論  告  要  旨 爆発物取締罰則違反、殺人未遂      浴 田 由 紀 子  右被告人に対する頭書被告事件につき、事実及び法律の適用に関する検察官の意見は、左記のとおりである。    平成一四年一月一一日                    東京地方検察庁                    検察官 検事  新 倉 英 樹 東京地方裁判所刑事第五部 殿【1】 記 第一 事実関係について  被告人に対する本件各公訴事実は、当公判廷において取調べ済みの関係各証拠により、いずれも証明十分である。  しかるに、被告人は 1 昭和五〇年六月二八日付け起訴状記載の公訴事実第一(いわゆる三井物産館爆破事件の訴因)につき、殺人未遂の殺意及び爆発物取締罰則違反の同罰則一条の「人の身体を害する目的」を否認し 2 同日付け起訴状の公訴事実第二(いわゆる大成建設爆破事件の訴因)につき、実行に関与したこと自体を否認するとともに、殺人未遂の殺意及び共犯者との共謀並びに同罰則一条の「人の身体を害する目的」を否【2】認し、併せて、同罰則違反に関し、正犯性を争い、幇助犯の成立を主張し 3 同年七月九日付け起訴状の公訴事実第一・一(いわゆる間組大宮工場爆破事件の訴因)につき、同罰則一条の「人の身体を害する目的」を否認し、同日付け起訴状の公訴事実第一・二及び第一・三(いわゆる間組本社ビル九階及び六階爆破事件の訴因)につき、共犯者との共謀を否認し 4 同年六月一〇日付け起訴状の公訴事実(いわゆる韓国産業経済研究所爆破事件の訴因)及び同年七月九日付け起訴状の公訴事実第二(いわゆるオリエンタルメタル爆破事件の訴因)につき、いずれも同罰則一条の「人の身体を害する目的」を否認し 5 平成七年四月一四日付け起訴状の公訴事実(いわゆる偽造旅券行使事【3】件の訴因) につき、実行行為を否認し  弁護人もこれに沿った主張をして、いずれも公訴事実の成立を争っているので、順次検討する。 一 三井物産館爆破事件の殺人未遂の殺意及び爆発物取締罰則違反の同罰則一条の「人の身体を害する目的」について 1 弁護人の主張の要旨  弁護人は、被告人には、本件爆発物を使用して、本件被害者らを殺害する故意はなかったとして殺人未遂罪の成立を争い、また、爆発物取締罰則違反の「人を害する目的」はなかったとし、その理由を次のとおり主張する。  @被告人は、本件爆弾の威力を十分には認識していなかった、A爆発による死傷者は出すべきではないと考え、事前に電話で企業側に対し、爆弾【4】を仕掛けたことを伝え従業員らを避難させるよう警告したので、人の死傷の結果は確実に回避できると考えており、爆発地点付近に現在する多数人に対する殺意はもちろん、「人の身体を害する目的」もなかったので、多数の負傷者を出したことは、被告人にとって予想外のことであった。 2 被告人に殺人の故意及び「人の身体を害する目的」の存在することについて  以下に詳述する諸点からみて、被告人に、「人の身体を害する目的」が存在したことはもちろん、客体については概括的ではあるが、殺害という結果については確定的な故意を有していたことは極めて明らかであり、本件殺人未遂罪及び爆発物取締罰則違反が成立することは疑いを入れない。 (一) 本件爆弾の構造とその威力  被告人らが製造・使用した本件爆弾の構造は、鑑定結果 (大芝賢三作【5】成の鑑定書甲A六四号証、宮野豊はか二名作成の鑑定書・甲A六五号証、高生精也ほか一名作成の鑑定書・甲A六六号証、荻原嘉光作成の鑑定書・甲A六七号証)等によれば、約三・六リットル入り湯たんぽを缶体とし、塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムを主成分とした塩素酸塩系の混合爆薬を詰め、これにトラベルウォッチ、積層乾電池、ガス点火用ヒーター等からなる起爆装置を接続させた時限式の手製爆弾である。  このように本件で使用された爆弾は、塩素酸塩系の混合爆薬を使用し、その容量から多量の爆薬を使用したものと推察され、相当大型の爆弾である。そして、その威力は、本件爆弾の爆発によって、爆心地付近に居合わせた橋本駿介ら一二名に重軽傷を負わせ、爆弾を仕掛けられた三井物産館三階を中心に破壊し、負傷者の人数、負傷の程度とともに、ビルの破壊の程度は著しく、物的被害金額が合計一三九三万円余りにのぼる【6】など、多大な人的・物的被害を発生させていることによっても明らかなとおり、極めて強大なものである。  本件爆弾の爆発による破壊力の強烈さは、取調済みの各実況見分調書等に添付された現場写真を見れば、一目瞭然であり、多言を要しないところであるが、若干の例を指摘する。  司法警察員吉越和保作成の実況見分調書(甲A四〇号証)添付の現場写真によると、爆心地点である第三広間は、西北西側壁面の床に沿った裾枠の御影石は破砕され、壁面は、爆痕が放射線状に印象され(大芝一二撮影の写真No22・24・25・28)、東側の煙草自動販売機は、破壊されて表側鉄板が脱落し(同写真No29・30)、給湯室入口の北北東側から北北東の壁面に設置された消火栓の施錠された鉄製扉が外側に開かれ(同No20・26)、給湯室の入口の片開き鉄製ドアは、内側に開かれ、針【7】金入りガラスは、破壊されて外側に凸損ように湾曲し、同室内の天井は落下して散乱しており(同No17・18・19・20等)、固定して開かないようにしていた通信部電気通信室の鉄製両開き扉は、内側に全開され、針金入りガラスが細かく破砕され、高窓のガラスが破損し(同写真No14等)、通信部の窓ガラス多数が割れ落ち(同写真No65ないし76)、同部に設けられている女子更衣室のロッカーが二台倒れ(同写真No91ないし94)、さらに、前記第三広間の北側廊下に面して設置されている二機のエレベーターのドアが内側に凹損し(戸島国夫撮影の写真No62ないし66)、司法警察員太田寅夫作成の実況見分調書(甲A四九号証)添付の現場写真(写真No1ないし8)及び司法警察員甲田萬作成の実況見分調書(甲A五四号証)添付の現場写真によると、廊下を挟んで北側の鉄鋼会計部の南側及び北側の窓が著しく破損しているほか、書棚、書庫が倒【8】壊して書類が散乱し(写真No1ないし6・10・13・21ないし23・28ないし30等)、 さらに、宗片賢作成の実況見分調書(甲A六二号証)によると、同ビルの外壁に面した北側、南側の窓ガラスが多数破損落下し、特に、南側の破損が著しく、駐車車両のリアガラスを破損している(写真No14等)など、爆発の強烈さを物語るものである。  ところで、愛宕警察署警備係長の職にあった井内義高は、通報により現場に臨場した際、本件爆弾を不審物件として認め、その処理に当たろうとしていたところ、爆弾が爆発したのであるが、瞬間、意識を失ったように倒れ、火薬臭で意識を取り戻し、這って北側窓方向に避難したが、制服は破損し、右膝、左下腿、左手第五指を爆弾の破片で受傷したほか、鼓膜損傷等により感音性難聴となり、二週間の入院治療の後、長期間の通院治療を余儀なくされ、その後、長期間の耳鳴り等に苦しめられる日【9】々を送っている(同人の第四四回、四五回公判証言)。  同署強行犯係長であった藤井定夫は、直近にいた橋本駿介刑事調査官らとともに爆風で飛ばされ、約六か月間の通院加療を要する鼓膜損傷等の重傷を負った(藤井定夫の第四四回公判証言)。同署刑事課長をしていた田中正一は、他の警察官が耳を近づけ、時計の音がするか確認作業をした後、大きさの計測などを済ませ、金属探知器の到着を待っていたところ、爆弾が爆発し、ハンマーで殴られるような感じを受け、体が宙に舞い、気絶し、加療約六か月間を要する全身爆創、左大腿部等異物、鼓膜穿孔等の傷害を負った(田中正一の第四五回公判証言等)。 その他、同会社の従業員等が、車内放送等の指示により不審物を探すなどしていたところ、本件被害にあったものである。  いずれの被害者も、爆心から十数メートル以内の場所におり、本件爆【10】弾の爆発規模、建物内の破壊状況等からして、生命に対する現実的危険性が優に認められる。  以上のとおり、本件爆弾の爆発によって、現実に生じた建物等の破壊状況、被害者の負傷状況などに照らすと、本件爆弾が客観的に極めて威力の強烈なものであって、爆心地付近はもとより、相当広範囲にわたって、現在する不特定多数人を殺傷するに足る威力を有していたことは明白である。 (二) 本件爆弾の威力についての被告人らの認識  被告人は、本件爆弾が爆発すれば、その強大な威力により、建物等に物的被害を及ばすばかりでなく、付近に現在する不特定多数の人を殺傷するに至ることは、十分認識、予見していたものと認められる。  弁護人は、前述のとおり、本件爆弾の爆発によって多数の負傷者が出【11】たことは全く予想外であった旨主張し、被告人もこれに沿う趣旨の供述をしている。  しかし、以下に詳述するとおり、被告人は、昭和四九年四月ころには、齋藤和から渡された爆弾教本「腹腹時計」を熟読し、これに感銘していたもので、手製爆弾について相当程度の知職を有していたと認められること、本件爆弾の製造にも関与していることなどの事実に照らすと、被告人及び齋藤和が本件爆弾の爆発の威力が強大であることを十分認識、予見していたことは明らかである。  すなわち、被告人は、「腹腹時計」を参考にして時限装置を製作しているほか、後述するように、齋藤との間で、本件爆弾を製作するに当たり、相談の上、密封性の高い湯たんぽを缶体としていること、爆弾のカモフラージュ用に東鳩サブレの缶等で補強しているが、「腹腹時計」第二章第【12】一編には  3 (それ自体で容器とみなせるような場所に仕掛ける場合)以外の場所ならば必ず強い容器につめる。  4 カモフラージュする場合は、同時に容器も補強される方法をとる方がよい。  6 理想的な形状は、ボンベ状である。  7 火薬をつめる口はネジ状がよい。  11 容器の補強の例等を記載  (「3」、「4」などは、同書第二章第一編の「項」である。) しているが、本件爆弾は、正にこれを実践したものといえ、被告人は、相当程度の爆弾知識があるものと認められ、しかも被告人らは、三井物産の枢要部である被告人の述べるところのテレックス室(通信部)を爆【13】破しようと考えていたのであるから、極めて強大な破壊力を有するものと考えていたことは疑いの余地がない。したがって、被告人及び齋藤が、本件爆弾が十分な殺傷力及び破壊力を有し、爆発すれば、人的、物的な被害が広範囲に及ぶことを十分認識、予見していたことは明白である。 (三) 本件爆弾の使用目的及び使用状況  本件爆弾が、被告人及び齋藤の東アジア反日武装戦線「大地の牙」グループによって、反日武装闘争の一環として、海外進出企業の三井物産等に対する爆破攻撃として使用されたその使用目的及び被告人らが右大型爆弾を白昼、社員の行き交うビル内に仕掛けて爆発させたその使用状祝に照らしても、被告人及び齋藤は、爆発時、その現場付近に現在する不特定多数の人を殺傷するに至ることは、十分に認識、予見していたものと認めるのが相当である。【14】  すなわち、被告人は、昭和四九年四月ころに前記東アジア反日武装戦線「狼」発行に係る「腹腹時計」を熟読し、強い感銘を受けるとともに、「狼」が同年八月三〇日に実行し三菱重工爆破事件に触発され、その直後から齋藤と協議を重ね、継続的に海外進出企業を攻撃爆破することを企図し、互いに三井系会社やビルディングを下見調査した結果を持ち寄り、三井は三菱に匹敵する政商であるとともに海外進出を策する政商であって、なかでも三井物産は三井系企業の中枢であると判断し、これを爆破対象と することを決定したものである。  被告人は、三井物産館に対する下見調査の中で、ビル内に入って調査し、三階のテレックス室が海外からの情報が送られてくる枢要部と考え、同所を中心に爆破しようと考えた。  被告人は、齋藤よりも自分の方が怪しまれずに爆弾を仕掛けることが【15】できると判断し、齋藤に対し、積極的に爆弾の仕掛け役を買って出た上、社員に成り済ますため、斎藤に依頼して、女子社員を尾行させ、更衣室を突き止めて制服を盗もうとしたが首尾よく行かず、結局、制服に似せた服を自らの手で仕立て、更に、犯行に赴く経路についてまで予行練習を行うなど用意周到に準備を整えた。犯行時刻については、下見の過程で、社員の昼休みが午前一一時三〇分ころから午後一時ころまでであると考え、午後の仕事を始める午後一時一五分を爆破時刻と決めた。他方、被告人は、齋藤の指示を受け、爆弾に使う時限装置の製造については、「腹腹時計」を教本にして、実行日の一〇日くらい前から製作に取りかかり、点検の上、齋藤に渡した。