再審請求に対する意見書

                   再審請求人 大道寺 将 司
                   同     益 永 利 明
 右両名に対する爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂、殺人予備各被告事
件について、昭和五四年一一月一二日東京地方裁判所刑事第五部が言い渡し
た有罪の確定判決に対する再審請求についての検察官の意見は、左記のとお
りである。
     平成元年七月二七日
        東京地方検察庁
          検察官 検事 長谷川 高章

東京地方裁判所刑事第五部 殿

            記
第一 緒言
 一 再審請求の趣旨
   本件再審請求は、再審請求人大道寺将司(以下「請求人大道寺」とい
  う。)及び同益永利明(旧姓片岡、以下「請求人益永」という。)を被
  告人とする爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂、殺人予備各被告事件
  について、昭和五四年一一月一二日に東京地方裁判所刑事第五部が言い
  渡した「被告人大道寺将司を死刑に処する。被告人益永利明を死刑に処
  する。」との有罪判決(昭和六二年四月二一日確定、以下「確定判決」
  という。)に対して、請求人両名からなされたものであり、その趣旨
  は、「確定判決が、いわゆる三菱重工爆破事件(確定判決の理由中『罪
  となるべき事実』第五に記載された事実)につき、請求人両名に殺意の
  存在を認定したのは誤りであり、これを明白に裏付ける証拠をあらたに
  発見したので、刑事訴訟法第四三五条第六号の規定により再審を請求す
  る。」というものである。
 二 再審請求の理由
   請求人両名の弁護人は、請求の理由として、確定判決は請求人両名
  が
   「大道寺あや子、佐々木則夫とともに、昭和四九年八月中句から同月
  二〇日ころにかけて、東京都内の喫茶店等において協議を重ねたうえ、
  今後は日本の新旧帝国主義者の一つで経済的侵略を行っている海外進出
  企業を爆弾攻撃の対象とすることとし、侵略性が歴史的に見ても現在に
  おいても明白で、かつ爆弾攻撃による政治的・社会的効果の大きい企業
  として三菱企業グループを選び、諸調査・協議を続けた結果、三菱重工
  株式会社は日本帝国主義の戦前・戦時中における海外侵略、戦後におけ
  る新植民地主義侵略の中枢であるとして、同社を爆破攻撃することと
  し、同都千代田区丸の内所在の『三菱重工ビルヂング』(以下三菱重工
  ビルと略称する。)の正面玄関前路上に爆弾を仕掛けて爆発させれば、
  三菱重工及びこれと道路を挟んで向かい合う三菱電機の両企業を同時に
  攻撃できて最適であるとの結論に達し、同月二四日ころ、右四名全員の
  賛成をもって、その決行日を同月三〇日とし、爆弾の仕掛けを請求人両
  名が、見張りを大直寺あや子が、予告電話を佐々木がそれぞれ担当し、
  
  予告電話を爆発予定時刻の五分前にかけることなどを決め、ここに請求
  人両名は、大道寺あや子、佐々木とともに、治安を妨げかつ人の身体・
  財産を害する目的をもって、右三菱重工ビル正面玄関前路上に爆弾を仕
  掛けて爆発物を使用する共謀を遂げるとともに、佐々木の予告電話が通
  じないときはもちろんのこと、通じたとしても、五分間という短時間で
  は、爆発地点付近の建物内及び道路上に現在する多数人を完全に退避さ
  せることは不可能に近いから、右爆弾の爆発による爆風、飛散する弾
  体、損壊する建造物等の破片及びガラス片の飛散または落下等爆弾の殺
  傷能力に応じて爆発地点付近に現在する多数人を死傷に至らせうること
  を十分認識しながら、それも構わないとの意思を相通じ、請求人両名に
  おいて、同月三〇日午後零時二五分ころ、同都千代田区丸の内二丁目五
  番一号三菱重工ビル正面玄関前歩道まで自動車で運搬した前記第四の犯
  行(荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀・殺人予備事件)で使用の予定であ
  ったペール缶爆弾二個(塩素酸ナトリウム約九〇パーセント・ワセリン
  約三パーセント・パラフィン約七パーセントの割合で混合したセジット
  爆薬を主薬とし、これに塩素酸ナトリウム約五〇パーセント・砂糖及び

  黄血塩各約二五パーセントの割合で混合した白色火薬、塩素酸ナトリウ
  ム約六〇パーセント・砂糖約三〇パーセント・硫黄約一〇パーセントの
  割合で混合した白色火薬及び塩素酸カリウム約五〇パーセント・砂糖及
  び黄血塩各約二五パーセントの割合で混合した少量の白色火薬とを加え
  た爆薬を、二〇数キログラムずつほぼ等量に、一個の容量約二〇リット
  ル余の金属製ペール缶二個に詰めたもの)にトラベルウオッチ・乾電
  池・手製雷管等からなる起爆装置を接続させ、同日午後零時四五分に爆
  発するようにした時限式手製爆弾二個を、請求人大道寺が、前記玄関前
  フラワーポットの横に置いて装置し、同日午後零時四五分ころ、これを
  爆発させ、もって爆発物を使用するとともに、右爆発により、死亡の可
  能性のある地域たる被爆場所に居合わせた被害者八名を爆死させるなど
  して殺害し、同様死亡の可能性のある地域たる被爆場所に居合わせた被
  害者一六四名に対しては、創傷を負わせたにとどまり、殺害するまでに
  至らなかった」
  という事実を認定しているが、請求人両名は爆発物についての高度の知
  識を有しておらず、かつ、本件爆発物の物理的・化学的爆発条件及びそ
  
