再 審 請 求 補 充 書
            請 求 人    大道寺 将 司
            同        益 永 利 明
 右両名の爆発物取締罰則違反等事件につき、昭和六三年九月一日
付再審請求書を次のとおり補充する。

  一九九○年四月一六日

          右両名弁護人     新 見   隆

           同         内 田  雅 敏

           同         庄 司   宏

           同         高 橋   耕

           同         鈴 木  淳 ニ

           同         渡 辺   務

           同         舟 木  友比古

           同         中 道  武 美

 東京地方裁判所 殿

一、序
  検察官は、請求人らの再審請求書に対し、平成元年七月二七
 日付「再書請求に対する意見書」(以下、単に「意見書」とい
 う。)を以って鏤々論難している。しかし、「意見書」の内容
 は、ほとんど再審理由に対する曲解と検察官独自の見解、果て
 は物理・化学的知識の欠如に基づいているものである。従って
 この「意見書」が再審請求に対する意見(実質的意味での答
 弁)となりうるのか、甚だ疑問である。しかし、「意見書」の
 結論が「結局のところ、本件再審請求において請求人らは、原
 裁判所が本件殺意の認定につき、全く不要と正当に判断した鑑
 定事項を、自ら行った鑑定によって明らかにしたとして、これ
 に立脚して主張しているものであり、その実質は再審請求に名
 を借りた原判決の事実認定に対する非難にすぎない」(三八
 頁)と豪語するに至っては、請求人らとしてもこれを看過する
 わけにはいかない。検察官のこのような意見が本件再審請求の
 審理にいささかなりとも影響を与えてはならぬと考え、以下に
 全面的批判を加え再審理由を補充する。
二、「意見書」の内容の要旨

 1、検察官は、先ず、「意見書」第二(確定判決について)に
  おいて、再審請求理由とする点は「すでに確定判決の公判審
  理の過程で主張し尽くされ、裁判所の十分な検討と判断を経
  た事項」(七頁)であると主張している。そして、確定判決
  (原判決)の殺意認定は正当であるとして擁護している。
(一) 「およそ、大企業に対して確実に、かつ、多大の被害を与
  える強固な目的のもとに、綿密な下見調査を遂げて、自ら開
  発製造した大型爆発物を人の通行の極めて頻繁な都心部のビ
  ジネス街に設置し、かつ、これを白昼多数人が居合せる時間
  帯に爆発させる行為に出た以上、当該行為自体から・・・殺
  意を認定し得ることは、自明の理である」(七〜八頁)と主
  張する。そして、具体的事項を数点、摘示している(これら
  は原判決(一七八頁以下)が摘示している事項にほぼ符合し
  ている)。
  @ セジットは、それ自体威力が大きく、かつ摩擦、衝撃に
   対し鋭敏であるため日本では製造が禁じられた塩素酸塩爆
   薬であり、請求人らは『火薬と発破』等の文献によりセジ
   ットの威力特性について十分認識していた

  A 本件爆弾は、もともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破す
   るため準備したものであり、請求人らはその威力が鉄橋、
   列車を破壊しうるほど強大であると認識していたから、企
   業爆破に転用した
  B 本件爆弾は、本件前の爆発実験(三回)の延長上にある
   もので、缶体として密閉度の高いペール缶を便用し、セジ
   ットの他に白色火薬を充填し、爆薬総量が多量であること
   は実験結果を踏まえての変更であり、請求人らが最大限の
   努力を行って開発・製作した
  C 予告電話の架電自体、請求人らが本件爆弾による死傷の
   結果の可能性を認識していたあらわれであり、更に予告電
   話が爆発時刻のわずか五分前であることは死傷の結果発生
   を認容していた
  D 請求人らは、三菱重工事件後も、爆発物による大企業攻
   撃を反復・継続している
  E 請求人らの『腹腹時計』には人の殺傷を当然の前提とし
   た記載があり、人の殺傷のために爆発物を便用することを
   是認していた

  F 本件爆弾の設置場所について、請求人らは下見により人
   通りが多いことを確認しており、しかも爆発物の個数は二
   個であり、少なくとも一個が爆発すれば他の一個も誘爆す
   る範囲に仕掛けられていた
  G 請求人らは、確実に死傷者が出ないように抑制する配慮
   ・努力を全く尽くしていない
(二) 「請求人らはもともと人を死傷させることを是認しながら
  本件爆発物を製造し、これをその本来の用途にしたがって使
  用し、その結果、人を死傷させているのであるから、仮に爆
  発の物理的・化学的条件について何らかの認識の欠如ないし
  は誤解があったとしても請求人両名が意図した目的や事前の
  認識と発生した結果との間には・・・いささかもくい違いは
  な(い)」(一三〜一四頁)として、請求人らの主観的意
  図、本件爆弾の製造過程につき、いくつかの事項を摘示して
  いる。また、検察官は「もともと爆発現象は複雑な化学的・
  物理的反応の過程であり、爆発に至る条件あるいは爆発物の
  威力を事前に正確に認識、予測することなど、通常極めて困
  難なことであり・・・このような事前の認識が殺意の認定の

