益永利明さんの身辺雑記

支援連ニュース No.206


▼ 三菱重工爆破事件から二五年目となる八月三〇日は、亡く
なった八名の方々の冥福を祈って過ごしました。当時最も若か
った松田とし子さんは二三歳、最年長だった石橋光明さんは五
一歳で、私自身が今その年齢に達したことに深い感慨を覚えま
した。私が犯した罪の重さを思い、どんな苦しみも引き受ける
覚悟を新たにしております。
▼ 東京拘置所の建替工事は順調に進んでいるようです。八月
二五日に三舎の屋根の向こう側に柱が見え始めたと思ったら、
あっという間に鉄骨が組み立あげられました。これは放射状の
建物の中心部分に当たるようです。今後さらに工事が進むと私
の房から空は見えなくなり、陽も当たらなくなって、冬期の生
活は一層厳しくなりますね。
▼ 私の訴訟のその後の動きですが、東京高裁第八民事部に係
属していた「村山訴訟」(1.村山首相への直訴状について新聞
社に取材の働きかけをしてもらうよう陽子姉らに伝言する父宛
の手紙を差し止めされた件 2.所内で購入したメガネについ
ての苦情処理のあっせん手続き等について葛飾区役所に問い合
わせる手紙を差し止めされた件)の判決が五月二七日にありま
した。控訴棄却(原告敗訴)。どうにもなりません! ごまめ
の意地を貫いて上告しましたが、まあ、今の最高裁でひっくり
返る可能性は百万分の一くらいでしょうね。
 第八民事部には「親族訴訟」も係属しておりまして、すでに
結審しています(新たな事実調べなし)。この裁判所は、村山訴
訟の判決の中で、私と養親族との間の交通の制限を肯定する判
断をすでに示していますので、親族訴訟が勝つ見込みは百パー
セントなくなりました。最後の頼みとすべき最高裁は、七月の
安島判決でも訴えをけとばしてしまったわけですから、死刑確
定者の外部交通について裁判所による救済の可能性はもはや失
われたということでしょう。これも私たちに与えられた試練の
ひとつなのだと受け止めております。
▼ 第一次Tシャツ訴訟の控訴審は七月三〇日に結審しました。
筒井さんたち共同原告の皆さんの熱意にこたえるためにも、私
自身の書面を書こうと思っていたのですが、あれやこれやのダ
ブルパンチでTKO寸前となり、提出することができませんで
した。控訴審では石塚先生の専門的な証言が得られたことが、
いい結果に結びつくことと願っています。共同原告まかせの他
力本願で、まことに申しわけありません。
▼ このかん、あれよあれよという間にガイドライン法、盗聴
法、住民総背番号法、日の丸・君が代法など問題の多い法律が
成立してしまい、あ然としています。私は、これらの法律の制
定が直ちに戦争とファシズムへの道であるという見方はしてい
ませんが、実質的な議論なしに、政党間の裏取引でこういう重
大な法律がトコロ天式に制定されてしまう国会の現状は寒心に
たえません。ゴミの山に埋もれて根腐れしつつあるこの国を建
てなおす力をもった真の政治家は現れないものでしょうか。こ
の国は、一億二千万もの人口がありながら、たった一人の政治
家さえ生み育てることができない国なのでしょうかね。
                      利 明


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