鑑 定 書
大道寺将司、益永利明に対する爆発物取締罰則違反等再審請求事件につき、
1992年 5月20日、弁護士舟木友比古から鑑定を嘱託されたので、次の
とおり鑑定した。
1992年 9月29日
東京都立大学 工学部
助教授 湯浅欽史
目 次
[1] 嘱託された鑑定項目
[2] 鑑定のための実験とその結果
1. 実験の概要
2. 実験の準備過程
3. 実験の実施過程
4. 実験の結果
[3] 実験結果の考察
1. 基本的考え方
2. bの値およびcの値
3. 粒状セジットSの燃焼、爆発性状
4. aの値
5. 単純なモデルによる計算式
6. 計算値と実測値の比較
[4] 鑑定主文
[5] 付録資料
[1] 嘱託された鑑定項目
1. セジットS(粒状または固形状)にオージャンドル(いわゆる白色火薬)
を混合して密閉状態で爆発させた場合、爆発性状(とくに威力)はその混合率によ
って変化するのか。
2. 変化するとすればどのように変化するのか。
3. その他参考となるべき事項。
[2] 鑑定のための実験とその結果
1. 実験の概要 火薬の爆発性状、とくにその威力を調べるにはいくつかの方
法がある。目視やビデオ撮影によって状況を記述するのも有効性をもつが、可能な
限り定量化した測定が望ましい。爆発威力は、爆轟によって生じる衝撃波の動的威
力と、発生する高温高圧ガスの有する静的威力(発生ガスの体積と圧力の積)とに
分けられるが、ここでは後者に着目する。
静的威力を定量化する方法には、弾動振子、弾動臼砲、鉛とうなどを用いる方法
があるが、精度などを欠くとしても簡便に概略の比較を試みるため、手近にある資
材を用いて、静的威力を定量化することにする。
そこで、密閉容器内で爆発生成したガスをノズルから噴出させ、その運動量を反
作用として利用する走行体の走行性状を観測することにする。いわばロケットの原
理である。
具体的には、市販の消火器内で小缶体に詰めた火薬を爆発させ、消火器の出口を
しぼってガスを噴出させ、消火器と結合したスケートボードを走行させることにし
た。
2. 実験の準備過程(1)セジットS(Cheddites-S)の製造
使用材料 塩素酸ナトリウム 90(重量)%
パラフィン 7
ワセリン 3 湯煎した蒸発皿でパラ
フィンとワセリンを溶かし、約80℃に保ちつつ、乳鉢で微粉とした塩素酸ナトリ
ウムを添加し、木べらで撹拌して一様に混合する。
一部を円筒形のプラスチック容器に詰めて押し固め、室温まで冷まして取り出し
「固形状セジットS」とする。
残りを湯煎から下ろして木べらで撹拌を続け、室温まで冷まして「粒状セジット
S」(以下では、単に「セジットS」と記す)とする。
(2)オージャンドル(Augendre)の製造
使用材料 塩素酸カリウム 50(重量)%
黄血塩 25
砂糖 25
それぞれを乳鉢で微粉とした後、木べらで一様に混合する。
(3)導火線の製造 黒色火薬(硝石73%、
木炭15%、硫黄12%)に水のりを加えて粘土状とし、ひも状(長さ約18cm、
断面積約2mm2)に成形して和紙でくるみ乾燥させる。
一端に着火したときの燃焼継続時間は20〜30秒程度であった。
(4)爆発缶体の製作 容量7mlの外ネジ蓋付アクリル円筒容器(外径23mm,
高さ37mm)の底面の中心に直径3mmの孔をあける。
(5)走行装置の製作 市販の消火器(ハッタ製,外径13.5cm,長さ38c
m,重さ2.8kg)の消火剤,噴出管,レバーなどを除去し、上部出口に排気調
整管(内径15mm,長さ37mm)をとりつける(付録資料参照)。
市販のスケートボードを台車として消火器をボルトと紐で固定して走行体とする
(重さ5.8kg)。消火器内で缶体が爆発したときに発生するガスを調整管を通
して排出させ、その反動でスケートボードを走行させる。
コンクリート仕上げの実験ヤード上に厚さ12mmのベニヤ板を敷いてスケート
ボードの走行路とする。
3. 実験の実施過程
(1) 缶体円筒容器の底面に外側からセロテープをはり孔をふさぐ。合計火薬量
を5gとし、所定の混合率となるようにセジットSとオージャンドルを計量して混
ぜ合わせ、缶体の上部から詰めて軽く押しつける。その上に円形の薄紙を置き、上
部のすき間に乾燥砂(粒径約0.2mm)を詰めてねじ蓋をする。(2) 缶体底
