再審請求に対する意見書
                  請求人  大 道 寺 将 司
                  同    益  永 利 明
 右の者らに対する爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂、殺人各予備被告
事件(いわゆる連続企業爆破事件)について、昭和五四年一一月一二日東京
地方裁判所刑事第五部が言渡した確定判決に対する再審請求についての検察
官の意見は、左記のとおりである。
   平成 六年 三月二十五日
         東京地方検察庁
             検察官検事 中野 寛司

東京地方裁判所刑事第五部殿

               −1−
              記
第一 本件再審請求の趣旨及び理由
 一 本件再審請求の趣旨
   本件再審請求は、請求人大道寺将司及び同益永利明に対する爆発物取
  締罰則違反、殺人、殺人未遂、殺人各予備被告事件(いわゆる連続企業
  爆破事件)について、昭和五四年一一月一二日東京地方裁判所刑事第五
  部が言渡した請求人両名をそれぞれ死刑に処するとの判決(以下「原判
  決」という。)に対して、「原判決は、判決中の罪となるべき事実第五
  に記載された訴因(いわゆる三菱重工爆破事件)につき、請求人両名に
  ついて、『爆弾の爆風、飛散する弾体、損壊する建造物等の破片及びガ
  ラス片の飛散または落下等爆弾の殺傷能力に応じて爆発地点付近に現在
  する多数人を死傷に至らせうることを十分に認識し』ていたと認定し、
  請求人両名に殺意の存在を肯定して殺人及び殺人未遂罪の成立を認めて
  いるが、請求人両名は、当該爆弾が爆発すれば爆風、物体の飛散・落下
               −2−
  の情況がどのようなものになるかの認識を有しておらず、したがって、
  請求人両名には殺意はなかったものであるところ、原判決確定後に行わ
  れた東京都立大学工学部助教授湯浅欽史の鑑定(平成三年三月十二日付
  及び同四年九月二九日付同人作成の各鑑定書)によってこれが裏付けら
  れ、右訴因につき無罪を言渡し又は軽い罪を認めるべき明らかな証拠が
  あらたに発見されたので、刑事訴訟法第四三五条第六号により再審を請
  求する。」というものである。
 二 本件再審請求の理由
   請求人両名は、本件再審請求の理由を種々の観点から詳述している
  が、これを要約すると、「原判決は、『爆弾の爆風、飛散する弾体、損
  壊する建造物等の破片及びガラス片の飛散または落下等爆弾の殺傷能力
  に応じて爆発地点付近に現在する多数人を死傷に至らせうることを十分
  に認識し』ていたと認定しているが、そうであれば、本件爆弾が爆発し
  たとすればどの程度の爆風が生起するのか、物体の飛散・落下はどの程
               −3−
  度のものかという物理的、化学的解明と請求人両名がこの点についてど
  のような認識を有していたのかが問題となる。本件爆弾の爆発と威力の
  メカニズムが解明されて、請求人両名がそのメカニズムのどの部分を認
  識し、認識していなかったかが明らかとされ、この事実に基づいて殺意
  の有無が認定されなければならない。」との前提の下に、「原判決が殺
  意を裏付ける間接事実として適示する事項を全て認めるとしても、請求
  人両名に殺意の存在を認定することには疑問がある。刑事訴訟法が要求
  する『合理的な疑いを入れない』程度の証明まで達していない。請求人
  両名は、本件爆弾の主薬としたセジットS(塩素酸ナトリウム約九〇パ
  ーセント、ワセリン約三パーセント、パラフィン約七パーセントの割合
  で混合した爆薬)について三回の爆発実験にことごとく失敗し、本件爆
  弾の爆発と威力のメカニズムを知りえなかった。それでも、本件爆弾が
  爆発して一定の威力(殺傷能力)を生じたのは、主薬としたセジットS
  が粒状に製造され、これとともにオージャンドル(白色火薬)が充填さ
               −4−
  れ、缶体の振動・横転によってセジットSとオージャンドルが適合的に
