、貴
   裁判所の勾留の裁判の執行を受けて東京拘置所に身柄を拘束されていた被
   告人について、一九七七年九月二九日、法務大臣が閣議決定に基づき、ダ
   ッカに護送して釈放すべき旨を指示し、右決定及び指示によって、被告人
   は、同年一〇月二日、ダッカにおいて釈放処分を受けた旨主張する。
    仮にこれが事実だとすれば、行政機関は、その最高の意思決定として、
   被告人に対する勾留の裁判の執行を放棄したのであり、この「勾留」が、
   被告人の公判出頭・刑の執行を確保し、適正な裁判の実現を図ることを目
   的とするものである以上、行政機関はこの目的をも放棄したものと解さざ
   るを得ない。即ち、行政庁が勾留の執行を放棄する旨の処分をなした以上、
   勾留の目的たる公訴権行使をも放棄したものと評価せざるを得ないのであ
   って、これに矛盾抵触して公訴権を行使することはもはや許されない。
  3 なお、検察官は、右意見陳述書において、被告人の身柄釈放は「一時
   的」なものである旨主張するが、右主張は何ら客観的根拠を有しておらず、
   検察官の主観的願望に基づく評価に過ぎない。このことは、検察官が事実
   経過として主張する右意見陳述書一項「釈放の経過」中に、「一時的」釈
   放が決定された経緯も、閣議決定及びこれに基づく法務大臣の指示が「一
   時的」釈放であった事実も全く記載されていないことから明らかである。
  4 従って、本件各公訴事実についての公訴権は既に放棄されているから、
   被告人には公訴棄却の判決(刑事訴訟法三三八条一号または四号)が言い
   渡されなければならない。
 三 公判の長期中断について
  1 本件公訴事実は一九七四年一〇月一四日から一九七五年四月一九日の間
   のものであるが、閣議決定及びこれに基づく法務大臣の指示によって一九
   七七年一〇月二日、被告人が釈放されたため、本件公判は一八年以上もの
   間中断され、現在、二〇年以上も以前の公訴事実についての審理が行われ
   る。そのため、これまで本公判廷に出廷した検察官請求に係る証人の殆ど
   は、捜査当時の記憶を殆ど喪失しており、単に捜査当時に作成した書面内
   容を確認した上でこれをなぞった証言を行い、こうした書面に記載されて
   いない事柄については何ら証言できないという、被告人の弁護権を阻害し、
   被告人に極めて不利益な事態が現出している。
    右経過からも明らかなように、このような事態の現出は閣議決定及び
   これに基づく法務大臣の指示に起因するものであるから、人権保障を究極
   の目的とする刑事訴訟手続においては、これよる不利益を被告人に帰せし
   めることは許されない。
  2 ところで、長期間公訴権が公訴されなかった場合について、刑事訴訟法
   は、その既成事実を尊重し、被告人が証拠の散逸等による不利益を受けな
   いよう、公訴時効制度を規定している。この公訴時効制度は、明文上、公
   訴提起前に公訴権発動を阻止するものであるが、現在までの本件公判の進行
   状況をみれば、閣議決定・法務大臣の指示等の国家の行為によって公訴権
   の行使がなされなかった場合を別異に解すべき積極的な理由はない。むし
   ろ、このような場合には、右公訴時効制度の精神が類推され、公訴権の行
   使が阻止されなければならない。
  3 従って、本件については公訴権の消滅を認め、被告人には免訴の判決
   (刑事訴訟法三三七条)が言い渡されなければならない。
                               以上


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