昭和六三年(た)第六号再審請求事件
           決  定
    東京都葛飾区小菅一―三五  東京拘置所在監
       請求人   大道寺  将 司
    右同所
       請求人   益 永  利 明(旧姓片岡)
 右両名に対する爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺人
予備被告事件について、昭和五四年一一月一二日東京地方裁判所
が言い渡した有罪の確定判決に対し、請求人両名から再審の請求
があったので、当裁判所は、請求人及び検察官の意見を聴いた上、
次のとおり決定する。
        主   文
   本件再審請求を棄却する。

         理  由
(本件再審請求の要旨)
 東京地方裁判所は昭和五四年一一月一二日、請求人大道寺将司、
同益永利明に対する爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂及び殺
人予備被告事件につき、両名を有罪としてそれぞれ死刑に処する
判決を言い渡し、その判決は昭和六二年四月二一日に確定した
(以下「原判決」という。)。原判決は、いわゆる三菱重工爆破
事件の訴因につき、請求人両名について殺意の存在を認定して殺
人罪及び殺人未遂罪の成立を認めている。しかし、請求人両名は、
同事件において使用した爆弾が人を死に至らしめるほどの威力を
持っているとの認識を有しておらず、したがって殺意がなかった
ものであるところ、判決確定後に行なわれた東京都立大学工学部
助教授湯浅欽史の鑑定の結果(昭和六三年七月一日付け同人作成

の「鑑定意見書」、以下「本件鑑定意見書」という。)によって、
そのことが裏付けられるに至った。すなわち、前記訴因について
原判決が請求人両名に対し殺人罪及び殺人未遂罪を認定したのは
誤りであって、右訴因につき無罪を言い渡し又は軽い罪を認める
べき明らかな証拠があらたに発見されたので、刑事訴訟法四三五
条六号により再審を請求する。
(当裁判所の判断)
一 一件記録によれば、請求人両名につきその主張のような原判
 決が確定していること、原判決において有罪と認定された訴因
 は多数にのぼるが、そのうち昭和四九年八月三〇日に発生した
 いわゆる三菱重工爆破事件(東京都千代田区丸の内の三菱重工
 ビル正面玄関前路上に仕掛けられた爆弾が爆発して多数の死傷
 者が発生した事件)の訴因につき、同判決は「請求人両名は外
 
 ニ名とともに、治安を妨げかつ人の身体財産を害する日的をも
 つて、三菱重工ビル正面玄関前路上に爆弾を仕掛けて爆発物を
 使用する共謀を遂げるとともに、右爆弾の爆発による爆風、飛
 散する弾体、損壊する建造物等の破片及びガラス片の飛散又は
 落下等爆弾の殺傷能力に応じて爆発地点付近に現在する多数人
 を死傷に至らせうることを十分認識しながら、それもかまわな
 いとの意思を相通じて、時限式手製爆弾二個を前記場所に設置
 してこれを爆発させ、もって爆発物を使用するとともに、右爆
 発により、死亡の可能性ある被爆場所に居合わせた八名を爆死
 させるなどして殺害し、同様死亡の可能性ある被爆場所に居合
 わせた一六四名に対しては、創傷を負わせたのみで殺害するに
 至らず、負傷の可能佳ある地域に居合わせた一名に傷害を与え
 た」旨認定して、請求人両名につき爆発物取締罰則違反、殺人、

 殺人未遂、傷害の罪の成立を認定していることが認められる。
二 原判決は、右の通り殺意の存在を認定した理由として、次の
 点を挙げている。
 1 三菱重工爆破事件で請求人らが用いた爆弾二個の構造は、
  いずれもいわゆるセジット爆薬を主にした塩素酸塩系の混合
  爆薬二十数キログラムもの多量の爆薬を用いた大型の爆弾で
  あったこと、起爆力を高めるために起爆装置に雷管を用いた
  こと、爆発力を高めるため数種の混合爆薬を用い、その充填
  方法にも工夫して塩素酸カリウム系の爆薬を雷管の周囲に充
  填したこと、容器に気密性が高く頑丈なものを用いたこと
 2 本件爆弾二個が爆発したことによる人的物的被害の状況に
  鑑み、その爆弾の客観的威力は極めて強大なものであったこ
  と
  