爆弾は、齋藤が完成させたが、缶体は、お互いに知恵を出し合い、最終的には、密封性の高い湯たんぽを使うこととし、カモフラージュ及び補強用として、被告人が、東鳩サブレの缶【16】を提供した。発火装置は、ガス点火用ヒーターを使用した。被告人の持った感じでは、爆弾の中身そのものの重量は四キログラムくらいであったが、齋藤が、コンクリート、パテ等で補強した重量は、六、七キログラムくらいに感じた。  犯行当日、被告人は、齋藤との事前打ち合わせのとおり、午後零時一六分ころ、地下鉄三田駅で齋藤から爆破時刻がセット済みの前記爆弾を受け取り、内幸町駅で降りて徒歩で三井物産館に行き、午後零時三五分ころ、同館西側出入口から館内に入り、給湯室に女性社員がいることを知りながら、三階第三広間の西側コンクリート床上に爆弾を仕掛けた。  その後被告人は、再び地下鉄を利用し、内幸町駅から御成門駅に出て、午後零時五〇分ころ、同駅改札口付近の公衆電話を用い、地下鉄五反田駅で待機中の齋藤に仕掛けが終了したことを報告した。(被告人の【17】検察官に対する昭和五〇年六月一四日付供述調書・乙一四号証、同月二一日付供述調書二通・乙一七・一八号証等)  以上の経過を経て、前記爆弾は、予定どおり、午後一時一五分に爆発したものであるが、本件爆弾を仕掛けた右場所は、直近に給湯室、通信部出入口があり、近くには、廊下及びエレベーターがあることから、多数の負傷者が出ることは極めて明らかであり、あらかじめ本件現場の下見を行い、現場の状況を熟知していた被告人にとっては、一層明確にこれを認識していたと認められる。このような、本件爆弾の使用目的及び使用の具体的状況からみても、被告人が、本件爆弾の爆発によって、爆心地は無論のことその付近に現在する不特定多数の人に対しても、殺傷の被害が及ぶことを十分認識、予見していたことは明らかである。  「腹腹時計」には、「日帝本国の労働者、市民は、植民地人民と日常【18】不断に敵対する帝国主義者、侵略者である。」「日帝の手足となって無自覚に侵略に荷担する日帝労働者が、自らの帝国主義的、反革命的、小市民的利害と生活を破壊、解体することなしに『日本プロレタリアートの階級的独裁』とか『暴力革命』とかを、例えどれ程唱えても、それは全くのペテンである。」「日本帝国に於て唯一根底的に闘っているのは、流動的労働者=日雇労働者である。」などと記載されていること、さらに、「爆破、殺傷の対象を限定し、無用な巻きぞえなどの犠牲を出さない様に作戦上配慮しなければならない。」との記載は、裏を返せば、必要な、あるいは不可避的な殺傷を容認している記述と理解できること、また、本件後に被告人らが公表したいわゆる犯行声明文に「日帝ブルジョア報道機関に告ぐ。東アジア反日武装戦線に志願し、その一翼を担うわが部隊は、本日、植民地主義侵略企業三井物産に対し本社爆破攻撃を【19】決行した。東アジア反日武装戦線 大地の牙」(声明文・甲A一一七号証)と記載していることなどを総合すると、被告人らは、日雇労働者以外の労働者、特に、三井物産に勤務する会社員も日帝侵略企業に寄生する植民者であると評価していたことは明白であるから、被告人らのこのような考え方と前述した本件爆弾の使用状況などを併せ考察すると、被告人及び齋藤は、東アジア反日武装戦線「大地の牙」が、反日武装闘争の一環として最初に敢行する企業爆破攻撃を成功させ、その成果を誇示するためには、むしろ企業の従業員等の一部を巻き添えにすることを、積極的に認容していたものと認められる。  被告人も検察官に、「三井物産の爆破事件については、殊更総括らしい総括は行っておりませんが、齋藤君との間では、お互いに三井物産を攻撃することの妥当性は認めあっておりましたし、現場には、足のつく【20】ような証拠も残さず、先ずは完全犯罪に近い状態で任務を遂行できたし、怪我人も比較的少なく成功したとの評価はともかく大きな失敗はなかったと総括しました。若干のお巡りさん、一部の三井物産の社員が怪我をしましたが、それは予告電話をしたにもかかわらず、爆弾の処理を誤ったことに起因するものであってその程度の怪我人が出ることはやむをえないと考えてましたし、出入りのラーメン屋さんを怪我させた点については後日に至って気の毒なことをしたと思いましたが、その時点では、これもやむをえないことだと考えていた。」「何と言っても三井物産爆破は、大地の牙グループにとっては旗揚げの仕事であり、今後かかる爆弾闘争が継続できるか否かの瀬戸際に立たされた仕事ともいうべき性質のものでした。」(前記乙一入号証)などと、死傷者がでることはやむを得ないと考えていた旨供述している。【21】  なお、被告人は、当公判廷において、爆弾の威力の認識がなかった理由として、本件爆弾の製作には一切関与していないなどと弁解している。その理由として、時限装置は、昭和四九年八月中旬ころ、齋藤に言われるまま、その使用目的も明確に認識せず、数個作ったので、齋藤がそれを使ったかも知れないなどと弁解している。被告人が、当時、訓練のため、時限装置の製作を試していたか否かはともかくとして、被告人の捜査段階の検察官に対する供述によると、「時限装置は、時計に狂いが生じると予定された時刻に爆発しないことになり困るので、実行の一〇日くらい前から製作に取りかかり、点検完了したものを齋藤に渡していた」(前記乙一八号証)のであり、その内容は極めて合理的で納得がいくものであって、被告人の右弁解は、いささかでも自己の責任を軽減しようとする虚偽の供述であることが明らかである。また、被告人の捜査【22】段階における検察官に対する爆弾製造に関する供述(前記乙一四号証)は、図面を書いて具体的に説明し、鑑定書等の客観的証拠とも合理的に符合し、さらに、当時から、三井物産館の爆弾の発火装置としてガス点火用ヒーターを使用したことを認識していたことは、被告人が「大地の牙」の連絡担当として、「狼」の大道寺將司と会談した初期のころ、同人に対し、三井物産爆破の際に、爆薬は塩素酸ナトリウムが主なもので、起爆装置として、ガス点火用ヒーターを使用した話をしていることからも裏付けられる(大道寺將司の検察官に対する昭和五〇年五月二七日付供述調書(謄)・甲L四号証及び同年六月一二日付供述調書(謄)・甲L九号証)。なお、被告人は、その際、大道寺將司から、起爆装置としては、ガス点火用ヒーターよりも雷管の方が威力が出ると聞き、その後、同人に依頼して、雷管の提供を受け、これを大成建設爆破事件に使用してい【23】ることからしても、被告人は、三井物産館爆破事件で多数の重傷者を出したことに格別反省躊躇もしておらず、次の、大成建設爆破事件へとつながっていったのである。  ところで弁護人は、前記鑑定書(甲A六七号証)によれば、ガス点火用ヒーターが二個使用されていると認められるのに、被告人の検察官に対する供述調書(前記乙一四号証)に添付されている爆弾の図面は、これと異なるため、同検面調書の信用性が認められない旨主張しているが、そもそも爆弾本体の作成は主として齋藤が行っており、右程度の齟齬をもって、この点に関する被告人の検察官に対する供述調書の信用性が少しも損なわれるものではない。  爆弾は、ピストルなどと異って本来無差別に多数の人を殺傷する威力を有する武器であるから、被告人らが爆弾闘争を貫徹する以上、不特定【24】多数人を巻き添えにする場合があり、死傷者がでることも爆弾闘争の避けられない宿命として、これを肯定したことは十分了解できるところである。 (四) 予告電話について  弁護人は、前述のとおり、被告人らに殺意がなかったとする根拠の一つとして、被告人らが本件爆弾の爆発による死傷の結果を確実に回避するため、事前に予告電話をして避難するよう警告した事実を指摘しているので、この点について検討する。  確かに、被告人らが予告電話を行ったことは認められるが、そもそも予告電話で退避を警告するということは、被告人らが本件爆弾の爆発によって付近に居合わせる多数の人を殺傷する結果の生じることを予測していたことの証左であるし、以下に詳述する事実に照らせば、右予告電【25】話によって、死傷の結果を確実に回避できるとは、到底認められず、そのことは、当時被告人らも十分承知していたものと認められ、予告電話は、被告人の殺意の認定になんら影響を及ぼすものではない。  前述したように、被告人らが東アジア反日武装戦線「大地の牙」の、海外進出企業に対する爆破攻撃の一環として行った本件爆弾使用の動機・目的等に照らすと、被告人らは、予告電話によって、本件爆弾が爆発前に発見され、警察官により不発になるよう処理されることを意図していたものでは決してなく、あくまでも、本件爆弾を予定した時刻に爆発させ、三井物産館の枢要部ととらえていた通信部を中心に建物、機材等を爆破して海外進出企業の三井グループに対し、大きな物質的及び心理的な打撃を与 え、所期の目的を達成することを意図していたことは明白である。【26】  しかも、被告人らが予定した予告電話から爆発までは二〇分程度という短時間であり、その予告電話の内容も、具体的な仕掛け地点、爆発時刻、爆弾の形状など重要なことは通告していない上、予告電話は必ずしも確実に相手に通じるとは限らないし、特に本件犯行は、昼食時であり、その情報が従業員に行き渡る保障もなく、これらの場合の善後措置の検討もなされていないこと、被告人は、従業員らの避難措置がとられるかどうかも確認せず、現場を立ち去っていることなどの事実に照らすと、被告人は、予告電話によって、殺傷の危険を回避できるなどと考えていたとは、到底認められない。また、予告電話をかけ、仮にこれが通じたとしても、通報を受けた警察官、場合により従業員等の会社関係者が爆発物の捜索行為等に及ぶであろうことは自明のことであり、被告人も当公判廷で、何故、予告電話をかけることにより人の殺傷を回避できると【27】思ったのか、合理的説明もし得ない。したがって、被告人らは、予告電話が通じなかったり、不十分である場合はもちろんのこと、仮にこれが通じても、通報を受けた警察官等付近に現在する不特定、多数の人を殺傷するに至ることは、十分認識、予見していたものである。実際、三井物産館三階業務部極東室勤務の駒場美智子の検察官に対する供述調書(甲A六八号証)によると、午後零時五一分ころ、東アジア反日武装戦線と名乗る者から電話を受け、「三井物産 に爆弾を仕掛けた。直ちに全員退避せよ。これは決して冗談じゃない。」などと言われ、その旨総務部へ伝えたこと、同社総務部総務室勤務の清水怜子の当公判廷における証言(第四六回公判)によると、午後零時五三、四分ころ、「爆弾を仕掛けた。」との電話を受け、午後零時五五分ころ、一一〇番通報したこと、重機械部開発課勤務の高橋秀明の当公判廷における証言(第四六回【28】公判)によると、午後零時五四分ころ、東アジア反日武装戦線大地の牙を名乗る者から「爆弾を仕掛けたのですぐ退去せよ。」旨 の電話を受け、その旨総務部へ伝えたこと、他方、不審物件を探すようにとの社内放送が入ったため、従業員が不審物件の調査を行い、また、急報を受けた警視庁が愛宕著警察官を派遣し、館内を捜索中、同日午後一時一五分ころ、前記爆弾が爆発し、警察官四名を含む社員等が重軽傷を負ったものである。 3 結 論   以上詳述したとおり、本件爆弾の爆発により現実に発生した物的・人的な被害の結果及び本件爆弾は、被告人らのゲリラグループが、反日武装闘争の一環として海外進出企業の爆破を目的として、白昼、ビルの中に仕掛けて爆発させたものであることなどの諸事実を総合すると、被告人及び齋【29】藤は、本件爆弾が、極めて威力の強大なものであり、その爆発によって爆発地点及びその付近に現在する不特定多数の人を殺害するに至ることを十分認識・予見していたものと認められるから、被告人及び齋藤に、右の不特定多数人に対する殺害についての故意が存在していたことは明らかであり、右故意に基づき本件爆弾を使用したものである以上、殺人未遂罪が成立することは明白であり、また、爆発物取締罰則一条の「人の身体を害する目的」が存在したことも当然である。 二 大成建設爆破事件についての被告人の実行の関与の程度、殺人未遂の殺意及び共犯者との共謀並びに爆発物取締罰則違反の同罰則一条の「人の身体を害する目的」、正犯性について  1 弁護人の主張の要旨    弁護人の主張の要旨は、要するに、被告人は、「狼」が実行した三菱【30】重工爆破事件が多数の死傷者を出したことにつき、目的の正当性を認めながらも、結果には批判的であり、先に「大地の牙」が実行した三井物産館爆破事件についても、死傷者を一切出さないと確信していたところ、多数の負傷者も出し、本件大成建設爆破事件については、積極的関与は一切しておらず、爆破対象設定の謀議には参加せず、爆弾の製造にもさしたる関与もしていないので爆弾の構造や威力についても分からず、また、事前の予告電話で、人の殺傷は、確実に回避できると考え、かつ、実行行為も行っていないので、殺意及び殺人未遂の共謀がないのはもちろん、爆発物取締罰則一条の「人の身体を害する目的」もなく、同罰則違反の幇助犯が成立するに止まるものとの主張と思料される。  