  の威力につき事前に認識していなかったので、本件死傷の結果の発生は
  請求人両名において全く予期していなかったし、したがって殺意も有し
  ていなかったと主張する。
   右主張を裏付けるべき「明らかな証拠」として、請求人両名の弁護人
  は、昭和六三年七月一日付東京都立大学工学部助教授湯浅欽史作成の鑑
  定意見書をあげ、右鑑定意見(以下「本件鑑定〕という。)は、本件判
  決確定後の昭和六二年一〇月以降に行われたものであるから、「あらた
  な証拠」であるというものである。
 三 しかるところ、確定判決にかかる事件の一件記録に徴すると、原裁判
  所は、共犯者らの供述調書、請求人両名の供述調書等を始めとする幾多
  の有力な証拠に基づいて、三菱重工爆破事件に関し請求人両名について
  殺意を認定したことが認められるうえ、弁護人のあげる前記証拠が「原
  判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに
  発見した」場合に該当せず、本件再審請求はその理由がなく棄却される
  べきことは明白であると思科するので、以下、本件請求に関し、弁護人
  が主張する理由中に内在する問題点を中心に、検察官の意見を述べるこ

  ととする
第二 確定判決について
   弁護人が、再審請求理由において主張する請求人両名が三菱重工爆破
  事件において爆発物の威力を事前に十分認識しておらず、したがって殺
  意を有していなかったとの点は、すでに確定判決の公判審理の過程で主
  張し尽くされ、裁判所の十分な検討と判断を経た事項であり、かつ、こ
  れを実質的にみれば単なる事実誤認の主張であって、適法な再審請求理
  由にはなり得ないものである。
 一 確定判決が請求人両名につき殺意を認定したのは、原証拠関係に照ら
  し、まことに正当である。
   弁護人は、確定判決が三菱重工爆破事件における請求人両名につき殺
  意を認定したのは、事実誤認であるとし、三菱重工爆破事件において甚
  大な人的・物的被害が発生したのは、これに用いた爆発物の威力が請求
  人両名の事前の認識をはるかに超えるものであったことによると主張し
  て、確定判決の殺意認定を非難する。
   しかしながら、およそ、大企業に対して確実に、かつ、多大の被害を
  
  与える強固な目的のもとに、綿密な下見調査を遂げて、自ら開発製造し
  た大型爆発物を、人の通行の極めて頻繁な都心部のビジネス街に設置
  し、かつ、これを白昼多数人が居合わせる時間帯に爆発させる行為に出
  た以上、当該行為自体から行為者について、爆発の時点においてその近
  辺に現在する人に対する殺意を認定し得ることは、自明の理であるう
  え、
  1 本件爆発物の主薬であるセジット爆薬は、それ自体威力が大きく、
   かつ、摩擦や衝撃に対し鋭敏であるため日本では製造が禁じられた塩
   素酸塩爆薬に属するものであり(請求人大道寺方から押収され、原裁
   判所が取調べた「火薬と発破」六七から六八ページ)、請求人両名も
   右「火薬と発破」等の文献により、セジット爆薬を含む塩素酸塩爆薬
   の威力や特性について十分認識していたと認められること(請求人大
   道寺の昭和五〇年六月一四日付検察官に対する供述調書 記録一四八
   一九から一四八二〇丁、請求人益永の昭和五〇年六月一七日付検察官
   に対する供述調書 記録一五五八〇丁、昭和五〇年一一月七日付検察
   官に対する供述調書 記録一五二二二丁)

  2 本件の爆発物は、もともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破するため
   に準備したものであり、請求人両名はその威力が鉄橋や列車を破壊し
   うるほど強大であると認識していたため、企業に確実に大きな損害を
   与えることを目的とする企業爆破にこれを転用したものであること
   (請求人大道寺の昭和五〇年六月一四日付検察官に対する供述調書
   記録一四八二九から一四八三〇丁、請求人益永の昭和五〇年六月二一
   日付検察官に対する供述調書記録一五一七四丁)
  3 請求人両名は、本件前にセジット爆薬を使用した爆発実験を三回実
   行しているが、これらの実験は同爆薬の爆ごう(火薬類の燃焼のうち
   燃焼速度が当該物質における音速以上のものをいう。)という結果に
   は至らなかったとはいえ、請求人らがそれぞれの実験ごとに缶体を強
   化し、爆薬量を増加し、あるいは点火・起爆装置として独自に強力な
   雷管を制作して装着・試用する等、より威力の強大な爆発物を開発し
   ようとして工夫を重ねていたことは明らかであり、本件爆発物はまさ
   にその延長上にあるもので、缶体は鋼板製の一見して密閉度の高いペ
   ール缶で、セジット爆薬に加えて起爆感度の高い白色火薬を充填し、
  
   その総量は四〇数キログラムと多量であることなどの点については、
   実験結果を踏まえての変更であることは明白で、請求人らが最大限の
   努力を行って威力の強大な爆発物を開発・製作したものと認められる
   こと(請求人大道寺の昭和五〇年六月一四日付検祭官に対する供述調
   書 記録一四八二〇から一四八二三丁、請求人益永の昭和五〇年六月
   七日付検察官に対する供述調書 記録一五四七七から一五四八〇丁、
   昭和五〇年六月二四日付検察官に対する供述調書 記録一五六五九
   丁、昭和五〇年一一月七日付検察官に対する供述調書 記録一五二二
   二から一五二二五丁)
  4 爆破予告電話の架電自体、請求人両名が本件爆発物による死傷の結
   果の発生の可能性を認識していたあらわれであり、右予告電話が爆発
   時刻のわずか五分前という同電話による爆発物の発見・処分及び近辺
   の人の避難がおよそ不可能な状況下で行われていることをみれば、請
   求人両名が右死傷の結果発生を認識し、かつ、認容していたことが明
   らかであること
  5 請求人両名は、社会不安を醸成するため企業爆破は連続して行う必

