意見陳述書

                    被告人  浴田 由紀子
右被告人に対する爆発物取締罰則違反等被告事件に関し、弁護人は次
のとおり意見を述べる。
                    右弁護人 川村 理
一九九七年一一月二七日
東京地方裁判所刑事第五部御中
            記
第一 これまでの訴訟進行を顧みて
本件は、一九七四年に公判が請求されて以来、途中、「超法規的措置」
による公判の中断(この点の法的評価は、他の弁護人の意見に譲る)を
経たものの、実に二〇年以上に亘って審理が継続してきたという希有な
事案である。ここでは、これまでの訴訟の経過を振り返りながら、私の
意見を述べる。
 一 公判開始直後(西川裁判長時代)
   当初、本件は、「狼」と「大地の牙」「さそり」とを分割して審
  理するという裁判所側の意向が示され、これに対し、被告弁護側が
  統一公判を要求して紛糾し、一時期円滑に公判が進行しない時期も
  あった。しかし、結局は当部にて、統一公判が実施されることにな
  った。当初、裁判長は、西川潔裁判長であった。同裁判長は、比較
  的被告人の意見を良く聞く方であったと言えるため、本公判も、一
  時は円滑に進庁していくかに思われた。
 二 簑原裁判長時代
 1 しかし、七六年七月、裁判長が簑原茂広に交代すると、同裁判
  長は、後述のとおり、既定の審理ルールをことごとく覆し、種々
  の問題のある訴訟指揮を執るようになり、遺憾ながら、本公判は、
  その内容以前に、右訴訟指揮を巡る「荒れる法廷」と化してしま
  い、その訴訟指揮の強権性は、約二〇年を経た今日でも語り草と
  なっているほどである。
 2 同裁判長は、被告本人の意見陳述や尋問に対し、しばしば、過
  剰な制限を加えた。また、些細なことで傍聴人に退廷命令を発し
  ては法廷警察権を濫用し、そのこと自体で物議を醸し出していた。
 3 西川裁判長時代、本公判では、開廷後一時間の法廷内打ち合わ
  せが合意事項として承認されていた(打合調書に記載あり)、こ
  れは、本件の訴因が多数であり、被告人の数も多いことに対応し
  て取られた措置である(当時、このような扱いは、統一公判事件
  ではしばしば見られたものである)。しかし、簑原裁判長は、か
  かる合意を一方的に破棄し、法廷内での打ち合わせを認めないこ
  とにした。
  4 更に、同裁判長は、「そんなに長い時間をかけていては国民に
  申し訳ない」などと述べて、月四回という公判期日を一方的に指
  定するという暴挙を行った、これに抗議して被告弁護側が公判に
  欠席するや、今度は欠席のまま証人尋問を強行するに至った。そ
  こで弁護人が、このような事態では公判に責任を取れないからと
  辞任したが、同裁判長は直ちに国選弁護人を選任しようとした、
  しかし、こうした簑原裁判長の訴訟指揮は、我が日弁連の容認し
  うるところでなく、結局、国選弁護人は選任されず、東京地裁所
  長が仲介する形で旧弁護人との話し合いがなされ、結局、期日は
  月二回全日という形で落着したのである。
 5 こうした経緯の後、浴田被告らは、ダッカ事件にて釈放された。
 6 国内に残った被告については、依然公判が続いたが、裁判長の
  発言制限は相変わらずであったし、一回につき取調べられる証人
  の数も一〇人を超えることもあり、弁護人らの防御はすこぶる困
  難な状態が変わらなかった。また、弁護人は、八○余人に上る弁
  護側証人を申請したが、同裁判長はその大部分を却下し、被告の
  防御自体を認めないに近い措置を行った。
 7 こうして、簑原裁判長は、七九年一一月一二日、統一公判の判
  決を言渡したが、同裁判長の意向が、早期結審、早期判決だけを
  目的に公判を進めていたことは誰の目にも明らかであった。
 二 三上裁判長時代
 1 九五年、被告人がルーマニアで身柄を拘束されたことから、二
  〇年ぶりに、三上裁判長のもとで、公判が再開されることになっ
  た。二〇年前の公判請求が今日でも有効なのか?という問題はさ
  ておき、その後の公判進行は極めて円滑に行われており、訴訟指
 揮を巡って紛糾したことは一度もなかった。
 2 以後、公判ぺースは、月二回午後を原則とし、一開廷につき、
  取調べられる証人の数は、公判に立ち会う弁護人の数に対応して
  三人を原則とした(但し、鑑定証人の場合は、準備に時間を要す
  るため、一開廷二人)。弁護側の防御を一定保証し、かつ、本件
  の場合、検察官の側も出廷証人を確保するのに苦労を伴うと見ら
  れることから、このようなぺースが続けられたと私は理解してい
  る。それでも公判は今日まで淡々と進み、事件全体の規模に照ら
  せば、特に公判が遅延しているとは認め難い。
   また、被告本人の意見陳述や尋問もこれまで比較的良くなされ
  てきたが、簑原裁判長の時のような強権的発言制限はなされなか
  った。勿論それに伴って何らの問題も生じていない。
   こうした事実は、かつての簑原裁判長のやり方が過度に強権的
  であり、行き過きたものであったこと、三上裁判長の訴訟指揮が
  適切であって、かえってその方が円滑に公判が進行することを示
  していると考える。
   主任弁護人としては、今後とも、三上裁判長時代に形成された
  審理慣行に従って公判を指揮すべきことを要望するものである。
 3 なお、二〇年ぶりに再開された企業爆破事件においては、証人
  の記憶が薄れていると考えられるため、書証を不同意にして証人
  を呼ぶのはナンセンスではないか、との向きも一部にはあった。
  しかし、実際に証人尋問を行ってみるとかなりの収穫があったと
  弁護人は考えている。
  @ まず、確かに各証人の記憶は薄れているものの、中には意外