結局、弁護人の右主張は、相互に密接に関連するところであり、被告人の殺意及び爆発物取締罰則違反の同罰則一条の「人の身体を害する目的」【31】を論じることに併せて、共犯者との共謀及び被告人の正犯性等を論ずることとする。 2 弁護人の主張に対する反論 (一) 本件爆弾の構造とその威力  被告人らが製造・使用した本件爆弾の構造は、鑑定結果(宮野豊ほか二名作成の鑑定書(謄)・甲B三〇号証、三宅勝二作成の鑑定書(謄)・甲B三一号証、飯田裕康ほか一名作成の鑑定書(謄)・甲B三二号証、高生精也ほか一名作成の鑑定書(謄)・甲B三三号証、高生精也ほか一名作成の鑑定書(謄)・甲B三四号証、荻原嘉光作成の鑑定書(謄)・甲B三五号証)等によれば、石油ストープ用カートリッジタンクを缶体とし、塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムを主成分とする塩素酸塩系の混合爆薬を詰め、これに積層乾電池及び点火装置を取り付けた電気的発火方式による時限式の【32】手製爆弾と認められるが、被告人及大道寺將司の供述を加味すると、起爆装置として手製の電気雷管を使用したものと認められ、石油ストーブ用カートリッジタンクという相当程度の大きさで、密封度の高い缶体に、塩素酸塩系の混合爆薬を詰めるなどした相当大型の爆弾と認められる。  そしてその威力は、本件爆弾の爆発によって、爆心地付近に居合わせた川田勝利ら八名に重軽傷を負わせたほか、爆風により、小型トラックを横転させ、大成建設本社ビルを中心とする建物を破壊したもので、負傷者の人数、負傷の程度とともに、多大の人的・物的被害が発生していることに ょっても明らかなとおり、極めて強大なものである。  本件爆弾の爆発による破壊力の程度は、取調済みの各実況見分調書等に添付された現場写真を見れば、一目瞭然であり、多言を要しないとこ【33】ろであるが、若干の例を指摘する。  本件犯行現場は、大成建設本社ビル、十字路をはさんで、概ね東側に大倉本館、概ね西方向に大倉別館の各ビルが建っているところ、司法警察員宮本_司作成の実況見分調書(謄)(甲B二四号証)添付の現場写真によると、爆心地と認められる大成建設ビル一階駐車場東南東角付近を中心に、大きな被害が発生している。すなわち、小型トラックは、右側を下に向け路上に横転し(写真No1の10・11)、鉄製踏板は、一〇メートル程度飛ばされているものを含めて、多数が路上に散乱しており(写真No1の10・11・27)、同駐車場一階天井板がことごとく落下破壊され、玄関のガラスは粉砕して散乱しており (写真No1の3ないし7・9ないし19・20ないし30)、爆発の強烈さを物語るものである。  ところで、爆弾の予告電話による通行止めが解除になったことから、【34】川口勝利は堀清士の運転する小型トラックでカレンダーを配達するため大成建設に赴き、同車からカレンダーを降ろして、手押車でカレンダーを運搬中に爆心から数メートル離れた場所で被害に遭い、頭部挫創、右手第三指切断を余儀なくされるほどの重傷を負い(川口勝利の検察官に対する供述調書(謄)・甲B三八号証等)、右堀は、爆弾の上に駐車していた右トラックの荷台に乗車中被害に遭い、トラックもろとも路上に転倒し(堀清士の検察官に対する供述調書・甲B四一号証等)、また、爆心地の一〇メートル程度離れた場所を歩行中の湯沢あさみも爆風でその場に転倒し側胸部に金属片が突き刺さる傷害を負った(湯沢あさみの司法警察員に対する供述調書(謄)・甲B五三号証等)。  いずれの本件被害者も、その位置関係、本件爆弾の規模、爆発状況等からして、爆弾爆発による生命に対する現実的危険性が優に認められる。【35】  以上のとおり、本件爆弾によって、現実に生じたトラックの横転、建物等の破壊状況、被害者の負傷状況などに照らすと、本件爆弾が客観的に極めて威力の強烈なものであり、爆心地点はもとより、相当広範囲にわたって、現在する不特定多数人を殺傷するに足る威力を有していたことは明白である。 (二) 本件爆弾の威力についての被告人の認識  被告人は、前述したとおり、「腹腹時計」を熟読し、既に相当程度の爆弾に対する知識を有している上、三井物産館爆破事件で既に企業爆破を経験していた上、後に検討するとおり、密封性の高い石油ストーブ用のカートリッジタンクを齋藤とともに入手し、これを缶体とした上、爆発力を高めるため、大道寺將司から雷管を入手してこれを起爆剤に使用するなど、被告人及び齋藤が、本件爆弾の十分な殺傷力及び破壊力を理【36】解し、爆発すれば、人的、物的な被害が広範囲に及ぶことを十分認識、予見していたことは明白である。 (三) 本件爆弾の使用目的及び使用状況等  右を論ずるに当たり、併せて、共犯者との共謀が優に認められることを論証する。   なお、弁護人は、被告人が本件爆弾の運搬、仕掛け行為に関与していない旨主張しているが、被告人が、本件爆弾の運搬、仕掛け等を分担したことは明白である。  被告人ら「大地の牙」は、三井物産館爆破攻撃後、齋藤の提唱で、その対象を大成建設に絞ったが、その経緯は次のとおりである。被告人は、齋藤から提案を受けた後、自らも大成建設の社史や書籍類を研究し、大成建設は、戦後、大倉組から大成建設に社名を変更したものの、その理【37】由は、上辺だけのことであり、戦前は大倉財閥として日本帝国主義の植民地支配の一翼を担い、戦後も韓国やインドネシアに対する企業侵略を行っている政商であり、死の商人であると考え、齋藤の考えに積極的に賛同した。被告人らは、計画当初、大倉財閥の象徴的な意味もあるホテルオオクラの集古館を爆弾攻撃の対象とすることも検討したが、アメリカ大使館に隣接し、警備も厳しいと考えて断念し、大成建設を爆破の対象に選定した。そこで、被告人は、昭和四九年一一月下旬ころ、爆弾の缶体とするために、密封性の高い石油ストーブのカートリッジを入手しようと、齋藤とともに秋葉原に行き、結局、購入せずに、店員の隙を見て、窃取して調達した。  他方、被告人は、齋藤の指示を受け、「大地の牙」を代表して、「狼」の大道寺將司との連絡調整を委されていたため、同年一二月初め【38】ころ、新宿区内の喫茶店で大道寺將司に右計画を告げ、右攻撃に使用する起爆装置として雷管一個の交付方を依頼し、そのころ、大道寺が、「狼」グループ の片岡、大道寺あや子、佐々木則夫らとともに被告人らの計画と依頼につき協議し、検討した結果、「狼」の全員がこれに賛同し、片岡らにおいて用意した雷管一個を、同年一二月四日ころ、被告人が大道寺將司から受領したが、その際、電源には、九ボルトの積層乾電池を用い、雷管は塩素酸ナトリウムに直接触れると危険だから紙に包んで装填するようにとの指示を受けた。また、被告人は、大道寺將司に対し、決行日は、一〇日の午前中である旨伝えた。  ところで、大成建設内部の下見は、齋藤のみが行ったが、ビル内部に適当な爆弾設置場所がなかったことから、被告人と齋藤で協議し、交差点をはさんで大倉関連のビルがあることを考慮し、大成建設の一階駐車【39】場出入口に爆弾を仕掛けることとした。  被告人らは、現地調査の結果、右駐車場出入口の鉄製踏板の下に爆弾を設置することとし、辺りをカモフラージュするために、同所で被告人がうずくまる振りをしてその間に齋藤が爆弾を仕掛ける相談をし、実際に、新宿西口の中央公園で練習もしたが、他の通行人に助けられたら元も子もな くなることからその方法は断念した。  被告人は、右雷管を齋藤に渡し、また、齋藤の依頼で時限装置を作成し、これを齋藤に渡して協力し、齋藤が爆弾を完成させた。  爆弾の運搬方法についても、斎藤と相談し、三枚の手提げ袋を準備し、その中に爆弾を入れて、受渡しの際に抜き取って袋の模様を変える工夫をした。  犯行当日、被告人は、午前六時ころ、齋藤と新宿で落ち合って前記工【40】作の施された手提げ袋入りで、時限装置をセット済みの爆弾を受け取り、先に地下鉄に乗車して銀座駅で齋藤を待ち、同駅において、再び齋藤に爆弾を渡し、二人とも路上に出て、左右の道路に分かれて徒歩で大成建設に向 かい、午前六時三〇分ころ、被告人が通行人の見張りをしている際、予定どおり、齋藤が、前記大成建設一階駐車場出入口の鉄製踏板の下に本件爆弾を隠すように設置した。(大道寺將司の検察官に対する昭和五〇年五月二七日付供述調書(謄)・甲L四号証、同月一二日付供述調書(謄)・甲L九号証、 大道寺あや子の検察官に対する昭和五〇年六月二〇日付供述調書(謄)・甲P九号証、益永(旧姓片岡)利明の平成一一年一〇月一四日付証人尋問調書、被告人の検察官に対する昭和五〇年六月九日付、同月一二日付、同月一六日付供述調書・乙九号証・一〇号証・一六号証等)【41】 (四) 予告電話について   被告人は、殺意等がなかった理由の一つとして、予告電話を齋藤がしたことを主張するが、そもそも爆弾は、無差別に人を殺傷し得る凶器であり、それを使用する以上、絶対的に回避できる措置を講じていない以上、死傷者の発生を当然容認しているものといえる。特に本件現場は、公道に面した駐専場出入口であり、爆発予定時刻も午前中であり、爆弾を鉄製踏板の下に隠したわけであるから、極めて発見しづらい場所である。しかも、被告人らは、三井物産館事件で掛けた予告電話も功を奏さず、多数の重軽傷者を出したわけであり、被告人らは、予告電話が通じなかったり、不十分である場合はもちろんのこと、仮にこれが通じても、通報を受けた警察官、あるいは不審物の捜索に従事する従業員等、付近に現在する不特定、多数の人を殺害するに至ることは、十分認識、予見【42】していたものである。  ところで、齋藤は、爆破予定時刻よりも一時間以上前に大成建設総務部庶務課ほか二か所に予告電話を入れたが、爆発時刻、設置場所等重要な事項は一切連絡しておらず(皆川芳子の検察官に対する供述調書・甲B五五号証、吉家光夫の検察官に対する供述調書・甲B五六号証、赤坂光俊の検察官に対する供述調書・甲B五七号証)、交通規制等も爆発時刻より早く打ち切られたが、仮に、もう少し遅らせて電話を入れたとしても、被告人らの殺意をいささかも否定するものではないことは、詳論したとおりである。 3 結  論  以上、詳述したとおり、本件爆弾の爆発により現実に発生した物的・人的被害の結果、及び本件爆弾は、被告人らが反日武装闘争の一環として海【43】外進出企業の爆破を目的として、白昼、公道に面した駐車場出入口に爆弾を仕掛けて爆発させたものであることなどの諸事実を総合すると、被告人は、本件爆弾が、極めて威力の強大なものであり、その爆発によって爆発地点及びその付近に現在する不特定多数の人を殺害するに至ることを十分認識、予見していたものと認められる。  また、被告人が、齋藤との殺人及び爆発物取締罰則違反の共謀はもとより、「狼」の大道寺將司らと爆発物取締罰則違反の共謀が存したことが優に認められる。特に、被告人もその作成に関与した報道機関に発送した犯行声明文の「東アジア反日武装戦線の一翼を担い、わが″大地の牙″は、本日、大成建設(†大倉土木)を筆頭とする旧大倉財閥系企業の本籍地を爆破攻撃した」旨の記載(声明文・甲B六二号証)は、正に、今後、手を携えて反日武装闘争を展開しようとする被告人ら「大地の牙」の強い決意【44】と受け取れ、被告人が自己の犯行として実行したことは明らかである。  なお、被告人は、本件犯行現場には行っていない旨当公判廷で弁解しているが、被告人の爆弾設置の練習方法、三つの手提げ袋を利用して爆弾を運搬したことなどは、到底経験しなければ語れないことであり、被告人の捜査段階における検察官に対する供述は、信用性十分であり、被告人の行動は、他の関係証拠とも合理的に符合し、疑う余地がない。なお、被告人は、捜査段階では、あえて、自分が行っていない行為についてまで、齋藤と二人でやったとの作り話をしたかのごとく主張するが、真に被告人が関与していないのであれば、齋藤一人でも犯行は可能であり、あえて、種々作り話を交えてまで虚偽供述をする必要性は全くない。 三 間組大宮工場爆破事件につき、爆発物取締罰則一条の「人の身体を害する目的」及び間組本社ビル九階及び六階爆破事件につき、共犯者との共謀につ【45】いて  なお、同罰則一条の加害目的としては、「治安を妨げる目的」か「人の身体・財産を害する目的」かのいずれかの目的があれば足り、後者の目的については、人の「身体」と「財産」のいずれか一方を害する目的があれば足り(最判昭和四二年九月一三日刑集二一・一・三一三等)、弁護人のこの点についての右主張は、犯罪の成否には直接関係しないが、「人の身体を害する目的」が存することは明らかである。 