面のセロテープをはがして、孔に導火線を挿しこみ、折れ曲がらないようにセロテ
ープで固定する。(3) 出発位置にセットした走行体(スケートボード+消火器)
の内部に缶体を入れ、導火線の他端をわずか排気調整管から出るようにしておく。
(4) 導火線に点火し、爆発により発生した生成ガスの排出の反動により走行体
を走らせ、ベニヤ板の上の走行距離を測定する。
4.実験の結果
セジットSの混合率を変えたときの走行距離の実測値をまとめると、次の表の
ようになる。ここで,
mcは火薬全量(5g)中のセジットSの重量,
maは火薬全量中のオージャンドルの重量,
である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ case mc g ma g・セジット% 走行距離cm・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 1 0 5.0 ・ 0 86.5・
・ 2 1.0 4.0 ・ 20 74.8・
・ 3 1.5 3.5 ・ 30 93.3・
・ 4 2.0 3.0 ・ 40 97.6・
・ 5 2.5 2.5 ・ 50 73.6・
・ 6 3.0 2.0 ・ 60 51.6・
・ 7 3.5 1.5 ・ 70 27.0・
・ 8 4.0 1.0 ・ 80 0.0・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 9* 0 3.0 ・ 0 24.3・
・ 10** 2.0 3.0 ・ 40 31.9・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* case9 は火薬量の差による走行距離の差を知るために実施した。この結
果はcase1 と比較されるものであるが、オージャンドルの量としては
case4 と同じである。
** case10 は、粒状セジットSと固形状セジットSの爆発性状の差を知る
ために実施したもので、case4と比較されるものである。
以上の結果を、横軸にセジットS率、縦軸に走行距離をとってグラフを描くと
、次頁の図1.を得る。
[3] 実験結果の考察
1. 基本的考え方
(1) 走行体を走らせる作用は、缶体内の火薬の爆発によって発生したガスが噴
出するときの反作用(ロケットと同じ)であるから、爆発の威力(生成ガスの体積
と圧力の積)が大きいほど走行距離が長くなる。同一火薬量(5g)でセジットS
率を変化させたときの走行距離の差は、異なるセジットS率の火薬の威力の差を表
していることになる。
(2) セジットSとオージャンドルとを混合した火薬の威
力は、結局、生成ガスによって決るのであるから、爆発しえたセジットS量による
ものとオージャンドル量によるものとの和によって決定される。
(3) 走行体の
構造上の特徴から、微小な威力に対して微小な走行距離を示すことはなく、走行を
開始するためには、ある程度の初動抵抗に打ち克つ必要があり、それを超過した威
力だけが走行距離に寄与すると考えなければならない。すなわち、初動抵抗に相当
する計測されない走行距離が存在すると仮定する。
(4) 以上のことより、近似的に次式が成り立つ。
D=a×Mc+b×Ma−c ……(式1)
ここで、 D :計測された走行距離(cm)
ただし、D<0の場合はD=0と測られる。
Mc:爆発しえたセジットS量(g)
Ma:爆発しえたオージャンドル量(g)
a :Mc1gの爆発の威力による走行距離(cm)
b :Ma1gの爆発の威力による走行距離(cm)
c :初動抵抗に相当する走行距離(cm)
(5) セジットSとオージャンドルとを混合した火薬において、一旦爆発すれば
オージャンドルはすべて爆発することができるが、セジットSは十分な熱供給がな
い場合にはその一部しか爆発しえないとする。(このことは、セジットS率が過大
な火薬では、その一部分で燃焼が開始されても、立ち消えになる現象からも推測さ
れる。) 2. bの値およびcの値 オージャンドルは着火感度か高く、その一
部が爆発すれば容易に残部を爆発させうるので、威力は薬量のみに依存し、Ma=
maとしてよい。なお、総薬量の差は無視する。
そこで、case1 とcase9 の結果が比例関係にあるとすると、
