前略、お袋殿。

 最近読んだ官本で心にひっかかった本というと森詠の『冬の翼』(講談社刊)ですな。この作家氏は、題材のつかみ方にセンスがあるのですが、しかし、私に言わせれば、プロットの立て方、ストーリーの組み方に、多々、難点を残しています。それは、テーマの掘り下げ方がまだまだ浅いということから来ているのでしょうか。結論的には、せっかくいい題材をとり上げていながら、作調として通俗に流れてしまっている、ということになりますか。でも、一応、目を通しておくだけの価値はありましょう。
 そうそう忘れないうちに書いておきますが、五月から公務員週休二日制の実施により、土曜日は一切面会ができなくなりました。懲役囚も、それにともない週休二日制となっております。
 さて、作業内容のことですが、昨年末、オフセット印刷機に就いて、年賀状の印刷に携ったことはすでに書き伝えましたね。その後、私が就いている部署は、「殖版機」です。
 「殖版機」とはいかなるものかというと、オフセット印刷機で使用する「刷版」を製版する機械で、全てコンピューター操作で動くようになっています。印刷工程の流れから説明すると、先ず「生原稿」があって、それを写植機械を使って「版下」化しますね。この版下をフィルムに焼き付け現像したものを「原版」というのですが、この「原版」が私のところに回ってきます。この「原版」を今度はアルミ製の金属板に焼き付けて、実際に印刷することになります。私のやることは、すなわち、写植部から送られてくる「原版フィルム」を、殖版機に取り付け、コンピューターにデーターを入力して、アルミ製の感光板にこの「原版フィルム」を焼き付け、現像して、刷版をつくることです。
 この「殖版機」のオペレーターをはじめてから、実質的には約4ヶ月がたちましたが、マニュアルの基本はほぼ完璧にマスターし、今、その応用問題を解くのが面白くてたまらないといったところです。詳しいことは、また、そのうち書き送ることとして、今が、「コンピューター楽し」の時期ですね。
 さて、これを機会にひとつ印刷全般の勉強をしてやろうと意欲を燃やしているのですが、その手の本が官本のなかには一冊もないので困っています。
 五月の連休は2日から5日の4日間ありました。3日に観たビデオ(テレビ放映された映画を録画したもの)は、「日本海大海戦」でしたが、これは一度見たことがある気がしましたね。子供の時、親父につれられて見にいったのでしたか。その往年のやつのリメイクなのでしょうか。東郷平八郎を主人公としたものですが、前に見たのとほとんど同じカットがいくつも出てきましたね。艦隊決戦のシーンは全て特撮でチャチな感じがもろ出ていましたな。
 ナレーションで一点、印象に残ったのは、バルチック艦隊は、黒色火薬を使用していたため、砲弾発射後の国煙で視界がくもり、命中率が上がらなかったのに対して、帝国連合艦隊は下瀬雅允博士の発明した「下瀬火薬」を使用していたので、視界がくもることなく、命中率が高かった。これが連合艦隊勝利の一因である、―という部分です。
 これは歴史的事実なんでしょうかね。「下瀬火薬」というのは、主剤はピクリン酸でしょう。黒色火薬の「黒煙残留」の件は、再審の鑑定の件で、「予想を上回る威力の高さ」を立証する「事実」として、かき集めようとしていたのですが、探そうと思えば、文献的にいくらでもみつかりそうですね。
 木炭を使用すると、必ず、不完全燃焼の炭粉が残る。というのも、炭素の発火温度は高く、瞬間的高エネルギーを要する。ところが、全炭素が酸素と結合する以前に、拡散してしまうがゆえかなりの部分が燃え残ってしまう、ということです。この燃え残りをより少なくするために、すなわち、木粉の発火点を下げるために、硫黄を添加するわけです。つまり黒色火薬の硫黄は、主混合剤ではなく、単なる副次的添加剤にすぎないわけです。それゆえ、雷管を使い、塩素酸系の主剤をもちいる場合には、瞬時に高エネルギーが得られるため、硫黄は不要などころか、硫黄を添加するとそれだけ出力を低下させることになるわけです。
 このへんの論証は、再審鑑定の重要なテーマの一つだったのですが、先の請求では必ずしも全面展開し得ていませんな。すでに私の方の再審は一件落着ですから、狼再審の方で取り組むなら、それなりの成果はあるでしょう。ビデオで観た映画のことから、とんだ展開となりました。
   夏たちぬ ひねもす孤り 書に没し
       1992年5月9日  芳正拝


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