1 関係証拠によると、以下の事実が認められる。  昭和五〇年一月初めから同月下旬にかけて、「狼」「大地の牙」「さそり」の三者は、それぞれの内部での三者合流の意思を固めながら、「狼」の大道寺將司が、大地の牙の被告人、さそりの黒川芳正と都内の喫茶店で個別に三者会談を開いていた。そして、同月末ころ、「大地の【46】牙」は、被告人から齋藤に担当者が代わり、都内の喫茶店において、「狼」の大道寺將司、「さそり」の黒川と三者会談を開き、その席上、黒川から聞組を対象とする爆弾攻撃が提案され、同年二月三日ころに開かれた三者会談において、間組が戦時中の木曽谷のダム工事にみられるような朝鮮人や中国人捕虜を強制連行して酷使し、多数の死者を出し、現在でもマレーシアのテメンゴールダム建設では、現地の反動政権に協力し革命勢力に敵対しているとして、これを攻撃対象にすべき旨の黒川の提案に、全員で賛同するとともに、間組に対する攻撃の提案を「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループの共同作戦として実行すること、直ちに各グループはそれぞれ攻撃目標を選定し準備にかかること等を決定し、そのころ、右出席者から右決定内容を各グループの所属員に告げて全員の賛同を得て、各グループは各別に下見などの調査を重ね、同月二一日ころに開かれた三【47】者会談において、「狼」が間組本社ビル九階を、「さそり」が同六階を、そして、「大地の牙」が間組大宮工場をそれぞれ同時に爆破することを決め、さらに、同月二五日に開かれた三者会談において、決行日が同月二八日、爆発時刻は午後八時とすることなどを決め、その都度、出席者から右決定内容を各グループの所属貝に告げて全員の賛成を得たものと認められる。(大道寺將司の検察官に対する昭和五〇年六月二一日付、同月二二日付、同年七月一日付供述調書(謄)・甲L一〇号証・一一号証・一四号証、黒川芳正の検察官に対する同年六月二二日付、同月二四日付、同年七月四日付供述調書(謄)・甲N八号証・九号証・一四号証、被告人の検察官に対する昭和五〇年六月一三日付、同月一六日付、同年七月七日付供述調書・乙一三号証・一六号証・二一号証等)  その後、各グループは、予定どおり、各自の担当場所を爆破攻撃したが、【48】右事実関係で明らかなように、被告人は、齋藤はもちろん「狼」及び「さそり」の構成員との問において、右聞組本社ビルの九階、六階及び大宮工場を爆破攻撃することにつき、東アジア反日武装戦線の一員として、海外進出企業に対する爆弾闘争として加功したものであり、被告人らにおいて、間組同時爆破という共通の目的の元に一体となり、互いに他の者の行為を利用して自己の犯罪行為を実行することを内容とする共謀が成立したものと認めちれる。  この点、被告人も、捜査段階において、前記供述調書のとおり、攻撃目的、爆弾攻撃対象を最終的に決定した経緯、同時爆破の方法によること、今回は、「さそり」の提案によるものであるから、通告文は「さそり」に任せることにしたこと等詳細に供述しており、信用性に全く疑問を差しは さむ余地がない。なお、被告人は、「さそり」及び「狼」が間組本社ビル【49】の同時爆破を実行することを認識している以上、仮に、彼らが何階に爆弾を仕掛けるのか知らなくても、共謀の成立を妨げるものでないことは明らかである。そして、被告人が、間組本社ビル爆破が、「治安を妨げる目的」「人の財産を害する目的」はもちろん、「人の身体を害する目的」をもって犯行に及んだことは明白である。それは、仮に、予告電話を行ったとしても同様であること、これまで検討したとおり多言を要しないと考える。 2 ところで、被告人は、大宮工場爆破事件につき、爆破攻撃の目的が、「治安を害し、人の財産を害する目的」があることは争わないものの、「人の身体を害する目的」についてはこれを争うので、以下、検討する。  本件犯行に使用した爆弾の規模、爆発の威力、設置場所、爆破時刻等から、「人の身体を害する目的」があったことは、優に認められる。【50】  爆発物取締罰則一条の「人の身体を害する目的」があるというためには、爆発物の使用に当たり、爆発物の爆発により他人の身体が害される結果の発生することを確定的に認識するまでの必要はなく、右の結果の発生することを未必的に認識し、かつ、認容していれば足りると解され(東京高裁判決昭和五六年七月二七日・高刑集三四・三・三三一)、また、同規定は、爆発物の使用がその使用目的いかんによっては、国家社会に重大な危害を与える危険性のある点に着目し、いやしくも他に危害を加える目的をもって爆発物を使用した者に対しては、その治安を妨げると、人の身体財産を害するとを問わずこれを処罰することによって、人の身体財産のみならず、我が国社会の平和秩序を保護することを目的としたものであり、その目的の達成は右の罪の成否とは何ら関わりがないものと思料されるところ、本件爆弾は、約三・八リットル入りの金属缶に塩素酸ナトリウムを主薬とす【51】る混合爆薬を詰め、手製雷管等からなる起爆装置を接続させた大型の手製爆弾であり、爆発により、コンクリート製の塀を倒壊させるほどの威力を有し、設置場所は、バスの停留所が近くにあり(司法警察員浅見永治ほか七名作成の検証調書(謄)・甲C一四六号証)、若干の時間的間隔があるとはいえ、バスの利用者をはじめ歩行者、車両等の通行も十分予測される時間帯であったこと、齋藤が午後七時四五分ころ、近くの倉庫の管理人に通告の電話を入れたとはいえ、既述のとおり有効・確実な手段とは言い難く、実際にも、同人が警察に通報して警察車両が臨場して間もなく爆発していること(角田節子の検察官に対する昭和五〇年七月二日付供述調書・甲C一五五号証)からして、被告人に「人の身体を害する目的」があったことは優に認められる。 四 韓国産業経済研究所爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件につき、爆【52】発物取締罰則一条の「人の身体を害する目的」について  本件爆弾が時限装置付きで、爆発時点では、被告人らは退避しているところ、韓国産業経済研究所のあるトキワビルは、会社事務所、飲食店等が密集するビル街にあり、地下一階、地上七階建ての雑居ビルで同研究所はその五階にあり、爆弾は、同ビル五階に仕掛けられた。(検証調書(謄)・甲D一号証、実況見分調書(謄)・甲D三号証、五号証、七号証、九号証、一〇号証) そして、爆弾を設置した午後八時から爆発予定時刻の翌日の午前一時ころまでの間には五時間の間隔があった。  一方、オリエンタルメタルのある松本ビルは、付近に幹線道路及びそれに付設された歩道が通り、直近にはアパートが存在し、松本ビルはオリエンタルメタル等三一社が入居する雑居ピルであり、爆弾は、同ビル七階に仕掛けられた。(検証調書(謄)甲E一号証)【53】  また、爆弾設置時刻から爆発予定時刻までに相当の時間の間隔があったものと思料される。  したがって、いずれも、ビル内に夜勤等で人が現在する可能性も認められる上、爆発時刻に人が通行する可能性も認められる。  そして、爆弾の爆発により、ビル内にいる人に怪我を負わせる可能性が認められる上、爆発により、窓ガラスの破片等により、通行人等が怪我を負う可能性もあり、実際に爆弾を仕掛け、あるいは現場を下見した被告人は、右各事実を認識しているものと認められるから、いずれについても、「人を害する目的」が存在したものと認められる。 五 いわゆる偽造旅券行使事件について 1 弁護人の主張の要旨  被告人は、本件公訴事実について、捜査段階では黙秘し、公判段階に至【54】り、「平成六年暮れないし七年初めころ、公訴事実記載の旅券を、当時居住していたルーマニアのアパートで見たことはあるが、公訴事実記載の日時にスタモラモラヴィツァ国境検問所を通過したことはないし、その際、右旅券を提出行使したこともない。」旨弁解し、弁護人もこれに沿った主張をする。 2 本件公訴事実が認められることについて (一) 関係各証拠によれば、平成六年九月二五日、セルビア地方からルーマニア国に列車で入国する際、同国ティミシユ県スタモラモラヴィツァ国境検問所において、同国内務省国境警察の係官に対し、ペルー共和国内務省入国管理帰化局旅券部次長アグスティンBセガーラマリンの著名があり、所持者氏名欄に「MARIA YAMAMURA GALVEZ」、生年月日欄に「27 JULIO 1953」などの記載のある【55】右アグスティンBセガーラマリン作成名義のペルー共和国旅券(旅券番号〇二四八九二四、以下「本件旅券」という。)を提出行使した者が存在することは明らかであって、当公判廷でも争いのないところであるが、本件旅券が偽造にかかるものなのか、また、本件旅券を行使したのが被告人であるか否かが争点となっているので、以下検討する。 (二) 本件旅券が偽造されたものであることについて (1) 東京入国管理局成田空港支局長木原哲郎作成の捜査関係事項照会について(回答)添付の文書鑑識センター所属の入国審査官南部隆次作成の「文書鑑識センター分析結果」(甲A九号証)及び同人の第二九回公判証言によれば、本件旅券が偽造されたものであることは優に認められるところであるが、右分析結果及び証言の正確性ないし信用性について付言する。【56】  南部は、昭和六一年から入国審査宮として入国者の旅券等を審査する職務を経て、平成六年九月から右文書鑑識センターにおいて、入国審査カウンターや警察等から持ち込まれる偽変造の疑いのある旅券を鑑識する職務に従事し、年間約一、四〇〇件の偽変造旅券等を発見した経験豊富な入国審査官である。  南部は、本件旅券を鑑定するにあたり、その素材につき、本物の旅券と比較しながら、紫外線を照射するなどして紙質・透かし・隠し蛍光印刷の三点を考慮し、真正なものであると判断した上、本件旅券貼付の顔写真のページのラミネートが人為的に切断された跡がみられること、同ページに紫外線を照射した結果、のりがはみ出した跡かあるいは元貼ってあった写真を剥がす際に使った薬品の跡と思料される痕跡がみられることなどからして、本件旅券は素材は真正ながら、身分【57】事項を改ざんして写真を貼り替えたものであるとの結論を導いている。  このような鑑定の過程自体、実に合理的かつ詳細ということができ、 南部が弁護人の反対尋問に対して、全く揺らぐことがなかったことからもその信用性は明らかである。  このような諸点を考慮すれば、南部が行った本件鑑定の正確性、信頼性は極めて高い。 (2) また、本件旅券の所持者とされる 「MARIA YAMAMURA GALVEZ」に対し、ペルー共和国内務省入国管理帰化局旅券部が旅券を発行した事実はないこと、本件旅券と同一番号である真正旅券は、全く別のペルー人「LAYTEN HUERVAS MIRTHA」に対して発行されていること、右真正旅券は、平成五年八月二〇日、リマ市内の診療所において、けん銃を所持した二人組によって他【58】の旅券四通とともに強奪され、その旨の告発状が提出されていること(以上、岡田明作成の翻訳結果報告書・甲A二〇号証)、本件旅券の押捺指紋と被告人の指紋とは一致しないこと(石川俊一作成の鑑定書(甲A一五号証))は、本件旅券が偽造であることを裏付けている。 (3) したがって、本件旅券が偽造であることは優に認められる。 (三) 本件旅券を被告人が行使したことについて  (1) この点、セルビア地方と国境を接するルーマニア国スタモラモラヴィツァにおいて、列車での入国者に対して実施される検問は、国境警察員数名が一組となって列車内に乗り込み、約五〇分かけて、乗客一人一人に旅券を提示させて、その顔写真と所持人とを対比して本人であることを確認の上、出入国カードを渡し、必要事項を記入させて入国カード部分を切り取り、旅券と出国カードに入国スタンプを押して【59】本人に返還する仕組みになっており、本件旅券に押された入国スタンプは、セーフティシステムにより真正なものであることが確認されている(及川哲史ほか一名作成の翻訳結果報告書・甲A二五号証、加藤和雄の第三二回・三三回公判証言)。 (2) そこで、本件申請書貼付の顔写真に撮影された人物と被告人との同一性が認められるか否かが、被告人による犯行であることの決め手となるところ、本件旅券貼付の顔写真が被告人のものであることは、同顔写真と被告人を見比べれば一目瞭然ということができるのであるが、さらに右顔写真につき検討する。  