 3 請求人両名は、昭和四六年初めころから爆弾製造を試み、
  数回に亘る爆弾の爆発実験を行ない、その改良に努力してい
  ること、本件以前に既に四件の爆破事件を実行していること、
  爆弾教本「腹腹時計」を執筆して手製爆弾について相当高度
  の知識を有していたこと、その教本には爆弾を対人殺傷用に
  使用する場合の記載も認められること、請求人大道寺の居室
  から押収された「火薬と発破」及び「メモ」にセジット爆薬
  の強度等の記載があること
 4 請求人両名及び共犯者が検察官に対する供述調書において、
  本件爆弾の爆発力を高めるために、その製造に当たって、混
  合爆薬を用い、爆薬の量を多くするとともに、塩素酸カリウ
  ム系爆薬を雷管の周囲に充填するなどの工夫を加えたことを
  供述していること

 5 本件爆弾はもともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破して天
  皇を暗殺する目的で製造されたものであること、本件の使用
  目的も請求人らの反日武装闘争の一環として海外進出企業で
  ある三菱グループの企業のビルを爆破してこれに大きな損害
  を与えることを狙ったものであること
 6 本件爆弾設置の場所が丸の内ビル街の路上であり、爆発設
  定時刻も人通りの多い昼休みの時間帯であること
 7 請求人らは、本件後においても重傷者を出す爆弾闘争を繰
  り返していること
  原判決は、以上の諸点等を総合して、請求人両名が、本件爆
 弾の威力を正確に認識していなかったとしても、その爆発力が
 強大で爆発すれば周辺の建物等に大きな物的損害を及ぼし付近
 に現在する不特定多数人を殺傷するなど人的物的被害が広範囲
 
 に及びうることを十分認識し、その爆弾の威力に応ずる結果の
 発生することを容認していたと認められるとして、請求人両名
 の殺意の存在を認定している。
三 しかるところ、請求人は、本件鑑定意見書をもって、前記事
 件における請求人両名の殺意の不存在を裏付けるものであり、
 刑事訴訟法四二五条六号にいう「無罪を言い渡し又は軽い罪を
 認めるべき明らかな証拠」に当たると主張する。本件鑑定意見
 書は、原判決確定後に請求人らから鑑定を嘱託された東京都立
 大学工学部助教授湯浅欽史によって作成されたものであって、
 種々の燃焼実験と文献調査の結果に基づく鑑定意見が記載され
 ている。その鑑定意見の内容は別紙のとおりである。
  請求人の主張は極めて多岐にわたるが、再審事由としての主
 張の要点は、以下に述べる二点に集約されている(その余の点

 は、原判決の証拠評価や事実認定の誤りを主張するにとどまる
 ものであって、適法な再審事由の主張と認められない。)。
 1 請求人は、「原判決は請求人らの殺意認定の前提事実とし
  て「請求人両名が手製爆弾について相当高度の知識を有して
  いた」ことを認定しているが、本件鑑定意見書は、請求人ら
  が執筆した爆弾教本「腹腹時計」の記載内容が科学的に誤っ
  ていることを示すものであって、原判決の右認定を覆す証拠
  である。」と主張する。すなわち、「腹腹時計」には「砂糖
  で代用した火薬は五キログラム単位で使わないと威力は望め
  ない。塩素酸カリウムを主剤にした火薬・爆薬を混合し併用
  するならば、より良い結果を引き出しうる。」として、砂糖
  が威力的には劣り、塩素酸カリウムの効用を高く評価すると
  の認識が示されているが、これが誤りであることが本件鑑定
  
  意見書の鑑定意見(1)及び(2)によって明らかになったというの
  である。
   しかし、その意見(2)及び(2)は、「砂糖と木炭の燃焼性状は
  同程度である。」「木炭及び砂糖を可燃剤とした場合、燃焼
  剤としての塩素酸ナトリウムと塩素酸カリウムの性能は同程
  度である。」というにとどまり、これをもって、「腹腹時計」
  の前記記載内容が誤りであるとは断じきれない。のみならず、
  原判決は「腹腹時計」の記載内容全体や、請求人両名の爆弾
  の実験、製造についての長年の経歴等の諸事情を踏まえて、
  請求人両名が手製爆弾について相当高度の知識を有していた
  と認定しているのであって、本件鑑定意見書によってその認
  定が覆るとは到底認められない。
 2 さらに、請求人は、次の通り主張する。すなわち、「本件

