シャコのリハビリ日記(その56)

 このところオフクロが飲んベェになっちまったい。ちょっと出かけてくると母に言って、買い物に出かけてから、家に帰ってみると、オフクロがコタツで寝ていてあわてて起き上がった。そして、両手にはビールの空き缶を2本持って、ゴミ箱に入れようと焦っていた。それは、私が帰って来ない、居ないうちにビールを飲んだのだろう。安心して酒飲んでいたのに帰ってこないと思っていた私が突然帰ってきたのであわてたということだろう。困ったものだ。すぐに帰ってくるからね、と言っても、コレなんだからね。とにかく、すぐ忘れてしまう。何度も同じ事を聞いてくる。スーパーマーケットへ総菜買いに行ってくるから、夕食は作って食べないでね、と言っておいてもダメである。買い物から帰ってくると、すでに即席ラーメンを作って食べているということになっている。
 先日、介護保険の調査ということで役場から職員が来た。いろいろ聞いていった。当初、オフクロと話していたが、横で聞いていた私は、これはいけないと思った。なにせ、オフクロが調子いいのだ。東京へひとりで出掛けているとか、離れたところにある医院に歩いて通っているとか、とにかく自分は元気であるということをハッタリかませつつペラペラと喋りまくるのだ。オイ、オイ、いい加減にしてよ。調査員が、じゃあ、片足で立ってみて下さい、と言うと、それに応えて「はいはい、そんなこと簡単ですよ」と張り切って、片足上げて立っちゃってるよ。さらに、勢いづいてヒョコヒョコと早足で歩き回っちゃってるよ。ふだんは、腰が痛い背中が痛いなどと言って、歩くのもヨチヨチ歩きしているのに、困ったもんだよ。私は、介護保険の要支援1という認定を少しでも上げて、介護保険のサービスが受けられるようにしようと思っているのに、そうした思いに逆行する行動をとるのに、私に朝食を作らせ、できた頃にやっと起きてくるもんな。私は家に居るときは、朝昼夕の三食を作るために時間が過ぎていく。不器用な私がすることだから、食事の用意だけで手一杯、仕事さえ集中できないことさえある。仕事などで外出中などの時には、頻繁に電話が掛かってくることは相変わらずである。相変わらず、その内容は「貧血で二度ぶっ倒れてしまったので、もう寝るから」と。それなら、昼間からビールを飲まずにいたら良いのに、と思うな。いやはや、困ったちゃんである。そんな困ったちゃんのオフクロを抱えつつ、今は救援連絡センターの仕事をしている。とにかく、要支援1から実態に見合った要介護へと上がらねばと思っている。
 親戚の伯母さんがオフクロを一週間くらい預かってくれるという話をしてくれたので、暮れの三十日からお願いした。結果を言えば、三泊ほどで「帰る!」と言ってきたので、二日には栃木まで迎えに行った。しかし、たとえ三泊だけであっても羽が伸ばせて良かった。状態を少しずつ理解してきた親戚からは、施設に入れたらどうか、という話もされるが、まだマダラ状態なので、そうもいかない。
 さて、救援連絡センターは設立されてから四十年が経った。四十周年ということで、いろいろイベントを企画しているところだ。三月二十一日(土)救援連絡センターの総会があるのだが、そこで「つぶせ!裁判員制度」という演題で川村理弁護士に記念講演をしてもらうことになっている。さらに、水族館劇場にも芝居をしてもらうことになっている。越年越冬闘争中に毎年行われている「さすらい姉妹」。今回は、「丹下左膳と百萬両の壺」。どこかに裁判員制度批判を入れてもらおうと思っているのだが。どんなデキになるのか楽しみである。
 この他にも、「獄中アンデパンダン展kタ序章kタ」という企画もある。応募してもらった獄中者の描いた絵などアートを展示する獄中絵画展。
お楽しみに!なのである。

(090119)

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