四月一五日の弁護人の更新意見●全文 死刑確定者の証人尋問を公開法廷でおこなうことを訴える |
浴田由紀子
右被告人に対する爆発物取締罰則違反等被告事件に関し、弁護人は次のとおり意見を述
べる。 右弁護人 川村 理
一九九八年四月一五日
東京地方裁判所 刑事第五部 御中
記
弁護人は、来るべき死刑確定者の証人尋問について、公開法廷での公判期日実施を強
く訴え、以下の意見を述べるものである。
憲法三二条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定し
ている。また、憲法三七条一項は、すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判
所の公開裁判を受ける権利を有する」と規定し、公開裁判の要求が被告人の正当な基本
的人権の行使であることを例外抜きに規定した。さらに、憲法八二条は、一項において、
「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定し、同二項においては、「
裁判所が、裁判官の全員一致で公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合
には、対審は、公開しないでこれを行うことができる。但し、政治犯罪、出版に関する
犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となってゐる事件の対審は、常に
これを公開しなければならない。」と規定して、右被告人の基本的人権を制度的にも保
障している。そして、右憲法規定を受けて、刑事訴訟法三七七条四項は、「審判の公開
に関する規定に違反したこと」を絶対的控訴理由として規定している。すなわち、裁判
の公開は、公平な裁判の最大の制度的保障であるとともに、被告人の基本的人権であり、
その重要性に鑑み、憲法や刑事訴訟法は、しつこく釘をさしているといえるのである。
我が国の憲法が、裁判の公開に関し、特に刑事裁判を重視してこれを保障しているこ
とは憲法三七条、八二条二項の規定の仕方から見ても明らかである。このことは、裁判
所外証拠調べに関する各訴訟法の規定の仕方にも反映されていると見られる。例えば、
民事訴訟法一八五条一項が、「裁判所は相当と認めるときは、裁判所外において証拠調
べをなすことができる」と、裁判所の裁量を広く認めてこれを規定をしているのに対し、
刑事訴訟法一五八条一項は、「裁判所は、証人の重要性年齢、職業、健康状態その他
の事情とを考慮したうえ、検察官及び弁護人の意見を聴き、必要と認めるときは、裁判
所外にこれを召喚し、又はその現在場所でこれを尋問することができる」と、裁判所の
裁量を限定し、要件を絞った規定の仕方をしているからである。
このような規定の仕方自体、刑事裁判についての公開要請が、いかに大事なものであ
るかを物語るものである。
一 ところで、本件共犯者の中には、大道寺将司、益永利明という死刑確定者がいるこ
とから、本件では、刑事訴訟法一八五条一項の適用の可否、という問題が浮上しつつあ
る。なぜなら、今日の我が国の拘置所は、「死刑確定者は社会から厳に隔離する必要が
ある」などと称して、死刑確定者に対し、外部交通の極度の制限を含む極めて過酷な処
遇を実践しており、その趣旨から、裁判所の召喚にもかかわらず、右両名の証人として
の法廷への連行を拒絶しかねない状況にあるからである。
二 もっとも、死刑確定者の法廷への出頭ということは、全く前例のない事態ではない。
一九五八年には、名古屋拘置所において拘置されていた死刑確定者・孫斗八は、自
らを原告とする民事訴訟の判決公判に出廷していたという前例があるからである(丸山
友岐子著「逆恨みの人生」)。
すなわち、死刑確定者の出廷は、実際上、拘置所にとって、どうしてもこれをなしえ
ないというまでの話ではない。
三 我が国の拘置所での死刑確定者処遇が悪化するのは、一九六五年に法務省が発した
通達に端を発するものである。
右通達は、死刑確定者の接見及び信書の発受についてのものであるが、次のように述
べている。
「いうまでもなく、死刑確定者は死刑判決の確定力の効果として、その執行を確保す