  不可決の前提であるとする弁護人の所論は爆発物使用事案の
  実体に全くそぐわず・・・独自の見解」(一九頁)である旨
  主張している。
 2、検察官は「意見書」第四(本件鑑定は本件の殺意の認定を
  左右しないこと)において、本件再審請求の新証拠である鑑
  定意見書(以下、「湯浅鑑定」という。)は「請求人らの殺
  意の有無との関連性が希薄であるばかりでなく・・・爆弾事
  件に関するものとしては無価値のものであ」(二四頁)ると
  論難している。
(一) 先ず、固形状セジットと粒状セジットの相違は殺意認定に
 影響を与えないと主張している。そして、本件爆弾が「爆発
  するに至った原因」として「少なくとも次の三つの」事項が
  考えられるとして@本件爆弾の爆薬の量が著しく多量であっ
  たこと、A本件爆弾の缶体が強度の高いペール缶を使用して
  いること、B本件爆弾の雷管の周囲に起爆感度の高い白色火
  薬を詰めていること、を挙げている。これらの事項はいずれ
  も「爆弾の起爆感度に関する重要な要因」であり、請求人ら
  は『火薬と発破』から認識していたとする。他方、検察官は
 
  本件爆弾が「爆破するに至った原因」としてセジットの形状
  (本件爆弾のセジットは粒状であったこと)も挙げられると
  するが「その点についての請求人らの認識の有無はすでに存
  在する爆発の物理的・化学的条件についての認識を左右する
  ものではな(い)」(二六頁)と弁解している。
(二) 湯浅鑑定において、木炭と砂糖の比較、塩素酸カリウムと
  塩素酸ナトリウムの比較がなされているが、請求人らは砂糖
  と塩素酸ナトリウムを混合して本件爆弾を製造し、砂糖、塩
  素酸ナトリウムの役割を認識している以上、殺意の認定には
  なんら影響しない。
(三) 湯浅鑑定は、爆発現象の解明には無関係であり、実験の手
  法、条件設定も恣意的で客観性を欠くものである。
  @ 先ず、火薬類の燃焼は一般の燃焼と異なる。そこで、火
   薬類の燃焼=爆発の特性を明らかにするためには「火薬類
   を密閉状態に置くことと雷管等起爆装置による衝撃を与え
   ることが必要である。」(二九頁)しかし、湯浅鑑定は、
   試料を自由空間において燃焼させたにすぎない。従って、
   再書請求書は「爆発」と「燃焼」をすりかえたものに他な

    らない。
  A 湯浅鑑定においては実験の条件が確定されていない。例
   えば、木炭と砂糖の比較においては、試料の含水量、粒
   度、燃焼温度等が明らかにされていない。燃焼実験の方法
   も酸化性物質の危険性評価試験法に依拠していない。
  また、固形状セジットと粒状セジットの比較においても石
  綿の上と金網に擦り付けただけでは燃焼条件が異なる。白
  色火薬が加わったセジットの燃焼比較においても固形状と
  粒状の「密度の差」に起因するものにすぎず、一般燃焼に
  おける当然の事項を確認したにすぎない。
(四) セジットの形状とその爆発特性については既に原裁判所に
  おいて弁護人から鑑定請求され、原裁判所は請求却下してい
  る。
三、「意見書」に対する批判
 1、「意見書」の内容は要するに原判決の殺意認定を擁護する
  ものである。実体的には、原判決の認定理由の繰り返しであ
  り、手続き的には新証拠である湯浅鑑定が殺意認定と関連性
  がなく、証拠価値としても乏しいとして弾劾している。しか

  し、「意見書」のこのような反論は請求人らの再審請求を棄
  却する理由とはなりえないものである。以下、「意見書」の
  内容について看過しえない問題点を中心に、順次、批判す
  る。
 2、「意見書」第二について
(一) 検察官は、請求人らの「当該行為自体」から殺意を認定し
  うるのは「自明の理」であると主張している。しかし、構成
  要件該当性が直ちに故意(殺意)の存在まで充足するのは犯
  罪論体系の否定であって、背理というほかない。検察官の論
  議は事実認定の次元ではなく、論理学の次元であって、トウ
  トロジーである。「大企業に対し大きな被害を確実に与える
  意図のもとに大型爆発物による攻撃を実行することは、とり
  もなおさず攻撃対象付近の不特定多数人を殺害し、あるいは
  その死亡の結果を是認したことを意味するものにほかならな
  い」(一四頁)と執拗に類似の主張を繰り返しているが、ま
  さに、そのように事実認定できるのかどうかが問題なのであ
  る。このことが、三菱重工事件の最大の争点であり、本件再
  審請求の意図である。検察官の論ずるように「自明の理」で