5 3 1
―――――――=―――――――=―――
c+86.5 c+24.3 b
となり、 c=69cm,b=31.1cm/g が求まる。
3. 粒状セジットSの燃焼、爆発性状 原料が安価で製造工程が簡単な塩素酸
塩系爆薬が「Cheddites」という名前で実用化されたのは、もっぱらその
爆発感度を下げえたからである。それは、塩素酸塩の微粒子をパラフィンとワセリ
ンで被覆することによってなしとげられた。ロウソクのロウと同じく、パラフィン
とワセリンは一旦溶融気化させるに至るだけの熱が発生しないと周囲の酸素と反応
できず、不断の熱供給を必要とする。銃撃によっても弾丸の通過孔周が焦げるだけ
で燃焼の継続から爆発にまでは至らないし、開放空間の燃焼では、その一部分を高
熱物体に接触させて燃やしても燃焼は伝播・継続せずに立ち消えてしまう(199
1年3月12日付鑑定書,付録資料の写真(11)を参照)。
今回の実験結果を考察するにあたって、セジットS率は重要な意味をもっている。
すなわち、セジットSのパラフィンを溶融気化させるに十分なオージャンドルの量
が存在する場合と不十分な量しか存在しない場合とで、異なった状態を示すことに
なる。前者では、セジットSのすべてが生成ガスに寄与して Mc=mc となる
のに反し、後者の場合には一部のみしか爆発しえないので Mc<mc となるか
らである。
そこで、これら二つの場合を分けて考察する。
4. aの値 充分のオージャンドル量が存在する場合からaの値は求めること
ができる。この場合は、(式1)において、
Ma=ma=5−mc,b=31.1
Mc=mc ,c=69
と置くことができるので、aの値は次式で求めることができる。
1
a=―――{D+c−b×(5−mc)} ‥‥‥(式2)
mc
各々のcase について(式2)によってaの値を計算すると次表を得る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・case・ セジットS%・ aの値(cm)・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 2 ・ 20 ・ 19.4 ・
・ 3 ・ 30 ・ 35.6 ・
・ 4 ・ 40 ・ 36.7 ・
・ 5 ・ 50 ・ 25.9 ・
・ 6 ・ 60 ・ 19.5 ・
・ 7 ・ 70 ・ 14.1 ・
・ 8 ・ 80 ・ 9.5 ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この計算値をプロットすると、下の図2.を得る。このグラフには参考の
ために、前々項[3]2.で求めたbの値と、固形セジットSの case10
の値も合わせて記入してある。
前項3.の考察をもとにこのグラフを見ると、セジットS率20%の実験結果は
異常であり、何らかの実験実施上の乱れによるものと思われるので、考察の対象と
しないこととする。残りのcase3〜8および10の各点から、次のことが考察され
る。
1) セジットS率50%以上では、セジットSを完全に爆発させるにはオー
ジャンドルの量が不足し、セジットSの一部のみしか生成ガス量に寄与していない
と思われるので、求めたいaの値より低く出ている。
2) セジットS率40%以下ではセジットSが完全に爆発しているとみなす
と、aの値はほぼ一定値をとるはずであるから、セジットS率30%と40%の平
均値をとると次の値となる。
a=36.2cm/g 3)
case10 の固形セジットS率40%の場合には、そのごく一部(おそらくオー
ジャンドルとの接触表面部分)しか生成ガス量の発生に寄与していない。case4と
比較してみると、
3.8
―――― =10.4%
36.7
しか寄与していないことになる。
5. 単純なモデルによる計算式
(1) モデルの想定
以上の考察から、セジットSとオージャンドルとを混合した火薬(総量5
g)の爆発威力について次のような単純なモデルを想定し、それにもとずく計算式
から求めた値と実測された走行距離とを比較することによって、このモデルの妥当
性を検討する。
1) 威力は比例的(線形)に走行距離に反映する。
2) 走行距離はMcによるもの(36.2cm/g)とMaによるもの(31.