  混じり合った偶然の事情によるものであった。したがって、本件爆弾の
  威力は請求人両名の認識、予測の限りではなかったのであり、請求人両
  名に殺意のなかったことは明らかである。」というものである。
   そして、請求人両名は、前記湯浅欽史作成の鑑定書二通によってこれ
  が裏付けられたと主張する。右二通の各鑑定書の内容は、次のとおりで
  ある。
   平成三年三月一二日付鑑定書の内容は、セジットSとオージャンドル
  の混合物を燃焼させた場合、その混合率の違いによって残滓重量、燃焼
  時間はどのように変化するのかにつき、「(1)残滓重量はセジットSの比
  率が多くなるに従って直線的に多くなる。セジットSの比率が八○パー
  セント以上になると、残滓重量は急速に増える。(2)燃焼時間に多少のば
  らつきはあるものの、セジットSの比率が多くなるに従って長くなる。
  セジットSの比率が八○パーセント以上になると、燃焼時間は急速に長
               −5−
  くなる。」というものであり、同四年九月二九日付鑑定客の内容は、セ
  ジットSとオージャンドルの混合物を密閉状態で爆発きせた場合、その
  混合率の違いによって爆発性状(特に威力)は変化するのか、変化する
  とすればどのように変化するのかにつき、「(1)爆発威力は混合率によっ
  て変化する。(2)粒状セジットSの複合率が四○パーセント程度以下の場
  合は、セジットSがすべて爆発すると考えられるので、その混合率とと
  もに威力は増大する。(3)粒状セジットSの一グラム当りの威力はオージ
  ャンドルのそれより大きい。(4)粒状セジットSの混合率が四○パーセン
  トを越えると、その一部しか爆発することができないと考えられるの
  で、混合率とともに威力は減少する。(5)固形状セジットSは白色火薬と
  層状に詰めても、そのごく一部しか爆発することができないと考えられ
  るので、威力の増加にはほとんど寄与しない。」というものである。
第二 本件再審請求に至る経緯
 一 原判決の内容
               −6−
   原判決は、昭和六二年四月二○日に確定しているが、原判決が請求人
  両名に殺意の存在を認定した理由は、次のとおりである。
   すなわち、原判決は、「右被告人らは、本件以前に手製雷管を起爆装
  置としたセジット爆薬の爆発実験をした際、雷管が爆発したのみで、セ
  ジットは爆発せず、炎で着火しても瞬時に燃えるだけで燃焼が持続せず
  に立ち消えする有様であって、セジット爆薬の爆燃の可能性すら疑わし
  い状態であったから、本件セジット爆薬の威力を過小に認識していた。
  そのため、右被告人らは、他の鋭敏な火薬類との混合によってセジット
  の鈍感性を改善し、最低限爆燃させてその爆発力を利用し、その威力の
  低さを量で補い、また、相乗効果で一部爆轟に達することも期待できる
  のではなかろうかと考えた。しかるに、本件爆発物が爆轟し、多くの死
  傷者が出たのは、被告人らの前記予測をはるかに超えたものである。捜
  査段階で知りえたところでは、右被告人らが実験したセジットは、ろう
  状に固まっていたため失敗したのに反し、三菱重工に仕掛けた爆弾の爆
               −7−
  薬はぼろぼろの状態であったため爆発したもののようである。セジット
  を爆発させるのにどのような状態がよいかの知識は、犯行当時の被告人
  らには全然なく、三菱重工爆破に用いたセジットは、作業の過程でたま
  たまぼろぼろになったため、右被告人らの予想をはるかに超える破壊力
  を生み出したと思われる。以上のとおり、本件死傷者の発生は、…(中
  略)…その予測不可能な偶然の事象が重なったゆえであり、右被告人ら
  には殺意は存在しなかったものである。」との請求人両名及び弁護人の
  主張に対し、「被告人大道寺、同片岡(請求人益永)が本件爆弾を製造
  し使用する以前、昭和四六年初めころから爆弾製造を試み、数回にわた
  る爆弾の爆発実験を行っていて、その改良に努力したことが窺えるこ