  あるならば、争点にもなりえない。しかし、請求人らとセジ
  ットとの関わり(「再審請求書」一七〜二五頁)からして、
  本件爆弾が致死傷を惹き起すほどの威力を有していたことを
  事前に認識していたのかどうかが本件の問題である。検察官
  の「大きな被害」「大型爆発物」は結果論であって、事後認
  識(評価)にすぎないのである。
   また、検察官は殺意認定の理由として、具体的事項を摘示
  してはいるが、いずれも原判決の反復である。再審請求書で
  詳述した反論がそのまま妥当するが、更に問題点を指摘して
  おく。
  @ 請求人らのセジット爆薬の威力・特性に対する認識につ
   いては、『火薬と発破』のわずかに一、二行の記述から、
   請求人らがセジットの威力を認識しえたといいうるのか疑
   問である。それでも、右同書の記述を根拠とするのであれ
   ば、02Modife(ニトロ化合物を含んでいるセジッ
   トである。)の火薬的性状は示されているが、却って、セ
   ジットS(これが本件爆弾を構成しているものである。)
   の性状は何ら示されていないのである(右同書六八頁)。
  
   しかし、それ以上に、検察官が主張するほど十分に認識し
   ていたのであれば、三回にも及ぶセジット実験がいずれも
   不発に終わったのはなぜかという当然の疑問が起きよう。
  A 請求人らは、本件爆弾の威力を「鉄橋や列車を破壊しう
   るほど強大である」と認識していた旨主張するが、これは
   三菱重工事件の客観的結果を荒川鉄橋事件に仮定的に類推
   しているにすぎない。請求人らは荒川鉄橋事件のほぼ直前
   (七月二八日)までセジット実験し、不発に終わっている
   のであるから、本件爆弾の威力を事前に計算しうる状況に
   は全くなかったのである。検察官の主張はここでも本件爆
   弾の威力・殺傷能力を当初から認識していたことにするた
   めの伏線にすぎないのである。
    再審弁護人らは、本件爆弾が七四年八月一四日の時点で
   いわゆる虹作戦として設置実行されたとしても、それほど
   の被害は生じなかったものと推測している。鉄橋、列車の
   破壊など論外である。本件爆弾の、セジットSと白色火薬
   の層状状態が崩れ適合的に混じり合ったことが爆発の基本
   的条件である。湯浅鑑定は、この荒川鉄橋事件も射程に入

   れて立証しているから重要なのである。
    検察官は、むしろ本件爆弾がどのような状態にあれば、
   鉄橋、列車を破壊しうるのか鑑定すべきなのである。
  B セジット実験と本件爆弾とは延長上にあると主張するこ
   とによって、本件爆弾の威力を認識していた根拠とするも
   のである。しかし、このような事実認定は誤りである。三
   回に及ぶセジット実験はことごとく失敗したのであるか
   ら、「より威力の強大な爆発物を開発しよう」ということ
   はありえない。検察官は本件爆弾の要素として「密閉度の
   高いペール缶」「起爆感度の高い白色火薬」「四○数キロ
   グラムと多量であること」を挙げているが、これらは後に
   述べる爆発原因論(「意見書」二五頁)に符合させたもの
   にほかならない。要するに、本件爆弾の爆発原因(となる
   要素)を事前に認識していたと主張するためである。
    しかし、本件の爆発原因は、そのようなところにはない
   のである。なお、検察官は、「点火・起爆装置として独自
   に強力な雷管を制作」したことをしきりに強調している(
   他に、一八頁)が、セジットと雷汞雷管は無関係である。
  
   三回目の実験は雷汞雷管でも不発に終わったのである。逆
   に、原審荻原証人によれば、セジットはガスヒーターでも
   爆発しているのである(「再審請求書」八五頁)。
  C 予告電話自体は、殺意認定を左右するものではない。一
   定時間による避難が可能であると認識して予告電話をすれ
   ば、それは殺意を否定する事情にもなりうるからである。
  D 三菱重工事件後の請求人らの爆破事件も殺意認定の理由
   となりうると主張しているが、疑問である。仮にそうであ
   るならば、三菱重工事件の次の事件である帝人事件(七四
   年一一月二五日)では凡そ致死傷の結果が発生していない
   ことが重要である。
  E 『腹腹時計』の「対人殺傷用」という片言隻語をとらえ
   て殺意認定の理由とするのは論理の飛躍である。爆弾事件
   の事実認定は当該爆弾の威力分析に依拠すべきである。『
   腹腹時計』の記載内容は請求人らの出版意図に規定されて
   いるのであって、現実の具体事件の目的・認識とは別物で
   ある。
  F 入念な下見と本件爆弾の個数(二個)を問題としている

