前略、お袋殿。

 東拘と比べると、こちら宮刑での「新聞ぬりつぶし」「放送カット」は格段に少ないですな。東拘では、政治的ニュースでも、バンバンぬりつぶしカットしていましたが、こちらではそういうカットは、ほとんどないといっていいでしょう。こちらでのカットの対象は、推測するところ、ヤクザがらみの事件のニュースと、おそらく仙台拘置支所に在監中の被疑者・被告人に関する事件のニュースと思われます。東拘と宮刑とのこのちがいは、「政治犯」を主要なマーク対象とするか、「ヤクザ囚」を主要なマーク対象とするか、この重点の置き方のちがいから来るのではないかと推察するのですが、どうでしょうね。刑務所内囚人の多数派はなんといってもヤクザ衆だし、それが、工場や雑居で共同生活している上、そのヤクザ囚も、シャバでは対立抗争状態にある組にそれぞれ分かれて属しているわけですから、しゃばの「ヤクザがらみ事件」が獄内のヤクザ囚を刺激し、トラブルをかもし出すかもしれないことを「官」は恐れるのかもしれません。
 こちらに来てから、大きなカットがあったのは、確か、関西か九州か、あるいは両方か、さらに沖縄でもだったか、「ヤクザv.s.警察」の抗争が火を吹いて、それが報道されていた時でした。ヤクザ同士の抗争はシャバでは毎日のごとく起っていて、「事件」にもならないのですが、ヤクザがストレートに警察を武装攻撃することは歴史的にまれなことで、マスコミではかなり注目されていたのでしょう。この時は、かなりカットされた記憶があります。これは、獄中ヤクザ囚の、「官」への反感を刺激すると判断したのでしょうか。
 その後は、目につくカットは、ほとんどありませんでしたね。(そうそう山形交通刑務所の現場レポートのカットを除けば)。最近は、一件、「暴力団新法」がらみで放送カットがありました。ナイターのないシーズン・オフの時季は、7時から9時まで別立の番組がラジオ放送されるのですが、その番組の一つで、7時10分〜30分(月〜金)に、「なんでもアルキメデス」というのが流れるんです。コンセプトは「今日の一大事」というやつで、注目に値するその日のトピック(政治、社会、文化、芸能なんでも)を選んで独自の観点からアプローチし、リポートし、講釈するといった番組です。2月5日のこの「なんでもアルキメデス」で、「暴力団新法」が取り上げられたのです。ところが、この番組の途中が放送カットされたのです。
 この日の「暴力団新法」の取り上げ方の基調は、市民の立場からヤクザを批判するものであって、獄中ヤクザ囚に聴かせても、何の問題もないものでした。むしろ、大いに聴かすべきものでした。遠藤誠弁護士の談話もあって、彼の話の内容は、「1)強きをくじき弱きを助ける本来の仁侠に戻れ、2)市民に迷惑をかけるようなことをするな、3)生業につけ」とヤクザに呼びかけた上で、憲法違反として「暴力団新法」を批判するというものでしたから。
 同囚の、「暴力団新法」に対する反応に耳を傾けてみると、ヤクザ衆は、気分として二つの傾向に別れています。一つは、「これからどうなるんだろう。どうやってしのいでいったらいいのだろう」と先き行き不安不安の「弱気派」。もう一つは、「暴力団新法なんて所詮ザル法、屁でもない」という「強気派」。でも、いずれの「気分」も、必ずしも「暴力団新法」の政治的意味と社会的効果を正確につかみとって上でのものではないといえます。
 私は思うのですが、「官」は、獄中のヤクザ囚に対して、放送カットなどせず、むしろ逆に、「官報」を回覧するなどして、「暴力団新法」の法律内容を徹底啓蒙してしかるべきです。志願者を募って、「暴力団新法」を学習する臨時講座を設けるのも一案でしょうな。行政府一丸となって暴力団一掃のキャンペーンを張るというならば、その重要な一角を担っている法務省こそ、率先して、その監督指揮下の刑務所内において、ヤクザ囚に対して法的啓蒙教育を実施し、「暴力団新法」に対する獄中ヤクザ囚の「不安」を取り除いてしかるべきだと思うのです。囚人というのは、なんと言っても「情報不足」「情報飢餓」状態におかれているんですよね。「知ることで不安になる」以上に、「知らされないがゆえに不安になる」方がずっと強いのです。
 法律を犯した人間を拘禁するのが刑務所なんですが、それにしても、刑務所の官本の中には法律関係の本がなんと少ないことか。これは刑務所七不思議の一つといっていいでしょうね。「六法」があればいいという問題じゃないですよね。一般市民だって、、「六法」をめくっただけじゃ「法」のなんたるかは、そう簡単には理解できないでしょう。「法を守れ」と言うならば、その法のなんたるかを学習できる環境を整備するのが道理でしょう。法務省は、それを怠っている。国会図書館並とは言わないとしても、少なとも懲役囚の中から法学博士が生まれる程度の法律・法学関係の官本は備えられてしかるべきだと思うのですよ。週休二日制で余暇ができるから勉学に励め―というのは大いに結構なんですが、それにはそれなりの教材が整備されないと内容が伴なわないことになりかねませんからね。
 賞与金のこと。厳正独居の約4年間で、1ヶ月最高は約5000円でした。工場出役になると、又、見習工から始めるので、昨年の9月は629円。つまり、5000円から600円にダウンしたわけです。今年1月は2005円。この中には配分夫・理髪夫としての賞与金も含まれています。したがいまして、厳正独居の時は、賞与金月額高2000円突破するまでに14ヶ月かかりましたが、工場では5ヶ月たらず、ということになります。
   1992.3.7   芳正拝


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