  と、すでに判示第一ないし第三の一、二の四件の爆破事件(興亜観音等
  爆破事件、総持寺納骨堂爆破事件、北大文学部北方文化研究施設・風雪
  の群像各爆破事件)を実行して爆弾の威力を知っていること、右被告人
  両名は爆弾教本「腹腹時計」を執筆して手製爆弾について相当高度の知
               −8−
  識を有していたこと…(中略)…、本件爆弾の威力の認識については、
  被告人大道寺の居室から押収された『火薬と発破』(その六七頁以下の
  塩素酸爆薬の項に、セジット爆薬が摩擦・衝撃に対し鋭敏であることや
  その爆速などが記載されている)及びバインダーに編綴されているセジ
  ット爆薬に関するメモ(それには、その製造中は比較的危険性が少ない
  が、爆力はかなり強い旨記載されている)の記載内容、何よりも本件爆
  弾はもともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破して天皇を暗殺する目的で
  製造された爆薬量二十数キログラムという大型爆弾であり、その数も二
  個であること、本件爆弾はセジット爆薬のみを用いたものではなく、数
  種の混合爆薬を用いたこと、起爆装置もガスヒーターをやめて手製雷管
  を用いたこと、爆薬量も各二十数キログラムのもの二個というように多
  量にしたこと、頑丈で気密性の高い容器を弾体に用いることにより爆
  発力を高める工夫をしたこと(腹膜時計二八・二九・三○頁には、容
  器(弾体)の強力化により爆弾の威力を高めうる旨記載されているこ
               −9−
  と)並びに右被告人両名及び共犯者らの次のような各供述調書の内容、
  すなわち、被告人大道寺の検察官に対する昭和五〇年六月一四日付供述
  調書によると、同被告人は、セジットの威力が余り大きくないので、雷
  管を用いて爆薬の威力を増すこととし、また、攻撃対象に大きな損害を
  与えるために相当多量の爆薬を用いる必要があったとし、さらに三菱村
  全体に対する攻撃を企図したことを認めていること、同被告人の検察官
  に対する昭和五○年六月一一日付供述調書によると、同被告人は「大地
  の牙」の浴田に対し、電気雷管で爆弾の威力が大になることを話したこ
  とが窺えること、同被告人の検察官に対する昭和五○年六月二五日付供
  述調書によると、同被告人は、セジットの爆発力があまりはっきりしな
  かったので、大型の爆弾二個を設置することになったことを認めている
  こと、被告人大道寺の検察官に対する昭和五○年六月二四日付、被告人
  片岡(請求人益永)の検察官に対する同年六月一日付、大道寺あや子の
  検察官に対する同年六月一五日付各供述調書によると、右同人らは、三
               −10−
  菱攻撃用爆弾には四種類の混合爆薬を用い、塩素酸カリウムを用いた爆
  薬を雷管の周りに充填するようにして敏感で爆発しやすくし、爆発威力
  を数段上げようとしたことが窺えること、被告人片岡(請求人益永)の
  検察官に対する昭和五○年五月二五日付供述調書によると、同被告人も
  、爆弾の威力発揮のためには相当大型の爆弾でなければならないことを
  認めていること、同被告人の検察官に対する昭和五○年五月二六日付供
  述調書によると、電気雷管の起爆力が大きくなると爆弾の爆発力が強力
  になることを認めていること、同被告人の検察官に対する昭和五○年六
  月一日付供述調書によると、同被告人は、三菱重工・三菱電機の双方に
  危害を与えるためには、かなり大きな破壊力のある爆弾でないと駄目で
  あるとして、本件二個のペール缶爆弾を使用したことを認めていること
  …(中略)…に照すと、右被告人両名らが、本件爆弾の爆発力の強大で
  ありうることを十分認識していたことは明らかであり、また、右被告人
  らが本件のような大型の爆弾の爆発の威力について多数回の実験等によ
               −11−
  りその威力を確実に一定限度内にとどまる配慮・措置をとったことが窺
  えない以上、その爆弾の威力が正確には判らない面があるとしても、そ