   が、請求人らのセジット実験の体験からすれば、凡そセジ
   ットSの殺傷威力を認識していなかったのであるから、下
   見も設置場所を決定するためのものでしかない。また、爆
   弾の個数も誘爆するほどの威力を認識していたのかどうか
   が問題なのであるから、「いずれかが不発の場合に備えて
   いる」という認定は誤っていることになる。
(二) 検察官は「請求人らはもともと人を死傷させることを是認
  しながら本件爆発物を製造し、これをその本来の用途にした
  がって使用し、その結果、人を死傷させている」(一三頁)
  から、意図・認識と結果の間にくい違いは存在しないと論
  じ、従って、爆発の物理的・化学的条件の論議は殺意認定を
  左右しないと結論付けている。このことは「意見書」におい
  て執拗に主張しているとろである。
   ところで、検察官の「もともと人を死傷させることを是認
  し」が三菱重工事件を指しているのか、荒川鉄橋事件を指し
  ているのか明らかではない。いずれにしても、殺意を当然の
  前提としている。三菱重工事件について「大企業に対する大
  規模・本格的な攻撃・破壊を意図したもので、そもそもこの
 
  ような攻撃・破壊が人の殺傷をともなわずになし得ることな
  ど全くあり得ず」(一六頁)と主張し、また荒川鉄橋事件に
  ついても、前述のとおり「本件爆発物は・・・ その威力が
  鉄橋や列車を破壊し得るほど強大であると認識していた」(
  九頁)と主張しているから、当然に殺意も含んでいる趣旨で
  あろう。そして、いずれも請求人らの供述調書をその理由と
  して挙げている。
   しかし、検察官が三菱重工事件、荒川鉄橋事件において殺
  意を認定していることは誤りである。
  @ 三菱重工事件において、請求人らが「大規模・本格的な
   攻撃・破壊」を意図し認識したことはない。検察官の論議
   は、客観的結果と事前認識を全く混同しているのである。
   請求人らの供述調書が根拠とされるならば、その任意性に
   は疑いがあり、信用性も認められない。
  A 荒川鉄橋事件においても、請求人らに殺意を認定するこ
   とはできない。請求人らが供述調書において「天皇暗殺」
   と供述している部分は請求人らの反日闘争という思想であ
   って、ここから直ちに殺意を認定することは許されない。

   殺意の認定は本件爆弾の威力分析に依拠すべきものであ
   る。前述のとおり、再審弁護人らは、七四年八月一四日の
   時点では本件爆弾はほとんど殺傷能力を有していなかった
   ものと推測している。
    そうすると、検察官の論述は誤った前提から出発してい
   るのである。主観的意図と結果の間にくい違いが存するか
   どうかでない(仮に錯誤論を問題にするのであれば、荒川
   鉄橋事件と三菱重工事件は明らかに実行行為を異にするの
   であるから、その間のくい違いの有無を論議することは法
   律論としても是認できない)。主観的意図の内容(殺意の
   存否)が争点なのである。
(三) 検察官は、爆発現象の認識を殺意認定の不可欠の前提とし
  ている再審理由を「独自の見解」であると論難している。
  しかし、検察官の主張は一般論としても正当とはいえない。
  検察官は、爆発現象が複雑な化学的・物理的反応であるから
  事前予測は困難であるとし、その認識を問題にすることは「
  爆発物使用事案の実体に全くそぐわな(い)」(一九頁)こ
  とを理由としている。これは、原判決の「爆弾宿命論」と同
 
  旨のものである。しかし、このような理由は例えば爆発物取
  締罰則の合憲性根拠に挙げられるにしても、殺意認定の「厳
  格な証明」を緩和する理由とはなり得ないはずである。致死
  の手段が爆弾であった場合、その爆発現象が認識の対象とな
  ることは当然である。検察官は『腹腹時計』を引用して「暴
  発、予定外の結果」が生ずることを認めている。そうである
  ならば、殺意の認定にとって「予定外の結果」であったかど
  うかは重要な事項であり、爆発現象の認識は不可欠のものと
  ならざるをえないのである。
   殊に、本件においてはそうである。三回に及ぶセジット実
  験はいずれも不発に終わっている。そうすると本件爆弾の爆
  発原因の分析は不可欠なものである。そして、その認識の有
  無は殺意の認定にとっても不可欠の前提となるはずである。
  検察官は、ここでも請求人らは「大型爆発物」であることを
  認識していたと主張しているが、「大型」とは爆発現象の大
  きさを指しているのではないか。検察官も爆発現象の認識を
  前提としているのであって、立論が矛盾している。検察官の
  論述が特異な独自の見解なのである。