   要があるとの観点から、多数の死傷者が出た本件犯行後も、間組本社
   爆破事件など、爆発物による同種の大企業攻撃・殺傷事件を何らため
   らうことなく反復・継続しているが、これによっても、請求人両名が
   本件による死傷の結果発生を認識・認容していたことが認められるこ
   と(請求人益永の昭和五〇年六月二七日付検察官に対する供述調書
   記録一五六七九丁)
  6 請求人両名が執筆し、原裁判所が取調べた「腹腹時計」には、たと
   えば、「われわれの火薬の使用目的は爆破、対人殺傷用爆弾の装薬、
   ・・・(である。)」(同書一四ページ)、「砂糖で代用した火薬は
   五キログラム単位ぐらいで使わないと威力は望めない。・・・なお対
   人殺傷用で確実にその人間に接近して爆発させられる場合はこの十分
   の一程度でよい。」(同二八から二九ページ)、「破壊あるいは殺
   傷、放火を効果的に引き出せる条件について(構造、移動などの科学
   的検討)の調査(が必要である。)」(同三三ページ)など、爆発物
   による人の殺傷を当然の前提とした記載があり、請求人両名が人の殺
   傷のために爆発物を使用することを是認していたと認められること
    
  7 本件爆発物は、白昼人通りの頻繁なビジネス街を選んで設置されて
   いるが、請求人らは入念な下見により人通りが多いことを確認してお
   り、しかも爆発物の個数は二個であり、少なくとも一個が爆発すれ
   ば、他の一個も誘爆する範囲に仕掛けられ、いずれかが不発の場合に
   備えていること(請求人益永の昭和五〇年六月一二日付検祭官に対す
   る供述調書 記録一五五二四丁)
  8 請求人らは、本件爆発物自体の威力を確実に死傷者が出ないように
   抑制する配慮や努力を全く尽くしていないこと
  など証拠によって明白な事実をもあわせて考慮すれば、本件について請
  求人両名に殺意が存在したことは、一点の疑う余地もない。
   ところで確定判決は、請求人らにおける殺意の存在について、理由中
  の(三菱重工爆破事件における殺意の有無について)の項で、委曲を尽
  くして、請求人両名らが本件爆破に用いた爆弾の構造、大きさ及び個
  数、本件爆弾の爆発により現実に発生した人的・物的な被害の規模、態
  様程度、請求人らが有していた爆発物に関する相当高度な知識並びに本
  件爆弾の威力についての認識、本件の爆弾を製造した当初の使用目的、

  本件爆弾の使用目的及び使用状況、爆破予告電話の架電状況とその効果
  等諸般の事情を総合検討し、前記の各事実を考慮したうえで、請求人両
  名の殺意はなかったとの弁解を排斥して殺意を認定しているのであり
  (弁護人は再審請求理由で、原判決は本件爆弾の客観的構造や客観的威
  力のみからさかのぼって、請求人両名の殺意を認定したと強調するが、
  右主張に理由がないことは右判決文自体からも明白である。)、右認定
  は本件証拠関係に鑑み、まことに正当であって、その心証形成の過程に
  ついて不自然、不合理、不十分な点は全く認められず、これを非難する
  弁護人の所論は全く理由がない,
 二 弁護人は、本件爆発物の爆発の物理的・化学的条件について、請求人
  両名が事前にこれを認識していなかったので、殺意は存在しないと主張
  し、かつ、原裁判所は右条件についての審理が十分でないと非難する
  が、請求人らはもともと人を死傷させることを是認しながら本件爆発物
  を製造し、これをその本来の用途にしたがって使用し、その結果、人を
  死傷させているのであるから、仮に爆発の物理的・化学的条件について
  何らかの認識の欠如ないしは誤解があったとしても、請求人両名が意図
 
  した目的や事前の認識と発生した結果との間には、以下に述べるように
  いささかもくい違いはなく、請求人らは本件結果の発生を認識し、是認
  してこれを実現したものであるから、殺意の認定を何ら左右しないとい
  うべきであり、弁護人の所論は失当であるといわざるを得ない。
  1 請求人両名が、爆弾攻撃を肯定し、これを積極的に推進していたこ
   とは、前記「腹腹時計」の全記載等に鑑み明白な事実であり、とりわ
   け三菱重工爆破事件にみられるように、大企業に対し大きな被害を確
   実に与える意図のもとに大型爆発物による攻撃を実行することは、と
   りもなおさず、攻撃対象付近の不特定多数人を殺害し、あるいはその
   死亡の結果を是認したことを意味するものにほかならない。
    請求人益永が、この点につき、「爆弾闘争をやる以上巻き添えとな
   る死傷者が出ることは避けられないわけで、死傷者を出すのがいやな
   ら最初から企業を対象とする爆弾闘争をやらなければよいのであり、
   私達が爆弾闘争に踏み切ったことは巻き添えとなる死傷者が出ること
   を爆弾闘争の宿命として覚悟した上でのことであった。」(請求人益
   永の昭和五〇年六月一二日付検祭官に対する供述調書 記録一五五一