小笠原忠造作成の鑑定結果報告書・甲A一二号証添付の警視庁刑事部鑑識課写真研究員谷口健作成にかかる鑑定書及び谷口の第三二回公判証言によれば、右同一性は優に認められるところであるが、右鑑定【60】の正確性ないし信用性について付言する。  谷口は、昭和六一年四月から右写真研究員として写真鑑定等の写真一般の業務に従事し、平成四年ころから、約一〇件の顔写真による人物の異同識別の鑑定を手掛けており、この種鑑定に熟達している鑑定人である。  本件鑑定の際には、顔写真撮影時の種々の条件、つまり撮影の時期、使用カメラ、撮影距離等の状態を考慮しつつ、写真上に表現された顔貌の形状及び顔面上の傷跡、ホクロ等の固有の特徴を比較した上、各形状の位置関係をスーパーインポーズを用いて両顔写真を重ね合わせて検討した結果、同一人と思われるとの鑑定結果を導き出していることが認められる。  このような鑑定の過程自体、実に合理的かつ詳細ということができ、【61】谷口が弁護人の反対尋問に対して、全く揺らぐことがなかったことからも明らかである。  このような諸点を考慮すれば、谷口が行った本件鑑定の正確性、信頼性は極めて高いものといえ、本件旅券貼付の顔写真と被告人の同一性は優に認められる。 (3) 加えて、被告人自身も認めているように、本件旅券がルーマニアの自宅アパートに存在したこと(被告人の第三五回公判供述)、被告人は、平成七年三月二四日に逮捕された際に本件旅券を所持していたこと(佐藤司郎の第二九回公判証言)も認められる。 (4) これらの各事実を総合すると、本件旅券を被告人が行使したことは優に認められる。 (四) 結論【62】  以上の諸事実によれば、被告人が偽造にかかる本件旅券を提出行使した事実は十分認められるものと思料する。 第二 弁護人らの法的主張について 一 爆発物取締罰則の違憲性の主張について 1 弁護人の主張の概要 (一) 形式的違憲性  爆発物取締罰則は、明治一七年太政官布告三二号として制定されたが、同罰則は、「命令」であって、昭和二二年法律七二号一条により、昭和二二年一二月三一日限り効力を失ったものと解すべきであるから、これを現在も効力があるとするのは、憲法三一条、七三条六号但書に違反する。 (二) 実質的違憲性【63】  同罰則一条の規定する「治安を妨げる目的」は、内容が極めて不明確であり、合理的根拠なしに苛酷な刑罰を定めており、近代刑法の基本原理に反しているから、憲法三一条、三六条に違反する。 2 弁護人の主張の失当性 (一) 形式的違憲性について  同罰則は、旧憲法七六条一項により、憲法に矛盾しない現行の法令であって遵由の効力を有するものと認められており、明治四一年法律二九号及び大正七年法律三四号という旧憲法上の法律の形式をもって改正手続が行われているのであるから、現行憲法施行の時点で「法律」と同一の効力を有するものであったことは明らかである。弁護人の指摘する昭和二二年法律七二号一条は、「命令」の効力を規定したものであるから、同罰則について適用の余地はなく、弁護人らの主張は理由がない。【64】  なお、同罰則が現行憲法下において法律の効力を有することは、最高裁判所の判例(最判小昭和三四年七月三日・刑集一三・七・一〇七五)の認めるところである。 (二) 実質的違憲性について  同罰則一条の「治安を妨げる目的」の「治安を妨げる」とは、公共の安全と秩序を害することをいうものと解するところ、その意味内容が不明確とはいえず、爆発物の有する強大な破壊力及びそれによる公共の安全秩序、人の生命身体財産に対する侵害の危険性が極めて大きいことを考えれば、合理的根拠なく不必要かつ苛酷な刑を定めているとはいえず、弁護人らの主張は理由がない(最判小昭和四七年三月九日・刑集二六・二・一五一等)。 二 公訴棄却等の申立てについて【65】 1 法務大臣の超法規的措置による釈放は、公訴権の放棄と見るべきであり、公訴棄却の判決を下すべきであるとの主張について  被告人が昭和五二年一〇月二日に法務大臣による超法規的措置により釈放されたことは明らかであるが、これは、日本赤軍が、ボンベイ、バンコク聞を飛行中の日航機第四七二便を占拠し、バングラデシュ人民共和国ダッカ空港に同機を着陸させた上、同機内の乗客を人質にして被告人らの身柄を釈放して引き渡すよう要求するという事件が発生し、日本赤軍の卑劣かつ理不尽な要求に対し、人質の生命の安全を確保するためやむを得ず、被告人の意思を確認の上、被告人らの意思を専重し、何らの法規にも基づかないで(文字どおり法規を越えて)釈放したものであり、決して公訴権を放棄したものではない。  したがって、公訴権が失効したなどということはあり得ず、弁護人らの【66】右主張も主張自体失当である。 2 前記法務大臣の超法規的措置による釈放により、被告人は、昭和五二年一〇月一四日の第二六回公判を最後として審理が中断され、その後、平成七年一一月二七日の第二七回公判が開かれるまでの間、約一入年間審理が行われておらず、審理が著しく遅延し、被告人の諸利益が害されているので免訴の判決を下すべきであるとの主張について  本件においては、約一八年間の審理中断、また、公訴提起からは二〇有余年が経過したことは事実であるが、これは、前記のように、被告人が法務大臣の超法規的措置により釈放されたことを奇貨として海外に逃亡していたからである。本件は、いうまでもなく極刑あるいはそれに準じた刑が予想される事実である上、公判係属中の事件はおよそ時効の観念を入れる余地がないことは明白であり、長期間裁判の進行が停止したのは被告人の【67】自業自得ともいうべきもので、弁護人らの主張は主張自体失当である。 3 逮捕手続に違法があり、この違法は公訴提起の効力に影響を与えるものであり、公訴棄却すべきであるとの主張について (一) 関係各証拠によれば、本件による我が国での逮捕経緯として、次の諸事実が認められる。 (1) ルーマニア警察庁組繊犯罪対策隊は、平成七年三月二〇日、偽造身分書類を使用したとして同国内の外国人の地位に関する規定違反により被告人の身柄を拘束した。  被告人は、同月二二日、ブカレスト市オトペニ空港発バンコク行きのルーマニア航空機に搭乗させられ、タイ王国に向けて国外退去となった。 (2) 同便は、同月二三日、バンコクに到着し、被告人は一時バンコク空【68】港で休憩した後、バンコク発成田行きの日本航空七一八便に搭乗し、同機は同月二四日離陸した。 (3) 警視庁は、同月二一日、被告人に対する偽造旅券行使等についての逮捕状の発付を得、同逮捕状の執行のため、警視庁公安部所属の警察官佐藤司郎をバンコクに派遣しており、同人も右七一八便に乗り込んだ。  同人は、同月二四日午前三時五二分ころ、機長から、同機が日本の領空に入った旨の証明書の交付を受け、同日午前三時五六分ころ、同機内において、被告人を右逮捕状により通常逮捕した。 (二) 右に摘示した被告人の本邦への帰国状況及び逮捕の経緯によれば、まず、被告人がルーマニアのオトペニ空港からタイのバンコク空港に到着し、さらに、同空港において本邦に向かう航空機に搭乗するまでの経過【69】は、ルーマニア国が、その国家主権に基づいて行った国外退去処分の結果であるから、身柄拘束及びそれに続く国外退去処分が同国の法令に準拠して行われたか否かについて、我が国の司法機関が、その適法・違法等の判断をなし得ないことは明らかである上、主権国家からなる今日の国際社会においては、外国政府が適法と判断して行った国外退去処分は、我が国においても適法とみなされるべきものである。  また、日本国政府が送還手続に関係したと否とを問わず、被告人の身柄拘束及びそれに続く国外退去処分は、ルーマニア国の国家主権に基づいてなされたものであるから、これを日本国の捜査機関による逮捕と同視できないことは自明の理であり(東京高裁判決平成四年一一月一〇日)、他に日本国捜査官による被告人に対する強制力の行使が存在した証拠もないのであるから、被告人の逮捕手続に違法な点は全く存しない。【70】  なお、弁護人は、前記逮捕手続の違法を理由に、逮捕に基づく捜索差押えにより押収された旅券(甲A四号証)を違法収集証拠であるとして、証拠能力を争っているが、右に検討したとおり、本件逮捕手続が適法であることは明らかであるから、右旅券に証拠能力が認められることは明白である。 三 被告人の検察官に対する供述調書の任意性・信用性について 1 弁護人の主張  弁護人は被告人が @ 逮捕直後、衣類を全部脱がされて水風呂に入れられ、腰を上下に動かされ、膣内を調べられた A 連日連夜、長時間の取調べを受けた B 取調官から、齋藤和が自殺したことにつき、仲間殺しなどと責められ、【71】齋藤の遺骨の引き取り手がないなどと言われ、精神的に追い込まれた C 検察官から弁護人を誹譲中傷され、弁護人を解任するを余儀なくされ、遠縁の高橋弥生を接見させ、自白を強要され、あるいは弁護権を侵害された  というものである。 2 弁護人の主張がいずれも理由がないこと   取調検察官である村田恒の裁判官面前調書(謄)(甲S一号証)、同人の第八九回公判証言(甲S二号証)、司法警察員小原千明作成の東京地方検察庁照会事項についての調査結果報告(写)(弁三八号証)、司法警察員小山方和作成の留置被疑者の出入房時間及び弁護人との接見日時等について(写)(弁三九号証)等の関係証拠によると、弁護人が主張するような事実はいずれも認められないことは明かである。【72】  すなわち、村田は、被告人の内縁の夫齋藤和が服毒自殺したことを慮り、自己の取調べにおいてはもちろんのこと、警察官に対しても、被告人の心情を十分配慮して取調べに当たるように指示しており、また、直接、あるいは右高橋を介して弁護人主張のような弁護権を侵害した事実は一切認められない。  ところで、被告人は、検察官の取調べにおいて、六月二日夕刻、全面自供するのでしばらく待ってほしい旨申し出、翌三日には、犯行の概要を供述し始め、四日には、全面自供に至っている。村田は、被告人に対して、嘘を交えて話すのなら完全黙秘をとおすように諭し、被告人は自供に至ったものである。また、調書の補充・訂正を申し立てたい場合には、申し立て易いように配意し、あらかじめわら半紙と鉛筆を渡し、訂正の便宜を図る取調べを行った。その結果、調書には、多数の訂正個所が認められるが、【73】正に任意の取調べの状況が伝わってくる取調べ風景である。ところで、被告人自身も、当公判廷において、村田からわら半紙と鉛筆を与えられていたことは認める一方、その目的につき、「いたずら書きをするために預かった」などと不自然極まりない供述(第八八回公判供述)をしており、村田が、被告人に調書の内容を訂正させる便宜のために右筆記異を与えたことが認められる。さらに、被告人は、多数の図面等を作成して供述し、それらが供述調書に添付されていることからも、任意の取調べがなされていたことに疑う余地はない。さらに、夜間の取調べも、遅いときでもおおむね午後一〇時過ぎには終了しており、連日、深夜に及ぶ取調べを行った事実はない。  してみると、逮捕直後の身体検査は、留置の際の被告人の安全チェックの目的で行われた通常の検査をことさらねじ曲げて主張しているものと認【74】められ、被告人の検察官に対する供述調書の任意性をいささかも疑わせるものでないことは明らかである。  付言するに、被告人の捜査段階における供述調書は、大道寺將司の検察官に対する供述調書、その他の関係証拠とも合理的に符合し、具体的、自然で臨場感に溢れ、信用性十分である。これに対し、右検面調書に反する被告人の公判廷における弁解は、一方で、前記のように種々理由を述べて任意性を争い、殺意を否定し、他方では、自分が齋藤と二人ですべてを行ったことにしようと嘘の供述をしたなどと任意の中の虚偽供述であった旨弁解する。被告人の右二つの弁解自体矛盾するものと思料されるが、その 点を除外しても、被告人の当公判廷における弁解は、不自然で、他の関係証拠とも整合せず、虚偽であることは明らかである。なお、大道寺將司は、当公判廷において、一部被告人の弁解に沿う証言をしているが、既に大道【75】寺將司の検面調書の取調請求書で詳細に指摘したとおり、同人は、国外逃亡中の大道寺あや子等の関与については、証言を拒否し、被告人の関与の部分については、ことさらあいまいな供述をするなど、検面調書と異なる公判廷における証言に信用性は認められない。大道寺將司が公判廷で、供述を後退させる理由としては、本人も再審請求中であり、被告人らと利害が一致する部分も多いことにも起因するであろう。 