るために拘置され、一般社会とは厳に隔離されるべきものであり、拘置所等における身
柄の確保及び社会不安の防止等の見地からする交通の制約は、その当然に受任すべき義
務であるとしなければならない。更に拘置中、死刑確定者が罪を自覚し、精神の安静裡
に死刑の執行を受けることとなるよう配慮さるべきことは刑政上当然の要請であるから、
その処遇に当たり、心情の安定を害するおそれのある交通も、また、制約されなけれ
ばならないところである」
四 右通達をきっかけとして、監獄法上本来は被告人に準ずべき死刑確定者の処遇(監
獄法九条)が、一気に悪化することとなった。
しかもその後、免田事件等の死刑再審無罪が続発するや、法務省はこれに危機感を強
め、以降、右通達を更に悪化させた処遇を開始するようになり、現在、五〇余名存在す
る死刑確定者のほとんどは、家族、弁護士以外との交通をほぼ完全に禁止されていると
いわれている。
弁護人は、このような死刑確定者処遇事態を極めて不当なものと考えるものであり、
日弁連もまた、同様の理由から、死刑執行一時停止の意見書を採択するに至っている。
五 こうしたなか、死刑確定者の処遇を巡る民事裁判が数多く提起されることとなった。
そしてその多くは、死刑確定者自身をも原告とするものであった。
かかる民事訴訟においては、当然のことながら、原告本人である死刑確定者の本人尋
問がなされることになる。
ここに、死刑確定者の尋問をどこで行うべきか、の問題が生じた。
なかには、民事裁判所が拘置所に呼出状を発したにもかかわらず、東京拘置所がこれ
を拒絶したため、期日が空振りになったという事案もある(既に死刑を執行された安島
敏市の国賠訴訟の例)。
六 しかしながら、本裁判は刑事裁判であり、前述のとおり、民事裁判以上に裁判の公
開をなすべき要請は強いものといわなければならない。
右に示したような、民事裁判の例を安易に引き継ぎ、拘置所の不当な要求に屈して非
公開裁判をなすことは、刑事裁判である本件においては到底許されるものではない
一 本件において、共犯者予定である死刑確定者両証人は、いずれも東アジア反日武装
戦線「狼」の一員であった者であり、三菱重工爆破事件等に関与した結果、いずれも、
「矯正できるとは到底考えられない」などとして、死刑判決を下された者である。
右両名は、現在、東京拘置所に拘置されている。
二 両証人は、東アジア反日武装戦線をある意味で代表すべき人物であり、同戦線の結
成に至る経緯、闘争の動機目的、部隊編制の概要、各人の役割、ことに被告人の地位役
割、闘争の今日的意味、被害者に対する謝罪の念などの諸点につき、被告人以上に正確
な供述をなしうる立場にいる。
三 ことに大道寺将司は、「狼」の連絡担当として、一時期「大地の牙」の連絡を担当
した被告人と数回に亘り、接触したことが、本件共謀共同正犯の根拠となっている。つ
まり、同人の証言いかんは、本件共謀の成否に関し、極めて重要な意味を持っている。
四 以上に述べた両証人の罪体面、情状面の重要性に鑑み、弁護人は、両名について、
弁護側からも証人申請をする予定でいる。
すなわち、本公判廷は、両証人の取調に至り、最も重要な局面の一つを迎えつつある。
本裁判は、これまで極めて慎重に審理されてきているが、その裁判の最も重要な局
面を、あえて期日外にて行い、非公開裁判を強行するのは、これまで本裁判を見守って
きた社会に対する裏切りに他ならず、断じて許されることではない。
かかる両証人の重要性は、当然のことながら、刑訴法一五八条の適用を否定すべき要
素である。
五 本裁判が社会的に注目を集めていたのは、被告人らの闘争目的に明確な政治性があ
り、従って、本件は、憲法八二条二項に規定する「政治犯罪」に該当するからである。
このことは、大道寺らの死刑確定時において、「戦後初の政治犯に対する死刑確定」
等と報じられたことからも社会の眼は明らかである。
かかる本件の政治的性質は、当然のことながら、刑訴法一五八条の適用を否定すべき
要素である。
六 そもそも刑訴法一五八条は、強姦事件の被害者や入院中の証人等、法廷で証言しが
たい証人の便宜を念頭において定められた規定であり、本件のようなケースを念頭にお
いて規定されたものではない。両証人は、いずれも公開法廷での審理を強く望んでおり、