   七丁)「爆弾闘争を行なうということは相手も自分も命がかかって
   いることである。」(請求人益永の昭和五〇年六月七日付検祭官に対
   する供述調書 記録一五四五一から一五四五二丁)と供述しているこ
   とからも、請求人らが爆弾闘争を実行することにより人を殺害した
   り、死亡の結果を惹起することを認識し、これを是認していたことは
   疑う余地がなく、三菱重工爆破事件においても、請求人益永が、「三
   菱重工と三菱電機が建っている道路側に爆弾を仕掛ければ、その双方
   を爆破できる。」(請求人益永の昭和五〇年六月一二日付検察官に対
   する供述調書 記録一五五一六丁)、「企業に対し大掛かりなダメー
   ジを確実に与えるためには、爆弾としてもかなり大きな二〇キロから
   四〇キロくらいの爆弾を使わなければならない。」(請求人益永の昭
   和五〇年六月一二日付検察官に対する供述調書 記録一五四八九丁)
   と供述し、請求人大道寺が「物理的な力によって企業にダメージを与
   える必要がある。」(請求人大道寺の昭和五〇年五月二五日付検察官
   に対する供述調書 記録一四六一六丁)、「企業破壊の最も効果的な
   手段として爆弾を選んだ。」(請求人大道寺の昭和五〇年五月二五日
   
   付検察官に対する供述調書 記録一四六二四丁)と供述するように、
   大企業に対する大規模・本格的な攻撃・破壊を意図したもので、そも
   そもこのような攻撃・破壊が人の殺傷をともなわずになし得ることな
   ど全くあり得ず、したがって、請求人両名は人を殺傷することを容認
   しながら、本件爆発物を使用して企業攻撃を実行し、人の死傷の結果
   を発生させたことは明白であって、この点において、被告人らの主観
   的意図と発生した結果との間に何らくい違いは存在せず、発生した結
   果が請求人両名の事前の認識をはるかに上回ったと、ことさら強調す
   る弁護人の所論は、もとより失当である。
  2 請求人らが本件に際し、当時請求人らが置かれていた客観的条件下
   で最大限の努力を尽くして、より強大な威力を持つ爆発物を製造しよ
   うとしていたことは、
  (一) 前記のとおりセジット爆薬に白色火薬を混合したのは、過去の爆
    破事件で威力を発揮し、かつ、起爆感度も高い白色火薬の併用によ
    り爆発物全体の爆発力を高めるためであり、かつ、白色火薬の力を
    分散させないためにわざわざこれを層状に充填していること(請求

    人大道寺の昭和五〇年六月二四日付検察官に対する供述調書 記録
    一四九九五丁、請求人益永の昭和五〇年五月二二日付検察官に対す
    る供述調書 記録一五三一七から一五三一八丁、昭和五〇年六月一
    二日付検察官に対する供述調書 記録一五四八五から一五四九〇
    丁、昭和五〇年一一月七日付検察官に対する供述調 書記録一五二
    二四から一五二二五丁)
  (二) 感度が高い塩素酸カリウムを主成分とする白色火薬を雷管の周囲
    に充填したのは、爆発力を高めるためであること(請求人益永の昭
    和五〇年六月一二日付検察官に対する供述調書 記録一五五一一
    丁)
  (三) 威力を高めるため、二個の大型爆発物を使用して火薬・爆薬の総
    量は四〇数キログラムとなっており(薬量が多ければ、燃焼が継続
    する時間も長く、その間に燃焼速度が加速されて爆ごうに至る可能
    性も大となることは公知の事実である。)、しかも、前記のとお
    り、一個が爆発した際他の一個も誘爆する範囲に仕掛けていずれか
    の不発に備えた措置を講じていること(請求人益永の昭和五〇年五

    月二二日付検察官に対する供述調書 記録一五三一八から一五三一
    九丁、昭和五〇年六月一二日付検察官に対する供述調書 記録一五
    五一六丁)
  (四) 起爆感度を高め威力を発揮させるため、前記のとおり、缶体とし
    ては密閉度の高い鋼板製のペール缶を使用し、起爆装置として特に
    開発した手製雷管を使用していること(請求人益永の昭和五〇年五
    月二六日付検察官に対する供述調書 記録一五三四四丁、昭和五〇
    年六月七日付検察官に対する供述調書 記録一五四八〇丁、昭和五
    〇年六月一二日付検察官に対する供述調書 記録一五四九〇丁)
   などの諸事実かちも明らかである。 
    請求人両名は、大企業に対し大きな被害を確実に与える目的のもと
   に、本件爆発物の威力を高めるため、右に述べたような入念な工夫を
   凝らしている反面、爆発力を一定限度内に確実に抑制する努力ないし
   配慮は全く行っていないのであるから、請求人らの意図・関心は、も
   っぱらより威力のある爆発物の開発・製造・使用に向けられていたこ
   とは明白であり、かつ、本件においてはまさにその意図した結果を得

   ているのであるから、仮に弁護人主張のように請求人両名が認識・予
   期しない何らかの物理的・化学的要因が本件爆発物の爆発条件に関係
   し、かつ、その威力を増大させたと仮定しても、請求人らの殺意認定
   を何ら左右するものではなく、右物理的・化学的要因についての原裁
   判所の審理が不十分であるとする弁護人の主張は、原裁判所の裁量に
   属する証拠の取捨選択を非難し、単なる事実誤認を主張するもので、
   全く理由がない。
 三 もともと爆発現象は、複雑な化学的・物理的反応の過程であり、爆発
  に至る条件あるいは爆発物の威力を事前に正確に認識、予測することな
  ど、通常極めて困難なことであり(前記「腹腹時計」においても、不
  発、暴発、予定外の結果が生した場合などを想定している。同書三四、
  三五ページ等)、このような事前の認識が殺意認定の不可欠の前提であ
  るとする弁護人の所論は、爆発物使用事案の実体に全くそぐわず、確定
  判決の殺意認定を批判するための独自の見解というべく明らかに失当で
  ある。請求人両名は本件において、時限装置、点火・起爆装置、缶体、
  爆薬など爆発物の構成要素をすべて備えた大型爆発物であることを認識
  