3、「意見書」第四について
(一) 検察官は、本件爆弾が「爆発するに至った原因」を積極的
  に挙げ、セジットの形状は殺意認定に無関係であると断じて
  いる。
  @ 先ず、検察官の論旨が不明確である。セジットの形状を
   本件爆弾の爆発原因として考えているのかどうか曖昧であ
   る。また、爆発原因でありながら、殺意認定の際、認識の
   対象とはならない場合があり得るのか不明確である。「固
   形状セジットと粒状セジットの爆発特性の相違も原因の一
   つに挙げられるとしても、その点についての請求人らの認
   識の有無は既に存在する爆発の物理的・化学的条件につい
   ての認識を左右するものではな(い)」とはいかなる趣旨
   か、釈明すべきである。
  A 検察官は、爆発原因として三つの事項を挙げているが、
   その科学的根拠が全く示されていない。原審においても本
   件爆弾の爆発原因は争点となりながらも、結局、究明され
   ないままであった。検察官が証拠請求した膨大な鑑定書に
   も爆発原因を記述したものは只の一片もない。従って、原
  
   判決は爆発原因には全く触れていないのである。そうする
   と、検察官の爆発原因はどのような根拠に基づいているの
   かが問題である。そこで、検討してみる。
   ア 先ず、多量の爆薬であったことを原因の一つに挙げて
    いる。しかし、その趣旨が不明確である。本件爆弾のペ
    ール缶一缶分の二○数キログラムが爆発に必要な量であ
    ったという趣旨なのか。要するに、セジットSが爆発す
    るに必要な臨界薬量を化学的に示さなければ、このよう
    な議論は無意味である。検察官の論述によればピース缶
    程度の爆薬では凡そ爆発しないことになってしまい、そ
    もそも「爆弾」ではないことになってしまうのである。
   イ 次に強度の高いペール缶を原因に挙げている。しか
    し、ここでも同様の問題が生じてくる。缶体強度が爆発
    原因と相関するというのであれば、缶体強度の数値を示
    さなければ意味がない。検察官によれば、例えばピース
    缶の場合は缶体としての強度を満たしていないため、そ
    もそも「爆弾」ではないことになってしまう。
   ウ 雷管の周囲に起爆感度の高い白色火薬を詰めているこ

    とを原因に挙げている。しかし、その趣旨が不明確であ
    る。セジットは必ず雷管の周囲に(起爆感度の高い)白
    色火薬を充填しないと爆発しないという趣旨なのか。仮
    にそうであるならば、セジットのみの実験段階は凡そ「
    爆弾」ではなかったことになってしまう。
    そうすると、検察官が挙げた三つの事項が「起爆感度」
   にどのように関係しているのか疑問である。
    従って、検察官の「原因論」は、本件爆弾が爆発した科
   学的原因を示したものでは全くない。検察官は、自ら挙げ
   た爆発原因について、請求人らは『火薬と発破』から十分
   に認識していたと主張している。しかし、そうであるなら
   ば、セジットの実験はなぜ失敗したのであろうか、極めて
   奇異である。セジットあるいは爆発現象一般について十分
   な理解があるのであれば、セジット実験に三回もの日時を
   費やす必要は全くないのである。
    なお、検察官は『火薬と発破』から「爆速が装薬密度、
   装薬径、密閉強度の影響を受ける」旨の記述を引用して
   いるが、爆速と起爆感度とは無関係である。
  
  B 湯浅鑑定によれば、本件爆弾が爆発した原因は、セジッ
   トSの形状と、セジットSと白色火薬の適合的な混合状態
   である。セジットSが固形状(ローソク状)であれば、い
   かに多量の爆薬、缶体としてペール缶の使用があっても爆
   発しないのである。また、白色火薬を充填しその白色火薬
   が爆発しても、固形状セジットSはほとんど爆発しないの
   である。検察官は、「白色火薬の力を分散させないために
   これを層状に充填している」(一六頁)と主張しているが
   爆発原因は全く逆である。
    これが湯浅鑑定から導かれる結論である。検察官の「原
   因論」とは湯浅鑑定が意味する争点を意図的にすりかえ、
   科学的根拠もないまま、にわかに唱え始めたものにすぎな
   いのである。
(二) 湯浅鑑定において、木炭と砂糖、塩素酸カリウムと塩素酸
  ナトリウムの比較をしているが、この比較は殺意認定にも影
  響を及ぼすものである。検察官は再審理由を無視し、湯浅鑑
  定の意味を理解しえないでいる。
  @ 請求人らは、第一に、木炭と砂糖について砂糖は木炭の