1cm/g)との和となる。
3) 走行体は初動抵抗(69cm相当)をもっている。
4) maはすべて爆発するが、mcは共存するma量の
2
―――を越えた部分は爆発できない(3.の考察を参照)。
3
(2) セジットS率≦40%での計算式 この場合は、すべてのmaとmcが爆
発するので、(式1)において、Mc=mc、Ma=ma=5−mc とすれば、
次式をえる。 D=a×mc+b×(5−mc)−c
=86.5+5.1×mc ‥‥‥(式3)
(3) セジットS率>40%での計算式
2
この場合は、ma量の―――しかmcは爆発できないので、
3
2 2
(式1)において、Mc= ―――×ma= ―――(5−mc),
3 3
Ma=5−mcとすると、次式を得る。
2
D=a×{―――(5−mc)}+b×(5−mc)−c
3
=207.2−55.2×mc ‥‥‥(式4)
6. 計算値と実測値の比較 実測走行距離をセジットS率に対して示した図
1.のうえに前項で導いた(式3)と(式4)を画いてみる。ただし、両式ともm
cは火薬中のセジットSの重量(g)を表しているので、図1.に載せるには、セ
ジットS率(%)に書き換えておかねばならない。すなわち、
1
mc=――――×セジットS率(%)
20
を代入する。 その結果は、次の図3.となる。
このグラフをみると、セジット率0〜100%の全範囲について、計算式は実測
値の傾向とよく一致している。すなわち、想定したモデルにもとずいて実測値の一
部から係数を定めることによって、実測値の全域の傾向をこのモデルは表現しえて
いることがわかる。粗い仮定を置いた単純なモデルによって実験結果の傾向が示せ
ていることは、第一近似としてはこのモデルが妥当なものであるといえる。細部で
は、セジットS率20%の実験値に疑いがもたれること、セジットS率50%以上
では実測値より過小であることが指摘できるが、後者はモデルに取り入れられてい
ない副次的因子による影響と考えることができる(なお、80%での値は、走行体
が動かなかったということから、威力が初動抵抗を下まわっており、このグラフ上
ではゼロではなくマイナスの値にプロットすべき可能性が大きい)。
以上のことより、5.(1)に記したような想定モデルおよびそこで用いられた
諸定数は、今回の実験の範囲内において、粒状セジットSとオージャンドルとを混
合した火薬の爆発性状(とくに威力)を大むね表しているものと考えられる。
[4] 鑑定主文
1. 爆発威力は混合率によって変化する。
2. 粒状セジットSの混合率が40%程度以下の場合は、セジットSがすべて
爆発すると考えられるので、その混合率とともに威力は増大する。
3. 粒状セジットSの1g当りの威力はオージャンドルのそれより大きい。
4. 粒状セジットSの混合率が40%を越えると、その一部しか爆発すること
ができないと考えられるので、混合率とともに急速に威力は減少する。
5. 固形状セジットSは白色火薬と層状に詰めても、そのごく一部しか爆発す
ることができないと考えられるので、威力の増加にはほとんど寄与しない(一割程
度)。
[5] 付録資料
(1) 写真16葉
(2) ビデオテープ1本(正味5分)
なお、本鑑定は1992年 5月20日に着手し、1992年 9月12日に終
了した。