  し、かつ、これを人の往来の頻繁な街路で爆発させる目的で作動させ、
  そのまま爆発させて、多数の死傷の結果を発生させた以上、殺意の認定
  に必要な事実の認識に何ら欠けるところはない。
第三 本件鑑定についての請求人らの主張
 一 本件鑑定の要旨
   本件鑑定の趣旨を要約すると次のとおりである。すなわち、
  1 木炭粉末と砂糖をそれぞれ塩素酸カリウムと混合し、木製の台に掘 
   られたU字溝に平均して詰め、一方から着火し、燃焼が終了するまで
   の時間を計測したところ、木炭粉末と塩素酸カリウムは三九・六秒、
   砂糖と塩素酸カリウムは五・六秒を要した。
    木炭粉末を加熱して水分を取り除き、乳鉢で微粉末化した上、アル
   ミ製V字溝を使用して同様の燃焼実験を行ったところ、燃焼終了まで
   に木炭微粉末と塩素酸カリウムは一二・五秒、砂糖と塩素酸カリウム
   は五・五秒を要した。
    以上の実験結果により、木炭の燃焼が粒径や吸湿状態によって左右
   されること、適切に粉末化され吸湿していない木炭と砂糖は同程度の

   燃焼性状を示すことが明らかとなった。
  2 塩素酸カリウムと塩素酸ナトリウムをそれぞれ砂糖と混合し、アル
   ミ製V字溝を使用して同様の燃焼実験を行ったところ、燃焼終了まで
   に要する時間はほとんど同じであった。
    したがって、燃焼剤としての塩素酸ナトリウムの性能は、塩素酸カ
   リウムと同程度である。
  3 塩素酸ナトリウム九〇パーセント、パラフィン七パーセント、ワセ
   リン三パーセントを混合した「セジットS」を固形状に成形したもの
   を石綿の上にのせ、その下からガスバーナーで加熱したところ、発火
   するまで一二八・三秒、燃焼終了まで二二秒を要した。
    同一組成の「セジットS」を金網にこすりつけ、直接ガスバーナー
   で着火したところ、一三秒で発火し、三・六秒で燃焼が終了した。
    したがって、粒状セジットSは固形状セジットSに比較して燃焼し
   やすい。
  4 坩堝に固形状のセジットSを詰め、その上に白色火薬(砂糖二五パ
   ーセント、黄血塩二五パーセント、塩素酸カリウム五〇パーセント)
  
   を入れ着火したところ白色火薬は瞬時に燃焼終了し、セジットSは
   燃え残った。
    坩堝にセジットSと白色火薬を混合したものを入れて着火したとこ
   ろ、瞬時に燃焼して火柱が二メートルも立ちのぼった。
    したがって、白色火薬と固形状セジットSを層にした場合、白色火
   薬の燃焼熱がセジットSのパラフィンを気化させるに十分でないとセ
   ジットSは燃焼しないが、両者を混合した場合は、白色火薬の燃焼に
   ともなってセジットSも同時に燃焼する。
 二 本件鑑定に基づく請求人らの主張
   本件鑑定に基づき請求人らは、次のとおり主張する。すなわち、
  1 請求人らが、本件犯行以前に三回にわたりセジットSの爆発実験を
   行った際は、大道寺あや子がセジット製造方法を間違えて書き移した
   ために、パラフィンとワセリンを加熱溶解したものの中に塩素酸ナト
   リウムを加え、冷やさずに「しめった土状のまま」缶体に詰めていた
   が、一方、本件犯行の際は、缶体が口金式のペール缶であったことか
   ら、冷やしてざらざらした固まりになったものを詰めたため、セジッ

   トSは、実験の際が固形状であったのに対し、本件犯行の際は粒状と
   なっていたこと及び本件の爆弾製造の際、セジットSと白色火薬を層
   状にして缶体に詰めていたが、それが、その後缶体を輪送したり横転
   したりしたために、爆弾設置時には両者が混じり合う状態になってい
   たことをいずれも認識していなかった。すなわち、本件鑑定によれ
   ば、セジットが粒状であったこと及びセジットと白色火薬が混じり合
   っていたことが、本件において爆弾が前記三回の実験の場合よりも遥
   かに大爆発を起すに至った原因と考えられるが、請求人らはそれらの
   点についての認識を欠いていたのであるから、本件について殺意がな
   かった。
  2 原判決においては、請求人両名が執筆した「腹腹時計」の記載を根
   拠に、両名が爆弾に関して「相当高度の知識」を持っていたことを摘
   示しているが、「腹腹時計」の「砂糖で代用した火薬は五キログラム
   単位で使わないと威力は望めない。塩素酸カリウムを主剤にした火
   薬、爆薬を混合し併用するならば、より良い結果を引き出しうる。」
   (同書二八から二九ページ)という記載は、可燃剤として砂糖を使用
  
   した場合は木炭を使用した場合より威力が劣り塩素酸ナトリウムは
   塩素酸カリウムより威力が劣るとの請求人らの理解を前提としてお
   り、このような理解が誤りであることは、本件鑑定により明らかであ
   るから、請求人両名が爆弾に関して高度の知識を持っていたとはいえ
   ない。
第四 本件鑑定は本件の殺意の認定を左右しないこと
   本件鑑定は、その鑑定事項と本件における請求人らの殺意の有無との
  関連性が希薄であるばかりでなく、鑑定意見書自体、本件のような爆弾
  事件に関するものとしては無価値のものであり、確定判決の認定に疑い
  を持たせる証拠とは到底いえないものである。
 一 前述したように、爆弾事件において殺意を認定するためには、使用さ
  れた爆弾の爆発原因についての事前の物理的・化学的認識が不可欠の前
  提であるとの弁護人の所論は、原判決の殺意認定を批判するための独自
  の見解であり、到底採用し得ないところであるが、仮に右見解に立脚し
  たとしても、請求人らの本件爆弾の爆発性能に関する事前認識は十分殺
  意を認定するに足るものであり、固形状セジットと粒状セジットの爆発