  爆弾は、セジットSの爆薬を主薬としているが、セジットS
  を使用して製造した爆弾の実験は、種々の改良にもかかわら
  ず、数回にわたりいずれも爆発に至らず失敗に帰している。
  その主たる原因は、セジットS製造の工程においては、一旦
  冷やして粒状の形態になったものを容器に充填すべきところ、
  その知識が無かったために蝋状に固まったままの状態で充填
  していたことにあったが、請求人らはそのことに気付かない
  まま本件爆弾を製造したものである。したがって、請求人ら
  は、従前の爆発実験の経過等に照らし本件爆弾も爆発に至ら
  ず人を殺傷するだけの威力はないものと考えていた。本件爆
  弾が人を殺傷する威力を発揮したのは、たまたま、その製造
  工程においてセジットSが粒状となり、またその運搬過程に
  おける振動等によつて粒状化が進み白色火薬との混合が生じ
  
  たための偶然の結果に基づくものであって、請求人らの認識
  の範囲を超えたものである。既に取調べられている証拠とあ
  わせて検討すると、本件鑑定意見書の意見(3)及び(4)は、以上
  の事実を裏付けるものであり、これによって請求人両名の本
  件爆弾の爆発威力に対する認識ひいては殺意についての原判
  決の認定が誤りであったことが明らかになった。」というの
  である。
   しかし、その意見(3)及び(4)は、「粒状のセジットSは固形
  状のセジットSより燃焼しやすい。」「固形状のセジットS
  と白色火薬を層にした場合白色火薬の燃焼熱がセジットSの
  パラフィンを気化させるに十分でないとセジットSは燃焼し
  ない。
   粒状のセジットSと白色火薬を混合した場合には、白色火

  薬の燃焼に伴ってセジットSも同時に燃焼するとができる。」
  というにとどまり、このような単なる燃焼実験の結果は、た
  だちに本件爆弾の爆発原因が請求人主張のごとき事由による
  ものであったことを裏付けるものではない。のみならず、爆
  弾の爆発威力の認識においては、その爆発に至る物理的化学
  的条件の細部についてまで正確に認識していることを要する
  ものではないから、仮に、本件爆弾の爆発原因が請求人主張
  のごとき事由が加わったことによるものであり、その事由に
  ついて請求人らが事前に正確に認識していなかったとしても、
  そのことは、本件爆弾の威力についての請求人らの認識ひい
  てはその殺意の存在についての原判決の認定に影響を及ぼす
  ものではない。請求人らが本件爆弾製造以前に行なったセジ
  ット爆薬使用の爆弾の爆発実験がいずれも爆発に至らず失敗
  
  に終わり、その失敗の原因がセジット爆薬を粒状にしなかっ
  た点にあったのに請求人らがそのことに気付かないままであ
  ったとしても、請求人らはそれぞれの実験ごとに缶体を強化
  し、爆薬量を増し、起爆装置に雷管を用いるなど、爆発威力
  の強大な爆弾の製造を目指して種々工夫改良を重ねていたこ
  とは明らかである。本件爆弾の製造に当たって、その容器と
  して鋼板製で気密性の高いペール缶を用い、爆薬の量を多量
  にしたのみならず、セジット爆薬に加えて起爆感度の高い白
  色火薬を雷管の周囲に充填したのも、実験における失敗の経
  験を踏まえて、爆発威力の強大な爆弾を目指しての新たな工
  夫改良と認められる。その他原判決が指摘する種々の事実、
  なかんずく本件爆弾がもともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆
  破して天皇を暗殺する目的で製造されたものであることなど

  を総合すると、請求人両名が、右のごとき諸点の改良によっ
  て本件爆弾が建造物等を破壊しひいては人を殺傷する爆発威
  力を持ちうることを十分に認識していたことは明らかである。
  本件爆弾の爆発が、請求人らが行なった諸点の改良の結果に
  加えて、セジット爆薬の粒状化及び白色火薬との混合化とい
  う事由も加わったことによって生じたものであったとしても、
  本件爆弾の爆発威力についての請求人らの前記の認識内容に
  変わるところは無いのである。
   本件鑑定意見書は、請求人両名の本件爆弾の爆発威力に対
  する認識ないし殺意についの原判決の認定に影響を及ぼす証
  拠とは到底認められない。
四 以上の通り、本件鑑定意見書は、請求人両名についての原判
 決の殺意認定に合理的疑いを生じさせる証拠とは認められず、
 
 刑事訴訟法四三五条六号にいう「無罪を言い渡し又は軽い罪を
 認めるべき明らかな証拠」に当たらない。
  よって、請求人両名の本件再審請求は理由がないから、刑事
 訴訟法四四七条一項により、これを棄却することとする。
 平成三年二月一八日
   東京地方裁判所刑事第五部
            裁判長裁判官 渡 辺 忠 嗣
               裁判官 長谷川 憲 一
               裁判官 高 瀬 順 久
 右は謄本である。
  前同日同庁
    裁判所書記官 木内哲弥


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