   代用物と理解していたので、当然に木炭混合火薬の方が威
   力があると考えていた。『腹腹時計』の砂糖混合火薬につ
   いての記載は明らかにその表明である。第二に、塩素酸カ
   リウムと塩素酸ナトリウムについて塩素酸カリウム混合火
   薬の方が威力があると考えていた。『腹腹時計』の記載は
   当然にこのこと(「塩カリ信仰」ともいうべきものである
   )を前提としていた。セジットの発見と本件爆弾の製造に
   おいても、塩素酸カリウムの入手が困難となった状況を踏
   まえて、請求人らのこの「知識」が爆薬の選択をさせたの
   である。『火薬と発破』(六八頁)によれば塩素酸カリウ
   ムを主薬とするセジット(06B型)も存在するが、塩素
   酸カリウムの入手が容易であれば、白色火薬を製造できた
   のであり、わざわざセジットの開発実験をする必要はなか
   ったのである。
    しかし、請求人らの化学的「知識」は誤っていたのであ
   る。木炭と砂糖の比較において混合火薬の威力はほぼ同
   等である。また、塩素酸カリウムと塩素酸ナトリウムの
   比較においては塩素酸ナトリウム混合火薬の方がむしろ
   
   威力が優っている「再審請求書」一七七頁)。
    湯浅鑑定は、その基礎的証明である。
  A 検察官は、湯浅鑑定において「燃焼剤としての塩素
   酸ナトリウム」、本件爆弾において「塩素酸ナトリウム
   を酸素供給剤」と表現を意図的に区別している。それな
   らば、燃焼剤と酸素供給剤とは化学的にどのような違い
   が認められるというのであろうか。火薬は、酸素を放出
   する物質を自らに含んでいる。この物質を燃焼剤とも酸
   素供給剤とも呼ぶのであって、化学的に同義である。検
   察官は湯浅鑑定に対し、爆発現象ではなく一般の燃焼の
   実験にすぎないという誤った把握から全て出発している。
   従って、ここでも燃焼剤と酸素供給剤という用語的区別を
   強いられているのである。
(三) 検察官は、湯浅鑑定を物理・化学的知識の欠如と誤解から
  批判している。従って、内容的にも矛盾し、奇異な結論にも
  至っている。検察官「意見書」の最大の問題点である。
  @ 概念に著しい混乱が生じている。
   検察官は、「火薬類の燃焼」と「一般の燃焼」を区別し

   その物理的性質を比較している。そして「火薬類の燃焼
   すなわち爆発」と定義し、爆発と(一般の)燃焼の開始・
   継続要因は温度上昇であると論じている。しかし、温度上
   昇の原因について両者は異なり、爆発の場合は、密閉状
   態、起爆装置が必要であると結論付けている。
    要するに、検察官は(火薬の)爆発は、密閉状態、起爆
   装置がなければ生じないというのである。ここから、湯
   浅鑑定を批判し「本件爆発に関連して可燃剤としての木
   炭と砂糖の比較、燃焼剤としての塩素酸ナトリウムと塩
   素酸カリウムの比較、粒状セジットと固形状セジットの
   比較などを行おうと思えば、雷管等の起爆装置を用い、
   試料を密閉状態に置いて圧力を高めるなどして火薬類と
   しての燃焼を行わせ、その状況を比較しなければならな
   い」(三○頁)と主張している。
    しかし、検察官の主張は全くの誤解である。(火薬の)
   爆発現象は密閉状態・雷管を必要とするものではない。検
   察官自ら『火薬ハンドブック』を引用して(火薬の)爆発
   の開始要因として「高温熱源との接触、摩擦、断熱圧縮等
   
   」を挙げている。
    従って、必ずしも、密閉状態・雷管を必要としているわ
   けではないことを一方では認めている。その「高温熱源と
   の接触」とは要するに、着火(たとえば、ガスバーナーに
   よる)のことであろう。また、「断熱圧縮」とは「一般に
   どのような物質でも、それを急激に圧縮すれば、いわゆる
   断熱収縮を起こして、圧縮エネルギーが熱に変り、その部
   分の温度が上昇するものである。・・・一つの部分が爆発
   を起こすと、それによる爆圧によって周囲の部分は断熱圧
   縮を受ける。従って、それによる温度の上昇が、発火温度
   以上であれば、直ちに発火して爆発し、その爆圧によって
   またその隣の部分を発火爆発させる」(『燃焼と爆発』四
   〇頁)ことであって、密閉状態とは関係ないものである。
    従って、着火によっても(火薬の)爆発現象は生ずるの
   である。また、密閉状態がなくとも(火薬の)爆発現象
   は生ずるのである。検察官は、密閉状態、雷管を条件と
   するもののみを、他方では「爆発」と定義してしまった
   ために自ら混乱してしまつた。「火薬類の燃焼すなわち