第三 情状 一 被告人が関与した本件一連の連続企業爆破事件は、三井物産館爆破事件、大成建設爆破事件、間組大宮工場爆破事件、聞組本社九階及び六階爆破事件、韓国産業経済研究所爆破事件、オリエンタルメタル爆破事件である。右一連の事件を一応区分すると、その第一は、被告人の所属する東アジア反日武装戦線「大地の牙」が単独あるいは主体となって実行に及んだ事件、すなわち【76】三井物産館爆破事件、大成建設爆破事件、第二は、東アジア反日武装戦線の「大地の牙」、「狼」及び「さそり」が連帯を深め、同時企業爆破を実行した間組大宮工場爆破事件並びに間組本社六階及び九階爆破事件、第三は、単なる旧財閥を攻撃対象とするのではなく、韓国工業団地使節団派遣阻止という若干異質な目的を設定し、関東と関西の同時企業爆破を実行した韓国産業経済研究所爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件である。  右一連の事件のなかで、間組本社九階爆破事件は「狼」が、間組本社六階爆破事件は「さそり」がそれぞれ直接実行を担当したが、その余の事件は、いずれも「大地の牙」が実行を担当したものである。  被告人が関与したこれらの事件は、いずれも、威力の強い手製爆弾を使用した極めて悪質かつ重大な組繊的、計面的犯行であり、人的・物的被害も甚大である上、社会に与えた影響も重大であって、被告人の責任が極めて重い【77】ことは多言を要しないところであるが、事犯の重大性にかんがみ、最も犯情の重いと思われる三井物産館爆破事件、大成建設爆破事件及び間組本社九階・六階・大宮工場爆破事件を中心に、量刑上考慮すべき犯情について、まず述べることにする。 二 三井物産館爆破事件について 1 本件で注目すべきことは、都市ゲリラグループの被告人らが、昼休みの時間帯をねらい、昼休み都心の港区西新橋のビジネス街にある三井物産館に、従業員を装い、極めて強大な威力と破壊力をもつ相当大型の手製爆弾を荷物のように擬装した包装に整え、従業員が近くにいることを承知の上で、白昼堂々と給湯室近くのくず箱の陰に置き、その結果、同社従業員等及び臨場した警察官合計一二名に重軽傷を負わせるとともに、一三九三万円余の物的被害を与えた極めて残虐非道かつ凶悪、卑劣な無差別殺人を意【78】図した殺人未遂等事件であるという点である。周知のとおり、過激派による爆弾ゲリラ闘争は、昭和四六年から激化し、衝撃的事件が相次いで発生し、次第に戦術がエスカレートして無差別テロの様相を濃くしていたが、同四九年八月三〇日に「狼」が起こした我が国犯罪史上類を見ない三菱重 工爆破事件で、一般市民多数を巻き添えにして多くの人命を奪い、多くの人身を傷つけ、空前の犠牲者を生んだ爆弾事件から四〇有余日で、同事件に感銘した被告人ら「大地の牙」が本件を実行したのである。  爆弾は本来無差別に、しかも瞬時にして多数の人を殺傷する威力を一般的に有するものであるから、これを白昼、多数の従業員のいるオフィス内で爆発させることは、特定人をねらい、刃物で切りつけたり、銃器で発砲したりするのとは異なり、爆発圏内に居合わせた多数の人を無差別に殺傷する結果を招来することは必然であって、本件が人間性を全く無視した極【79】悪非道でかつ卑劣極まりない犯行であることは多言を要しない。しかも、爆弾は時限装置を用いて爆発させる構造で、爆発の瞬間、爆弾を仕掛けた被告人らは安全な場所にいるのであって、卑劣極まりない犯行である。本件爆弾の爆発による威力や破壊力がいかに強烈かつ甚大であったかは、さきに、事実認定の項において詳述したとおりであるが、その爆発により、オフィス内を一瞬にして修羅場と化し、爆心地付近にいた被害者のなかには多数の重傷者を含み、その惨状は目を覆うべきものがあった。  人の生命が尊重されるべきことは、革命などの政治理念を超越した人類普遍の真理である。しかるに、被告人らは、自己の抱く過激な革命思想に基づき、その目的を実現するためには人の殺傷をも肯定する非人間的、短絡的思考から、本件犯行に及んだものであって、人間専重を理念とする民主社会の破壊者として、厳しくその責任が追及されなければならない。【80】  このような大爆発のなかで、死者が出なかったことは不幸中の幸いであるが、被害者のなかには、通報により、現場に臨場した警察官藤井定夫のように本件爆弾の時計の音が聞こえるか確認するため可を近づけた者(同人の第四四回公判証言)、田中正一のようにメジャーで寸法を計測した者(同人の第四五回公判証言)、不審物捜索の社内放送により、勤勉にも社内を捜索した同社従業員渡部靖夫のように手にとって確認しようとした者(渡部靖夫の検察官に対する供述調書・甲A九八号証)もおり、若干の時間のずれがあれば、これらの者が確実に命を落とすなどの大惨事になりかねない状態であった。また、一見すると無防備に思われるこれらの者の行動も、被告人が、巧みな包装をした爆弾を持ち込んだためであると認められる。  幸い死者は出なかったものの、いずれも公務とはいえ、現場に臨場した【81】警察官橋本駿介は、左浅側頭動静脈痩、左側頭骨内異物等により、約七〇日間の入院の後、後遺症に悩ませられながら長期間の通院を要し(診断書二通・甲A七一・七二号証、捜査報告書・甲A七三号証)、その後、長期間健康状態が優れず(井内義高の第四四回公判証言)、同井内義高は、鼓膜損傷、感音性難聴等で約二週間の入院の後、長期間の通院を要し、明確な心情を吐露しないものの、ベッドで涙したことがある旨証言するとともに、同僚の右橋本を気遣い(診断書二通・甲A七四・七五号証、右井内の第四四・四五回公判証言)、同藤井定夫は、爆風による両側鼓膜損傷等により、約六か月間の通院加療を要し、被告人に対して厳重処罰を望む旨証言し(診断書・甲A七八号証、同人の第四四回公判証言)、同田中正一は、加療約六か月を要する全身爆傷等の傷害を負い、その後も長期間通院し、「被告人を許せない、齋藤和は、覚悟の自殺を遂げ、その責任を【82】取っており、被告人にも被害者に対しての責任を取ってほしい」旨証言し(診断書二通・甲A八一号証・八二号証、同人の第四四回公判証言)、それぞれ、後遺症等を伴う重傷を負っており、その心情は察するに余りある。  他方、三井物産関係の被害者六名、タイプライターの点検等の業務で来社していた被害者二名がおり、なかでも、青木一夫は、下顎骨開放骨折、後頭部亀裂骨折等の重傷を負った(診断書二通・甲A八七号証・八八号証、 同人の検察官に対する供述調書・甲A八九号証)が、被害者の中には、自己の憤り、無念さ等の心情を吐露できない者もおり、その点、被告人はその心情を肝に銘じるべきである。 2 次に、本件は、被告人らゲリラグループが反日武装闘争の一環として海外進出企業に対して継続的に爆弾攻撃を行うことを企図し、東アジア反日【83】武装戦線に与し、「大地の牙」を結成し、その第一弾として敢行した犯行であって、その動機、目的についても酌量の余地は全くない。  しかも被告人らは、「狼」が敢行した前記三菱重工爆破事件で多数の死傷者を出し、社会が大きく混乱し、警察始め、企業関係者も警戒を強める最中、東アジア反日武装戦線「狼」の流れを汲み、更に爆弾闘争を継続発展させようと考え、大胆不敵にも、従業員を装い、白昼堂々とビルディング内に入り込んで時限爆弾を仕掛け、犯行に及んだものである。被告人は、継続的に海外進出企業を攻撃爆破することを企図し、齋藤と共に三井系会社やビルディングを下見調査した結果を持ち寄り、三井は三菱に匹敵する政商であるとともに海外進出を策する死の商人であるとして、犯行に及んだものである。  被告人ら「大地の牙」の本件爆弾闘争を最初とする一連の企業爆破事件【84】は、さきに詳述した被告人らの極めて過激で危険な革命思想や革命戦略に基づき、爆弾ゲリラ闘争の一環として敢行されたものであるが、被告人らの革命思想、戦略及びこれに基づく本件一連の犯行は、現行の法秩序や社会制度を時限爆弾という極めて卑劣かつ危険な武力によって根底から破壊しようとするものであって、法治国家や民主主義社会の下では断じて許すことのできない所業である。しかも、企業爆破を貫徹するため、無関係な多くの社員等を巻き添えにして傷つけたことは、いかように弁解しても、正当化できるものではない。このように被告人らの本件犯行の動機、目的は全く酌量すべき余地がない。 3 更に本件は、被告人ら「大地の牙」が連続企業爆破を企図した第一弾の爆弾闘争であり、被告人及び齋藤がいわば車の両輪のごとく、極めて密接に連携を保ち、周到な準備の下、計画的に敢行した犯行であり、その犯行【85】において、被告人の果たした役割は、誠に重要で、被告人なくしては実現不可能とも思えるはど必要不可欠な役割を果たし、その責任は、すこぶる重い。  被告人と齋藤は、東アジア反日武装戦線「狼」が実行した前記三菱重工爆破事件に触発され、昭和四九年九月初めころから同年一〇月初めころにかけて協議を重ね、「狼」の爆弾闘争を継続発展させようと考え、三菱に匹敵する政商で死の商人といえば三井系企業その中でも三井物産であると考え、三井物産館の下見を重ね、特に同館内部の下見も行い、通信部がある三階を枢要部と考え、同所に爆弾を仕掛けることとした。  ところで、三井物産館爆破事件で被告人が果たした役割を検討するに、爆弾の製造については、被告人と齋藤で相談し、威力が出るように密封性の高い湯たんぽを缶体に使用することに決定し、爆弾の完成自体は齋藤が【86】行ったとはいうものの、爆弾であることをカムフラージュするとともに、爆弾の威力を高めるために使用する目的で東鳩サブレの缶を提供し、さらに、時限式爆弾としては不可欠な時限装置も被告人が作成したものである。  そして、ここで指摘すべきは、前記のとおり、八月三〇日に「狼」が起こした三菱重工爆破事件で企業ばかりでなく警察の警備、警戒も厳しくなっていたところ、被告人は、三井物産館の下見を行って爆弾設置場所を選定した上、齋藤よりも自分の方が爆弾闘争を成功できる、すなわち、怪しまれずに爆弾を仕掛けることができると考え、自ら爆弾設置役を買って出た上、齋藤に指示して、三井物産の女子職員を尾行させるなどして制服を盗もうとしたが首尾よく行かなかったところ、制服に似せた服を自らの手で仕立て、さらに犯行に赴く経路を予行練習するなど、齋藤よりも被告人の方が遥かに積極的かつ用意周到であり、給湯室の出入口前に首尾良く爆【87】弾を仕掛けられたのも、被告人が右のとおりの周到な準備を整えた上、失敗したら死をも辞さない覚悟の上で犯行に及んだためであって、本件犯行は、被告人なくして達成できなかった所業であり、齋藤に比較し、はるかに積極的かつ周到で、しかも、実行行為のほぼすべてを自ら実践したのである。三井物産館爆破事件は、「大地の牙」にとり、失敗の許されない旗揚げとも言うべき第一弾の犯行であり、被告人らにとって、この三井物産館爆破の成功が、次なる犯行につながったもので、被告人の生命を賭して果たした役割は、その後の「大地の牙」の連続企業爆破の礎石となったのである(乙一四、一七、一八号証)。  そして、本件犯行において被告人の果たした役割は、単なる内助の功といったものでは決してなく、被告人と齋藤は、それぞれが男女関係を超越した対等の爆弾闘争の戦士であり、本件の成功の結果、その価値、目的を【88】再確認し、さらに連続企業爆破を実現していくことになるのである(乙一八号号証・二〇丁)。 4 本件では、被告人らから人的及び物的被害者に対し、何らの慰謝の措置が講じられておらず、被告人の厳重処罰を望む被害者の心情は、至極当然で十分理解でき、また、自己の心情を吐露できない被害者の衝撃、驚愕、無念さ等の被害感情を量刑上十分考慮すべきである。 5 本件犯行の社会に及ぼした影響も極めて甚大である。  本件は、白昼、爆破攻撃の対象企業に乗り込み、首都東京の都心部である港区西新橋のビジネス街において発生したものであり、前記三菱重工爆破事件から四〇有余日で犯行に及んだものであり、警戒中の企業、警察をあざ笑うかのごとく、企業本体に入り込み、実行した凶悪、重大な爆弾事件として社会を震撼させ、かつまた、その後被告人らのグループが敢行し【89】た一連の企業爆破事件とともに、海外進出企業に対してはもちろんのこと、社会一般に対しても深刻な恐怖と極度の不安をもたらしたものであって、社会に及ばした影響は極めて重大である。 6 いわゆる爆弾事件に対する一般予防の上からも厳罰をもって臨むべきである。  周知のとおり、爆発物取締罰則は、明治一七年一二月一七日大政官布告三二号として旧火薬取締規則とともに制定され、以来二回にわたる改正を経て今日に至っているが、本罰則制定の趣旨は、爆発物が強大な殺傷力と破壊力を有し、使用目的いかんによっては国家、社会に重大な危害を与えるものであるため、治安を妨げ又は人の身体若しくは財産を害する目的で爆発物を製造・使用するなどした者を厳罰に処することによって、これを取り締ろうとするものである。