  の爆弾の威力に応じた結果の発生することを、当然認容していたものと
  認めざるをえない。」と判示し、請求人両名に殺意の存在を肯定して殺
  人及び殺人未遂罪の成立を認めた。
 二 本件再審請求前の再審請求の内容
   請求人両名は、本件再審請求に先立って再審請求(以下「第一回再審
  請求」という。)したが棄却されている。第一回再審請求に対する決定
  の理由は、次のとおりである(但し、原判決が請求人両名の殺意認定の
  前提事実として、請求人両名が手製爆弾について相当高度の知識を有し
  ていたと認めた点について、原判決確定後に行われた鑑定により、請求
  人らが執筆した爆弾教本「腹腹時計」の記載内容が科学的に誤ってい
  ることが明らかとなったとの請求人両名の主張に対する判断部分は除
  く。)。
               −12−
   すなわち、第一回再審請求に対する決定は、「本件爆弾は、セジット
  Sの爆薬を主薬としているが、セジットSを使用して製造した爆弾の実
  験は、種々の改良にもかかわらず、数回にわたりいずれも爆発に至らず
  失敗に帰している。その主たる原因は、セジットS製造の工程において
  は、一旦冷やして粒状の形態になったものを容器に充填すべきところ、
  その知識が無かったために蝋状に固まったままの状態で充填していたこ
  とにあったが、請求人らはそのことに気付かないまま本件爆弾を製造し
  たものである。したがって、請求人らは、従前の爆発実験の経過等に照
  らし本件爆弾も爆発に至らず人を殺傷するだけの威力はないものと考え
  ていた。本件爆弾が人を殺傷する威力を発揮したのは、たまたま、その
  製造工程においてセジットSが粒状となり、またその運搬過程における
  振動等によって粒状化が進み白色火薬との混合が生じたための偶然の結
  果に基づくものであって、請求人らの認識の範囲を超えたものである。
  原判決確定後に行われた東京都立大学工学部助教授湯浅欽史の鑑定(同
               −13−
  鑑定は、「粒状のセジットSは固形状のセジットSより燃焼しやすい。
  固形状のセジットSと白色火薬を層にした場合、白色火薬の燃焼熱がセ
  ジットSのパラフィンを気化させるに十分でないとセジットSは燃焼し
  ない。粒状のセジットSと白色火薬を混合した場合には、白色火薬の燃
  焼に伴ってセジットSも同時に燃焼することができる。」というもの)
  によってこれが裏付けられ、請求人両名の本件爆弾の爆発威力に対する
  認識ひいては殺意についての原判決の認定が誤りであったことが明らか
  となった。」との請求人両名の主張に対し、「爆弾の爆発威力の認識に
  おいては、その爆発に至る物理的化学的条件の細部についてまで正確に
  認識していることを要するものではないから、仮に、本件爆弾の爆発原
  因が請求人主張のごとき事由が加わったことによるものであり、その事
  由について請求人らが事前に正確に認識していなかったとしても、その
  ことは、本件爆弾の威力についての請求人らの認識ひいてはその殺意の
  存在についての原判決の認定に影響を及ぼすものではない。請求人らが
               −14−
  本件爆弾製造以前に行ったセジット爆薬使用の爆弾の爆発実験が何れも
  爆発に至らず失敗に終わり、その失敗の原因がセジット爆薬を粒状にし
  なかった点にあったのに請求人らがそのことに気付かないままであった
  としても、請求人らはそれぞれの実験ごとに缶体を強化し、爆薬量を増
  し、起爆装置に雷管を用いるなど、爆発威力の強大な爆弾の製造を目指
  して種々工夫改良を重ねていたことは明らかである。本件爆弾の製造に
  当たって、その容器として鋼鈑製で気密性の高いペール缶を用い、爆薬
  の量を多量にしたのみならず、セジット爆薬に加えて起爆感度の高い白
  色火薬を雷管の周辺に充填したのも、実験における失敗の経験を踏まえ
  て、爆発威力の強大な爆弾を目指しての新たな工夫改良と認められる。
  その他原判決が指摘する種々の事実、なかんずく本件爆弾がもともと天