   爆発」としながら、密閉状態・雷管による「爆発」とそ
   うではない爆発を認めている。それが「火薬類の一般燃
   焼の性状と爆発の特性」(二九頁)という、ほとんど遊
   戯に近い用語法に陥ってしまったのである。
    このような物理・化学的知識の欠如ではそもそも湯浅
   鑑定を批判する資格が疑われるものである。湯浅鑑定に
   おいて、たとえば塩素酸ナトリウム(カリウム)と砂糖
   の混合火薬を三三センチメートルのV字溝に詰めて燃焼
   させている(「湯浅鑑定」七頁)。燃焼時問は、一一・
   四秒である。秒速は約二・九センチメートルである。検
   察官によれば、これは「爆発」現象ではないことになっ
   てしまう。しかし、この現象は可燃剤である砂糖が塩素
   酸ナトリウム(カリウム)から酸素の供給を受けて燃焼
   すなわち爆発しているのではないか。検察官の結論は物
   理・化学的にも非常識なものとなっている。
    そして、更に、検察官は「再審請求書」の「セジットS
   の爆発の条件」の項をとらえ、「爆発」と「燃焼」をす
   りかえた議論である、と豪語している(三一頁)。しか
   
   し、「火薬類の燃焼すなわち爆発」とは検察官自ら用語
   法として使用しているのである。密閉状態・雷管による
   燃焼も自由空問・着火による燃焼もともに火薬類の爆発
   現象なのである。従って、湯浅鑑定も火薬類の爆発現象
   を分析し、基礎的データを提示していることは明白であ
   る。
  A 検察官は、湯浅鑑定における実験条件の不備を指摘して
   いるが、それは再審理由、湯浅鑑定の意味を曲解してい
   る。
    湯浅鑑定の目的はセジットSの形状が燃焼(爆発)に与
   える影響を分析することにある。従って、鑑定の手法は
   さしあたり定性的な実験で必要かつ十分である。定量的
   であれば客観的であり、定性的であれば凡そ客観的では
   ない、とはいえない。検察官の批判はほとんど瑣末的な
   ものにすぎない。
   ア 木炭と砂糖の比較について
     検察官は実験条件について客観性を欠いていると批判
    している。その理由として、試料の「粒度」の重要性を

    挙げている。そうすると、セジットSの形状(固形状か
    粒状か)問題にも妥当するのではないか。検察官は前述
    のとおり本件爆弾の爆発原因についてセジットの形状を
    否定的に理解していた。これは矛盾するのではないか。
     なお、再審弁護人らは、今回の再審請求補充書の作成
    に当たって、再度湯浅欽史助教授に鑑定依頼した。検察
    官の指摘をふまえて新たに鑑定実験(以下、「湯浅新鑑
    定」という。)がなされた。湯浅新鑑定においても、前
    回とほば同一の結論が出ている。これをみても検察官の
    論述は湯浅鑑定の意味を曲解し、鑑定方法に瑣末的な挙
    げ足取りをしているにすぎないのである。
   イ 「危険性評価試験法」について
     検察官は、正規の「危険性評価試験法」に基づいてい
    ないから客観性を欠いていると批判する。しかし、この
    「危険性評価試験法」が提案され確立した理由は、海事
    における危険物の安全運送という目的に奉仕するためで
    あろう。あらゆる鑑定について、万国共通の唯一の方法
    でなされなければならないというのはナンセンスという
   
    ものである。鑑定手法は鑑定目的趣旨を鑑みて選択さ
    れるべきものであろう。そうすると、湯浅鑑定において
    は必ずしも定量的な方法は必要ではないのである。定性
    的な実験は、数種類の試料について、全て同一の条件下
    でなされることが決定的に重要なのである。そうすると
    アルミ製V字溝を使用したかどうかは瑣末的な議論に
    すぎないのである。湯浅鑑定が意味する分析・結論は何
    ら減殺されるものではない。
     なお、湯浅新鑑定においては、この「危険性評価試験
    法」に依拠して実験がなされた。湯浅新鑑定においても
    前回とほぼ同一の結論が出ている。
   ウ 石綿上と金網上の相違について
     確かに、鑑定実験においては石綿上と金網上とで異な
    っている。しかし、これは結論を左右するほどのもので
    はない。ガスバーナーの温度は一三〇〇度ほどまで上昇
    するが、これほどの高温では石綿一枚程度は許容される
    ものである。
     また、固形状と粒状セジットの量の差も結論を左右す

