〈定期第139信〉
 あいかわらず冷え込む冬の日である。今日は1月3日、どういうわけか、まだ東拘に在監中の私。いやはや、まいったねぇ。まさか年越すとは思わなんだ。おかげで予定が若干変わってしまう。ま、しようがない。
 年末年始、昔より静かなようである。塀の外から聴こえてくる情宣の声もけっこうあっさりしたもので、さすが冬の時代である。
 それにしても、東拘の年末年始のメニューはなんじゃらほい。これほどだったかと、東拘長期在監者の貧困な食生活、たいへんだなぁ、と同情。
 ガッカリしながらも、しかたない、と本を読むだけの6連休。
 それでも風邪ひいたりもせず、体調もまぁ良好だから、まあええか。
 どういうわけか霜焼けも一時よりよくなってきたし、まあええか。
 みんな私がすでに岐阜へ戻っていると思っているんだろうなぁ。
 さて、私はいつ頃、岐阜へ戻れるのであろうか? ま、まさか満期まで、東拘ということはないか、と思うが。
 そういえば熊谷信幹さんは今年の5月あたりか満期は、元気で出所されるといいが。
 12月22日(金) 午前の入浴。本日はまりっぺが証人出廷する浴田公判の日であったが、さてどういうことになったかな。公判報告がたのしみなところである。私の証言よりマトモであったろう。一般官本2冊借りる。藤沢周平『漆の実のみのる国』(上)』文春文庫、Jグリシャム『パートナー』新潮社。どちらもおもしろく読む。
 12月23日(土) 免業日。けっこう暖かくなってよろしい。夕食時にドラ焼き1ヶ特配。
 12月24日(日) 免業日。夕食時にチョコレートケーキ1ヶ特配。
 12月25日(月) 午前の屋上運動。一般官本2冊借りる。藤沢周平『漆の実のみのる国』(下)』文春文庫、ジェームス・S・ハーシュ『ハリケーン』講談社文庫。『ハリケーン』は最近の話題の映画もの、たのしみであったが私本が後日きたので読めなかった。東拘は岐阜とちがって、私本があると官本が読めない。岐阜刑だと、私本を所持していても官本も借り出せるのだ。
 12月26日(火) 午前の入浴。差入れ→『インパクション122』〈インパクト出版会〉。これは差入票とともに交付された。いつもどうもありがとうございます。購入出願してあった田辺聖子『道頓堀の雨に別れて以来なり』(上・中・下)中公文庫が正月休み用特許本として交付された。この本は、川柳現代史を知るにはなかなかよろしい。岐刑の官本には、どういうわけか田辺聖子の本がけっこうあったりする。私は川柳を作ったりしているが、その歴史的なことなど全くわからなかったのだが、これで少しはわかってきて、川柳へのやる気もまた出てきてよかったわい。しかし今年前半期の川柳クラブ出席は12月の応募期に間にあわなかったのでダメだな。残念! 川柳クラブの存続は大丈夫かしらん? 私が出なければクラスメンバーの数が2,3人ということになってしまうだろう。
 今回、東拘で作った句
  強盗の報道を聴く獄の床
  屈ったくもあればひとつの思いやり
  少年と良くも悪くもひとくくり
  窓下に寄り添う猫の甘え声
  寒曇り猫も外出やめている
  初もうであんたはたしか左翼では
  亡き友のひかれていった道の奥
  とぎれない心模様の水の音
  すきまから青空少し見えました
  なつかしい名の公園はそばにあり
 あいかわらずヘボ川柳である。
 12月27日(水) 午後の入浴。毛布乾燥。差入れ→ごましお通信38号〈益永美幸〉 ザ・パスポートNo95〈帰国者の裁判を考える会〉。「パンフ交付願」というのを先日出したので、パンフが差入伝票とともに交付されるのでめんどくさなくて良い。これまでは一々舎下げ願を出してたからなあ。
 ザ・パスポートNo95では丸ちゃんが頑張ってドドッと書いてきているなぁ。ごもっとも。私なんかプチブルの憤激そのものである。なんとかしたいものなのである。
 「夢と希望つうしん1号」も送ってもらって宮刑での様子よくわかってよかった。少しずつ生活になじんでいっているようで安心した。さすが丸ちゃんである。
 ごましお通信58号の訴訟報告で内容が詳しくわかった。どうも回覧の読売新聞だけではよくわからんで困る。飯田篤郎さんはあいかわらずでんな。人民新聞のも読んでます。
 私のヘルペスは後遺症みたいなものが若干残っているが今は痛まないよ。若干マヒっぽいところがあったり、触覚過敏になってしまったところがあったりするけどね。同じ舎屋にいたとしても、昔のように出会うということもないんだろうなぁ。しかしトシのいるところは庭がよく見えて、そういう点ではいいかもしれないな。
 12月28日(木) 午後の屋上運動。午後2時すぎには、作業材料、用具など全て引き上げられた。仕事納めということか。岐刑だと29日午前中まで作業があり、大ソージして仕事納めといったところなのだが。消耗品の交換などあった。
 正月休み用の特許購入本交付される。平岩由伎子編『狼と生きて』築地書館、平岩米吉『犬の行動と心理』築地書館。「狼」という言葉に魅かれて読んでみた。う〜む。出所したら犬でも飼ったろう。私は犬も猫も好きなのである。逃亡中、ブタニャンと呼んで可愛がっていた奴もいた。猫といえば、東拘のチビンケ一族はもしかして、今や絶滅の危機にあるという日本猫ではなかろうな? 塀の中に昔からおって、外の世界と隔離されているから、その可能性は大かも。日本猫保存協会へ連絡したらいいかもね。
 しかし、私も思想性なき人間である。もっと思想的な読みものを読まんといかんかしらん?