  皇特別列車を荒川鉄橋で爆破して天皇を暗殺する目的で製造されたもの
  であることなどを総合すると、請求人両名が、右のごとき諸点の改良に
  よって本件爆弾が建造物等を破壊しひいては人を殺傷する爆発威力を持
               −15−
  ちうることを十分に認識していたことは明らかである。本件爆弾の爆発
  が、請求人らが行った諸点の改良の結果に加えて、セジット爆薬の粒状
  化及び白色火薬との混合化という事由も加わったことによって生じたも
  のであったとしても、本件爆弾の爆発威力についての請求人らの前記の
  認識内容に変わるところは無いのである。本件鑑定は、請求人両名の本
  件爆弾の爆発威力に対する認識ないし殺意についての原判決の認定に影
  響を及ぼす証拠とは到底認められない。」と判断して再審請求を棄却し
  た。
第三 本件再審請求理由の検討
 一 原判決に対する批判について
   請求人両名は、本件再審請求において、「原判決が殺意を裏付ける間
  接事実として摘示する事項を全て認めるとしても、請求人両名に殺意の
  存在を認定することには疑問がある。刑事訴訟法が要求する『合理的な
  疑いを入れない』程度の証拠まで達していない。」と主張し、原判決が
               −16−
  前記第二の一掲記の間接事実を総合して請求人両名に殺意の存在を認め
  たことを批判する。
   しかし、原判決は、請求人両名及び弁護人の殺意の存在を否定する弁
  解につき審理を尽くした上、これを排斥して請求人両名に殺意の存在を
  認めているのであって、その判断には不自然、不合理、不十分な点はい
  ささかもない。
   請求人両名は、本件爆弾の主薬としたセジットSについて三回の爆発
  実験にことごとく失敗しており、原判決はこの事実を不当にも無視して
  いると非難するが、原判決がこの事実を十分考慮に入れて判断を下して
  いることは、前記第二の一記載のとおり明らかである。
   そもそも、請求人両名の原判決への非難は、爆弾事件における爆弾の
  威力認識の認定には、当該爆弾の爆発と威力の物理的・化学的メカニズ
  ムの認識が不可欠であるとの独自の見解を前提とするもので、これが誤
  っていることは後記第三の二に詳述のとおりであるが、この点を措くと
               −17−
  しても、本件爆弾の爆発の不確実性と爆発した場合の威力の認識を混同
  するものであって、およそ請求人両名の原判決への非難には理由がな
  い。
   原判決が殺意の存在を認めた根拠とした前記第二の一掲記の間接事実
  を総合すれば、請求人両名は、本件爆弾の主薬としたセジットSの三回
  の爆発実験の失敗にも拘らず、セジットSを爆発させるべくそれぞれの
  実験ごとに缶体を強化し、起爆装置に雷管を用いるなど種々の改良、工
  夫を重ねていたばかりか、本件爆弾の製造に当たって、セジットSに加
  えて起爆感度の高い白色火薬を併用してこれを雷管の周囲に充填したの
  も、雷管及び白色火薬の爆発力によってセジットSを爆発させようとの
  意図があったものと理解できる。さらに、原判決が正当にも指摘するよ
  うに、何よりも本件爆弾はもともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破して
  天皇を暗殺する目的で製造され、これが三菱重工と三菱電機の双方の同
  時爆破を企図して本件犯行に転用されたものであることに照らせば、請
               −18−
  求人両名がセジットSの三回の爆発実験の失敗から本件爆弾の主薬とし
  たセジットSの爆発に不安(不確実性の認識)を抱いたとしても、あく
  までも本件爆弾が完爆(セジットSを含めて爆発)することを期待しか
  つ意欲して本件爆弾を製造、使用したことに疑いはない。そして、請求
  人両名らは、前記目的あるいは企図を遂げるべき、本件爆弾の爆薬量を
  二十数キログラムのもの二個というように多量にし、缶体も実験時より
  数段頑丈で気密性の高いペール缶(当初予定のガソリンタンクでも同様
  である。)にする等本件爆弾の爆発力を高める工夫をしているのであっ