  特性の相違という鑑定事項は、その結果がいかなるものであれ、請求人
  らの殺意の認定に何ら影響を与えるものではない。
   すなわち、本件において、三回にわたる事前の実験が所期の成果をあ
  げなかったにもかかわらず、犯行の際設置された爆弾が爆発するに至っ
  た原因としては、少くとも次の三つのものが考えられる。
  1 犯行に使用された爆薬の量が、実験に使用された量より著しく多量
   であったこと
  2 実験の際は缶体としてピース缶等を用いていたが、犯行の際は強度
   の高いペール缶を使用していること
  3 実験の際はセジット爆薬のみを使用しているが、犯行の際は雷管の
   周囲に起爆感度の高い白色火薬を詰めていること
   これら1ないし3の事実は、いずれも爆弾の起爆感度に関する重要な
  要因であり、しかもその重要性について請求人らが認識していたことは
  明白である(請求人大道寺の居室から押収され原裁判所が取調べた「火
  薬と発破」三二、三三ページには、爆薬の爆速が装薬密度、装薬径、密
  閉強度の影響を受けることが記載されている。また、硫黄を含む白色火

  薬の起爆感度については、請求人らの実験により或は本件以前に請求人
  らが敢行した爆弾事件において確認している。)。
   すなわち、本件において、三回の実験の際と異なり犯行の際設置され
  た爆弾が爆発するに至った原因として考えられる事項のうち三つについ
  ては、請求人らが事前に認識しており、仮に、これらに加え、固形状セ
  ジットと粒状セジットの爆発特性の相違も、原因の一つに挙げられると
  しても、その点についての請求人らの認識の有無は、すでに存在する爆
  発の物理的・化学的条件についての認識を左右するものではなく、本件
  殺意を否定する理由には到底なり得ないのである。
 二 本件鑑定においては、可燃剤としての木炭と砂糖の比較及び燃焼剤と
  しての塩素酸カリウムと塩素酸ナトリウムの比較が鑑定事項とされ、そ
  れらを明らかにするための実験が行われたとされているが、請求人ら
  は、本件において、砂糖を可燃性物質として、塩素酸ナトリウムを酸素
  供給剤として、それぞれ使用する意図のもとに、両者を混合して爆薬と
  して用いたものであり、本件爆発物における砂糖と塩素酸ナトリウムの
  役割について認識している以上、右の各点について請求人らに認識不足

  があったとしても、殺意の認定に何ら影響を及ぼすものではない。
 三 更に、鑑定意見書の内容についてみても、行われている各実験が、単
  に各試料につき一般の燃焼の状態でその性状を比較しただけのものにす
  ぎず、本件のような爆発現象の解明にはほとんど無関係であること、実
  験の手法、条件設定も極めて恣意的で客観性を欠くものであること等か
  ら、本件について鑑定意見書としての証拠価値を有しないことは明らか
  であるので、以下、これらの点について詳述する。
  1 火薬類の燃焼は一般の燃焼とは異なること
    火薬類の燃焼も酸化反応である点では、一般の燃焼と同一である
   が、前者は、火薬自身が含んでいる酸素が酸素供給源となるのに対
   し、後者は、空気中から酸素の供給を受ける点に相違がある。このた
   め、火薬類の燃焼と一般の燃焼とでは、燃焼の開始と継続に関係する
   要因が異なる。
    固体、液体の一般の燃焼の開始すなわち着火には、可燃性物質を気
   化させるだけの温度の上昇が必要であり、燃焼を継続させるためにも
   同様の温度が維持されなければならない。したがって、一般の燃焼の
 
   開始、継続を支配する因子は温度上昇である。
    これに対し、火薬類の燃焼は、熱、衝撃等のエネルギーの付与によ
   って火薬頬に内在する酸素が分解し、可燃物と結合する化学反応が起
   こることによって開始し、その化学反応で発生するエネルギーにより
   更に火薬類の他の部分の化学反応が促進されるという経過で燃焼が継
   続する。
    日本工業火薬協会編「火薬ハンドブック」では、火薬類の起爆につ
   いて「一般に爆発は急激な温度上昇が局部的に起こり、そこで高速化
   学反応が生ずるから起こる。」とされており、温度上昇の原因として
   高温熱源との接触、摩擦、断熱圧縮等が列挙されている。したがっ
   て、火薬類の燃焼すなわち爆発を開始させる要因も温度上昇であり、
   その点では一般燃焼と同様であるが、温度上昇が急激で、しかも局部
   的である点が異なり、そのため、温度上昇の原因も摩擦、衝撃、圧縮
   等様々である。
    このように、同じ燃焼であっても一般の燃焼と火薬類の燃焼とは化
   学反応の形態を異にするのであり、火薬類の燃焼すなわち爆発の特性