それが仮にマスコミに着目されようがあえてこれを拒まない意思がある。
七 拘置所側が、出廷を拒否する理由としてしばしば持ち出すのは、日本赤軍やその
支援者らによる「奪還のおそれ」なる警備上の都合である。しかしながら、ここ数年、
いわゆる日本赤軍関係者の身柄拘束、強制送還
が相次いでいるにもかかわらず、奪還の動きなどは一切見られないことに鑑みれば、こ
のような主張に理由のないことは明らかである。 八 ところで、日本赤軍所属の丸岡
修の控訴審(航空機の強取に関する法律違反)においては、被告人が証人として採用さ
れ、裁判所(小林充裁判長)は一旦は所在尋問の意向を示しながら、これに対する弁護
人の反論、マスコミの批判的論調を受けて結局法廷での取調に切り替えたという事例も
ある。
弁護人はこの法廷にも立ち会っていたが、警備上の問題は一切発生しなかったことを
付言しておく。
九 余談ながら付け加えると、いわゆる死刑制度存廃論議の前提的問題点としてよく指
摘されるのは、法務省の情報統制により、いわゆる死刑囚や死刑執行の具体的状況が密
室の中にあり、余りにも一般に知られていないという点である。
本件証人調べが実施されるならば、死刑確定者の姿も一般の眼に理解されることにな
り、制度論争に有益な材料を提供することは言うまでもない。
一 前にも述べたとおり、裁判の最も重要な局面を非公開でなすこと自体、公正さの担
保という点で余りにも多くの問題点があるところである。
二 また、本共犯者の尋問の重要性からして、証人尋問が一、二回で終了することは考
えにくいが、そうすると、多数回に亘り、裁判実施に必要な多数のスタッフが拘置所ま
で足を運ばなければならない。
これは、拘置所側が、単に証人を連行するだけですむのに比して、極めて非経済的な
事態である。
三 また、仮に所在尋問をなすとすれば、期日の指定に関し、当事者の都合のみならず、
東京拘置所の都合をも考えねばならず、裁判が遅延することは明らかである。
弁護人が死刑確定者の民事訴訟にて経験したところでは、東京拘置所の「会議室の都
合」を理由に証拠調期日を約三ヵ月も引き伸ばされたという前例すらある。また、同会
議室は、使用時間の限定もうるさく、一開廷の時間も限られてくることは言うまでもな
い。
四 さらに、あってはならないことだが、仮に所在尋問が実施された場合、弁護人とし
ては、公開性を少しでも担保させるべく、当然にも、証人調書の全文朗読による取調方
法を要求するつもりである。これによって、さらに裁判が遅延することは言うまでもな
いといえる。
一 以上のとおり、本件においては、共犯者の証人尋問を公開法廷で実施すべき必要
性が極めて高く、他方で、所在尋問を行う弊害は極めて大きい。
二 ところで、一行政機関に過ぎない東京拘置所は、裁判所の下した裁判には絶対に
服従する義務があり、これが平気で無視されるようでは、およそ法治国家など成り立た
ず、国民の基本的人権擁護などおぼつかないことは明らかである。
従って、貴裁判所が、東京拘置所の意向を不必要に忖度することなく、断固として召
喚状を送達し、東京拘置所に証人の出廷を要求するならば、東京拘置所がこれに従わな
ければならないのは当然である。
三 仮に東京拘置所が、裁判所の召喚を無視するという措置に出た場合であっても、
裁判所は勾引状を発し、それを単に執行すればよいのである。東京拘置所がその執行に
実力で従わないならば、東京拘置所所長以下、公務執行妨害成立の可能性すらありうる
のであり、そこまで東京拘置所が抵抗することは考えにくいはずである。 すなわち、
裁判所が毅然たる態度でことに臨む限り、公開法廷の実施は容易に可能なのである。
以上のとおり、弁護人は、死刑確定者の証人調べを公開でなすべきものと主張するが、
現時点では、東京拘置所がこの件に如何に対応するつもりであるのかの見通しが立ち
にくい状況にある。
そこで弁護人としては、少なくとも、右証人の取調べが裁判日程に入りつつある時点
において、貴裁判所から東京拘置所に対し、@死刑確定者の証人としての出廷を認める
意思があるのか、A仮に認める意思がないならばその法律上の根拠、事実上の根拠は何
であるのか等の点につき、照会を求めるべきではないかと考える。
弁護人としては右に対する回答を待って更なる意見を補足する準備がある。
以上