特に本件犯行当時、手製爆弾は、暴力革命【90】を標ぼうし、爆弾闘争を呼号する過激派の武器となり、周知のとおり、警察等の権力機構や企業等を攻撃目標とした爆弾事件が跡を絶たない状況にあった。爆弾事件は、小人数での敢行が可能であり、しかも時限装置を使えば、犯行を現認されることが少なく、かつ爆発による証拠の滅失などの事情から犯人検挙が極めて困難な事件であり、更に相次そ過激派の爆弾使用事犯にみられるように、連鎖反応を起こしやすい犯罪である。このような過激派による爆弾事件の当時の現況、犯人検挙の困難性、爆弾事件の連鎖性などを考えると、この種事犯に対しては厳罰をもって臨むべきであり、そうすることが、この種事犯の発生を防止し、爆弾テロを根絶する唯一の方途であると信ずる。  ところで、被告人は、本件で逮捕、起訴された後、東アジア反日武装戦線の「狼」「さそり」に所属する被告人らとともに、統一公判において、【91】過激な法廷闘争を展開し、実質審理に入らないまま、超法規的措置として被告人の意思に基づき国外で釈放され、その後、逃亡生活を続けたため、歳月が経過したが、犯行後、長い歳月を経過したことを、量刑上、ことさら、被告人に有利に考慮すべきでないことは当然である。  もし、そのような事情が斟酌されるなら、被告人とともに統一公判に臨み、その後、国内において、裁判を受け、刑が確定している他の共犯者等と量刑上不公正であり、また、昨今の続発する世界各地のテロ行為に目を向けると、一般予防の見地から、厳罰をもって臨む必要性は、いささかも減少しておらず、被告人らの敢行した一連の事件を風化させることは決して許されないのである。 三 大成建設爆破事件について 1 本件は、三井物産館爆破事件が成功裏に終わったと評価した被告人ら【92】「大地の牙」が、同爆破事件で多数の重傷者を出したにもかかわらず、さらに、爆弾の威力を増すべく、「狼」から雷管の提供を受け、同グループの構成員とも共謀の上、犯行に及んだものである。  本件の犯行に至る経緯、犯行状況等は同事件の事実関係において論じたとおりであるが、本件で指摘すべきは、三井物産館爆破事件で多数の重傷者を出しながら、本件に及んだ事実に加え、大成建設と全く関係のない一般人の生命等に重大な危害を及ぼし得る道路に面した場所に本件爆弾を設置したことである。  本件で、被告人の果たした役割も、極めて、重要で、かつ、用意周到なものであった。被告人は、当時、「大地の牙」と「狼」の連絡役を担当し、大成建設爆破事件を「大地の牙」が実行すること及びその詳細を「狼」の大道寺將司に伝え、また、雷管の提供を受けたのは、被告人であることか【93】らすると、被告人ら「大地の牙」と「狼」の共謀関係は、被告人抜きにしては、成立しなかった。  爆弾製造についてみるに、右雷管を受領したのは被告人である上、その取扱方の注意も受けたことから、当然、齋藤に伝えたものと推認されること、爆弾の缶体については、齋藤と相談し、石油ストーブ用のカートリッジを齋藤とともに盗んできたこと、時限装置を被告人が製作するなど被告人は極めて重要な役割を担当した。さらに、齋藤とともに下見を行い、爆弾設置場所を決め、犯行当日は、爆弾の運搬を齋藤と分担し、齋藤が爆弾を仕掛ける際、現場で見張役を務めるなど、その役割は齋藤と同等と評価できる。  さらに、犯行の万全を期し、事前に爆弾設置方法を齋藤と練習するなど、周到な準備を行っており、極めて周到で計画的な犯行と認められるところ、【94】その周到さにおいては、齋藤に勝るとも劣らず、果たした役割も齋藤と同等と評価できる。 2 本件犯行では、自動車及び人通りも多い公道に面した場所に爆弾を設置しており、一般人を巻き込んだ正しく無差別殺人を辞さない犯行であった。  そして、爆弾を同所に設置することは、被告人と齋藤で協議の上決定し、被告人も同所に同行して見張りをしており、その悪質性は、斎藤と同等である。  本件犯行で、爆弾の発見を妨げ、爆発の威力を増した一因として、鉄製踏板の下に爆弾を設置したことがあげられる。ところで、前記「腹腹時計」の第一章第一編三項に「閉鎖された場所の方が破壊力が増すので、爆弾設置場所として開鎮された場所を選ぶ」旨の記載があり、被告人らは、これを熟読していたものと認められるので、これらの効果をも考慮の上、【95】本件爆弾弾設置場所を選んだものと思料される。 3 本件犯行により、八名の重軽傷者を出したが、その大半は、大成建設と直接関係しない者であり、特にカレンダーを搬入するため爆心地直近にいた川口勝利の傷害の程度は、前記のとおり重く、同人を含めた多くの歩行者等各被害者の精神的・肉体的打撃、無念さ等は察するに余りあり、量刑上十分な配慮が必要である。  しかるに被告人らは、各被害者に何ら慰謝の措置を講じていないばかりか、大成建設を含めて損害を与えた物的被害合計六二〇万円余についても何ら弁償していない。 4 本件の社会に与えた影響、不安感は図り知れず、一般的予防の観点からも厳重な処罰をもって臨むことは当然である。  被告人らは、その声明文をマスコミを介して社会に発表し、東アジア反【96】日武装戦線「大地の牙」の犯行であることを明らかにしたことにより、更なる社会への混乱、不安を与えたものであって、一般予防の見地からも厳罰をもって臨むべきは当然である。 四 間組本社九階・六階・大宮工場各爆破事件について 1 本件三か所の爆破事件は、東アジア反日武装戦線「狼」、「大地の牙」及び「さそり」の三ゲリラグループのメンバーが、共同して計画的に敢行した同時多発型の爆弾事件である点に特異性があり、この点で本件の犯情は、特に悪質である。被告人らが、本件犯行に及んだ経緯は、事実関係において、既に指摘したとおりである。  犯行状況は、昭和五〇年二月二八日夕刻、「狼」は大道寺將司及び佐々木が間組本社九階パンチテレックス室の用紙棚に、「さそり」は宇賀神寿一が同六階営業本部事務室の書類キャビネットに、「大地の牙」は、被告【97】人と齋藤が現場に赴き、間組大宮工場北側変電所付近に、それぞれ計画どおり本件各爆弾を仕掛け、これらの三個の爆弾は、いずれも打ち合わせどおり、同日午後八時ごろ爆発するに至ったものである。以上のように本件は、東アジア反日武装戦線の各ゲリラグループが、それまでに敢行した企業爆破事件と同じ過激で危険な革命思想に基づき、爆弾による企業爆破闘争の一環として敢行されたものであるが、三ゲリラグループ共同による初の同時爆破作戦として三者間及びグループ内で綿密な謀議を重ね、それぞれ数回の下見を行い、周到な計画と準備を整えて本件各実行に及んだものであり、本件が極めて組繊的かつ計画的犯行であることは明白である。しかも、警察の追及や企業側の厳戒の中で同時爆破を敢行した被告人らの本件犯行は、法秩序に対する大胆不敵な挑戦というべく、犯情極めて悪質であるといわなければならない。【98】 2 「大地の牙」が実行した間組大宮工場爆破事件において、被告人の積極性、周到さは更に強くなり、大宮工場の下見は、齋藤よりも被告人が先に行き、現場の状況、路線バスの走行予定時刻等をメモに書いて齋藤に渡すなどした。爆弾の製造については、被告人が時限装置を作成したほか、薬品の計量等も手伝うようになった。  大宮工場への爆弾の仕掛けは、齋藤が行ったものの、現場までは、被告人がショッピングカートに入れ、買物帰りの主婦を演じるなどして現場まで運搬して齋藤に引き渡すなど、実行行為の大半を被告人が担当したものと評価できる。  また、爆弾設置場所は、公道に接した場所であり、一般人を巻き込みかねない極めて危険な犯行である。  したがって、大宮工場爆破事件についても、被告人の責任は、齋藤と同【99】等であると言える。  本件犯行により、同工場等に計約九四万円の物的被害を与えた(角田憲介作成の被害届(謄)・甲C一五三号証、渡辺福太郎作成の被害届(謄)・甲C一  五四号証)。 3 「狼」が実行を担当した間組本社九階爆破事件は、製造・使用した爆弾も威力の極めて強いものであり、その爆発によって本件爆発現場のパンチテレックス室内で残業中の社員一名に重傷を負わせるとともに、同室を破壊し、九階の大半を全焼させて一四億円余に達する(竹内季雄作成の被害届(謄)・甲C一〇五号証)ばく大な損害を与えているのであって、犯行の結果は、極めて重大である。  「狼」が本件で製造・使用した手製爆弾は、ミルク缶に塩素酸ナトリウム等を主薬とする混合爆薬を入れ、これに手製雷管を装填し、時限装置と【100】結合させたものである。パンチテレックス室内の天井は、全部破損して落下し、室内にあった机・更衣ロッカー・棚などの什器、備品類もことごとく破損・倒壊あるいは横転・飛散し、孔機等も爆風で窓側へ押しやられ、あるいは逆さまになっている有様であり、また爆心地付近のロッカー、軽量スチール製用紙棚は、原型をとどめないほど破壊され、その一部が飛散するなど(村田尚久作成の実況見分調書(謄本)・甲C一号証)、右室内の破壊状況は、本件爆弾の破壊力の強烈さを如実に示している。その他、本件爆発によって発生した火災のため、同九階の電算課事務室及び計算機室が類焼し、大盤電子計算機二台など重要なコンピュータ機器・データフィルム等が焼失し、長期間にわたりその設備が使用不能となるなど、ばく大な損害を与えた。  そして、パンチテレックス室内で、たまたま残業していた同社社員沼田【101】行弘は、爆発と同時に数メートル飛ばされて失神したが、その後同室内が火災になったため、その火熱で覚せいし、破損したガラス窓から救助を求め、間もなく消防車により救出されたが、右爆発により入院加療四か月を 超える左上腕骨々折・顔面・後頭部・背部多発性挫滅創・裂創、両下肢、背部熱傷等の重傷を負うに至った。同人が爆発時にいた位置は、本件爆弾が仕掛けられた用紙棚から僅か二・五メートルの至近距離であり、室内の破壊状況などからみると、正に九死に一生を得たものである。「犯人に対する厳重処罰を望む。法治国家に生まれて損をしたと思う。」旨強烈な処罰感情を述べるのも当然のことであり、同人に与えた精神的・肉体的苦痛は極めて深刻である(沼田行弘の検察官に対する供述調書・甲C九九号証、 診断書(謄)・甲C九八号証・甲C一〇六号証)  また、「さそり」が実行を担当した間組本社六階営業本部事務室につい【102】ては、室内が大破し、なかでも本件爆弾を仕掛けた金属製キャビネットは、原形をとどめないほど破壊され、その付近のキャビネット類も大破し、爆心地のキャビネットの背後に当る西側の璧がニメートル余にわたって大きく内壁・外壁ともパネルが破壊されて飛び、空洞になるなど(川上典孝作成の実況見分調書(謄)・甲C一〇七号証)合計五、〇〇〇万円余りの物的損害を与えている(竹内季雄作成の被害届(謄)二通・甲C一〇五号証・一四五号証)。 4 本件各犯行の社会に与えた影響も重大である。  三菱重工爆破事件、三井物産館爆破事件、大成建設爆破事件等海外に進出している商社、建設企業などの大手企業が次々に爆破攻撃され、建物等が破壊されるとともに罪のない多くの一般市民が再三巻き添えになって死傷するなどの大きな被害が発生し、警察の懸命の捜査にもかかわらず、犯【103】人は検挙されず、大手企業も警戒を強めていた最中に、大手建設企業の一つである間組の本社と大宮工場の三か所が同時爆破されたのであって、それまでにも増して本件犯行が企業や社会に与えた衝撃は大きく、その不安と恐怖は一層深刻であったと思われる。被告人ら東アジア反日武装戦線のゲリラグループが仕掛けた手製爆弾は、いずれも時限装置付きの爆弾であり、しかも外側を偽装して容易に発見・回収されない場所に仕掛けるため、いつ、どこで、誰が、いかなる被害を受けるか全く予側ができないことか ら、企業や社会一般に与えた不安と恐怖は計り知れないものがあり、長期間にわたり首都を爆弾テロの恐怖に陥れた被告人らの所為は、厳しく糾弾されなければならない。  本件についても、被告人らから被害者に対する慰謝の措置は全く講じられていないし、被害者も被告人らの厳罰を望んでいる。【104】  前述のとおり、「狼」グループが実行を担当した本件間組本社九階爆破事件では、残業中の沼田行弘に対して、後遺症を残す瀕死の重傷を負わせて長期間の治療を余儀なくさせ、精禅的・肉体的に深刻な苦痛を与えていながら、他の事件と同様、被告人らは、全く慰謝の措置を講じていないばかりか、被害者に対する謝罪の意思の一片すらうかがうことができない。