連載:インターネットと市民運動(20)

盗聴法と米国諜報機関

小倉利丸

 いつまでたっても、盗聴法のことばかり書いてしまい、芸がないこと甚だしくちょっと心苦しいなあと思っていたら、本誌の編集部(??)から、映画「エネミー・オブ・アメリカ」に触れながら盗聴法(案)について書いてほしいというリクエストが来た。しかも、あとで書くけれども、盗聴法案の行方はますますいかがわしさを増し、この映画同様(それ以上)のかなりやばい法律だということがわかってきた。
 獄中にいる人たちは映画が見れないという不当な環境にあるので、まずは映画の紹介から。
 とある森の湖の岸で、犬を散歩させている老人がいる。そこに一台の黒塗りの車が登場し、数人のやばそうな(しかしヤクザ系というよりももうすこしハイソな殺し屋風)男が車から降りてくる。一人の男がこの老人に近付くやすばやく注射を首に刺し、殺してしまう。そして、この老人が乗ってきた車に死体を乗せて湖に沈めてしまう。
 この殺された老人は、実は下院議員のハマースリーだった。彼は、議会で審議中の通信システムの安全保障とプライバシー法案(捜査当局が自由に盗聴できる法案)の成立に反対する有力者だった。そして殺害したのは、この法律の成立を画策している国家安全保障局(NSA)だった。しかし、彼の死は持病の心臓発作によるものとして片付けられた。
 実はこの殺害を目撃していた人がいた。正確には、人ではなく無人のビデオカメラだ。野鳥の生態を観察している写真家のザビッツが設置したカメラに偶然殺害現場がばっちり映っていたのだ。この映像をみてびっくりしたザビッツが、同時にこのビデオの存在に気づいたNSAもまたザビッツを追跡しはじめる。
 ここで、主人公が登場する。「メン・イン・ブラック」などで主役をやったウィル・スミス演じる弁護士のディーンである。彼はザビッツと同級生でたまたまNSAに追われている最中にディーンと出会い、彼の持っていた紙袋にビデオを忍ばせて逃走するが、結局壮絶な追跡劇の果てに、自動車の反対車線を自転車で猛烈に突っ走って、ガードレールを越えて転落死してしまう。
 NSAはディーンを追いかけ始める。この追跡に威力を発揮するのが、様々な盗聴、監視、追跡装置だ。人工衛星からの監視、電話の監視、部屋や衣服、自動車などに設置された追跡装置などだ。同時にクレジットカードが使えなくなったり、いわれない浮気現場の写真で夫婦仲を裂かれたり、弁護士事務所を首になったりと散々な目に会うが、いずれもNSAの陰謀なのだった。こうしてNSAのハイテク監視、追跡テクノロジーにこれでもかこれでもかというくらい追いかけ回されて破れかぶれになるが、ちゃんと救いの手が現れる。もとNSAの職員だったというジーン・ハックマン演じるブリルなる謎の人物だ。こういう組織の元構成員が組織に反する振る舞いに及ぶというのはハリウッド映画定番のプロットだ。
 結局、追跡劇は最後のどんでん返し風の結末でめでたくディーンは逃げのびるが、言うまでもなくNSAの犯罪は結局明るみには出ない、ということになる。 この映画の「売り」は、映画で使用された盗聴などの技術が、絵空事ではなく、実在する技術をモデルにしている、というところにある。人工衛星から地上を偵察するシーンなどは、たしかにこんな感じかな、という風にうまく作ってあるし、探知できない場所に逃げ込むと、追跡がとぎれたり、うっかりかけた公衆電話から足取りをつかまれたりする。
 ただし、この映画が扱ってないが、実は存在する監視技術がいくつかある。その一つが道路の監視だ。少し前だが、テレビドラマの「刑事コロンボ」で、この道路交通監視システム(交通違反を自動的にチェックして、罰金を郵送で請求するシステムだったとおもう)を使ったトリックを軸にした物語があった。監視カメラに顔が映ることを利用して、アリバイ作りをするのだが、じつはカメラがとらえた顔は、別人の顔写真の面をかぶってカメラをごまかしたものだった、というものだ。ぼくは、ナンバープレートだけでなく顔まで映るとはけしからん、と思って見ていたので記憶に残っている。
 じつは、このコロンボの設定は、フィクションではない。米国では1991年に、陸上輸送の効率化を名目とした法律(通称ISTEA)が成立している。この法律によって、インテリジェント・トランスポーテーション・システム(ITS)ができた。ようするに様々な交通情報を収集して効率的な輸送システムを確保するシステムである、というのが表向きの理由である。ところがこのITSのなかに通行料金の電子支払いシステム(ETTM)があり、課金を適切に行うための様々な情報収集システムが組み込まれている。車だけでなく運転者を確認するシステムが必要だから収集される情報とその解析のシステムはかなり大掛かりなものになる。
 ITAだけでなく路上、銀行、ホテル、店舗など不特定の人物が利用する空間に設置された監視カメラもネットワークで動員されたとすると、エネミー・オブ・アメリカの物語はかなりストーリーとしては難しくなる。しかし、実際は、こうした監視が日常化されており、映画は決して誇張であるとはいえないだけではなく、現実はもっと厳しい、というべきだろう。

 さて、盗聴法案の件だが、本誌がみなさんの手に届く頃にどのような事態になっているかはまったくわからない。6月13日現在、審議は参議院で事実上ストップしているが、たぶん14日の週では法務委員会での審議が進まざるをえないかもしれない。
 盗聴法案をめぐる状況は目まぐるしく変化しているが、特にここ数日大きな変化があった。それは、国会ではなく、なんと米国のCIAがもたらした情報からである。米国の自由人権協会が情報公開法を用いて、合衆国政府に日本の盗聴法制定に関して何らかの協議や話し合いを行ったかどうかについての情報開示を行ったところ、こともあろうに返事がCIAから来たのだ。しかもその返事は、開示対象になる文書の存在の有無そのものについては答えない、したがって請求は拒否する、というものだ。
 このような回答の拒否という回答が得られたことが非常に重要なことである。これは、米国の情報公開法でいう「グローマー応答拒否」と呼ばれるもので、米国の国家安全保障に関わる件に関して例外的に回答を拒否できる、というものだ。CIAは日本の盗聴法は米国の情報収集と関わるので、回答できないとも返事してきた。
 これで、盗聴法の化けの皮はほぼ剥がれた。要するにこの法律は、一般刑事犯罪の摘発という目的にかくれて日本に在住する人たちを監視しその情報をCIAに提供する役目をもった法案だということである。これで、この法案の性格と位置づけは完璧に変わったと思う。実は昨年からEUでは、米国やイギリスの諜報機関が大規模な盗聴をEU地域で長年行ってきたことが明るみに出て大問題となっている。エシュロンとよばれるプロジェクトで、EUで収集したデータを通信衛星を使って米国に集めるという大掛かりなもの。米国議会でも問題になって議会はNSAやCIAにこのエシュロンについての報告書を出すように命じている。多分、同様の情報収集のネットワークを極東で構築するための手がかりとして日本の警察と通信システムを大規模に動員しようというはらづもりがあるのかもしれない。
 私たちのプライバシーを警察だけでなくCIAに売り渡すような法律は断じて認められない。廃案まで頑張ります。

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