   を明らかにするためには、摩擦、衝撃、圧縮等による急激な局部的温
   度上昇を起こさせ、火薬類の爆発を惹起させて実験を行うことが不可
   欠であり、そのためには火薬類を密閉状態に置くことと雷管等起爆装
   置による衝撃を与えることが必要である。本件鑑定における実験のよ
   うに、試料を密閉状態に置くことなく、単に、自由空間において燃焼
   させただけでは、一般の固体燃焼の形態、速度を知ることができるに
   すぎず、火薬類の爆発の特性を明らかにすることはできないのであ
   る。もっとも、火薬類も可燃物を含むものであるから、着火により一
   般の燃焼を開始し、それが一定の条件のもとで爆燃、爆ごうに転化す
   るという形態の爆発がありうることは否定できない。その意味では、
   火薬類の一般燃焼の性状と爆発の特性が全く無関係とはいえない。し
   かしながら、本件はセジット爆薬をペール缶という缶体に詰めて密閉
   し手製雷管を用いて起爆して爆発させた事例であり、火薬類の一般燃
   焼を爆燃、爆ごうに転化させた事例ではないのであって、少なくとも
   本件に関しては、一般燃焼の性状を明らかにすることと爆発現象の解
   明は無関係というべきである。
   
    したがって、請求人らが意図するように、本件爆発に関連して可燃
   剤としての木炭と砂糖の比較、燃焼剤としての塩素酸ナトリウムと塩
   素酸カリウムの比較、粒状セジットと固形状セジットの比較などを行
   おうと思えば、雷管等の起爆装置を用い、試料を密閉状態に置いて圧
   力を高めるなどして火薬類としての燃焼を行わせ、その状況を比較し
   なければならない。しかるに、本件鑑定における実験は、前記のよう
   に、アルミ製V字溝等に試料を詰めて一方から着火したり、金網或は
   石綿の上にのせた試料にガスバーナーで着火するなどして燃焼終了ま
   での時間を測定し、一般の燃焼性状を比較したにすぎないのであり、
   このような実験結果が、本件のような火薬類による爆発の事例に適用
   できないものであることは明らかである。
    なお、塩素酸カリウム等の酸化性物質を可燃性物質と混合して均一
   に並べ、一方から着火して燃焼速度を測定するという実験が、安全工
   学の分野において酸化性物質の危険性評価の試験法の一つとして用い
   られているが、このような実験は、主として酸化性物質を多量に貯蔵
   した場合の火災発生時の安全性を確かめるためのものであり、酸化性

   物質を混合火薬類の酸素供給剤として用いた場合の爆発特性とは無関
   係である。
    弁護人は、再審請求書一六六ページ以下において、「セジットSの
   爆発の条件」等と題して、三回にわたる実験の失敗にもかかわらず本
   件爆発物が爆発した原因について述べている。しかしながら、本件鑑
   定が一般の燃焼に関するものであり、爆発現象の解明と無関係なもの
   であることは右に詳述したとおりであり、弁護人の右記述は、「爆
   発」と「燃焼」をすりかえた議論にほかならない。
  2 本件鑑定における実験が合理性に乏しいこと
    およそ科学的鑑定において実験を行う際には、実験の条件を確定する
   ことが不可欠であるが、本件のような爆発に関する実験であれば、対
   象物の組成、密度、吸湿の程度、反応時の温度、圧力等が正確に測定
   され記録されていなければ、実験結果としての価値は全くないという
   べきである。ところが、本件鑑定における各実験においては、試料の
   組成、粒度、密度等を恣意的に設定している上、燃焼温度、圧力等す
   ら測定していないのであり、このような客観性を欠く実験に基づく鑑
   
   定意見書は、証拠価値に乏しいものといわざるを得ない。
    その具体例を挙げれば、次のとおりである。
  (一) 可燃物としての木炭と砂糖の比較において、試料の含水量、粒
    度、燃焼温度、木炭の原料等が明らかにされていない上、なぜ可燃
    物(木炭又は砂糖)二〇パーセント、燃焼剤(塩素酸カリウム)八
    〇パーセントという組成のみで実験を行ったのか不明である。
     木炭、砂糖等の燃焼性状が粒度、吸湿の程度等によって異なるのは
    常識的にも明らかである。また、燃焼温度が測定されておらず、燃
    焼残渣が分析されていないため、塩素酸カリウムがどの程度分解し
    たのか、それによる酸素の供給が燃焼にどのような影響を与えたの
    かも不明である。
     このような、客観性を欠く実験では、木炭と砂糖の一般燃焼の速
    度を比較することすら不可能というべきである。
  (二) 塩素酸カリウムと塩素酸ナトリウムのそれぞれを砂糖と混合した
    ものについてのアルミ製V字溝による燃焼実験は、前述したように
    実験自体が火薬類の燃焼すなわち爆発と無関係であるのみならず、

    実験方法も、前記のような正規の酸化性物質の危険性評価試験の実
    験方法とも異なる鑑定者独自の方法による実験であり、科学的実験
    としての価値の乏しいものである。
     すなわち、酸化性物質の危険性評価試験については、
    (1) 試験しようとする酸化剤を摂氏六五度で八時間乾燥させる。
    (2) 酸化剤を可燃物と混合し、アルミ製V字成形器に均一に詰めて
     成形し、「不燃性で非伝導性の板の上に」、「上下をさかさまに
     して」載せ、型を除去する。
    (3) この堆積の一端に炎の先端を一五秒以内接触させ、反応してい
     る部分が一二〇ミリメートル進んだ後、さちに一〇〇ミリメート
     ル進行する間の時間を測定する。
    という実験手順が定められているが(国際海事機構の危険物運送小
    委員会において英国政府が提案した方法、総合安全科学研究所編
    「安全工学実験法」二二五ページから二二八ページ)、本件鑑定の
    実験は、(1)の乾燥を行っているか否か不明である上、(2)の成形過程
    とは全く異なり、熱伝導性のアルミ製V字溝に試料を詰めたまま燃