むしろ、被告人らは、本件聞組本社・大宮工場爆破事件の結果について、企業の中枢に迫り、大きな損害と打撃を与えて成功した爆破攻撃であると高く評価していることが認められるのであり、ここにも目的のためには手段を選ばぬ危険な暴力革命思想にとらわれ、人間性を全く無視した冷酷非情な被告人らの人間像を見出すことができる。 五 韓国産業経済研究所爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件について  1 本件は、被告人及び齋藤の「大地の牙」が、日刊工業新聞に報道された【105】オリエンタルメタル株式会社社長を団長とする韓国使節団派遣阻止を提唱し、「狼」「さそり」との三者会談において、これを提案し、その賛同を得るとともに、大道寺將司から雷管の提供を受け、被告人及び齋藤で下見をした上、被告人が韓国産業経済研究所に、齋藤がオリエンタルメタルにそれぞれ手製爆弾を仕掛け、東京、関西の企業を同時爆破したものである。そして、韓国産業経済研究所爆破事件では、同研究所及び五階エレベータードア等を大破し、合計約三六〇万円の損害を、オリエンタルメタル爆破事件では、爆弾を設置した七階を中心に一階から屋上にかけての窓ガラス等を破損させ、合計約九〇〇万円の損害を与えた。  右二件の同時爆破事件当時は、被告人は、齋藤と既に同居生活を送っており、時限装置を作成するに止まらず、爆弾本体の製造も、齋藤と協力して行っていた。【106】 2 本件は、東京と関西の企業をねらった深夜の同時爆破事件であるが、さして大きな企業でなくとも、被告人らの意に添わない企業は爆弾攻撃の対象になり得ること、関西の企業までねらわれ得ることを宣言したもので、社会に与えた不安感は別の観点から更にあおられる結果となり、被告人らの責任は重く、一般予防の観点からも看過できない犯行である。にもかかわらず、被告人らは、他の事件同様、被害者に対して、何ら被害弁償をしていない。 六 偽造旅券行使事件について 1 本件は、被告人がルーマニア国に入国するにあたり、架空人になりすまし、偽造にかかる架空人名義のヘルー共和国旅券を提出行使したという事案である。 2 被告人は、爆発物取締罰則違反及び殺人未遂で起訴、勾留されて公判係【107】属中に、超法規的に釈放されて長期間にわたって外国を逃亡中、日本赤軍の構成員となり、本件犯行を犯したものであり、犯情がすこぶる悪い。 3 被告人は、本件犯行により、ルーマニア国における入国管理行政等の適正を害したことは言うまでもなく、かかる行為が、ひいては外国の日本国民に対する信頼を大きく失墜させたのは明らかであり、生じた結果は大きい。 4 本件旅券は、真正な旅券の写真を被告人の写真に貼り替えるなどして偽造されたものであるところ、被告人がこれを使用してルーマニア国への入国を現実に果たしていることからも分かるように、その偽造は精巧なものであったことがうかがえ、かかる偽造旅券をあらかじめ準備し本件犯行に及んだ被告人には十分な計画性が認められる。 5 被告人は、本件犯行について、捜査段階では黙秘し、公判段階に至って【108】全面否認したが、主張したい点は主張、供述しながら、犯罪の核心部分については多くを語っておらず、反省の情が全く感じられない。 七 総括  1 被告人が関与した一連の連続企業爆破に関する犯情は前述したとおりであるが、更に考慮すべき情状について述べる。  被告人は「大地の牙」において、齋藤和と共に、いわば車の両輪として、極めて重要、かつ、不可欠な役割を担い、犯行を重ねてきたが、被告人が、齋藤と「大地の牙」を結成し、本件犯行に至った経過は、次のとおりである。  被告人は、昭和四四年三月、山口県立大津高校を卒業した後、同年四月、私立北里大学医学部衛生技術学科に入学し、同四八年三月に同校を卒業後直ちに東京都新宿区内にある診療所の臨床検査技師となり、その後、同四【109】九年四月、北里大学医学部微生物学教室に就職し、技術員として勤務し、さらに、同五〇年二月、新宿区内の成人病研究所に移って、同年五月一九日に逮捕されるまで臨床検査技師として勤務していた。  その間、被告人は、ミクロネシア対日賠償請求運動に対する支援活動を通じて平岡正明方に出入りし、昭和四六年ころ、同じく平岡方に出入りしていた齋藤と知り合い、交際を深めていった。  ところで、齋藤は、無政府共産党東京行動戦線の一員として、佐々木祥氏が主宰するレボルト社に出入りし、同人の実弟佐々木則夫と旧知であった。  そこで、齋藤は、昭和四九年春ころ、大道寺將司の依頼を受けた佐々木則夫から、前記「腹腹時計」を交付されて「東アジア反日武装戦線」への参加を勧誘された。【110】  その後、被告人は、齋藤から、同書籍を交付され、その反日思想に共鳴し、同年八月三〇日に「狼」が実行した三菱重工爆破事件後間もなく、齋藤と共に、「東アジア反日武装戦線 大地の牙」を名乗り、これに参加するに至った。  被告人は、同五〇年一月から、江東区亀戸所在のマンションにおいて、齋藤と同棲するに至った。  被告人が、以上の経過で、齋藤と共に「東アジア反日武装戦線大地の牙」を結成し、同組織に参加するに至ったのは、齋藤の影響を受けたためである。  しかしながら、一連の連続企業爆破事件を詳細に検討したとおり、被告人は、単に齋藤を助力する立場で犯行に参加したにすぎないものでは決してなく、被告人が「夫婦の聞では、お互いかばい合いたい気持ちが働きが【111】ちであるが、頭を切り換えて対等の立場に立って真剣に行動計画を討議し、その間に夫婦としての感情の移入はなかった」旨供述している(被告人の検察官に対する昭和五〇年六月七日付供述調書・乙八号証)とおり、被告人は、齋藤と対等、否むしろ被告人の方が積極的かつ周到で、極めて重要・不可欠な行為を行っていたことは明白である。  すなわち、三井物産館爆破事件では、被告人が積極的に申し出て、制服まで仕立てて、社員に成り済まして爆弾を仕掛けたからこそ成功できたと言っても過言ではなく、齋藤に比し、その責任は重いものと認められ、大成建設爆破事件では、大道寺將司に依頼して、爆弾の威力を高める雷管を入手し、これにより、実行部隊である「大地の牙」と「狼」の共謀が成立したのであり、爆弾の運搬を分担し、仕掛けの際は見張りをするなど、齋藤との問で責任の差はなく、間組爆破事件でも、齋藤との間において、責【112】任の軽重の差は認めがたく、韓国産業経済研究所爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件では、それぞれ実行行為を分担するなど同等の責任があるものと認められ、正しく、被告人は、「大地の牙」の爆弾闘争において、車の両輪として、命を賭して、爆弾闘争を展開してきたものであり、右事  実は量刑上十分考慮されなければならない。 2 被告人は、統一公判において、自己の犯行の正当性のみを主張し、自らを獄中兵士と名乗り、出廷を拒否し、あるいは裁判長の訴訟指揮に従わず退廷を命ぜられるなどの法廷闘争を繰り返し、特に第一〇回公判では、傍聴人がメモを取る権利がある旨意見陳述し、傍聴人が被告人に同調するや、さらに、傍聴席を騒然とさせるなど、被告人の当時の爆弾闘争の闘士の有様を如実に物語るものである。そして、超法規的措置により釈放されるまでの問に、被害者に対する真撃な謝罪の言葉は結局聞けなかったのである。【113】 3 被告人は、一連の連続企業爆破事件により、極めて多数の被害者に対して、誠に大きな精神的・肉体的苦汁を与え、また、攻撃の対象となった企業に対し、莫大な財産的被害を与えたにもかかわらず、全く慰謝の措置を講じていない。右事実は、被告人が、今なお、反日武装戦線の目的の正当【114】性を主張していることと連動しているものと認められ、到底真撃な反省の姿とは認められない。被告人は、再開後の公判において、しばしば被害者に対し上辺の謝罪の言葉を述べているが、真意で謝罪しているとは全く認められず、また、反省の情もいささかも感じられない。確かに被告人は、捜査段階において、自己の一連の犯行を一度は認め、自己の犯行を悔恨しているかに見えた。しかし統一公判においては、結局、謝罪の言葉は聞けず、再開後の公判においても、上辺だけの謝罪の言葉を述べながら、不合理な弁解に終始し、犯意はもちろん実行行為まで否認するなど反省の情は【114】微塵もない。真に被害者に謝罪するとは、自己の犯行を反省悔悟し、罪に服することが法治国家の常識であり、各被害者が一様にそれを望んでいることは言葉に出すまでもないことと思われるが、被告人は、超法規的措置による釈放を理由として、公訴権が放棄されたなどと誠に理不尽な主張をし、自己の犯行の責任を取り、罪に服する姿勢が皆無であり、全く反省の態度が認められない。 4 被告人は、超法規的措置により、釈放され、その後、日本赤軍の構成員となり、逃亡生活を続けてきたものである。被告人は、逃亡生活の詳細を明らかにしないが、その間に、強奪された旅券が偽造された偽造旅券を行使した事実一つをみても、違法な生活に身をおいていたことが合理的に推認できる。ところで、被告人は、超法規的措置により、国外で釈放された事実について、必ずしも、自己の真意ではなかったかのごとく弁解するが、【115】被告人が第五回公判において提出した「意見書」一〇丁には「佐々木則夫同志は我々と同時に逮捕され同様に起訴され東拘に拘留され、その公判においては当然に利害を共有する共同被告人であります。がその佐々木同志が日本赤軍のクアラルンプール斗争勝利によって『釈放』を勝ち取りました。」と記載している。右事実一つ取ってみても、被告人は、自己もダッカ事件において、「釈放」を勝ち取ったものと考えていたことは明かであり、正しく、自らの意思で国外で釈放され、逃亡生活を送っていたものである。ダッカ事件自体は、日本赤軍が敢行したものであり、被告人が関与していないとはいえ、司法秩序を無視した卑劣な要求であることは当然知り得たはずであり、釈放後、同組繊に与し、逃亡生活を送ってきた被告人の責任は誠に重く、量刑の上で十分考慮すべきである。 5 被告人には、爆弾闘争を含めて、再犯のおそれが極めて高い。【116】   被告人は、本件一連の犯行で逮捕されなければ、更に連続企業爆破を継続していたことは想像に難くない。被告人は、検察官に対し、「韓国産業経済研究所爆破事件及びオリエンタルメタル爆破事件後、次の攻撃目標は具体的には煮詰まっていなかった。ただ、東急系資本の会社をやらねばと いう気持ちはあった。」旨述べている(昭和五〇年六月一六日付供述調書・乙一六号証)上、被告人方から爆発物製造材料であるクサトール、点火用のガスヒーター、時限装置用のトラベルウォッチ等も押収されており、爆弾を製造する態勢は整っていた。右事実に加え、被告人は第一九回公判 において、「日帝の海外侵略企業は、沖縄、台湾、朝鮮、満州、中国、東アジア、太平洋諸国を侵略した。我々日本帝国人民に問われているのは、日帝侵略企業をこの地上から一掃し、世界革命戦争を体を張って志願しなければならないことである。東アジア反日武装戦線の聞組爆破事件や韓産【117】 研、オリエンタルメタル爆破攻撃を継受し、これを更に発展させなければならない。」などと意見陳述していることからも明らかなように、正しく充電期間であったもので、逮捕されなければ、再犯のおそれは極めて高かったものと認められる。  右事実は現在においても基本的に変化はない。なぜならば、被告人は、無差別殺人も辞さない連続企業爆破により、多数の人命を危険にさらし、多数の重傷者を出し、膨大な物的被害を生みながら、未だに反日思想の正当性を疑わず、全く反省の情も認められないのであり、遵法精神の欠如を超え、いわば確信犯と認められ、爆弾闘争を含む犯罪行為に対する再犯のおそれは極めて高いものと言わなければならない。 第四 求     刑    以上の情状、特に本件が単発の爆弾闘争ではなく、当初から継続的な爆弾【118】闘争を企図した連続企業爆破であったこと、被告人は、東アジア反日武装戦線の一翼を担った「大地の牙」において、亡齋藤と一体となり、正に主謀者の一人として犯行に及び、その役割、実行への加担の程度は、重要不可欠なものでその責任は誠に重いこと、極めて長期間国外逃亡生活を繰り返してきたこと、被告人の革命思想は、強固で、狂信的であり、その反社会的性格は矯正が極めて困難なほど強度であり、更生は全く期待できないし、社会復帰すれば、再び爆弾闘争等の不法行為に及ぶ可能性が極めて高いことなどを考慮すると、幸い、死者が出なかったこと等の被告人にとって有利な事情を最大限考慮しても、終生、施設内において、その罪を償うのが相当である。  よって、相当法条適用の上、被告人を     無 期 懲 役【119】 に処するのを相当と思料する。【120】