    る要因とはならない。火薬は燃焼条件さえ満たせば、例
    え微量であっても発火するものであり(例えば、マッチ
    棒の頭)、ここでは粒状セジットが微量でも容易に発火
    したことが重要なのである。検察官は、前述のとおり本
    件爆弾の爆発原因において、爆薬の多量を挙げているが
    いかにそれが誤った結論であるかが証明されているの
    である。
     固形状セジットの場合は発火までに相当の時間を要し
    ている。このことが請求人らの三回に及ぶセジット実験
    の不発を説明しているのである。
   エ 層状と混合状の比較について
     検察官の物理・化学的知識の欠如がここでも再現され
    ている。
     湯浅鑑定は、「燃焼実験が空気中から酸素の供給を受
    ける一般燃焼の形態である」(三五頁)という誤った理
    解を前提としている。しかし、前述のとおり、セジット
    S、白色火薬は、いずれも火薬でありその燃焼は空気中
    の酸素の供給を受けているわけではない。湯浅鑑定はま

    さに爆発現象の分析に他ならない。粒状セジットと白色
    火薬を混合した場合は「瞬時(測定不能)に燃焼した」
    (「湯浅鑑定」一一頁)のは、一般燃焼ではなく、(火
    薬の)爆発である。このような客観的現象を把握できな
    い(しようとしない)検察官の論述は独自の見解以上に
    反科学的見解というべきものである。
(四) 検察官は、請求人らのセジットの形状、性質についての主
  張はすでに原審においてもなされ、鑑定請求もなされてい
  る、と指摘する。
   しかし、このような指摘の意図は明らかではないが、再審
  請求、湯浅鑑定の新規性・明白性になんらの影響を及ぼすも
  のではない。むしろ、原審における弁護人らの鑑定請求、検
  察官の証拠意見、そして、原裁判所の請求却下の経過を振り
  返ってみると、いかに検察官、原裁判所が本件(三菱重工事
  件)の事案の真相を見誤っているかが如実に示されている。
  原審弁護人らの鑑定請求に対し、検察官は「追加意見書」(
  昭和五四年五月二七日付)において、次のように反論してい
  る。「そもそも被告人らが実験段階で製造したセジット爆薬

  の組成分、混合比率は本件セジット爆薬と同一であったと認
  められるから、セジット爆薬の性状がその都度固形であった
  り、粉砕状態であったりするはずがない。
   しかも、混合比率は粉状の塩素酸ナトリウム九〇パーセン
  トに対してパラフィンはその一割にも満たない七パーセント
  にすぎないから、これを溶解し混合し、温度が低下しても元
  のパラフィンのように固形化するはずがないし、仮に塊状に
  なっていたとしても爆弾の容器にこれを充填する際、粉砕状
  態になることは明らかであるから、実験段階で出来上がった
  セジット爆薬が固形化して塊状になっていたとする弁護人の
  主張はそもそも証拠的にも、科学的にも根拠を欠くものであ
  る」。
   驚くべき主張である。検察官はセジットSの製造方法・工
  程を知らないから、このような事実に反する主張を平然とし
  ているのである。組成分、混合比率が同一であっても、「冷
  却」という工程を経るかどうかでセジットSの形状は異なっ
  てくる。大道寺あや子は実験段階の模様を「まだ温かく土状
  のものを容器につめ、上から手で圧力を加えました。これを

  冷すとろうそく状になりました」(六月一五日付検面調書)
  と供述している。冷却する前に、缶体に充填し圧縮すれば、
  缶体の形どおりの固形状(ローソク状)セジットSとなるの
  である。しかし、本件爆弾は全く違っていたのである。
   このセジットSの形状の相違が、不発と爆発という極だっ
  た結末の重要な要因となったのである。湯浅鑑定の意義はこ
  の点にある。検察官「意見書」は、今だにこの原審検察官と
  同じ主張に立脚しているのであろうか。
   また、原審検察官は「右爆発実験が失敗に帰したのは、起
  爆装置にあることが認められる」と主張している。しかし、
  これは原審証拠からしても明らかに事実に反する。前述のと
  おり、原審荻原証人によれば、ガスヒーターでもセジットS
  は爆発するというのであるから、起爆装置は無関係のはずで
  ある。
四、結 語
  以上のとおり「意見書」は再審理由に対する反論とは全くな
 っていない。
  本件爆弾の爆発原因はなにか、本件爆弾は七四年八月一四日

 の時点で果たして殺傷能力を有するものであったのか、これが
 本件事案の最大の争点である。湯浅鑑定はその基礎的分析であ
 る。

      添  付  書  類

一、鑑定意見書         一通
一、鑑定意見嘱託書       一通
                        以 上


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