  て、請求人両名の期待しかつ意欲したとおりに本件爆弾が完爆した場合
  はもとより、これが完爆に至らなくともセジットSの相当部分まで爆発
  しさえすれば、前記目的あるいは企図を達しうるほどに強大な威力の生
  じることを十分認識していたことは優に認定できる。
   請求人両名は、本件爆弾の爆発による爆風、物体の飛散・落下の状況
  を具体的に認識していなかったとしても、「本件爆弾の殺傷能力に応じ
               −19−
  て爆発地点付近に現在する多数人を死傷に至らせうることを十分に認識
  し」ていたことは明らかである。
 二 本件再審請求理由について
   請求人両名は、本件再審請求の理由を前記第一の二記載のとおり主張
  する。
   しかし、そもそも、請求人両名が本件再審請求を裏付けるあらたな証
  拠とする前記湯浅欽史の鑑定は、鑑定の前提となる実験に使用された固
  形状セジットSと粒状セジットSの固形状あるいは粒状の程度が請求人
  両名らの爆発実験や本件爆弾に使用されたそれとの異同が判然としない
  上、鑑定における実験と本件爆弾との爆薬量の差や起爆に雷管を使用し
  ているかどうかの違いを無視しており、本件爆弾の爆発原因を特定する
  には限界があるものというべきである。
   のみならず、請求人両名は、本件再審請求において、爆弾事件におけ
  る爆弾の威力認識の認定には、当該爆弾の爆発と威力の物理的・化学的
               −20−
  メカニズムの認識が不可欠であることを当然の前提とし、前記湯浅欽史
  の鑑定によりこのメカニズムのほぼ全容が初めて解明され、請求人両名
  がこのメカニズムをおよそ知らなかったことが裏付けられ、請求人両名
  に本件爆弾の威力の認識ひいては殺意のなかったことが明らかとなっ
  たというが、本件における殺意の認識の対象としては、本件爆弾が爆
  風、物体の飛散・落下等爆弾の殺傷能力に応じて爆発地点付近に現在
  する多数人を殺傷しうる爆発威力を持ちうることで足り(請求人両名が
  かかる認識を有していたことは、前記第三の二記載のとおり明らかであ
  る。)、これに加えて、本件爆弾の爆発と威力の物理的・化学的メカニ
  ズムの認識まで必要とするいわれは何もない。請求人両名の見解は、我
  国刑法における故意についての考え方を無視した誤った独自の見解とい
  うほかない。
   結局、請求人両名の主張する本件再審請求の理由は、前記のような誤
  った独自の見解に基づき、殺意の存在についておよそ証拠としての価値
               −21−
  を有しない前記湯浅欽史の鑑定を、請求人両名に殺意のなかった明らか
  な証拠と強弁しているに過ぎない。
   現に、この理は、第一回再審請求に対する決定において、「爆弾の爆
  発威力の認識においては、その爆発に至る物理的化学的条件の細部につ
  いてまで正確に認識していることを要するものではないから、仮に、本
  件爆弾の爆発原因が請求人主張のごとき事由が加わったことによるもの
  であり、その事由について請求人らが事前に正確に認識していなかった
  としても、そのことは、本件爆弾の威力についての請求人らの認識ひい
  てはその殺意の存在についての原判決の認定に影響を及ぼすものではな
  い。」旨、前記第二の二記載のとおりつとに判断が示されている。
第四 結語
   以上のべたように、本件再審請求は、第一回再審請求に対する決定に
  おいて、明確に理由がないとして棄却されたのと同内容の再審請求を蒸
  し返したものであって、その実質は、再審請求に藉口した単なる原判決
               −22−
  の事実認定に対する根拠のない非難に過ぎず、前記湯浅欽史の鑑定が刑
  事訴訟法第四三五条第六号の「無罪を言渡し又は軽い罪を認めるべき明
  らかな証拠」に該当しないことは明白であるので、本件再審請求を棄却
  するのが相当と思料する。


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