 話は変わるけど、本日、誕生日なので、私もとうとう48歳となってしまった。まいったなぁ。
 12月29日(金) 免業日。本日から年末年始の休庁期間に突入?! また言ってしまうが岐阜刑では休みに入ると食事の内容が豪華になってくるのだが、東拘では、全く同じ。菓子なども休みに入るとドサッと入るのだが、コレもなし。ただ本を読むのみ。
 12月30日(土) 免業日。午後の入浴・昨日にひき続き今日も読書するのみ。ああ岐阜ならテレビが見られたのに。とうとう重信さんのおチャメな姿を見ることができなかったぜ。
 食事の内容もふだんと変化なく、菓子も出てこない。土曜はパン食なので、コレでガマンする。「パン食がたったひとつのおたのしみ」と。懲役にとってはパンはごちそう?
 12月31日(日) 免業日。午後2時すぎ、やっと菓子が給与された。ベビードーナツ12ヶ入り袋、つまみ種パック、森永ダースミルクチョコレート、黒飴3ヶ、ザ・ミックスサンド1袋、割子そセット。
 岐阜に比べて、そう悪くはないだろう、と言って良くもないが。岐阜だと年越しそばは、カップ麺なので、そのへんいいか。しかしカップ麺は2ヶか3ヶ給与される。
 狩猟採取民としての私は、これらをその夜には全て食べ尽くしてしまったのであった。いつまでもダラダラ喰っていられんわい、ということと、正月3ヵ日、喰いきれないほどのものが出るだろうと、岐阜のメニューを念頭に考えてたので……しかし、ハズレた。
 この日はとうとう深夜0時ごろまで起きてしまっていた。私は、ここ数年9時か10時頃に寝ていた。丸ちゃんと同じで朝型人間なので夜おそいのはダメなのだ。徹夜なんかやったことない。夜ふかしすると体調を崩すのだ。で、この日の翌日、体調を崩すことになる。
 紅白歌合戦というのも今回初めて(確定後)聴いた。こりゃそう長くないなーと思う。
 1月1日(月) 免業日。夜ふかしのためか洟水がひどく出て体調ちょっとおかしくなった。朝食時におせち折詰、紅白饅頭が給与された。おせち折詰の中身は岐阜の昨年のものと、同じかちょっといいカンジもする。しかし、その日の三食にはガッカリ。ふだんのメニューとそうたいして変わらんがねぇ。こりゃあ岐刑よりぐ〜んと悪い。職員がここの正月はよくないぞーとか言ってたが、さすが、よく知っとるわい、と納得!
 体調も崩れているので、この日は、サッサッと眠りへ突入!
 1月2日(火) 免業日。午前の入浴。岐刑での正月とちがって、どうも正月というカンジが全くしない。どうしてだろう? 昼夜独居で、テレビもないし、食事もふだんとそう変化ないからなのかしらん? 体調まだ崩れているようで、腹の調子悪い。
 朝食時、職員がおせちのゴボウ巻きを回収していたようである。「ゴボウ巻きある?」と尋ねられたが、私はすでにお腹の中にしまっていたのであった。どうしたのだろうか? 食べて腹こわした人が出たか? 腐ってるのが見つかったか? 真相は不明のままである。
 ふだんと変化ないメニューと書いたが、昼食にイカとマグロ(カジキ?)の刺身が出たな。それとトロロパック入りも。刺身はまだちゃんと解凍されていなくてシャリシャリしておった。ツマの大根なんかシャーベットであった。夕食にはウナギの蒲焼が出たが、こういう時に白米飯は出されずモチが出た。蒲焼をモチで喰うなんて粋じゃないよー。それと、ぜんざいも出されたし、コヒーゼリーミルク付きも。ちょっとミスマッチでは?
 1月3日(水) 免業日。おせち折詰回収。朝食に出たクルミが久しぶりの味でよかった。昼食のエビフリャー2尾は大きくてよかった。岐刑のエビフリャーの倍はあったので満足。私も安上がりな人間である。エビフリャーで満足しちゃう。夕食もあっさりだった。おぞう煮と菓子パン2ヶ、紅茶(ぱっく入)、リンゴで締め。想像以上に悪い(?)メニューであった正月3ヶ日。
 今朝も塀の外から情宣の声がしていたようだが、よく聴こえず意味不明。昔とちがって今は獄中獄外越冬闘争なんていうのもないのだろう。静かなる正月である。
 さて、新年である。2001年である。だからどうした?!と。昨年の証人出廷で、私もそれなりに刺激を受けて、本気で出所してからのことを考えなきゃと思うようになった。これまでは、どうもフニャラフニャラとつかみみどころなく眺めているカンジだったが、なんせあと2年半である。本気で考えなきゃあね、と。考えるたって何を? 就職口? それにしても不況はあいかわらず、リストラの嵐もすさまじい、大変そうである。
 とにかく岐阜へ早く戻らんば、なんか落ちついて勉強も準備もようできんわい。1月中には戻れるだろうか? わっかんねーなぁっち。では元気で!
                             2001.1.3夜 Shaco記


SHACO
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