   に良く事件を記憶している人もいることが分かった。証人の記
   憶保持の度合いは、実際に尋問をしてみないと分からないとい
   う面もあるのである。また、かなり記憶の薄れている証人につ
   いては、尋問の仕方においてこれまで配慮をしてきたつもりで
   ある。
  A 次に、特に被害者証人の取り調べの結果、いわゆる被害感情
   が相当希薄化している事実が明らかになったと言える。勿論、
   現在でも強い被害感情を有する被害者はいるであろう。しかし、
   一方で、三井物産事件の被害者である井内義高さんは、現在の
   被告人に対する気持ちを問われるや、「まあ年数と時間がたっ
   ておりますので」と証言し、被害感情が低下したことを率直に
   認めている。
    なお、弁護側が民間人被害者の供述調書のほとんどを同意し
   たのは、そういう形で謝意を表したかったからである。
  B また、これまでの証人調べの結果、旧統一公判に関する簑原
   判決の事実認定の誤りが一部明らかになりつつある。
   同判決においては、例えば、大成建設事件に用いられたとさ
   れるカートリッジ・タンクの容量につき、起訴状を丸写しにし、
   「約三・二リットル」と認定しているが、そのように認定する
   根拠なと何もないことが既に明らかになっている。この点は、
   間組六階事件に用いられたとされる空缶の容量についても同様
   であり、起訴状どおり「容量約三・六リットル」と認定する根
   拠は今のところ何も出ていない。
  C 更に重要なこととして、本公判では、荻原証人がかつての証
   言内容を覆すという事件が起こった。
   同人は、七〇年代に発生した爆弾事件のほとんどを鑑定した
   人物であり、本公判においてもその証言評価は極めて重要であ
   る。同人は、かつて運輸省実験テータに基づく、最小自乗法則
   (ΔP=-1.575log(d/標)+1.224)を駆使し、現場被害か
   ら爆発物を推定するという鑑定手法をそのコンセプトとしてい
   たが、本公判では、弁護人の反対尋問に対し、かつての事件に
   関する最小自乗法則の適用は誤っていたと証言するに至り、か
   つての証言を百%覆すに至った。
    このことは、旧統一公判に関する簑原判決(現在再審請求中
   と聞く)はもとより、当時同人の関与した種々の爆弾事件の全
   体をすべて見直すべき意義すらある重大な問題といえる。弁護
   側は、これら爆発物鑑定の問題を弁護側証人等で更に補強して
   行く予定である。これら立証から、かつての三菱重工爆破事件
   (被告人は関与していないが、「東アジア反日武装戦線」のイ
   メージはこの事件に尽きるといって良い)での殺意認定の誤り
   も明らかとなると思われる。
第二 今後の公判の進行に関して意見を述べる
 一 現在、本公判は、間組事件の事件発生に関する証拠を取調べてい
  る際中であり、今後は、韓産研事件、オリエンタルメタル事件、共
  犯者の取り調べ、自白の任意性の審理へと順次進行していくものと
  理解している。公判ペースについては、前述のとおり、三上裁判長
  時代の進行ペースの維持を希望しているが、さらにいくつかの希望
  を付け加えると次のとおりである。
 二 第一に、なるべく次回公判の予定は、当期日中に決定していただ
  きたいと考えている。これまでは、期日外で次回証人が決定するこ
  とが多かったところ、この点は証人の所在確認の都合等、やむを得
  ない事情もあろうかとは思うが、期日外直前に次回予定が決まった
  場合には、その準備、特に被告人への伝達、記録の配点等、被告側
  がパニック状態に陥ることもあり、支障が出ることが懸念されるか
  らである。
 三 第二に、東京拘置所は近時、在監者の房内所持品、領置品の量的
  制限を開始したか、かかる制限が、被告人の防御に支障のないよう
  に裁判所において監視すべきだということである。現在、証人調書
  や捜査資料などの房内所持量は合計二メートルとの制限がついてい
  るようであるが、本件のように記録の多い事件の場合、かかる基準
  を形式的に適用すると、被告人の防御権が侵害されることは明らか
  である。
   東京拘置所は、これまでにも弁護側が差し入れた書証(「爆風圧
  と爆風被書」)を墨塗りするなどして被告人の防御権を侵害してお
  り、十分な警戒が必要であると考える。
 四 第三に、共犯者の証人尋問は、公開の法廷で案施すべきであると
  いうことを強く要求したい。
   そもそも、本件の争点は、被告人の殺意や実行共謀への関与の有
  無程度といった役割全般にあると考えられるが、その意味で、将来
  実施が予想される共犯者の証人尋問は極めて重要な位置にある(こ
  れら共犯者は弁護側からも証人申請予定なので双方申請の形になる
  と思われる)。しかも、本件は、事件内容が、憲法八二条所定の
  「政治犯罪」に該当することが明らかであるし、その動向が新聞等
  で報道されることもあり、社会的注目がある事件であるから、絶対
  的な公開が社会的にも要求される事件である。かかる審理を密室で
  行うことこそ、正に、「国民に申し訳がない」といわねばならない。
   共犯者の中には、死刑確定者もおり、公開法廷の実現には、東京
  拘置所による一定の妨害も予想されなくはない。しかし、東京地方
  裁判所は、東京拘置所の言いなりになるような非力な官庁ではない
  はずである。
   貴裁判所においては、断固、公開証人尋問を実施するよう努力す
  べきである。


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