    焼実験を行っている。また、燃焼時間の測定についても(3)の方法を
    とっていない。
     ところで、(1)の乾燥過程は試料の吸湿性を一定にするために必要
    であり、(3)の方法は試料の燃焼状態が安定した後に燃焼速度を測定
    するというものであって、いずれも実験結果の客観性を担保するた
    めに必要なものである。
     また、燃焼実験を行う際、試料を熱伝導性の物資の上で燃焼させ
    たのでは、燃焼によって発生する熱が伝導によって奪われ、自然な
    状態で燃焼を継続させることが困難である。そこで、右(2)のように
    非伝導性の物質上で実験を行うのである。しかるに、本件鑑定の実
    験では、成形器として用いるべきアルミ製V字溝の上で試料を燃焼
    させており、これは、実験方法についての鑑定者の誤解によるもの
    と解さざるを得ない。すなわち、このような実験は、そもそも実験
    自体が、火薬類の成分すなわち酸素供給剤としての塩素酸カリウム
    と塩素酸ナトリウムの性能比較とは全く無関係なものであるばかり
    でなく、実験の手法にも問題があり、ほとんど無意味なものといわ

    ざるを得ない。
  (三) 固形状セジットと粒状セジットの燃焼実験が行われ、両者の比較
    がなされているが、固形状セジットは石綿の上で加熱しているのに
    対し、粒状セジットは金網にこすりつけて直接バーナーで加熱して
    おり、温度等燃焼の条件が全く異なる。また、燃焼実験に用いた固
    形状セジットの量は一五・五グラムとされているのに対し、粒状セ
    ジットの量は記載されていないが、金網にこすりつけただけの量で
    あれば極めて少量と考えられる。このように、試料の量も加熱温度
    も全く異なっているにもかかわらず、同一条件で燃焼実験を行った
    かのごとく比較して論じているが、これは全く無意味である。
  (四) 固形状セジットと白色火薬を層状にしたものと、粒状セジットと
    白色火薬を混合したものとで燃焼性状を比較しているが、その燃焼
    性状の差は、両者の密度の差に起因するものと考えられ、しかも、
    行われている燃焼実験が空気中から酸素の供給を受ける一般燃焼の
    形態であるため、燃焼速度は、未燃焼部分の予熱の速度と酸素の供
    給の程度に依存することになるが、それらはいずれも試料の密度に
  
    深く関係するところ、固形状セジットの密度は粒状セジットや白色
    火薬に比してかなり高いと考えられ(鑑定意見書では固形状セジッ
    トの密度が二・九グラム/立方センチメートルとされているが、粒
    状セジット、白色火薬については不明である。)、それが、ガスバ
    ーナーで着火した場合の着火しやすさ及び燃焼速度の差の原因と考
    えられる。要するに、本件鑑定におけるセジットの燃焼実験は、密
    度の差による燃焼性状の差という一般燃焼における極めて当然の事
    項を確かめてみたにすぎないのである。
  3 以上述べたように、本件鑑定は、一般の燃焼実験に基づくものであ
   り、本件爆発現象の解明に無関係である上、実験の手法、条件設定な
   どの面で科学的鑑定としての要件を満たしておらず、鑑定意見書とし
   ての証拠価直は全くないといっても過言ではない。
 四 なお、固形状セジットと粒状セジットの爆発特性の違い及びその点に
  ついての請求人らの認識に関する前記第三の二1の主張は、今回の再審
  請求において初めてなされたものではなく、すでに原裁判所において請
  求人らの弁護人によって主張されており、この点についての鑑定請求も

  行われている。
   すなわち、弁護人は、昭和五四年五月一日付けで期日外の鑑定請求を
  行っているが、その鑑定事項1として「セジット爆薬が爆発しまたは爆
  発による威力を増大させるためにはパラフィンの成分が固形化されてい
  る状態がよいのか、または粉砕されている状態がよいのか。」という事
  項を挙げており、その理由として、請求人らが実験の際に製造したセジ
  ットが固形状であったのに対し、本件犯行の際に製造したセジットは粉
  砕されていたこと、その違いが本件爆弾が請求人らの予想外の威力を発
  揮するに至った原因である可能性があること、その点が請求人らの殺意
  の認定において重要であることを指摘している。
   これに対し、原裁判所は、検察官の意見を聞き、関係証拠を検討した
  上、右鑑定が本件事実認定において不要であるとの結論に達し、同年七
  月三日付けで右鑑定請求を却下する旨の決定を行っている。
   右の経過から明らかなように、原裁判所は、本件の全証拠関係に基づ
  き、セジットが固形状であるか粒状であるかによって爆発性能が異なる
  か否かという点は、本件における殺意の認定に何ら影響を与えないとの
   
  判断をした上で右却下決定を行っているのであるが、そのような判断が
  極めて正当なものであることはすでに述べたとおりである。
   結局のところ、本件再審請求において請求人らは、原裁判所が本件殺
  意の認定につき全く不要と正当に判断した鑑定事項を、自ら行った鑑定
  によって明らかにしたとして、これに立脚して主張しているものであ
  リ、その実質は、再審請求に名を借りた原判決の事実認定に対する非難
  にすぎないというべきである。
第五 結語
   以上述べたように、請求人両名の殺意に関する原判決の認定は極めて
  妥当である上、本件再審請求における湯浅欽史作成にかかる鑑定意見書
  が刑事訴訟法第四三五条第六号の「原判決において認めた罪より軽い罪
  を認めるべき明らかな証拠」に該当しないことは明白であるので、本件
  再審請求は棄却されるべきである。


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